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第10皿 都市国家アテナイ観光

 結局、馬車──もとい荷車が壊れてしまったので、私達は徒歩で都市国家アテナイまで進んだ。

 スタミナ無限だったクリュティエも、食事効果が切れたのかダウン。

 執事のブリリアントにおぶられて眠っている。


「それでは、私めはお嬢様を捨て……ではなくて、お屋敷まで捨てに行かなければならないので。お二人はゆっくりと来て頂いて結構です」


『結局、言い直しても捨てる扱いなのは変わらないのか……』


 一応、突っ込んでおいた。


「それじゃあ、あたしとジスは街の中でも見てまわるとしましょうか」


『記憶の補完にもなるから賛成だ』


 外敵から守るための巨大な門が開き、赤いベレー帽をかぶった衛兵が歓迎の言葉を告げる。


「ようこそ──世界に愛されし、唯一無二の都市国家アテナイへ」


* * * * * * * *


 街並みは、村とは違い華やかなものだった。

 どこまでも続くような整えられた石畳の道、住居、露天。

 建物は石材を使っていても、淡い赤やクリーム色の塗装で、石の冷たく硬い印象を和らげている。


 魔物による被害で暗く落ち込んでいる人々──と思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。

 割と普通に酒を飲んだり、商売の呼び込みをしていたり、楽しげな顔をして歩いていたりと賑わいを見せている。


『意外と住人は元気そうだな』


「そりゃあ、このアテナイは備蓄やら何やらでしばらくは大丈夫でしょうね。ただ、このまま何もしなければ今後は酷い事になると思うわ」


 ヴェールは、屋敷に向かうブリリアントにリュックを渡して身軽になっていたため、軽く腕を上げて背伸びをした。


『その残された時間までに対処をするというのが、ヴェールのお仕事か』


「ジぃ~スぅ、一蓮托生よ~……!」


 私が生身だったら、苦虫を噛み潰したような表情をしていただろう。


「さてと、何から見て回ろうかな~」


『そういえば、ヴェールは前に来たことがあるんだっけ?』


「師匠に連れられて来た事はあるけど、すぐ帰っちゃった感じ。良い出会いもあったけど、あまりアテナイには詳しくはないかな。……でも! 今日は“ガイドブック”を持ってきたからバッチリよ!」


 ヴェールはそう言うと、何やら薄い板のような物を取り出した。

 成人男性の手の平より少し大きいくらいのサイズだろうか。

 表面が発光して、図形などが様々な形に変化している。


『それも魔道具ってやつか?』


「師匠からのお土産なんだけど、機械って呼ばれる物かな。魔術とはまた別系統」


『へぇ、確かお前の師匠は異世界を渡り歩いたりしてるっていう……』


「そう。あたしもいくつか連れて行ってもらったりして、ある程度の知識はあるけどね」


 その機械の板とやらを操作して、何か調べているようだ。

 ガイドブックというのだから、名所でも載っているのだろうか。


「ここから近くだと~……広場にある“アゴラのアテナ像”でも拝みに行きましょうか。あ、ちなみに大きな広場の事をこっちの古い言葉で“アゴラ”って呼ぶのよ」


『へ~』


 私達は、多少の高低差を感じつつも、張り巡らされた石畳の道を進んだ。

 遠くに小高い丘が見えたりするため、平坦な場所に都市国家が建設されたワケでも無さそうだ。

 坂道、階段などを駆使して目的の場所まで移動。


 ちなみに私は、皿なので自分で歩かなくて良い。

 手に持たれているため楽々だ。


「よし、とうちゃーく」


『うっ……』


 その石像の前に立った時、私は目眩を覚えた。

 広場にそびえ立つ、4メートル程の巨大な女神像。

 装備されているのは甲冑、槍、そして──。


「どうしたのジス。アレがイージスの盾だけど、気後れでもしちゃった?」


『そうかも、しれない……』


 円形の大きな盾。

 その表面には禍々しい何かが取り付けられている。

 私はそれを直視できない。


 まるで自らの過去を見ているように、心臓を鷲掴みにされているような感覚。


「うーん、でかいけどそんな感慨深いわけでもないわね。魔力も無い、ただの石だし。さてと、それじゃあ次に行きましょうか」


 皿には表情が出ない、助かった。

 たぶん生身なら酷い顔をしていただろう。


「そういえば、普通の国と都市国家の違いって分かる?」


 歩きながら、ヴェールが問い掛けてきた。


『都市国家、か。……自称、国家と言い張る都市の事か? 王族がいれば王都であり、王国でもあるみたいだし』


「──大体は正解。といっても、一つの都市で国を名乗るからには、それなりの力が求められるけどね。色々と因縁あるスパルタも、同じような都市国家。あっちの世界のギリシャと違って、ここはまだ明確な基準も存在してないからね」


『あっちの世界?』


「あ~……いや、異世界に似たような場所があるの。そっちは魔物も魔術も無くて、財政破綻しちゃったりもしてるけどね」


 魔物という問題も無いのに、この恵まれた地で財政破綻するとかどんだけなのだろうか。

 主神ゼウスの怒りでも買ったのか、酩酊の神デュオニュソス──別名、バッカスの狂乱にでも身を任せたのだろうか。


「さてと、到着っと」


 雑談をしていたら、一軒の店に辿り着いていた。

 高級そうなガラスのショーウインドウがあり、その中に服が飾られている。


「せっかくだし、アテナイっぽい服を買おうかなって」


『私は普段着より、武具の方が興味あるな』


 服飾という技術に興味が無いワケでは無いが、誰かの買い物に付き合う場合は服屋というのは苦痛である。

 武具等と違って明確な正解基準が無いため、場合によっては超長期戦が見込まれる。

 それを阻止すべく、ひたすら急かして買わせて脱出。


『ヴェール ハ ナニヲ キテモ ニアウヨ』


「何か酷い棒読みが聞こえた」


『だってだってぇ、パンチラしにくい服なんて興味ありません~』


「ジス、あんた絶対に生前はエロ親父だと思うわ……」


* * * * * * * *


「というわけで、ここが一番の目玉! パルテノン神殿よ!」


 透き通るような真っ白い大理石の柱。

 その太さ、大のオトナが抱き締めようとしても腕の長さが足りない。

 カップル二人で抱き締め合えばギリギリいけるかどうかくらいだろうか。


 それが何十本も外壁代わりにそびえ立っている。

 そして、ぶっとい柱達が支えるのは、これまた数百トンはありそうな巨大天井。

 各所に繊細で大胆な彫刻が施されているものだ。


 何もかもスケールが違う。

 まるで巨人の檻に迷い込んでしまったかのようだ。


「アテナイの守護神であるアテナを祭る神殿ね。重要な儀式を行ったりするけど、平時は一部開放されてるの」


『へぇ、パルテノン神殿……感動すら覚える建物だ。敬意を表しよう。だが、私はここに来るまでに見た共同浴場の方が興味がある』


「それは“バラネイオン”ね。色んなお風呂が楽しめるらしいわ。ちなみに運動場が一緒になった浴場は“ギムナシウム”っていうの。私も興味あるし、そっちはまた後日いきましょうか」


『興味ある、超興味ある! この皿ボディなら合法的に裸体拝み放題!』


「……女風呂には持って行けないわね」


『可愛い男の子でもいけるぞい』


 ヴェールにどん引きの表情をされてしまった。

 生ゴミを見るような、ハイライト無しの濁った瞳が心地良い。


 と、その時──。


「ひったくり! 誰か! ひったくりを捕まえてー!」


 その叫びの方向を見ると、倒れながら何かを指差している、豪勢な衣服を身につけた老婆。

 それと荷物を持って逃げていく男もセットで見えた。


『よっしゃ、唐突な謝礼ゲットチャンス』


「目撃者が多くなりそうだからコッソリ人買いには売れないわね……。かといって下手に息の根を止めると過剰だし~、身ぐるみ剥いで両手両足をへし折るくらいにしておきましょうか」


 私達は、正義の心が疼いていた! 正義の!

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