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第12皿 風呂を覗いても皿だから問題ないよね!

 私達は、執事長フィロタスに案内されて、クリュティエの屋敷へ到着した。

 大きな鋼鉄製の門をくぐり抜け、緑豊かな庭園を歩き、獅子頭をかたどったドアノッカー付きの扉を開ける。


『こ、これは──』


 その眼前の光景に驚きの声を上げてしまった。


* * * * * * * *


「ふふ、ようこそ我が屋敷へ」


 通された部屋、そこにクリュティエがいた。

 白いテーブルクロスがかけられた長テーブル、その入り口から一番離れた上座にふんぞり返りながら座っている。


『クリュティエ、お前の言っていた事は本当だったんだな……。一応、本当に一応お姫様だったのか』


「ふふーん、まぁーね!」


 さらにふんぞり返る、まだ幼い少女姫殿下。


『それにこの部屋まで来る間に見てきたけど……』


「ふふん?」


『本当に貧乏だったんだな……』


 私は残念そうに呟いた。

 皮肉とかでは無く、素での感想。

 屋敷の扉を通ってから、ここに来るまで調度品などに差し押さえの紙が貼られていたのだ。


『そこのブリリアントが言っていたけど、冗談かと思っていた』


「ははは、ご覧の通りです。使用人も資金難により、過半数に暇を出しました」


 そう、ご覧の通りなのだ。

 この広い屋敷に対して、使用人が3人しかいない。

 もう一度言おう……。紹介すると部屋に通されて、全員集合したはずなのだが三人しかいないのだ。


 言い忘れていたが、部屋にいるのは招待されたヴェールと私、だだっ広い屋敷の主のクリュティエ、それと全使用人である執事長フィロタス、執事ブリリアント、小間使いのサンダーだけなのだ。


「いやぁ、あたしが前に来たときはもっと人がいたんだけどね……。まさかここまで落ちぶれていたとは」


「ぜ、全部魔物が悪いのよ……」


 ため息を吐くヴェールと、がっくりとうなだれるクリュティエ。


『魔物が?』


「そういえば、お皿様は事情を知らないのでしたね」


『いや、うん、知らないけど、お皿様って呼び方はどうなんだ』


「では、お皿様に説明致しましょう」


 執事ブリリアント、こいつスルーしてやがる。

 いつも糸目で笑っていて、何を考えているのか分かりにくい奴だ。

 その眼の色さえ見えない。


「ここに御座(おわ)すお嬢様は、彼の地にある都市国家スパルタのお姫様、というのは周知の事実ですが」


「ふっふーん。そう、お姫様なのよ、私はお姫様! またの名を(おう)(じょ)!」


「──ですが、現実は心地良い肩書き薄氷の裏、王女と言っても王位継承権は13番目。まぁスパルタが、ゼウスかテュポーンに滅ぼされでもしないと絶望的な位置ですね」


「うぐっ!」


 クリュティエは平たい胸を押さえ、ダメージを受けたポーズ。


「しかも、このアテナイに友好っぽくも人質のように送られてきた立場で御座います」


「うぐぐっ!」


 何かグサグサと見えない精神攻撃が刺さってそうである。


「普段なら何とか、本国からの血税送金で無駄飯食いライフを満喫なされる事も可能だったのですが、魔物がルートを遮断してしまいまして」


『うわー、血税の無駄飯食い』


「……う」


 クリュティエは長テーブルに突っ伏して動かなくなってしまった。


「アテナイから援助を受けようにも、ぶっちゃけ普段から何もしていなかったので断られて、後先考えず民間のヤミ金業者から借金作ってお屋敷は差し押さえ寸前」


「お金にならないのなら帰っていいかしら……」


 ヴェールが普段より過剰に死んだ目をしている。


「ま、待っでぇ! 私は心を入れ替えたのよ゛ぉぉお!」


「というわけで、クリュティエお嬢様は、アテナイからの援助を受けるために魔物問題の解決という浅はかな一発逆転を狙ったのです」


 クリュティエは、ヴェールの足下までダッシュ。

 そのまま前方スライディングのような飛び方で足下にすがりつき。


「だぁ~ずぅ~げぇ~でぇ~」


『これ、13番目とは言え本当に王女様なのか?』


「ええ、残念ながら。でもコレはコレで見ていて飽きませんよ?」


 ニッコリと微笑みながら答えるブリリアント。

 その背後で頭を抱える執事長と、苦笑いする小間使い。


* * * * * * * *


 何だかんだで、結局はクリュティエに協力する事にした。

 条件は、金の取り分や、名声の大半をヴェールが奪い取るという強引なクズ契約書を受け入れるという感じだ。

 だが、ワラにもすがるというやつなのだろう。


 それでも良いらしい。

 まぁ、この状況ならそうするしかないという判断かもしれない。

 明日からは、このアテナイを……もとい、クリュティエ=アリストデーモス代13王女様の台所事情を救うために尽力する事となった。




 というわけで、今現在、お皿な私ことジスは屋敷の一室に鎮座している。

 ヴェール用に用意された部屋だ。

 ヴェール本人はいない。


 旅の汗を流したいとかで、屋敷内にある大浴場に行ってしまったのだ。


『そわそわ……』


 思わず口で言ってしまうくらい落ち着かない。

 この気持ち、分かるだろうか?

 ハートマーク付きのラヴ宿屋で、相方を待つみたいな。


 出来る事なら、覗きたいという、誰にでもある欲求。

 だが……だが!

 今の私は皿である!


『ちくしょう! ちくしょう……! 私に手足があれば! 移動できれば!』


 ラップを手足のように扱って何とかなるかと閃いたが、うまくいかなかった。

 ぺらっぺらすぎて、二足歩行の安定度が非常に低い。

 逆に固めたようなラップだと、上手く曲がらずに歩けない。


『チクショオオオオオ!』


 魂の絶叫と同時に、部屋がノックされた。


「ヴェールお姉ちゃ~ん、夕食の事でちょっと。食べられない物とかあったらいけないから、確認しておきたいんだけど~……って、ジスは何を叫んでるの?」


 開いたドアから、ひょっこりと屋敷の小間使い、サンダー少年が覗き込んでくる。

 ──と、その時、雷の如きアイディアが脳裏を駆け巡った。


『サンダー……。お主を漢と見込んで頼みがある』


「んん? 俺に出来る事なら何でも……」


『今、ヴェールは風呂に向かったのである……』


「ああ、なるほど」


 サンダーは無邪気に悪戯っぽい笑みを浮かべた。




『べ、別に皿の性能評価のために大浴場に行くだけなんだからねっ!』


「あはは、大丈夫、大丈夫。女の子の裸を見たいって言う気持ち超分かるから。協力するから、後でヴェールお姉ちゃんの裸がどんな感じだったのか教えてね」


 サンダーに運ばれ、大浴場まで一直線。

 背が小さいので、視点もいつもより低い。

 村でクリュに運ばれた時よりは少し高い程度だろうか。


 そういえばクリュ……命に別状は無いらしいけど、どうしてるかなぁ……。


「それで、俺は大浴場に着いたらどうすればいいんだい?」


『たぶん、ヴェールは風呂に入っているはずだ。そこを、サンダーがこっそりと脱衣所まで私を運び、設置!』


「うーわー、はんざいだー」


『否! それは断じて否である! 人間の法など、この皿には適応されぬ! 大体、人外にも罰を下せるのならゼウスとか何万回死刑になっていることやら……』


 主神ゼウス──無類の女好きで、戦争の種をバラ撒いたりと神話でやりたい放題。

 浮気、強姦、殺人、何でもござれだ。


「はは、手厳しいなぁ。あ、俺が協力したって事は話さないでね」


『もちろんさ、ぅ相棒(ぁぃぼぅ)ッ!』


 外から脱衣所の気配をうかがい、誰もいない事を確認する。

 こっそりと忍び足で中に入る。

 いくつか、衣服を入れておくカゴがあり、使用されている痕跡がある。


 二つ……? 二つ使われているようだが、着替えやタオルなどが多かったりするのだろうか?

 女の子だもんな! うん!

 ワックワク。ワックワック。


『そこの離れたカゴの後ろにおいてくれ』


「ん? 完璧に真裏になるけど見えるの?」


『視点操作は若干の融通が利くのだ。今思えば、盗撮に神的な機能だ……』


「盗撮って言っちゃったよこのジスさん」


 サンダーが、私をセッティング。

 そそくさと立ち去ろうとした時、がらりと戸が開く音がした。

 丁度、私からの位置ではまだ──まだ見えないがヴェールが風呂から上がったのだろう。


 タイミング的に、確実にサンダーは見付かっている。

 ……キミの犠牲は無駄にしない。

 まだ、たぶんギリギリで女湯には入れるような年齢なので処罰は軽めだろう。


 頭蓋骨を割られて治療されて頭蓋骨を割られるくらいだ。


「ん~? あっれ~?」


 サンダーは何故か疑問符を付けた言葉を発している。

 俺は知らなかったんだ、という偽装工作だろうか?


 それに対して、近付いてくるペタペタとした二つの足音。

 ……二つ?


「おぉ、アレキサンダー。お前も風呂か?」


「いやぁ、お給金が少ないのはアレですが、クリュティエお嬢様の泣き顔と、この大浴場が解放されているのは職場環境としては良いですよね」


 一人目は、むくつけきロマンスグレー。

 無駄に逞しい筋肉が付いた身体に、いくつもの傷跡が見える。

 低めの視界は丁度、股間で何かブラブラしてるのが見える。


 二人目は、長身痩躯の生っ白い筋張ったボディ。

 陽の光を浴びているのか心配になりそうになるも、細く筋肉の付いていない儚げ、色っぽい青年の身体というのもありかと思わせてくれる。

 だが──その股間に付いていたのは──まさに大蛇──ドラゴンだった。


『……何でフィロタスと、ブリリアントが風呂に入っているんだ?』


 思わず口に出してしまった。

 おや、と言った感じでこちらに気が付く二人。


「ジス殿もひとっ風呂浴びるところですかな?」


 ナイスミドル程度では出せない、老人の色気あるシワをクシャッと潰しながら微笑まれる。

 うむ、フィロタス。良い。


「ジス様も一緒に入れちゃいますか」


 ブリリアントの何を考えているか分からない糸目が、ふっと笑った気がした。

 股間のドラゴンも相まっているが、夜は絶対にすごいと想像できる。うーん正にブリリアント。


「あ~、ごめんジスさん。大浴場は時間で男女入浴が分けされているんだった」


『まぁ、しょうがないな……うん!』


 本心は男女両方いけるので問題無い……!

 ただ、女性の方が肌を晒す機会が少ないので、希少価値感があるという程度だ。


『この際だ、サンダー! 一緒に風呂に入ろうぜぇ!』


「う、うん?」


『裸の親睦会というやつだ』


「まぁ、いいけど……何かテンション高いね」


『気のせい』


 いぶかしげな表情をしながら、サンダーは服を脱ぎ始めた。

 年齢的にショタなので詳細な描写は控えるのであった。

 ただ、小さくて可愛い。ナニがとは言わないが。ナニが、とは。




 さぁ、スーパーお風呂タイム!

 という指摘された通りの高いテンションだが、地味に皿の性能テストも兼ねている。

 サンダーに頼み、ゆっくりと風呂の湯に沈めてもらう。


「平気~?」


『平気~』


 もしかしたら呼吸の問題で潜れないかと思ったが、そういう事はないらしい。

 水中でも平気ということは、無呼吸。

 ラップや洗剤も出せる。


 ついでにお湯の成分を解析。

 出汁──人間アレキサンダー、人間フィロタス、人間ブリリアント。と出ている。

 出汁扱いなのか……。料理基準で何でも計ってしまう皿ボディ。


『あれ?』


 と、そこで気が付いた。

 確か、アレキサンダーは偽名のはずだ。

 それなのに、解析では偽名のまま。


 種族名などは出るが、個人名などは私の認識から表示されるのだろうか。


「どうしましたか?」


 水中から一端引き上げられた私に、ブリリアントが聞いてくる。


『いや、ちょっとね……。そういえば、ブリリアントはフルネームなんて言うんだ? 偽名なら無理に言わなくてもいいけど』


「あっはっは。ブリリアントは唯一無二の本名ですよ。フルネームはブリリアント=T=Fです」


『なるほど。よし、サンダー。もう一度沈めてくれ』


 再び、お湯の中。

 成分分析で、ブリリアントの表示は、ブリリアント=T=Fとなった。

 やはり、個人名だけは私自身の情報から更新されている。


「何かお役に立てましたか?」


 再び引き上げられた私。


『成分分析できる能力があるんだが──』


 私は今の成果を包み隠さず話した。


「なるほど。そういえば、生姜と蜂蜜レモンスープの時も使っていましたね」


『まぁ、メインの使い方は毒味みたいなものかな』


「ほう、毒味でございますか。それは便利ですな。元来、王侯貴族の暗殺方法として多々あるのが毒殺ですから」


 感心するフィロタス。

 その歳からして、毒に関して様々な経験をしてきたのだろう。


「フィロタスのおっちゃんから、毒に関しては気を遣えと普段から口を酸っぱくして言われてるからなぁ……」


「はは、アレキサンダー。私も、フィロタスに昔から同じように言われていました」


 面倒くさそうな顔をするサンダーと、それに笑いかけるブリリアント。


『そういえば、ブリリアントとフィロタスは付き合いが長いのか?』


「ですな、コイツ──ブリリアントとは、クリュティエ様が生まれるずっと前からの付き合いでして──」


 昔話をし始めそうになるフィロタス。


『ブリリアントの歳からして、少年の頃から知っているという事か』


 子供時代の姿を知っている、というのは羨ましいし、微笑ましい。

 私にも、私の子供の頃を知っている、そんな存在はいたのだろうか。


 それとも、いたとしても私の事だ。自ら縁を切ってしまっているかも知れないな……。


「ええ、子供の頃(・・・・)から知っていますとも」


 私の物憂(ものう)げな気持ちとは正反対に、ブリリアントは嬉しそうに答えた。


* * * * * * * *


『いざ、決戦の時──!』


 密かに全員が風呂から上がる前、サンダーに再設置してもらった。

 私が今いるのは、浴槽のお湯の中。

 湯がたっぷり張られている浴槽の壁面、下過ぎず、上過ぎずの位置とでも言えばいいのだろうか。


 そこにラップを吸盤状にして張り付いている。

 なぜ、そんな微妙な中腹の位置かというと……、下に置くだけだと踏んだ時に危ない。

 私はそんな気遣いが出来る皿。


「お、誰もいない大浴場。師匠に連れて行ってもらった地球の銭湯っぽい。んふふ、貸し切り~♪」


 機嫌の良さそうなヴェールの声が聞こえてきた。

 たぶん、この後に身体を軽く流すかしてから、浴槽に入ってくるだろう。

 その時、どうなるか?


 このジャストミートな位置だと、水面から隠れてしまっている胸まで視線一直線なのだ。

 我、神皿、ベストポジションと定義。

 ローアングルというのもいいが、さっきも述べたように割れ物を下に設置するのも危険だし、いきなり下というのも無粋だろう。


 まずは胸だ、おっぱいだ!


「誰もいないし……ひゃっほ~い!」


 ザブンと、お湯の中で弱い衝撃波が到達する。

 同時に気泡だらけで視界が遮られる。

 推理するに、誰もいない大きなお風呂でテンションが上がって、見られていないからといって飛び込みをしたのだろう。


 段々と見えてくる、気泡に塗れた水中の肌色。

 大事なところが隠れている、気泡! 邪魔だどけ! どいてくれ、ください!

 丁度良い手に収まるくらいの、大きすぎず、小さすぎずの形良いサイズのが水中で揺れながら、近付いてくる──。


 近付いてくるうううううう!?


「は~、柄にもなく、はしゃいじゃった~。でも、こうして大浴場に浸かりながら、身体を端っこに預けるというのも悪くは──。ん? 何か胸に当たる、浴槽に違和感が……?」


 皿に密着しているううううう──いいいいいやっほーーーーー!!


「……これ、ジス」


『やぁ、皿です』


 この後、滅茶苦茶パリンされた。




* * * * * * * *


【クリュティエ邸の残り湯】

 経験値:無し。

 一部のマニアには定評のある残り湯。

 だが、様々な成分がミックスされてしまっているために上級者向け。

 もし幸運にも、ターゲットだけの新鮮な残り湯を入手しても、アクロポリスメンとの熾烈な戦いが待っている。


 特殊効果:クピドの鉛矢(極小)。

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