第23皿 使い魔フォボス
『この死体役のクリュティエっぽいものは──下級悪魔が化けていたんだよ』
私が死体に話しかけると、その瞳は生気を取り戻し、呼吸も戻った。
「ふっふーん! どう? 驚いた? さすが私、クリュティエね!」
『いや、もう真似はしなくていいから』
「あ、はい……」
クリュティエだったものは、一瞬で外見が変化した。
燃えるような赤い眼、瞳孔は蛇のように縦長。ふんわりとした白銀の髪はツインテールで、前髪は変な癖がついて鼻の前でバッテンにクロスしている。
褐色肌でスリム体型、コウモリっぽい翼、羊のごとき角。
ようするに古典的な悪魔っ娘。
身長は、元のクリュティエより少し大きいが、それでも小柄な方。
外見年齢は14かそこらだろうか。
継ぎ接ぎが見える黒い服装は異世界の珍しいもので、ヴェール曰く学生が着るブレザーという物らしい。下はチェックのスカートに白のニーソックスだ。
ちょっと釣り目で印象は悪いが、翼と角が無ければ、町娘ナンバーワンくらいの──無駄にイジメたくなる可愛さがある。
胸が小ぶりなのは残念とみるべきか、犯罪チックで喜ぶべきなのかは個人の趣向によるだろう。
「初めまして……。つい先日、ヴェールさんに化けていたら、本人に真っ二つに切り裂かれて、魂を捕らえられて使い魔にされてしまった惨めな存在です……」
『こいつはヴェールの使い魔。変身魔術が使える下級悪魔で、名前は~……えーっと、なんて言うんだったっけ?』
「フォボス=T=Bです……」
『下級悪魔なのに無駄に強そうな名前だな、おい』
村から出発して、盗賊のねぐらで人体真っ二つグロを見たあの時は、偽ヴェールが使い魔になっていたなんて気が付かなかった。
魔力だかが見えていれば、あの時ヴェールが使っていた小瓶に魂が入っていったのが見えたのだろうか。
もしやと思ったのは、あの異世界店で使い魔用の小瓶を見た時だ。
特徴が──入っていたルーン文字と全く一緒の物だった。
そこから今回の計画に組み込んだというわけだ。
「あー、やっぱり別人だったか~。マンバのばっちゃんが叫んで、俺が急いで部屋に入った時に変だと思ったんだよ。クリュティエに流れている魔力とは別だったし」
「はい。私めも魔力が見えるので、気が付いていました。──ですが、何かお考えがあってのことだと思って、面白そうだったので一緒に黙っていました」
『やっぱり二人に見られたらバレちまうよな』
屋敷内の裏切り者が誰か分からなかったので、魔力が見えない者だけ部屋に入れていたのだ。
それでも無理を通して、毒を混入可能な給仕担当になろうとした場合は、ほぼ黒が確定になると考えていた。
だが、魔力が見えないフィロタスが黒だったために、今回の状況になったというわけだ。
ちなみにマンバも魔力が見えていないのは、最初に出会った時に確認済みである。
「そのようなお考えが……。まんまと、私はハメられましたな!」
フィロタスは破顔一笑。
『おいおい、安心するには早いぜ。まだ終わっていないだろう?』
「いえ、もう平気に御座います。あのマンバめは、毒殺さえ成功させれば、人質は解放してくれると──」
『私には何故か分かってしまうんだ。ああいう奴は、そんな分かりやすい証拠となる人質なんて、用が済んだら殺しそうだってな』
「……はい。その可能性はあります。しかし、マンバは去り、人質の居場所などは分からず。希望を持って待つしか……」
『フィロタス、お前……』
知っていての、風が吹くだけで霧散しそうな空元気の笑いだったのだ。
こちらに気を遣わせないための。
しわくちゃで年季の入った顔でそんな事をされては、こちらまで悲しくなってしまうではないか。
今から言う言葉、本当なら可愛い子相手に向けるようなシチュだが、それはまたいつかに取っておこう。
枯れ専、お爺ちゃん子。こういう属性もあるのだし、どうとでもなれ。
さぁ、言うぞ。恥ずかしいが。
『希望は待つより、勝ち取りに行った方が──私の性に合っている。守るのは飽きたんでな!』
「ジス殿……」
『なぁに、人質の件はヴェールに任せてある。後は、密かに目印を付けておいたマンバを追って──今から一緒に! 殴りに行こうぜ!』
* * * * * * * *
屋敷を出ると、辺りはもう暗くなっていた。
人通りもまばらになり、ポツポツと屋台があるくらいだ。
『フォボス、こっちでいいのか?』
フィロタスに持たれる私は、横を歩く悪魔っ娘に問い掛けた。
今は頼りないが、このフォボスに頼るしか無いのだ。
「はい……。我はいくら最低クラスの下級悪魔でも、使い魔となった今は繋がりを持つ魔力くらいは追えますから。ギリギリ……、ギリギリなら」
『それじゃあ、ヴェールの魔力か、私が密かに貼り付けておいたラップから放たれる魔力でいけるな』
マンバが毒殺成功時に隙を見せた瞬間に、あの無駄に豪華な服にラップの一部を発信器のように貼り付けておいたのだ。
『……それにしても、自らの呼び方が“我”って、何か身分的にどうなんだろうか。下級悪魔だろう?』
「す、すみません……。すみません。普通に真っ二つにされちゃって、使い魔にされて魔力を分け与えてもらって無かったら、消え去っていた存在ですみません……」
『い、いや。そこまで卑屈にならなくてもいいけど』
「我は大嵐の悪魔フォボス……ふはは……」
『だが、調子にも乗るな』
「ひぃん」
フォボスは、変身魔術で角を引っ込めた部分に手をやって、本能的にガード体勢に入ってしまった。
ちなみに羽根も仕舞ってあるため、褐色の孫娘とお爺ちゃんが皿を持って歩いている感じに見える。
「ジス殿、本当にこれから二人と一枚で殴り込みをかけるのですか……?」
「ひっ、我も人数に入ってる……!?」
最弱っぽいフォボスは特に人数に入れてはいないが、それを説明するとまた変な方向にメンタルにダメージを与えてしまいそうなので黙っておこう。
『ああ』
「……ジス殿。私は、脅されていたとはいえ、主人であるクリュティエ姫様を手にかけようと致しました。その私が……、また立ち向かえるでしょうか。一度屈してしまった、あのマンバに。グライアイに」
しくじったかも知れないな。
フィロタスの身体能力と、私のラップなどを合わせればどうにでもなる計算だった。
だが、今のフィロタスは心が、魂がボロボロだ。
普段が強固な分、一度崩されてしまったら復活に時間がかかるのかもしれない。
もちろん、それを女々しいと責めることは出来ない。
大切な家族と、主人を天秤にかけ、まだ十歳かそこらの女の子を毒殺しようとしたのだ。
いや、偽物と知らずに毒殺してしまった時の心境は、今思えば計算しておくべきだった。
例えば私も、友であるクリュの方を自らの手で殺してしまったら、すぐ立ち直るのは難しいだろう。
悪いのは──。責めるべき、攻めるべきはマンバ。あいつだ。
『わかった。それじゃあ、後は私に身体をゆだねてくれ』
「じ、ジス殿?」
ぶっつけ本番で使いたくは無かったが、あのスキルを使うしか無い。
ただ……その場合は勝利を確実にするため、もう一つ要素を重ねておこう。
そのためにどこか、肉を焼けそうなところは──。
「あ、フィロタスさん。先日はどうも」
「おぉ、エリク殿ではないか」
夜道に並ぶ屋台、その一つに知った顔があった。
このアテナイでクリュを助けてくれていた、あの線の細い青年だ。
エリク、という名前だったのか。イケメンだけに名前もイケメンっぽくある。
丁度良く屋台に、客がいる側ではなく調理をする側にいる。
白いコックコートに腰エプロンだし、これは料理を頼めそうだ。
『ちょっといいかな、エリク?』
「ん? 褐色のキミ、ボクの事を知っているのかい? どこかで会った事があるのかな……」
「我じゃない……喋ってるのは、その皿」
「え?」
『やぁ、皿ダヨ~』
フォボスの方と勘違いされたようだ。
いくら中性的な声とはいえ、そこまで可愛い声でもないんだけどなぁ。
「こちらに御座いますは、神器イージス殿。クリュティエ様の賓客に当たるお皿様となっております」
「えぇ、すごい! 皿が喋っている! 材質は何かな……陶器、いや、喋るって事はただの陶器じゃ無い。ミスリル、オリハルコン、世界樹……ん~、違うか。でも、魔力を定着しやすくするためだと、候補は限られてるから──」
こちらを見て興奮するエリク。
皿が好きなのだろうか? 外見は長身の20代前半だが、ちょっと可愛い気もする。
それにイケメンである。
っと、そんな事は今は置いておこう。
『エリク、キミに頼みがあるんだ』
「ボクに出来ることなら何でも言ってよ、イージス」
『あ、呼び方はジス。ジス君とでも呼んでくれ。何か滾る』
「う、うん? 分からないけど分かったよ、ジス君」
早速、イケメンの魅惑を放置しておく事は出来なかった。
頑張って話を進めよう。
「……ん? ジスという名前どこかで……。そうか、思い出した。キミがクリュの言っていた恩人さんか」
『いえーす。それで、肉を焼いて欲しいんだ。エリクはこのスヴラキ屋台の人間だろう?』
「あ~……、ちょっと前までは雇われてたんだけどね……。クビになってしまいました」
『む? どうしてクビに?』
クリュを助けたりしている事から、性格はかなり良さそうである。
あのときにワインの香りで高級品かの判断もしていたので、料理の方もそれなりと予想していたが。
「この物価高騰の影響で、職を持てなかった人達はお腹を空かせている。大人達に対しては自業自得ともいえるけど、子供がお腹を空かせているのは見ていられなくてね……。売り物をタダであげちゃったんだ」
『気持ちは分かるが、それは不味いな。たぶん、後で自分が払えば良いと思っていたんだろう?』
「うん……。でも、結果は今日でクビ。この前の当たり屋さんに見られていてね、雇い主にクレームを入れられたんだ。それで今から屋台を返しに行くところさ」
良かれと思ったのだろうが、現実的には正しい、正しくないの問題では無い。
客の立場からしたら、自分たちには金を払わせて、子供には無料で配ったように見えてしまう。
実際に、エリクが金を自ら払ったとしても、店側の人間がそれをやってしまったら不公平感が出るだろう。
さっきも言った通り気持ちは分かるが、事前の許可や、周知させておかないと大っぴらにはやってはいけない行動だ。
まぁ、それも店と客からすれば、だ。
『でも、良い事をしたな。確かに子供には罪は無い。今度からは上手く、小ずる賢く、隠れて肉をパクってやろう。猫に取られたとか言ってな』
「はは、確かにそうすれば丸く収まったね」
『というわけで──』
私は冷蔵庫を召喚。
その中に入っている肉を見せた。
それを察してくれたのか、心優しい青年は頷いた。
「じゃあ、屋台を返す前に、隠れて焼いちゃおうか!」
『オーケーだ。エリク!』
純粋な青年を、ちょい悪の道へと引きずり込んだような気もするが……いや、気のせいだ。
「あれ……、よく見るとこれはドラゴンの肉じゃないか!? それに、もう片方のこれは……カリュドーンの肉かい?」
『ご名答。よくわかったなぁ』
「ドラゴンの肉は鱗とサシの入り方が特徴的だし、それに──カリュドーンの方は調理しようとした事があるからね」
このエリク……求めていた料理人かもしれない。
「このカリュドーンの肉、毒で変色していない。すごいね。良い仕留め方をしている」
『ま、まぁ洗剤でツルッとな!』
「でも、変色していなくても、毒が怖くて誰も食べないんじゃないかな。万が一という事もあるし……」
『ああ、大丈夫。毒の色素はかなり濃くて、毒イコール色と検証済みだ』
カリュドーンの猪を仕留めた時に、地味に今後のために試していたのだ。
「ど、どうやって? 対人毒だから、かなり犠牲が出そうだけど……。もしかして、毒の革新的な判別方法が!?」
『皿に載せるだけで毒の分析が可能で──って、今は詳しく話している時間は無い。とにかく、そのカリュドーンの肉には毒が無いから、おまかせで調理してくれ』
「う、うん。わかったよ」
エリクは冷蔵庫から肉を取り出し、一通り観察。
腰に下げている奇妙な剣を抜いた。
『うおっ!?』
「あ、心配しないで。これ包丁なんだ。あまり食品以外を斬った事も無いし、ちゃんと魔道具の鞘に入れた瞬間に綺麗になってるんだ。普通の包丁より腕力は必要になるけどね」
『そ、そうか』
こちらの思っていた疑問を、すらすらと返してきた。
たぶん、これを見た人間はみんな同じようなリアクションをしていたのだろう。
「何かダメなものってあるかい? 少し辛いコショウ使うけど平気?」
『あー、食べるのはフィロタスだから』
フィロタスの方へ二人の視線が向く。
「男の部位以外は、大体は戦場で食べた事がありますぞ」
『お、おう』
謎のスパルタンジョーク。突っ込んだら負けな気がした。
エリクは、たぶん純粋がゆえに何を言っているのか分からなかったのか、ニコリと笑って調理を進める。
剣型の包丁の刃先を使って、肉に刃をスッと浅く細かく入れる。隠し包丁というやつだ。
チェス盤のような模様がうっすらと出来上がった所で、塩を魔法のようにサラサラと流しかける。
次にペッパーミル。リズムに乗るように回転、コショウの霧雨を降らせていく。
見事に下ごしらえを施された一枚の肉。
まるでイケメンに化粧をされた貴婦人のようである。
「これを焼きます。カリュドーンの肉は調理例が少ないので、シンプルなステーキで」
それを焼き、ジュワジュワと最高の歌を奏でさせる。
したたる肉汁、変化していく焼き色、食欲を強制的に引き出させる香ばしい匂い。
食べる前なのに、まるでステーキに絡め取られているようだ。
「これはもう……単純に、美味そうだとしか感想が出ませんな……」
生唾を飲むフィロタス。
今の皿ボディに食欲は無いが、さすがに私もこれは食べてみたくなってしまう。
『フィロタス、一緒に食べたいから、ちょっと身体を貸してくれ』
「ふむ? 良く分かりませんが、ジス殿の頼みとあらば」
──ちなみに、皿の汚れは屋敷から出る前に落としている。
こんな時に何をしている、と思うかも知れないが、食中毒は怖いぞ……!
【ギガサラァ!】
闇夜に場違いな叫びが木霊した。




