第20皿 会食メニュー決定!
というわけで早速、材料集めを開始した。
まずは投げ売りされていたという雑魚のひと山を購入。雑魚とは──ようするにちっちゃいお魚たちである。
加工するには種類もバラバラで面倒くさいし、大きさも仔稚魚とまではいかないので、骨などが主張してそのまま食べるわけにもいかない。
だが、うちの屋敷には給仕と言う名の暇人が沢山いるのだ。
作る量も多くないし、そのくらいのハードルは問題無い。
「うーん、食べられるのにほとんど売れずに捨てられちゃうみたい」
『手間がかかるからなぁ。私も非常時以外では手を出さない類のものだ』
「食堂では普通に食べ残しやらも捨てられているし、とても危機が迫っている国には見えないわね。まるで国の借金が問題になっている時に、廃棄品が溢れてるところみたい」
どこの国のことを言っているのかは理解できない。
だけど、何か違和感があるのは確かだ。
『借金はどこから借りてるかで色々変わってくるからな。その国とやらもそんな感じなんじゃないか。だが、このアテナイの場合は何かもっと違う、操作されている印象がある』
「操作?」
『この極端な状況が向かう先、誰が得をするか──という事だ』
次にとある物の加工場へ。
ここは本来、高級品を扱っている。
「こ、これ一杯がすごい値段になってるわよ……」
『こんなもの、今のお財布で直接買ったら大変な事になる。しかも、料理を出す相手は舌の肥えているであろう商会ギルドのお偉いさんだ。超高騰中の最高級のものなんて狙ったら金貨がいくらあっても足りない』
「じゃ、じゃあどうするの?」
『ほぼ無料でその最高級の味を手に入れるんだよ。しかも新たなるものとして生まれ変わらせてな。……って、ヴェール、お前レシピ見ただろう……何故聞いてくる』
連れの魔女は視線を泳がせる。
「あ~……料理ってレシピ見ても良く分からなくて……。まだ魔術道具の設計図の方が簡単じゃない?」
『さすが蜂炒め女』
「ちょ、蜂を食べる事をバカにしたらクレームがくるわよクレームが!」
戦利品を持って屋敷に帰宅。
帰り道、アテナイに多く生息する猫に狙われるという事件も発生した。
結局、ヴェールが根負けして魚を数匹あげていた。
恐るべし猫……。
『さてと、後はヴェールに頼んでおいた、トマトから抽出される天然着色料だが』
「ばっちり! トマトを細かく刻んで乾燥させて、とても口では言えない薬品を使ったりしながら赤色粉末を作り出したわよ!」
『……とても口では言えない薬品?』
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。ちょっと取り扱いを間違えると爆発したり、末端神経を侵したりする程度だから」
たぶん私に頭があったら真顔になっただろう。
こいつは食品の話をしているという自覚がなさそうだ。
『よし、ヴェール。ちょっと後で試食な』
「え、まじ? あたしが?」
『ハハハ、優秀なヴェール女史なら大丈夫だろう、な?』
「も、ももももももちろん、よ……?」
その後、ヴェールは着色料の粉末を、チビりそうな表情でひと舐め。
現在も運良く生存している。
* * * * * * * *
『というわけで、材料とレシピは揃ったので試作に入る!』
「ええと、俺達がやるのは、このちっちゃい魚から身だけをチマチマ取る作業だよな?」
『うむ、私はしたくても手が無いので──頑張ってくれたまえ!』
無駄に大きい屋敷の厨房。
並ぶ多数の鍋や、吊されたフライパン。それに石窯まで数窯用意されている。
そこに椅子を並べて、屋敷の住人が座っていた。
「あの、神器さんちょっとよろしいかしら?」
『なんだ、クリュティエ』
「数センチ程度の小さい魚、本当にこれを、この大きな器一杯までやるんですの?」
厨房のテーブルの上に乗せられているのは、ビッグサイズのすり鉢だ。
『そうだ、しっかりとやれよ。お前のしょっぼい王族の威信がかかってるぞ』
「しょっぼいとか言わないでくださる!?」
「そうです、クリュティエお嬢様は13番目とは言え、末席の末席の末席の汚れくらいの価値ある御方なのですから。具体的にはこの魚の骨くらいの尊い価値が」
ブリリアントは、いつものように糸目で微笑みながら、慇懃無礼かも分からない本音を楽しんでいる。
「ブリリアント、それって褒めてないわよね? ねぇ?」
詰め寄るクリュティエ、手早く熟練のおばちゃんのように身取りを進めるブリリアント。
一応、例のレシピの中には魚の骨を利用するものもあったが、この状況でそれも作れという流れになったら面倒なので黙っておいた。
「お皿さーん、この大量の殻はどこに置けばいいですか~?」
一方、同じ見た目だがメイド服で可愛い方のクリュ。
加工場にてタダ同然で引き取った、とある殻入りの容器を持って来ていた。
『えーっと、火を通すからそっちのコンロの方へ──。って、足下』
クリュが一歩踏み出した先、地面に何かがいた。
「あっ」
私の注意の呼びかけが届く前に、パキパキ、メキという硬質な何かをゆっくりと潰す音が小さく響いた。
「な、何か踏んじゃいました……」
クリュはゆっくりと足を上げて、それを確認する。
「ポンコツメイド、それを踏みつぶすなんてヘラクレスか何かかしら?」
「あ、いえ、あの……踏んでしまってごめんなさい! どこかに入り込んでたのかな……。うぅ……ごめんなさい」
落ち込んでしまうクリュ。
私はそれを見て、何でも無いというように声をかけた。
『じゃあ、それも入れるから一緒に持って来てくれ』
「え……。でもわたくし、踏んじゃいましたよ?」
『大丈夫。使うのは中だけで火を通すし、幼いドジっ子メイドが踏んだものなら価値が一億倍くらいは上がるから』
「えぇぇ……!?」
どん引きでは無く、純粋ゆえの驚愕と言った感じのリアクションだ。
ちなみにヴェールと、クリュティエの女性陣の方からはゴミを見るような目が、私に向けられている。
そんな些細な事を気にせず、作業を進めることにした。
『この大量の殻は、きざんでから炒めて、その後に少量の水で煮込む』
「どうして、そんな手間のかかる事を?」
慣れないながらも臨時料理長を兼任していたフィロタスが聞いてきた。
私もあのレシピを見るまでは、こんな手順で料理を作るなんて考えてもみなかった。
これは飛びっ切りの変わり種だが、食べた事のあるヴェールが本当にアレの味や食感に似ていると言ってきたので賭けてみる事にしたのだ。
『ここから精製した一滴が、全てを決めるんだ』
「ふっふーん! さすが私が招いた神器! それによって人心を掌握し、この私に富と名誉をもたらすのね!」
まぁ、そう理想の展開通りになればいいが。
──もし失敗したら。
──私がワザと毒を見逃して。
──クリュティエ=アリストデーモス第13王女が無残に死ぬだけだ。
* * * * * * * *
夜のとばり下りる街。
辺りを警戒しながら一人で歩く存在。
その人物──裏切り者は、グライアイの使いの者と接触していた。
「では、クリュティエの屋敷での情報は受け取った」
グライアイの使いは渡されたメモを確認、きびすを返した。
そして、去り際に釘を刺した。
「いいか? 分かってると思うが、こちらは人質を取っている。指示通りにやらなきゃ、俺達がアンタの大切な者を殺す事になる。なぁに、意地悪な魔女が別口で雇っているチンピラ連中も見張っているが、逆にそっちからは守ってやるよ」
裏切り者は、心を痛めていた。
だが、クリュティエの未来に待ち受ける必然の醜悪を考えれば、ここで心中の真似事をするのも、あの哀れな少女のためかも知れないと自らに言い聞かせた。
奥歯が砕けそうになるくらい噛み締め、爪が肉にめり込むくらいに拳を握り、アストラムネーメ──この歪められた世界を創った神を恨んだ。
「じゃあな。すべては──復活したメドゥーサ様のために」




