第13皿 イージスに張り付く者
『いやぁ、昨日は酷い目に遭った』
「自業自得でしょ……」
風呂覗きによって実施された耐久パリンテスト。
1パリンからの復活ごとに、皿に蓄えられている魔力が減って行くという結果が出た。
それ以外は特に問題なし。魔力も時間経過と、食事ごとに回復していく。
あ、砕けて放置されている期間が長くても魔力の流出が起きるというのもあったな。
魔力が極端に減ると意識消失、そこから完全に魔力がゼロになると……うぅ、考えたくも無い。
「それにしても、ここは食べ物まで貧しいわね」
部屋の中、ヴェールがぼやく。
机の上に載っている私は、昨日の夕食と、今日の朝食を思い出す。
芋が入った塩のスープと、極限まで硬い黒パン。以上。
それを二連続だ。予想では三連、四連と続いていくだろう……。
『元から経験値の入りが悪い質素な料理のようだが、連続で同じ物だとさらに経験値が減っていくらしい。確認できた』
「うわぁ……。何かあたしのテンションと同じようなものね」
『だが、一皿は一皿。一応、本当に一応は、料理した相手への感謝も持っている……ぞ。……うん』
「さすがに一食なら我慢できるけど、アレがこれから毎日ずっととか、食にうるさいあたしは耐えられないわよ」
そう言うと、ヴェールは大きめの瓶から何か黄色い物体をつまんで、口へヒョイと入れた。
とてもサクサクとした音が響く。
『何を食べてるんだ? スナック菓子か?』
「炒った蜂」
『はち』
蜂蜜を使った物~、ではなく百パーセント蜂。
昆虫の蜂である。
そういえば、あれは見覚えがある。
ヴェールが羽根だけ焼いて、地面に落ちていたのを回収したハーレムビーだ。
「おいしいわよ?」
『それだけは私に載せるなよ……いくらなんでも昆虫は無理だ。普通、食べないだろう』
「地球の長野県とかに謝れ」
『どこだよそれ……』
たまに出る謎の異世界知識だろうか。
地球のナガノケンという異世界は恐ろしい場所というのは何となく伝わった。
『話を戻すとだな、私に効率よく経験値を稼がせるのなら、きちんと違う料理を盛り付けることだな』
「ん~、それもそうね。あたしとしても毎日同じ物は飽きるし」
『それと、次に得られるスキルが浮かび上がってきた』
「本当!? ど、どんな神器イージスっぽいスキルなの!?」
その前振りに、若干戸惑ったが……諦めて告げる事にした。
『皿憑依と、皿分身』
「は?」
『だから、次のスキル予定は皿憑依と、皿分身だ』
「……あんたって、本当に食卓偏りよね。憑依と分身だと強スキルっぽいのに、頭に皿と付くだけで気が抜けるというか何というか……」
これで逆に強スキルだったら、このクズ魔女は手の平を速攻で返しそうだ。
「ラップも本来は台所のお供なのに、戦闘であんな使い方してるし……」
『ん? ラップって戦闘用の武器じゃないのか?』
「本来は食事をホコリや虫から守ったりとか、保存する時にかけるものよ」
『まじか』
「ま~じ」
* * * * * * * *
館の会議室。
普段ならその円卓は、有名な騎士達のように13人程度は座れるスペースが用意されている。
だが、今はガラガラの空席だらけ。
「ふっふーん! よろしい、全員集まったようね! 早速、対策会議を始めるわよ!」
円卓に座りながらも、無駄にふんぞり返るクリュティエ。
その背後で姿勢良くたたずんでいる執事長フィロタスと、執事ブリリアント。
対面のヴェールと、円卓の上に置かれている私。
以上、四人と一枚しかいない全員集合。
『そういえば、サンダーはどこに行ったんだ?』
「あー、女の子とデートですって」
『なんて羨ましい奴なんだ』
オネショタだろうか、それとも人妻とだろうか、同世代ショタロリカップルというのも疼くモノがある。
『なぁ、ヴェール。サンダーを見つけてちょっかいを出しに行かないか?』
「行かないわよ。どうしてそんな発想になるのよ……」
『分からぬか……。お前は基本クズだが、恋愛経験の方ではまだクズになりきれていないようだな!』
「ジス、またぶち割るわよ?」
『すみませんでしたヴェール様』
こちらのやり取りを、クリュティエは呆れた表情で見ている。
「あんた達、魔物問題の対策を考えて欲しいんだけど……」
「はいはーい。それじゃあ、デキる魔女ヴェールちゃんが、現状をまとめましょうか。今、現在──」
ここ、都市国家アテナイは魔物によって危機に瀕している。
森に突如出現し始めた猪の魔物カリュドーン。
それによって経済活動は半壊。
これをどうにかして、国から金をせしめようというのが我々の狙いだ。
「せしめるとかじゃなくて、このクリュティエ=アリストデーモスの功績を認めてもらって援助を受けられるようにするだけだからね!?」
『どっちも同じじゃないかな~……』
「思ったんだけど、陸地の農業がダメなのよね? それなら、むしろ地形的に恵まれた海──港湾都市ペイライエウスと城壁で繋がれてるし、漁業や輸出入に力を入れればいいんじゃないの?」
「残念ながら、海にはセイレーンという魔物が出現中。こちらは水上だし、私には船もないからさらに無理……」
確かセイレーンというのは、歌声で船乗りを惑わせて座礁させたりする人魚っぽい奴だった気がする。
逸話としては、オデュッセウスという男が『歌を聴いてみてぇなぁ!』と言い出して、船のマストに自らを縛り付けさせて鑑賞会をしてしまうというマゾプレイがある。
「あ~、確かに自力で海上移動は、常に魔術枠を消費しちゃうから面倒くさい。パス」
海上移動、出来る事は出来るのか。
「んじゃ~、他国に助けを求めちゃうとかは? クリュティエの仕送りみたいな優先度の低い長距離の荷運びはきついでしょうが、きちんとした国と国との利害に基づいた部隊の移動くらいなら──」
「他国でも、同じような魔物が出現していて、手が離せないらしいので無理っぽいぃ……」
『何か過去に散々やろうとして失敗して、心が折れてしまったかのような口調になってしまったな』
がっくりとうなだれているクリュティエ。
ため息を吐くように語り出す。
「やれエリュマントスの猪が出ただの、やれアドニスの猪が出ただの……そりゃもうお払い箱でしたよぅぅ……」
「ふーん、どれも猪か」
「ええ、付近の森には猪型。後は別種でラミアとか、スフィンクスまで現れているとまで言われる始末。……というわけで、他国も余裕が無さそうですわ」
「あれ? 何でギリシャ神話のモンスターの中に、エジプトのスフィンクスが混じってるのよ?」
『ん? 元からこの地域で有名な話に出てくる奴だろう』
女神ヘラによってピキオン山に配置されて、あの有名な謎かけを出してくる怪物。
女性とライオンをミックスしたような身体に、鷲の翼を持っている。
最後はオイディプスによって謎を解かれ、豆腐メンタル故にショック死したという。
「ジス、あんた無駄に詳しいわね。本当は記憶が戻ってるんじゃないの?」
『いや、一部の記憶があるだけで、知らない事は赤子レベルで知らない状態だ』
「まったく。あんたも、この世界も偏りすぎよ……」
ヴェールが小声で何か呟いたが、気にせず話を続けた。
『結論としては、アテナイだけで何とかしなければいけないが、未だ国では対処できずと言ったところか』
「そう! そこで私達にもワンチャンあるわけ! ピンチこそチャンスよ!」
「ピンチになる前から立派に社会貢献しておくのが一番だと思いますよ、クリュティエお嬢様」
「うっ」
背後のブリリアント、黙っていた分の鋭い言葉の一刺しであった。
クリュティエは円卓に突っ伏してしまった。
「あ、これ学校で寝たふりする体勢とそっくりだ」
ヴェール。わかるような、わからないような微妙なコメント。
「んー、それじゃあ、冒険者ギルドみたいなところで人を使って人海戦術なんてどう?」
「冒険者ギルド? なにそれ?」
クリュティエが疑問の声をあげたが、私も同じだ。
また、異世界の常識というやつなのだろう。
「んん……そうか。ここには冒険者ギルドは無いか。それじゃあ、普通に人を雇って、猪用の装備で駆除していく~……って、手持ちのカード的に現実的じゃないか」
『そうだな。まずは資金が無い。それと、もう一つの問題がある』
「もう一つの問題?」
その問題が無かったら、国だけではなく、住人達も動いて、ある程度対処をしていただろう。
たぶん、これが一番の問題なのだ。
『カリュドーンは狩っても食えないし、金にもならない』
「あ~、そうか。肉は毒があるんだっけ。しかも魔物を倒しても魔石やらのドロップアイテムの類もないという。ゲームと違って経験値みたいなシステムも無いしね」
『……ヴェールのいつもの異世界知識はスルーしておくとして、だ』
ついてこられないクリュティエとフィロタスは頭に疑問符を浮かべている。
ブリリアントは、相変わらず何を考えているのか分からない糸目で微笑んでいるだけ。
『普通、狩っても何も得るものが無い相手を、自主的にどうにかしようという気はおきない。現実的に、こうやって一部のバカ──被害を速攻で受けたクリュティエがようやく動く程度の意識だろう』
「なっ、バカ扱いは酷いじゃない」
『バカはバカだ。だが、もっとバカなのはこの国の住人や王侯貴族達。無駄に栄えて、余分に蓄えがあったため、平和ぼけしていて実害が自らに及ぶまで必死には動かないだろう』
気付いた時には外来魔物に、生態系を含む外堀を埋められていて、手の施しようが無い事になっているだろう。
『だが、それにしても国がおかしすぎやしないか?』
「いや、だって……私もスパルタからの仕送りが無くなるまでは、ただの大きな猪が暴れているだけという話しか聞いていなかったし……。実際に周辺調査に行くまでは、まさかここまで深刻だとは」
こうも情報が極端だと、何かあるような気もしてくるな。
「それに、グライアイが起こしてる犯罪の方が目立っていたし……」
『グライ、アイ……?』
何か、記憶に残っている気がする。
だが思い出せない……。
「犯罪ギルド、グライアイ。三人の魔女が率いているという噂で、その末端の構成員達が大小、様々な問題を起こしているのよ」
「あ~、由来はギリシャ神話で有名なゴルゴン三姉妹と血縁であったとも言われている魔女達ね。色んな説はあるけど、豪奢な服を着た意地悪な魔女、血塗れ武器の戦闘狂の魔女、手段を選ばない恐怖撒きの魔女とか。特徴としては身体は三つだけど、歯と目が一つしか無くて共用してること」
「く、詳しいわね」
「有名どころは抑えているのよ!」
「何の」
「ディズ──ごほんっ。夢の国のよ」
グライアイ、ゴルゴン──メデューサ。
何故か懐かしい、そして……なにより胸が痛む。
思い出せない、私は……このイージスに張り付いている私は……何者なのだろう。