第21皿 蟹座(カルキノス)のスヴラキ
いよいよ、今日は商会ギルドの老婆との会食予定日だ。
私は密かに修得しておいた新スキルを使う事にした。
それは──“皿分身”。
ちょっと語感的には馬鹿っぽいが、かなり便利なスキルだ。
その名の通り、私が分身する。
皿が分身するとどうなるか? 複数の料理に対応できる!
考えてもくれたまえ。
今までは一枚の皿だったため、基本的にはヴェールの食事のみだった。
それを皿が分身することによって、カップル用の二枚、ファミリー用の四枚と自由自在なわけだ!
何という高性能……。
だが、増えた分だけ同時に経験値が入るというものではなかった。
経験値は選んだ一皿分だけ。
料理効果やスキルの発動は全皿でいけるが、本体はメインの皿だけという感じだ。
人間諸君には分からない感覚だろうが、頭が一つで手足だけが分身した定義というか。
分身した皿に感覚はあるが、同時には意思が無いという事なのだ。
ふふふ、すごいぞ私! すごいぞ皿!
あと、“皿憑依”というのも覚えたが、こっちはそこまででもない。
ただ単に、了承を得た相手に装備させてもらうと、その身体を自らの意思で動かせるというもの。
ようするに乗っ取りだ。……いや、相手の意思が残りまくっているため、ちょっと違うか。
試しにヴェールの身体でやってみたが、エロい事をしようとした瞬間に否定されて“皿憑依”解除。地面に叩き付けられた。
ひっじょーに使えない! おっぱい一つ揉めないのである!
ゴミ能力として認定した。
最後に“冷蔵庫2”だ。これはただ単に元のスキルの大型化。
容量が二倍くらいになっただろうか。
このまま大きくなっていくとすると、出す場所によっては床板が抜けてしまう可能性も有るので、気を付けなければいけない。
さて、話を戻そう。
クリュティエと、商会ギルドの老婆は白布がかけられた長テーブルに着き、資金援助などの話を手早くまとめた。
広い室内は二人と、背後に控える執事長のフィロタスのみ。
どうやら、元々の話は固まっていたらしく、出されていた料理は冷めずに済みそうだ。
「では、マンバギルド長、どうぞお召し上がりください」
商会ギルドの老婆──マンバ。
その前には私がいる。言うまでも無く、料理が載った素晴らしい皿だ。
だが、中身はまだ見せてはいない。
銀色のボウルのようなもの、確か正式名はクロッシュとかいうのがかぶせられている。
「せっかくですが、私は歳のせいか食が細くなってきていて……」
テーブル上の私の前で、まさか一口も食べずに食事を断るというのだろうか。
憤慨しそうになる私に対して、フィロタスが近付いてくる。
そして、クロッシュをカパッと取り去る。
「こちら、神器イージスを食器にしたものでございます。その上に載る料理は──」
「こ、これは!?」
マンバの眼は見開かれた。
「失礼ながら、前菜などは飛ばして欲しいとの、神器殿の意思でございまして」
通常、それなりの会食ともなればコース料理になる。
文化によって異なるが、前菜、スープなどが先に出されるのがスタンダードだ。
今回は、それを飛ばして、いきなりの──。
「メインディッシュである、スヴラキでございます」
「スヴラキ……」
スヴラキとは、屋台で売っていたあの串焼き料理である。今回は一回りも二回りも大きい物だ。
それをかなりの地位同士の会食で、しかも開幕で出したのだ。
ヴェールなどは『貴族のパーティでチーズバーガーを出すようなものよ?』と言っていた。
だが、勝負を賭けるにはこのタイミングしかないのだ。
今、テーブルに着いているクリュティエ=アリストデーモス第13王女が毒殺されるタイミングは、一皿目なのだから。
そして、この一皿目の料理で何の勝負なのか──。つまり、この場における勝ち負けとは?
表向きにはマンバの心象を最大限に良くするのが勝利目標。
だが、裏側を知る私としてはそんな事では無い。
だって、そうだろう? ──この毒殺の犯人が目の前に居るのだから。
料理の力によって、穏便に改心させる事が出来たら、私はこのままの立場で勝利だ。
ダメだった場合、クリュティエが毒殺されるのを見逃す方向へ移行する。
運命がどう転ぶかは料理の──ひと皿の力次第だ。
さぁ……、“蟹座のスヴラキ”を喰らえ!
「サラダなども食べずに、いきなり串焼き肉であるスヴラキは少々、この老体には……」
「いえ、よくご覧になってくださいませ」
私が言わんとする事を、フィロタスが代弁してくれている。
マンバは、私の上に載っているスヴラキをマジマジと見詰める。
一見、どこにでもあるような串に刺した肉の塊達。
だが、大きな肉は牛や豚では無かった。その色は──。
「これは……白い肉? 鶏肉でしょうか。いくら鶏肉がヘルシーだとはいえ──。いえ……、いえ! ……いいえ、まさか!? この香りは!?」
「どうぞ、お召し上がりください」
マンバはフォークとナイフを器用に使い、串からソレを外す。
そして──妙にプリプリとした弾力があるソレを口の中に入れた。
「んん!?」
マンバは舌に触れた瞬間、水をかけられた魚のように身震いした。
同時に、自称していた老体とは思えない程に一気に咀嚼。飲み込んだ。
「これは──、カニね! しっかりと筋肉の繊維が、まるで生きているような弾力と、濃厚なうま味を引き出しているわね!」
言葉の調子が上がり、ナイフとフォークを捨てて、串のまま一気にかぶりついた。
「しかもこのまれに見る大きさ、滅多にお目にかかれないわ……」
串に刺した大きな肉と見間違うサイズのカニ肉。
マンバが想像するその材料になったカニは、きっと化け物のようなサイズだろう。
だが──。
「残念ながら、それはカニでは御座いません」
「これがカニでは無い? では、このほのかに付いた赤色からして……エビ? いえ、ですが、さすがに味や食感からして……」
「魚に御座います」
食べる手を止め、再びそのシーフードスヴラキ──魚の串焼きを観察した。
「まさか……魚、この形成されたモノ……。そ、そうか!? 東洋の料理、SU・RI・MIなの!?」
「ご名答に御座います」
どうやら、レシピにあったすり身は、こちらにも伝わっていたらしい。
ちょっとカタコトっぽいので、珍しいものなのかは知らないが。
「で、でも味や食感はどうしたというの……?」
「魚のすり身に、カニの殻から抽出したエキスを混ぜ込みました。それを魔術によって急速冷凍、解凍、冷凍を繰り返します。すると──」
そう、レシピでは“冷凍庫”と書いてあったが、私のスキルではまだパワー不足だった。そのため、急いで本物を調達するより、ヴェールに頼んだ方が早かったのだ。
一家に一台ヴェール説が正しくなってきた。
「そのようなカニと同じような食感が出来上がるので御座います。それにトマト色素で赤を付ければ、自由自在に大きさを変化させたカニ肉の完成となります」
「なるほど……そんな調理方法が……」
ヴェールは“カニカマ”と呼んでいて、すり身では無く、かまぼこだと主張していたが、正直なところ私には区別が付かないのであった。
「何か食べたら元気が出たというか、身体がガッシリとした感じというか、この身体が一瞬光ったような」
それは私の追加効果である。
どうやら“蟹座のスヴラキ”の効果は、物理防御力上昇の小らしい。
昨日、試食をクリュティエにさせて、ブリリアントがいきなり立て掛けてあった大きな角材を、雪崩のように崩してヒットさせたが無傷だった。
だが、たぶん効くのは対物理だけだ──。
毒には……。
「ふっふーん! しかも、普通は食べられないような小さな魚を加工して作ったんですのよ! これと同じように、害来種とされているカリュドーンの猪も食べられるようにしちゃえば、この馬鹿みたいな物価の高騰も終わりますわ!」
「なるほど……そのようなお考えは重々承知していましたが、それを目の前で、しかも舌で味わわせられると実感が沸きますね」
マンバは料理の意図を確かに受け止めた後、にっこりと微笑んだ。
「……あらあら、私だけはしゃいでしまって申し訳ないですこと。クリュティエ姫にお料理を我慢させてしまったみたいで」
「ふふ。まず、マンバギルド長からお召し上がり頂いてもらった方が良いと、この皿の神器に言われたので!」
「へぇ……。神器イージス様に……」
マンバは一瞬、昏い瞳をこちらに向けた。
老人特有の、底の見えない井戸のような闇。
「さぁ、私は堪能したので、クリュティエ姫様もどうぞどうぞ」
「わ、私は全然ガマンもしてないし、お腹も全く減っていないけど、頂く事にしましょう! せっかく、フィロタスが給仕してくれたんですものね!」
言葉とは裏腹によだれを垂らしそうになり、ゴクンと唾を飲み込みながら皿の上に載る“蟹座のスヴラキ”に手を伸ばそうとした。
「く、クリュティエ姫様!」
「はぇ? フィロタス、どうしたの?」
制止するように手を伸ばそうとした執事長。
だが、マンバと視線のやり取りをした後に姿勢を正した。
「……フォークとナイフでお召し上がりになった方が、テーブルマナー的にはいいかと」
「あら、そうね」
串を手で持ちそうになっていたのを中断して、ナイフとフォークに持ち直す。
「うふふ、スヴラキはどんな風にお食べになってもマナー的には大丈夫なのに。さぁ、召し上がれ、さぁ、さぁ」
マンバは、まるで催促するように料理を勧める。
そのクリュティエの皿を分析した結果は──“対人致死毒”が混入済み。
人間が食べれば、治療の時間すら与えずに人体を破壊する。
マンバ──意地悪な魔女は、魔毒の皿を食えと、死ねと催促しているのだ。
「いただきまーす! ん、おいしい! このカニっぽいの最高ね! 本当の肉やカニなんてもうずっと食べてないけど、たぶんそれよりヘルシーで美味し──……。あれ、身体が動かなく……」
クリュティエは痙攣と共にナイフとフォークを落とす。
「それに何か身体が熱く……あれれ、変ね……今度は寒……く……」
椅子に寄りかかるようにして、天を仰ぎながら固まった。
一瞬にして、眼から生気が消えた。
もう、その愛らしいまぶたは瞬きすらしていない。
小さな胸の呼吸も止まった。
「クリュティエ姫様……申し訳ありません……。クリュティエ姫様……」
裏切り者であったフィロタスは涙を流していた。
──私は、ただ黙って見ていた。




