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イージスの皿は砕けない! ~龍に勝つ方法? 飯を喰らって食事強化《バフ》ればいい~  作者: タック
一章 魔毒を喰らわば神皿までも

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第18皿 犯罪組織グライアイからの誘い

 さて突然だが、数日前に接触してきた──“グライアイ”の一員と名乗る相手との回想をしようではないか。

 フードを目深に被っていて顔は見えないが、中肉中背の男とだけは辛うじて分かる。

 そいつが、わざと大きく漏らしていた不満に食いついてきた。


 現状から見て、監視されていると思っていたが、まさか向こうから接触をしてくるとまでは思ってもみなかった。

 それでグライアイの魔女は誰か、確信に近いものに変化した。


 わざわざ接触してきたのだ。

 ごきげんよう、と挨拶をしにきたわけではない。


 提案された。

 裏切ってこちらへ付く気は無いですか? と。


 私の事を“イージス様”と呼び、ある程度は私達の情報を──何故か持っているのが分かった。

 ここで英雄譚の主人公なら、悪の誘いなどに乗るか! と言って突っぱねるのがテンプレだろう。

 だが、私はあいにくと正義でも無ければ、ヒトですらない。


 元は人間だったかもしれないが、今は無機物なのだ。

 記憶も欠落しているため、この魂に染みついたグレーに近い黒の思考と、血の通わない冷たい身体が全てだ。

 ヴェールを所有者としているが、特に魔術契約による縛りなども無い。


 私に利の可能性があるのなら、グライアイと──どちらでもいいのだ。

 もちろん、現状でいきなりグライアイに乗り換えるという気も無い。

 情報の開示や、状況の変化で判断するまでは中立のような立場だ、とグライアイの使いに伝えた。


 相手の返答はこうだ。

 わかりました、情報の開示は徐々におこなっていきます──、と。

 グライアイの使いは三人歯(オドン)を名乗り、情報を伝えて去って行った。


 そして、その最初の開示内容は──。




「ジス様、どうなされたのですか?」


『ブリリアントか』


 グライアイが、つまり──裏切り者が屋敷の中にいる、との情報だった。

 私は今、目の前に居るブリリアントを真っ先に疑っている。

 こいつの実力は底が知れない。


 サンダーと、フィロタスもそれなりの体術が使えるように見えたが、こいつは何か雰囲気が異様だ。

 ただ胡散臭い、だけで済ませるというのも難しい。


 ヴェールが風呂に入っていて一人(・・)……いや、一枚(・・)で広間のテーブルの上に放置されている私。

 周りにはブリリアントしかいない。


『一つ聞いて良いか?』


「はい、答えられるものなら何でも」


 奴はいつもの意思の奥が見えない、細い線のような目で微笑む。

 その顔の作りは美しいが同時に、かたどられた真っ白いオペラ座のマスクのようにも感じる。


『お前はグライアイか?』


 この言葉を投げかければ動揺して表情が崩れる。

 そう思ったが──。


「さぁ、どうでしょうか」


 予想外。否定では無い、抽象的な答え。

 普通なら嘘でも本当でも、この状況では……違う、と首を横に振るはずだ。


 しかしコイツは、眉一つ動かさず疑ってくださいとアピールするような返事。

 常人なら突然に犯罪集団の一員かどうか聞かれた時点で、多少なりとも人類種の生理的反応があるはずだ。

 私の勘だが、何かコレは恐ろしいモノと対峙している気がする。


 今までも自らの危機は感じた事はあるが、そういう類では無い。

 何故か魂が台風の荒波のように警鐘を発する。


 グライアイが入り込んでいるというのは、私を混乱させる偽情報かも知れない。

 そう頭の片隅では考えていたのだが、どうやら……やぶ蛇だった可能性もある。

 冗談だ、冗談。と続けるはずだったのに、思わず無言になってしまった。


 ブリリアントも無言でこちらを観察している。

 自ら招いた状況なのだが、非常に空気が重い。いや、私だけの空気が重い、の方が正確だろうか。


 ──結局、ヴェールが風呂から上がってくるまで、ただ見つめ合っていた。

 やはり、今回の事が無くても苦手な相手かもしれない。


 そして──手紙がきて、数日後に商会ギルドの会長と会食が行われることになった。


* * * * * * * *


 何故、グライアイは私に使いをやったのか。

 その疑問のピースは徐々に埋まってきた。

 たぶん、しようとしている事に私が邪魔なのだ。


 それと併せて、いくつかの要因が重なっている。

 もし私を強引に排除すれば、ヴェール、いや、ヴェールの師匠とやらと敵対してしまう可能性が高い。

 そこで不満を漏らしていた私が自発的に協力して、あわよくば神器として仲間に引き入れれば弟子の不始末程度になるだろうし、一石二鳥である。


 他にも候補はあるが、大体そんなところだろう。

 たぶん、次に接触してきた時に確定する。

 ──まぁ、何となく想像が付くのだが。


「ふっふーん! やっと私の功績! 地道な努力を認めた方からの会食の約束を取り付けたわ!」


 屋敷、自らの手柄としてふんぞり返るクリュティエ。

 他の面々はそれを冷静に眺めていた。


「しかも場所はここを指定! 私のところまで、いらしてくださるのよ! これはもう資金援助確定ね!」


「クリュティエお嬢様、さすがにございます」


 ブリリアントだけはニッコリ褒め称える。

 そしていつもの。


「この私達の食事すら満足な質と量で提供できない状態なのに、手厚く持てなさなければいけない相手を会食で受け入れるとは。きっと、何か起死回生の一手がおありなのでしょうね? いやぁ~、本当にさすがでございます」


「え?」


 たぶんブリリアントが望んだ表情だろう。

 クリュティエは、ぽかんと呆気にとられている。


『現状、資金難とはいえ食費程度は捻出できている。だが、食材高騰、いや、高級食材は更に更に更に高騰している』


「ある世界で、コショウと金の価値が同じだった話を思い出すわね」


 呆れる私と、それを手に持つヴェール。


『同時に……まともに料理が出来るのは、執事長と臨時コックを兼ねているフィロタスだけ』


「ええと、私の料理は……兵士が野戦中に作る食事レベルですので」


 フィロタスと資金難が組み合わさって、連日のジャガイモ塩スープと黒パンなわけなのだ。

 その状況で舌の肥えているであろうお偉いさんを招く、そんな事をするのは天才軍師か馬鹿王族くらいだろう。


「あ、あえ、あ……」


 現状を理解し始めたクリュティエは言葉が出ないようだ。


「わ、わたくし──クリュも何とか致します!」


「そ、そうよ! 今までのメンツでは、どうにもならなかったかもしれないけど、このポンコツメイドがニューフェイスったじゃないの!」


 名乗り出たクリュに、クリュティエが食いつく。

 ニューフェイスったってなんだ、ニューフェイスったって。


「そ、それであなたは何が出来るのかしら!」


「おばあさま直伝のお野菜のスープと、えと、あとは……給仕ができます! メイドですから!」


 クリュティエの期待は撃ち砕かれた。

 そもそも、元村娘のクリュが高級料理なんて作れるわけがないのだ。


「あ、俺も給仕できる」


 と、サンダー。


「ああ、私もできますね」


 この状況を明らかに楽しんでいるブリリアント。


「執事長なので……給仕は任せてください……」


 自らのふがいなさと、その場のノリでのやけっぱち混じりのフィロタス。

 何というか、給仕係過多である。というかそれしかいない。


『しょうがないな、私に任せろ』


「ジス、あなた! さすが私が招き入れた神器ですわ!」


『皿担当をやってやる!』


「だから、その上に載せる物が……うぅわぁー、もうダメだー!」


 ついに崩れ落ちてしまった涙目クリュティエ。

 自称神器だが、皿として使われてやると言っているのに、何というリアクションだ。


* * * * * * * *


 この私は、料理で相手に特殊効果を付与すると言っても、その中でうま味アップ大! みたいなものはまだ見つけていない。

 味の方面では地道に頑張るしかない。


『というわけで、安くても何とかなりそうな食材を探しにやってきておりまーす。足があったら全力で離脱したい状況でありまーす。逃げたーいヘルプミー』


「安くて美味しいものねぇ……。そんなもの、現地の物なら既に開発され尽くしちゃっていて、食材も需要上がってそれなりの値段になってるだろうしな~」


 ヴェールと一緒に市場を巡っていた。

 相変わらず食材は存在しているが、高騰は続いている。

 特に高級食材や、質の高い肉類は一日で倍額になっている場合もある。


 だが、それでも売れる。

 話を聞くと、ここの住人は貯金はするにはするが、使う時ならパーッと使っちゃえみたいな考えらしい。

 住人のほとんどが公務員で給料が無駄に安定している事もあるのだろうか。


 いつか、ある一定の地点でシャボン玉が弾けるみたいなのが見られそうである。


「うーん、何かあったような気もするけど……。喉まで出かかっているけど……」


『良いアイディアか?』


「だったような……うーん。とりあえず食材でも見ておきましょうか。この会食が失敗すると、あたしの名声上げに響きそうだし」


 今日は休日なのか人が多い。

 これは一人になる理由になるかもしれない。


『ちょっと良いかヴェール? 皿は体質的に人混みの中で無駄に動くのが苦手なので、ここで待機していたい』


「体質的って何よ?」


『パリンとか。それにホコリとか視界に入るだけでも生理的に無理』


「あ~、確かに皿は身も心も清潔じゃないとやってられないわよね」


 本当は(きり)の箱の中なので問題無いし、舌で舐められても平気なくらいの図太い神経だが、今はそうしておいても一人になりたい理由がある。


「それじゃあここに置いておくけど、何かあったらラップで自衛しなさいよね。魔力が乱れたら、あたしからでも分かると思うし」


『のんびりしてる~』


 のんきな発言をする私をベンチに置いて、ヴェールは雑踏に紛れていった。

 一応、今は桐の箱に入っているので不審では無い。……訂正、生の皿が置かれているよりは不審では無い。


「第二の情報開示です」


 とびきり不審なフードを目深に被った中肉中背の男が現れ、こちらを見ずに呟いた。

 顔は分からないが、声や雰囲気からして前回のグライアイの者──三人歯(オドン)だろう。

 接触してくるタイミングとしては予想出来たので、わざと一人になれる状況を作ったのだ。


「会食で行われるのは、クリュティエ姫の毒殺です」


『だろうな』

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