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第14皿 アテナイの名物肉料理

 これからどうするか。

 その部分で手詰まりになってしまっていたのがクリュティエ達の現状だった。

 そこで……一気に解決ということは難しいので、いくつかの方向から探ることにした。


 もう一度カリュドーンの猪を倒しての調査。

 これは私からの提案だが、まだ一手足りない。

 準備を整えてからだ。


 次に、このアテナイにある違和感への調査。

 これだけの大ごとなのに住人達は、まるで危機感がないように見えた。

 それに……同時期に行動を起こしているグライアイという犯罪ギルドも気になる。──個人的にも。


「ねぇ、ジス」


『ん?』


「対策会議の時、調査で一手足りないって言ってたけど、何が足りないの?」


 円卓のある会議室を出てから、ヴェールが聞いてきた。

 彼女の手に持たれている私は微妙な感じで答える。


『ん~……凄腕の猟師、なのかな……』


「猟師っていうと、猪狩りのため?」


『それもあるんだけど……。求める役割的に、適合する奴は少なそうなんだよなぁ』


「どういうこと?」


『採算無視で倒すことは、頑張れば出来なくも無い。問題は倒した後の事なんだ』


 首をかしげるヴェール。


『となるとだな、猟師がダメなら──後は凄腕の“料理人”辺りに的が絞られる』


「料理人、ねぇ……」


 この屋敷の料理人を使う、というのは無理だった。

 既に給料からの問題で本来の料理人は辞めており、今は臨時で……執事長が慣れない料理をがんばるも、結果は塩のスープくらいだ。

 異次元冷蔵庫に入れてある二つの肉もお預け中。


『で、だな。今日は街への調査に──』


「あ~……ごめん。ちょっとあたしは一人で行きたいところがあるからパス」


『うん? お前が私を巻き込んだ癖に、乗り気じゃ無いっていうのはどういう事だ?』


「いや、やる気はあるんだけど、ちょっと今日……これから出かける数時間くらいは、あの、その、ね……」


 ヴェールはしどろもどろになり、あのいつも所持している機械という“薄い板”に視線をチラチラ。


『それが何か関係してるのか?』


「い、いやいや! 全然、何でも無い、うん!」


『ヴェール、何か今日のお前は嘘がやばいくらいに下手だな。動揺がすごいぞ』


「うっ……。その~、ちょっと魔法のカードを買いに」


 魔法? 魔術より上の魔法の道具とな?

 確かにそれは重要度が高そうだ。


『わかったわかった。そんな半獣神パンがパニクって後悔してるみたいな顔をするな』


「そ、そんな酷い例えみたいな顔してないもん……」


『となると、誰か他に私を運べそうな~の~は~』


 視点を左右に動かす。

 会議室から出てきている面々。

 クリュティエ……は、悪い意味で街で目立つ。却下。

 執事のブリリアント、あいつと二人きりは何か嫌だ。胡散臭い、何を考えているか分からない。

 サンダーは女の子とデート中。


 消去法的に、残るは──。


『フィロタス、ちょっと頼みが』


如何(いかが)なさいましたか?」


 ロマンスグレーが振り返った。



* * * * * * * *



「ふむ、なるほど。それでこうして、この老体を駆り出したというワケですな」


『白髪と顔のシワ以外、燕尾服を着た屈強な戦士にしか見えないけどな……』


 フィロタスは、私を持ち出すに当たって(きり)の箱というモノを使用している。

 何でも、高級品を持ち運ぶときに使うのだと、あの魔女が言っていた。

 私も見たことが無かった東方の素材だが、なかなかに居心地は良いものだ。


 見下ろし型視点によって、まるで透視のように外の様子が見える。

 街を歩く人々、やはりその顔には不安はなく、陽気だ。


『フィロタス、そこの店に入ってくれ』


「……食料品店ですか? かしこまりました」


 中規模の食料品店。

 どこの街でもあるような、食材が並べられている店だ。

 軒先にはフルーツや野菜。店の中には肉や魚などが潤沢に置いてある。


 専門店と比べると品揃えは浅く広い感じだが、全体的に見ることが出来るのでここを選んだ。


『フィロタス、変じゃないか? 魔物によって食材などが調達しにくくなっているのに、こんなに沢山置いてある』


「そういえば、そうでございますね……。価格は高騰していますが、物自体はこんなにもある。普段と変わらない量です」


 この状況から、私は考えをまとめ始めていた。


『一つ聞きたいが、肉や魚は保存はどうしているんだろうか』


「……そうですね、このアテナイ程の大きな商会などでは、魔術、魔道具の発展によって食品保存技術が飛躍的に上がっています。設備の整った倉庫では、かなりの期間、劣化せず新鮮なまま保存可能でございます」


 店から得られるデータを収集。

 その後も数件、同じような食料品店を回る。


『オリーブは特に高騰しているな』


「はは、公務員以外はドバドバとかけられないですな」


『ふ~ん、なるほど。公務員以外が困るというのなら、大半の住人は困ってそうだな』


「いえいえ、アテナイは住人のほとんどが公務員なので……」


 聞き間違えだろうか。

 住人のほとんどが公務員とか。


『もしかしてなんだが、住人が危機感を持っていないのは』


「国民性もあると思いますが……たぶん、食品が高騰しても気にしていないからでしょうな。キッチリと、昼寝の時間まで公務員は用意されていますから」


『この国、滅びてもいいんじゃないかな?』


「そんな事を言ったら、国の守護神であるアテナ様に呪われますぞ……」


『このギリシャ危機が進行したら、愚痴言って呪われる被害者は多くなりそうだな。まったく、あーあ。金と人脈さえどうにかなるのなら、ヴェールの元から逃げて、色々と投げ出したくなるな~!』


 私は大声で不満をまき散らして歩き続けた。

 たぶん、周囲の人間にも聞こえているだろう。


「ははは、確かにきつい面もある女神様ですが、私の息子夫婦などはファンのようですよ。凜々しく勇ましくて、今度生まれる二人目の孫にも神話を読み聞かせたいとか」


『困った時に、そのアテナ様とやらが助けてくれればいいんだけどなぁ……』


「友と、勇気あるものには手助けしてくださる女神様みたいですな」


 友と、勇気あるものねぇ……。

 そんな青臭い、金にもならないものを大切にするなんて気が知れない。


『っと、そろそろ昼飯時か』


 食堂などが賑わい始めてきた。


『フィロタス、付き合ってくれている礼だ。おごってやるから何か食べてくれ』


「ふむ、いいのですか? 私は職務の一環として──」


『悪からせしめた金があるから、それくらいはさせてくれ』


 盗賊の宝から拝借した金である。

 ヴェールから、私の取り分の一部を持たせてもらってある。


「断るのも野暮というものですな」


『そうそう。私の昼飯は経験値稼ぎでもある。何かオススメはあるかい?』


「ふーむ……」


 フィロタスは辺りを見回す。

 見えるのは数台の、木製の小さな屋台。

 何かを焼いて煙が上がっている。


「では、せっかくなのでアテナイ名物を食しましょうか」


『あの屋台か?』


「左様に御座います。あの屋台はスヴラジディコと言って、“スヴラキ”という肉の串焼きを販売しております。ヴェール様は“日本の塩ヤキトリみたい”と仰っていましたな」


『ほうほう』


 連続でジャガイモの塩スープと黒パンだったので、皿としても嬉しいチョイスである。


「店主、スヴラキをもらおうか」


「へい! 焼き立てをどうぞ!」


 小汚い屋台は、無駄に威勢の良い店主の声でビリビリと振動しているように見えた。


「ああ、そうだ」


 フィロタスの視線が、私の方へと向いた。


「皿を持って来ているので、それに盛り付けてもらえるだろうか」


「へい? いいですが」


 皿持参。

 なかなかに珍しい客なのだろう。

 しかも、桐の箱から丁寧に取り出されているのだ、私は。


「へい、おまちッ!」


 私の上に載った料理。

 それはスヴラキと呼ばれる、肉の串焼き。

 成分的には豚肉と鶏肉を交互に刺してあるらしい。


 味付けは塩、コショウ、オレガノ。

 スライスオニオン、生トマト、ポテトフライが付け合わせだ。

 それと一緒に添えられている──レモンをギュッと絞る。


 その行為の最中、落ち着きを形にしたようなフィロタスですら、唾を飲んだ。

 焼いた肉、定番の調味料、それにひと垂らしのレモン汁というのは旨さを想像できてしまうからだ。


「では、ジス殿。頂きます」


『あ、ちなみに特殊効果は──』


 まだ言い終わる前。

 フィロタスは串を持ち上げ、肉を噛み、肉汁を溢れさせながらスルリと口内へ。

 串から肉を抜き取る場面、なぜこんなにも美味そうに見えるのだろうか。


「やはり、ここのスヴラキはアテナイで一番ですな」


「ははっ! 材料が高騰してきて、少々根が張っちまうが、噂ではすぐ安くなるって事なので──うおっ!? あんた、身体が光って──!?」


 フィロタスは、私の能力によって光り輝いてしまっていた。


「ふおっ!? ち、力がみなぎってきましたぞー!」


 燕尾服の下から、肩と腕の筋肉が隆起して、フタコブラクダのようなシルエットを見せる。

 胸板も冷蔵庫のように分厚く、しかもピクピクと動いている。

 服が破けていたら公序良俗で兵士達がやってきそうな絵面だ。


『このスヴラキというのは、肉料理だけあって力上昇の小だな』


「パワーが泉のように沸いてきますぞ……! 肉を噛み千切り、喰らうほどにィ!」


 普段のイメージとは違う、ワイルドな食べ方。

 まさに肉との格闘。

 串がサーベルのように(しな)り、付け合わせがウェーブを決めるオリンピアの観客のように沸き立つ。


 当然の如く迸るレモン汁。


「ぐあ! お客さん! レモンを目に飛ばさないでおくれ!」


「店主スマヌッ! 店主ッ!」


 肉肉野菜、肉野菜。

 筋肉に浮かび、脈打つ血管のリズムに合わせ、平らげていった。


「ご馳走になりました……ッッッッ!」


 フィロタスは、白いナプキンを優雅に舞わせ、口を拭く。

 筋肉が脈打っていても、希臘式格闘術(パンクラチオン)のように食事をしても、そこは変わらぬ執事長。

 

「では、お代を──」


「た、大変だッ!!」


 支払うと同時に、その助けを求める声は聞こえてきた。


「向こうの通りで小さな女の子が襲われて、弱そうなあんちゃんが助けに入ったんだが! どうにもならねぇ! だ、誰か兵士を連れて来てくれ!」


 フィロタスは深い皺をクシャリ──そしてニヤッと笑った。


「小さき淑女(レディ)に不貞を働こうとする(やから)、この力を試すのに丁度良いですな。ジス殿」


 その優しくも、修羅のような笑顔に戦慄した。


『息の根は止めないようにな……』


「ふむ、この全盛期のような感覚ですと難しいですな」


 一言で表現すると『マジヤベェ……』だ。私はなんてモノを呼び起こしてしまったのだろうか。


* * * * * * * *


【屋台のスヴラキ】

 経験値:小。

 地球世界にも実在するギリシャ料理。ヴェール曰く、ギリシャ版焼き鳥のような感じだとか。

 基本的に肉の串焼きだが、野菜を間に挟んだり、酸味のあるソースを付けたり、肉では無くてシーフード串焼きだったりとバリエーションがある。

 キンッキンに冷えたビールが欲しくなるらしい。


 特殊効果:力上昇(小)

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