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イージスの皿は砕けない! ~龍に勝つ方法? 飯を喰らって食事強化《バフ》ればいい~  作者: タック
一章 魔毒を喰らわば神皿までも

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第15皿 力上昇でアラララーイッ!!

 清潔なコックコートに腰エプロンの線の細い青年が、外套のフードをかぶった幼い少女を守っていた。


 その姿は誰かを守る頼れるナイト様というより、長身のスタイリッシュな体型なので王子様タイプと言えるだろう。

 髪はエアリーヘアでふんわりとした金髪。

 女神アテナのような美しい小顔に長いまつげ、蒼く輝く瞳(グラウコーピス)がさらにイケメンとして拍車をかけている。


「おう、関係ない優男はどいてろよ! その娘が俺にぶち当たってきて、この大切な高級ワインが割れちまったんだ」


「わ、わたくしは悪くありません! 向かってきたのはそちらです! それに、身体がぶつかる前から、意図的に手を離していました」


 観衆が見守る街中。

 幼い少女を脅す、ならず者。


「僕が見る限り、そのワインはビンだけ高級品で、中身は別物でしょう」


 線の細い青年は、そう主張するも──ならず者は笑い飛ばした。


「がっはっは、なぜそんな事がわかる。なんなら地面にキスしてテイスティングでもしてみるかぁ?」


「香りですよ、香り。地面にまき散らされたおかげで非常に分かりやすいです」


「はぁ!? て、てめッ、香りで分かるなんてデタラメを……」


 ならず者は、線の細い青年に近付き、首根っこを掴む。

 身長は両者高いのだが、ガタイ的に重戦車と小型馬車くらいの違いがある。


「どの料理にも合わない安物、いえ、粗悪品ですね。安くても良い物はありますが、これは違います。商会は今のギルド長になってから、何故このような物の流通を許すのか……」


 身体が浮き上がりそうになりながらも、青年はペラペラと話し続けた。

 大物……と言えるのだろうか。

 何か隠された実力でも──。


「っせぇな! この優男(やさおとこ)が!」


「おわっ!?」


 ならず者が拳を一振り。

 そこまで力を込めたように見えないが、線の細い青年は吹っ飛んだ。

 派手にゴロゴロと転がったが、しなやかな柳の木のようにすぐに立ち上がった。


「暴力を振るってきたということは、図星なのでしょうか? 非を認めるのなら、この女の子を解放してあげても──」


「ああん? んなの知るか! とにかく割った代金として俺と来てもらうんだ。野郎に用は無ぇ! すっこんでろ!」


 線の細い青年が、幼い少女の前に戻ってきた途端、また殴られていた。

 守られている幼い少女は、自分が脅されていた時の気丈さから一転、線の細い青年が傷つくのを見ていられなくなって冷静さを失い始めていた。


「や、やめてください! このお兄さんは無関係なんです! わたくしに出来る事なら何でもしますので……どうか、もう殴るのをやめてあげてください」


「おう、それじゃあ──」


「待って。僕のことなら気にしないで。たぶんあと四日くらいは殴られ続けても平気だから」


「で、でも!」


 私も見ていられない。

 別に正義の心が芽生えたわけでもない。

 だが、あのならず者のやり方が三下すぎる。


 当たり屋(ボトルアタッカー)なら、すぐ払える少額を要求して立ち去るのが定石だ。

 高額、人身まで要求するとボロが出るに決まっている。

 ──と、私はいつものクズ寄りの思考だが。


「ジス殿、ここに置きますがよろしいですかな?」


 私を手に持っていたフィロタスは違うらしい。


「ああ、大丈夫。自分で移動は出来ないけど、軽い自衛くらいは出来る」


「はい、では少しだけお時間を頂きます。頭を握り潰して脳漿(なかみ)を──いえ、適切に処理して参ります」


 力を持て余しているのか、発言が怖い気がする。

 私をベンチに置いて観衆の中心へ向かうその背には、燕尾服の上からですら分かってしまう、鬼面のような盛り上がりが見えた。

 スタリスタリと優雅な執事歩きから、徐々に速度を上げる。


 早足──助走──全力疾走。

 異変に気が付いた観衆をモーゼのように割りながら進む。

 その重く速い突進は、カリュドーンの猪を思い出す。


「な、なんだっ!?」


 ならず者が気が付いた時は既に遅かった。

 一瞬にしてフットワーク軽く、左右へのフェイントを織り交ぜながらのボクシングスタイル。

 膨れあがる筋肉が丸太のような腕を形成。


 フィロタスは叫び──放った。


「アラララーイッ!!」


「う゛ぉお!?」


 ならず者のみぞおち部分が大きく(くぼ)んだ。

 フィロタスの拳は放たれたはずなのだが、その位置が動いていないように見えた。

 故に高速、故に不可視。


 遅れて痛覚、衝撃がならず者の認識に引っかかった時には、身体が吹っ飛んでいた。


「グエォエッ!?」


 転げ回り、のたうち回るも激痛は続いているらしく、壊れた楽器のような惨めな悲鳴を上げ続けている。


「大丈夫ですかな、勇気ある青年と、気丈なる小さな淑女(レディー)


 フィロタスは柔和な笑みを浮かべながら振り返った。

 と、同時に何かに気が付いた表情。


「いやはや……勇気があると思ったら、貴方様は──」


 視線は青年へ。

 様付けなので、それなりに立場ある人物なのだろうか?

 いや、まだ青年という歳なら、地位ある者の息子という可能性もある。


「今の僕はただの料理人です」


「ああ、これは失礼。そうでしたね」


「そういう貴方も、マケドニア生まれでスパルタ王の副官までになった──」


「ふふっ、これは一本取られました。お互い、元の立場は忘れて、このアテナイではただの市民ですな」


 二人はそう言うと笑い合った。

 何やら訳知りらしい。

 というか、フィロタスについてチラッと言っていたが……。


 いや、それよりも気が付いてしまった。

 料理人という青年も多少は気になるが、因縁を付けられていた幼い少女の方だ。

 見た事がある。


 知り合い二人に該当する外見。


「おや、クリュティエ様。お屋敷に居られたのでは?」


 フィロタスも気が付いたらしい。

 かぶっていたボロボロの外套を取り去った幼い少女は──クリュティエ。

 いや、たぶん……そちらではない。


「あの、わたくしをどなたかと間違えているのでしょうか……。確かに親しい者からの呼び名はクリュですが、本名はクランカー=ベイトと申します」


 まだ数日前の事だが、懐かしい少女だ。

 私に初めて食事を盛り付け、一緒に死線を潜った仲。


「クランカー=ベイト……ですと!?」


 フィロタスは目を見開いた。

 クリュティエと同じ見た目なのだから、そのリアクションは当然だ。

 私も、クリュティエと出会った時に混乱してしまった程だ。


 今は、着ている物が貧相な村娘服と、お姫様のドレスで見分けは付く。


「わたくしが何か……?」


 不思議そうな顔をするクリュ。


「い、いえ。そうですか。貴女様が……」


 フィロタスの反応がおかしい。

 直接は会ったことは無いが、クリュ自身を知っているような口ぶりだ。


「貴女様の祖母と知り合いなのですよ。どうですか、アイツは元気にやっていますか?」


「……病気のお婆ちゃんはわたくしを守るために……もう……」


「そうで御座いますか……」


 私は、あの時の事を思い出してしんみりしてしまう。


 それにしても、このアテナイにクリュが来ているとは。

 せっかくだし、少し話したい気分だ。


 フィロタスが戻ってきたら、クリュの前まで運んでもらうか。

 ──と、考えていた、その時。


「魔女ヴェールの魔道具様とお見受けしましたが、少しよろしいでしょうか?」


 来た。

 知らない声。

 フードを目深に被った姿の男。


 こちらに話しかけてきた。

 面識は無いが、どんな相手かは察しは付く。

 私が故意に出していた独り言で呼び寄せたようなものなのだから。


『ああ。──そういうお前は、グライアイの者か?』


「はい」


* * * * * * * *


「ジス殿、お待たせしました」


『いや、こちらも待ち時間を有効に使わせてもらった』


「ふむ?」


 私の周りには、既にフードの男の姿は無かった。

 フィロタスは不思議そうな顔をしつつも、連れて来たクリュを紹介してくる。


「こちらの小さき淑女(レディ)を助けられたのは、ジス殿のおかげでもありますな」


『いや、そんな事はないぞ。私の料理で、ならず者の吹き飛び具合が大きく変わったくらいだ』


 きっと、力上昇を受けてなくてもフィロタスなら、ならず者を軽くひねっていただろう。


「あ! お皿さん! お皿さんだ!」


「ジス殿とお知り合いで?」


「はい、お友達です」


 桐の箱に入っていても、声でこちらに気が付いたのか、キラキラと目を輝かせるクリュ。

 あっちのクリュティエと違って偉そうでは無く、永遠の純真を秘めたような少女。

 私を友と呼んでくれたクリュ。もし、傷物にされていたら──ならず者をハンバーグ用の挽肉にしてやるところだった。


『やぁ、お皿さんことジスだよ。クリュお久しぶり』


「お久しぶりです!」


 クリュは、桐の箱から私を取り出した。

 今まで私からは一方的に見えていたが、クリュからは見えていなかった。

 そのため、これが感動の再会の瞬間である。


 パーツ的にはクリュティエと一緒のはずなのに、クリュの方が五百倍くらい可愛く思える。

 やはり外見も重要だが、中身はもっともっともっと大切という事だろう。


『ところで、どうしてアテナイに? というか、重傷って聞いてたけど大丈夫なのか? あと姉妹とかいない?』


「あはは、そんなにいっぺんに質問されても困りますよ」


 本当に困っているようには見えない、屈託の無い笑顔。

 一瞬でも、当たり屋視点で物事を考えてしまった私には眩しすぎる。

 もしも神が居るのなら、懺悔(ざんげ)したくなるくらいだ。


 アテナは何か嫌なので、無難なゼウス辺りに。


「えっと、姉妹はいませんね」


『ふむ、そうか。まぁ似た人間は何人かいるというしな』


「怪我の方は、ジスさんの応急処置が適切だったのと、魔女さんの治療がすごかったので、この通り元気になりました!」


 ……おかしい。

 私のラップは、そんな治療促進のような効果は無いはずだ。

 ヴェールの魔術も、いくら複数同時に使えるからと言っても初級魔術。


 もしかして偽物というオチなのだろうか?

 屋敷に戻ってヴェールと合流したら、魔力で判別とやらをしてもらうか。


「アテナイにいる理由は~……ジスさんに会いたかったからです!」


『私にか?』


「はい! そして、今度こそちゃんと料理を盛り付けてあげようって決めていたんです!」


 私のために……。この健気さ、本物に違いない。


「あっ」


 クリュは、私を持つ手を滑らせた。

 懐かしい。

 落下してる最中、このドジさも本物だと思っ──パリンした。

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