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イージスの皿は砕けない! ~龍に勝つ方法? 飯を喰らって食事強化《バフ》ればいい~  作者: タック
一章 魔毒を喰らわば神皿までも

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第16皿 メイドのクリュとクリュティエ姫

『というわけで、クリュを連れて来たわけだ』


「へ~、何とも可愛らしい理由じゃない」


 屋敷に戻り、同じく戻ってきていたヴェールと合流した。

 与えられた自室で今までの経緯を説明したところだ。

 クリュ本人は、ちょっと別室で準備中。


『また偽物とかじゃないよな……?』


 以前、ヴェールに化けていた下級悪魔とかいうのを目撃してから、どうも外見に対しては疑り深くなってしまった。


「へーき、へーき。正真正銘、魔力の個人識別でクリュちゃんよ。あの村娘の」


『そうか……。またいつ偽物が来るのかと考えたら夜も眠れないからな』


「あんた、眠るの……? まぁでも、こんな都会、しかも魔女のあたしがいる屋敷付近で変身魔術なんて使う馬鹿はいないでしょ」


『どういうことだ?』


「んーっとね、前も軽く説明したと思うけど──」


 ヴェールの魔術講座が始まった。


 よっぽどの特例でも無い限り、変身魔術は(まと)っている魔力から判別できるという。

 魔力が見える人間なら、大抵は。

 つまり、魔術師や、その卵、素質を持つ者などが居る場所では、速効でバレて不審がられてしまう。


 また、人間、悪魔か等も大体の判別が可能。

 この二つ、“悪魔”が“変身魔術”を使っている、と組み合わさると不審者度マックスという事だ。

 私は悪魔です、しかも化けていますと張り紙を貼っているようなもの。


『なるほど』


「あの時の下級悪魔は、よっぽどの馬鹿か、ただの使い捨ての鉄砲玉だったんでしょうね」


 あの偽ヴェールの事を思い出す。

 虐められていて……怯えていて、どこかへ一緒に逃げたいと言っていた。

 そういう鉄砲玉のような立場なら、本心からの言葉だったのかもしれない。


「まぁ、下級悪魔に変身させても平気な方法もあるけどね」


『うん?』


「使い魔にしちゃえばいいのよ。それなら、飼い主の魔力が纏わり付いた首輪付きペットみたいなもので、見逃してもらえる」


『飼い主がいるから、安心して見ていられるという事か……』


「というわけで変身魔術なんて、限定的な状況で魔力が見えない相手への奇襲か、演劇くらいにしか使えないのよ。使える存在自体が希少だしね」


 なるほど、これからは毎回“こいつ化けてるんじゃね?”と勘ぐらなくていいという事か。


『そういえば、ヴェールは変身魔術は使えるのか?』


「一応、使える事は使えるけど……相手の精神まではコピー出来るわけじゃないから、喋ると大体バレる。いや、仕草や歩き方一つでアウトなレベル」


『難しいんだな』


「しかも初級だから、大きく変化は無理。長時間も無理。あ、でも石像や壺とかならいけるかも?」


 相変わらず……すごいんだか、すごくないんだか分からない魔女だ。


『話は変わるが、魔法のカードとやらは買えたのか?』


「うん! ばっちり!」


 手の平より少し小さいくらいの四角いカードを見せられた。

 十枚くらいはあるだろうか。

 見た目は全て同じだ。


『かなり枚数があるな』


「いや~、結構お金を使っちゃった~」


 カードと反対の手で、重量の減った金貨袋を持ち上げる。

 用途は分からないが、それだけの価値あるものなのだろう……。


「あ、それでその後に非合法っぽい店で盗賊奴隷のあれこれをしにいこうと思ったところで、自称アレキサンダー君を見つけたの」


『女の子とデートとか言ってたけど、もしや奴隷の女の子を買いに……? うらやまし──』


「いやいや、あんたの脳内はオヤジ臭がすごいわね……。違うっての、一人でブティックに入って、女物の服を買っていたの」


『デートなのに一人? しかも女物の服』


「そう。しばらく観察してたから間違いないわ」


 少年をジッと観察って、下手すればストーカー案件だ……。

 色恋沙汰に疎いっぽいヴェールは将来、残念な独身女性になる図が見える。


「誰かへのプレゼントだったのかしら」


『いや、意表を突いて自分で着るのかもしれないぞ?』


「うん?」


『女装だ』


「じょそ……」


 ヴェールは眉間にシワを寄せた。

 いつも死んだような目だが、さらにゴミを見るような感じに進化した。


『それなら辻褄が合うだろう。自分が男の娘になって、ショーウインドウに映る自分とデートだ!』


「え、何そのジスの発想……本気で引くんですけど」


 私の脳裏には、あははうふふきゃっきゃしているサンダーが見える。見えている。

 ショタならではの特権と言えるだろう。


『私の性癖はほぼオールマイティだからな! これで男がデート相手でも、女がデート相手でも楽しく見学できるぞ!』


「ダメだコイツ、早くパリンしないと」


『大丈夫、超絶美少女が言えば大体の事は正義になるから。きっと皿になる前はそんな感じ』


「いや~、ないわ~。絶対に中年のおっさんだわ~」


『幼女、モンスター娘、女神、巨人娘、世界を滅ぼすヘビ娘と様々なバリエーションが想定される』


「そ、そう……」


 こちらを見詰めるヴェールがゴミを見る目から、深い深い哀れみに変わっていったのは気のせいだろう。


『さてと、そろそろクリュのメイド服お披露目の時間になりそうだ』


「あんた、クリュちゃんにはまともに接しなさいよ。変態思考が移らないように」


『え、私ってそんな有害指定図書的な扱いなの?』


* * * * * * * *


 そういえば、屋敷に移動するまでの間、クリュと会話をしていた事を思い出した。

 一番の疑問であった、どうやって村からアテナイに移動してきたのか? という事だ。

 村周辺ならカリュドーンの猪も生息していないため、移動する事もできるだろう。


 だが、アテナイ周辺を移動するのは危険だ。

 その疑問をぶつけたら、意外な答えが返ってきた。

 あの線の細い青年が一人旅をしていて、それに付いてきたというのだ。


 どう見ても、ならず者にすら押されていた人間が、この危険地帯が増えている世界──アストロラムネーメを一人で旅できるとは思えない。

 運良くカリュドーンの猪とは遭遇せずに移動できたらしいが無謀すぎる。

 いや、もしかしたら線の細い青年の危機察知能力が高いのかもしれない。


 クリュを守ろうとしてくれていた事もあるし、今度出会ったら礼の一つでも言っておこう。名も教えず去ってしまったので、再会出来るかはわからないが。


「あの、わたくしにこんな綺麗な服……良いんでしょうか?」


「ええ、メイドとなるのなら、これが制服ですから」


 広間にて、白と黒のフリル付きメイド服を着た、クリュのお披露目である。


『しばらく、私とヴェールの客人としてゆっくりしてもいいのに』


「いえ、きちんと働いて、この世界の事をもっと勉強したいんです!」


 かなり無計画にアテナイに出てきたため、クリュは行く当てが無かった。

 本人としては村と同じ感覚で薪割りや炊事洗濯、後は自給自足で何とかなると思っていたらしいが、ここは首都とも言える大都会だ。

 この地で身分の証明すら出来ない幼女が、いきなり普通の仕事に就けるはずも無い。


 一歩、道を外れれば……なんて考えたくも無い。もしそんな状況になったら、その仕事を斡旋した奴らを一人一人窒息死させて回るだろう。

 というわけで、当面の住む場所だけでもと屋敷に連れて来たのだ。

 金銭的な余裕は、私の分け前でなんとでもなる。皿は食費その他がかからない身体だし。


 なのに、このクリュときたら自ら働くと……。


『私だったら、立場を利用しまくって限界までぐーたら生活を送るな……』


「あたしも……」


 私の発言にあわせて、深くうなずくヴェール。


「ちょ、あなた達、なんて事を言ってるのよ! 雇い主であるこのクリュティエの前で!」


「クリュティエお嬢様も、切羽詰まるまで同じような事をしていましたよね?」


「うっ」


 いつものクリュティエと、それを糸目で微笑みながら、論破という名の言葉責めをする執事ブリリアント。

 それにしても二人は似ている。


『やっぱりクリュティエと、クリュは、双子か何かみたいに見えるな』


「確かに……私と鏡写しのような顔、着ている物が違うくらい」


『自分の事を“わたくし”と言うのが元村娘クリュで、“私”と言うのが一応姫のクリュティエだな。三つ編みのおさげを垂らしてる位置も、左右違うか』


 クリュティエはマジマジと、クリュの顔を見詰める。

 見られている方は困惑気味だ。


「は、はは」


「でも、俺としてはクリュの方が可愛く見えるな。メイド服のデザインもあるし、こう、柔らかい雰囲気というか」


 横から割って入るサンダー。

 品定めするような仕草をするが、少年故の無邪気な行動に見える。嫌らしく見えないのはショタ特権である。


『サンダー、もしかしてメイド服を着たいのか?』


「いや、もちろん自分では着ないけど……。どうしてそんな突飛な発想に?」


『本当に着ないのか?』


 ぐいぐいと食い気味な言葉で押す私。


「……あー、でも、うん。言われて見れば、劇場の手伝いに行くことがあるから、役者として着る場合があるかも?」


『そのシチュがあったら見に行くから、良いチケットを確保しておいてくれ』


「お、おう?」


 皿とショタの他愛ないやり取りであった。

 それはそれとして、クリュティエの様子が変だ。


「んー……何というか落ち着きませんわね……。やっぱり似すぎというか……。名前も自分みたいで呼びにくいというか」


「可愛いクリュと、そうじゃないクリュティエ。分かりやすいだろう」


 悪気無く、にっこりと笑いながら言い切ってしまうサンダー。

 苦虫を噛み潰したような表情になるクリュティエ。


「た、確かそのほう、本名はクランカー=ベイトと申しましたわよね!?」


「は、はい。クリュティエ様」


「その異国語の意味は、役立たずのポンコツ! ──今日から、あなたの事はポンコツと呼びますわよ! いいですわね!?」


 ポンコツとは、あんまりではないか?

 似た名前、顔で比較されて気に障ったのだろうけど、それを見知ったばかりのクリュにぶつけていいものではないだろう。

 だが、クリュは──。


「はい! 早速、親しげなあだ名を付けて頂いて嬉しいです!」


 なぜか、とても嬉しそうにしていた。


「あ、あなた、この呼び方でいいんですの?」


「もちろん! 最初が一番ダメなポンコツなら、がんばって善き者になろうと、努力の方向性が分かりやすいですから!」


 クリュは、そんな強く清らかな言葉を当たり前のように発している。

 一方、汚く利己的な言葉をぶつけてしまったクリュティエは、自らを恥じるように顔を背けて、伏し目がちに口ごもった。


「あなた……。わ、私も早計すぎたかも知れませんわ。その、もっとあなたに相応しい別の呼び方を──」


 そんな事も気にせず、クリュは慈愛に満ちた笑み。

 早速そのまま一仕事だ、と言わんばかりに、ヴェールの手から私を取り上げる。


「さぁ、ジスさ……いえ、お客様! お部屋までお運び致しますね!」


『お、初仕事だなクリュ──うぅぅううおぉッ!?』


「あっ」


 お約束である。

 何も無いところでつまづき、私を床、前方斜め下に力一杯叩き付ける。

 私も慣れてきたので、破片が飛び散らないようにコントロールパリン。


「今回もごめんなさいお皿さぁーん!?」


「スラムダンクみたいに綺麗に決まったわね」


 ヴェールが冷静に呟く。

 クリュティエの方も、唖然としながら──。


「や、やっぱりしばらくはポンコツ呼びでいいかしらね……」


 クリュは転んだ拍子に、スカートがめくり上がり中身が見えてしまう格好。

 ただ、残念ながら砕け散っている私からは見えないアングルだ。

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