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第9皿 カリュドーンの猪

 私達は、左右を森に挟まれた街道を馬車で進んでいた。

 まだ明るく、澄んだ空気が心地良い。

 それと併せて高い針葉樹に囲まれていると、自然への畏敬が沸いてくるようである。


「いやぁ、馬車があって助かったわ。歩かなくて良いから楽ちん」


「はっはっは。お褒め頂き光栄です。さすがお嬢様の馬車と言ったところですね」


 ヴェールと、胡散臭い執事のブリリアントだかが歓談している。

 ちょっと、あの……。と謎の声が馬から聞こえてきているが気のせいだろう。


「でも、ここもすっかり人が減ってしまいましたね。魔物が出る以前は人の往来も多かったのですが」


『そういえば、魔物ってどんな感じのやつなんだ?』


「あ、そうか。ジスは記憶がすっぽ抜けていたのね」


 染みついている一般常識的な事は分かるのだが、最近の事や、一部の古い事柄が未だに思い出せない。

 何か分からない事があったら、たぶんそのつど聞いていく事になるだろう。


「そうですね、では私めが執事らしく説明致しましょう」


『お~、御主人様の賓客の世話をする執事の鏡だな!』


 おぉい……アンタ達……。とまたもや謎の声が馬から聞こえてくるが気のせいだろう。


「そもそも、近年は魔物などというモノは都市部付近には存在していなかったのです。そのため、農業なども広い面積を使って行えていたのです」


『ほう、確かにだだっ広い農場は敵対者がいたら成り立たないからな』


 柵やカカシ、農薬や牧羊犬で何とかなる相手じゃないと、いちいち人を使って警備できる広さでは無い。


「そこへ、人里離れた場所に存在していたような魔物が突如、都市部付近まで出没するようになったのです」


『へぇ、そいつは大変だな』


 私は人ごとのように相づちを打った。

 実際に見てないのだから、実感がわかないのは当然だ


「それによって農産業は壊滅状態。森で自然の恵みを得ようにも、魔物がうろついているし、人間が狩りの対象とする動物を食べているという情報もあります」


『なるほどな。森に近づけないし、このまま待っているだけでも鹿とかが食い尽くされるという事か』


「はい、そういう事です。これによって都市国家アテナイは大打撃。軍を率いて対処しているとの話もあるのですが──」


 現状、まだ魔物がいるという事は、対処仕切れていないという事なのだろう。


「これがまた、人の手に余る魔物でして」


『その魔物の名前は?』


「カリュドーンと呼ばれています」


 どこかで聞いた事がある気がする。


「あー、あたし知ってる。師匠から教えてもらった」


 と、ヴェールが口を挟んでくる。


「大昔の神話でカリュドーン王が、お供え物を忘れたからって、月の女神アルテミスからぶん投げられた猪でしょ」


『そのアルテミスって女神、相当なクズだな。お供え物を忘れただけで速攻敵対するとか神の癖に器が小さい』


「はは、私めも同感に御座います。神々というのはクズ揃い」


 クズ……このクズ達が……と、馬が喋ったが気のせい。

 私達、馬車の上の二人と一皿は話を進める。


「そのカリュドーンの猪から名前を取ったみたい。カリュドーン王本人っぽい名前だけど……まぁ、当の本人も原因の一つだしね」


『その魔物、カリュドーンは強いのか?』


「神話では英雄達のパーティを半壊させていたわね」


 小声で、ほぼ内輪揉めでだけど、と続けた。


「こっちの方はたぶんそこまで神話クラスの化け物でもないけど、大の男が一人で狩ろうとしても、逆に狩られてしまうくらいね。数人がかりでやっと」


『でも、兵士達が駆り出されているんだろう?』


「対人と、対獣は勝手が違うからねー。兵士は支給されてる装備で戦うわけだけど、その鎧は小さな金属リングを編み込んだもので、ロリカ・ハマタっていうの」


『ロリか』


「ハマタ」


 何か謎だが、息が合ってしまった。


「動きやすく斬撃には強いけど、逆に衝撃には弱い。猪の突進を喰らったらひとたまりも無いわね。オマケに動くとガッチャガッチャとうるさいので気付かれる」


『なるほど、確かに兵士は集団戦が基本だから静音性なんていらないのか』


「まぁ、自前で対衝撃装備を使う有能なのもいるらしいけど、現実的に兵士達に支給とかは難航してるみたいよ」


『フットワーク重いな、おい』


 大きな国軍という組織はそういうものなのだろうか。


「追加で、武器の方もグラディウスという短めの剣。切れ味はいまいちで、突き刺して使うのがメインだとか何とか」


『確かそれは──ハンニバルとの戦いの頃から使っていたな。その真価は密集陣形で発揮されるものだ。突進してくる猪相手には分が悪い』


「うん? 大昔のハンニバルとかよく知ってるわね」


 自分で言ったのだが、ぼんやりと記憶にある程度だ。

 だが実際に眺めていたかのような、心躍る隻眼鋭き者の印象。


「だ、誰よハンニバルって……歴史の人物っぽいけど、そんなの聞いた事……はぁはぁ……ないわよ……ぜぇぜぇ」


「おや、馬が喋りましたね」


「っこのブリリアント! 馬じゃないわよ! あなたの雇い主のクリュティエよ!」


「おや、お嬢様はお馬さんであらせられましたか」


 にこっと、馬車の上で微笑む執事のブリリアント。

 馬……っぽく馬車を引く幼い少女──クリュティエ。


「な、なんで私が馬代わりになってるの……よっ!」


「お嬢様がスタミナ有り余っているようだったので、トランプのババ抜きで貶めようと結託などしていませんよ」


「してたの!? 何か急にニタニタしながら、賭け事を持ちかけてきたと思ったら!」


 あのスープでスタミナが異常に上がって、テンションが高くなっていたクリュティエに、二人がババ抜きの勝負を仕掛けた。

 負けた一人が、馬代わりになるという罰ゲーム付きの。

 結果は、表情モロ出しのクリュティエの惨敗。


 死んだ魚の目のヴェールと、主人の醜悪な未来が楽しみで仕方が無いというように糸目で微笑むブリリアント。

 ある意味、ポーカーフェイスになっていたのであった。


 ちなみに森の調査のために荷車を持ってきていたらしく、それが馬車という感じになっている。

 何やら、ずだ袋に調査の成果が入っているが、それを横にどけて乗車している。


「こんなの、執事のあんたか、本物の馬がやれば……」


「馬は財政難から売ってしまわれたではないですか。私めも、そのような業務をする場合は別料金が発生致します」


「あ゛ー! あ゛ー! 貧乏が悪い! すべて貧乏が悪いのよ!」


 見ていて若干、可哀想なので励ましの声をかけてやる事にした。


『大丈夫、魔物でも襲ってこない限り平気だろう』


「そうね、ジス。いきなりカリュドーンでも突進してこない限り、そこまで酷くもならないでしょう」


「私めも、ここでいきなり猪にミンチにされるお嬢様を拝見するとは、まさか」


 私達三人は、馬車の上で暖かいエールを送った。


「ちょ、あんた達。なに不穏なフラグを立てようとしているのよ……」


 その時、たぶん信じられないっぽい事が起こった! ような。


「え、あの……ちょっと上のお三人?」


 眼前、街道の真っ正面。

 高さ二メートルくらいありそうな何かが見えた。


「あれ、この馬止まりましたね?」


「本当ね、ニンジンでも吊さないといけないのかしら」


 肉厚な弾丸のような突進が向かってくる。

 全く予想だにしない展開だ、うん。


「うう゛ぁー! 話してたら本当にカリュドーン出ちゃったじゃないぃぃ!」


『いや~、本当に全く気付いていなかったなぁ。何かすごい殺気が迫ってるのが分かってる程度だったわ~』


 土煙と共に轟音──小山のような存在が迫ってくる。

 近付くにつれ、遠近感が狂うよう、さらに巨大に見えていく。

 数秒後には激突でトマトソースができあがるだろう。


「死ねっ! あんた達、死ねっ! このクズ、ゴミぃぃ! ここで死ぬなら天国でも恨み続けてやるぅぅ!!」


 ため息を吐く、馬車上の私達。

 執事は身軽に跳び上がり、馬の元へ着地。小さなクリュティエを抱え上げて、再び跳躍。

 ヴェールと私は、風の初級魔術で素早く横へ転がる。


 空になった馬車──もとい荷車が、カリュドーンの突進によって破裂する。


「お嬢様は天国では無く、地獄の予定なので──今はまだその時では無いのかもしれませんね」


「う゛ぇーん! ブリリア゛ンドぉぉお! 無駄に格好良いけど、無駄に酷い事も言ってるう゛!」


「お二人様、私めは棒立ちで楽をしたいので、カリュドーンの処理は任せました」


 この執事、私とヴェールに無茶ぶりをしてくる。


「え~」


 嫌そうな顔をするヴェール。


「ちなみに私めに働かせた場合、誠に遺憾ながら……屋敷でのお食事がワンランクダウン致します」


「……よし、頑張るわよ! ジス!」


『え~』


 今度は私が似たような声をあげてしまった。


「ジス、ラップを左右の針葉樹に巻き付けて、中央の街道のカリュドーンを止めるのはどうかしら」


『微妙だと思うけど、相手の力量を測るためにやってみるか』


 非常に長いラップを射出。

 それを魔力で左右の木に巻き付ける。


「来るわよ!」


 街道をUターンして戻ってきた巨大猪──カリュドーン。

 砂埃を巻き上げながら、巨馬が数台で引く戦車(チャリオット)のような暴力的な速度で突撃してくる。


「風よ!」


 身体が軽くなり、片側から突風が吹いて回避。

 これもいくつかの複合魔術なのだろう。


 避けた場所、ラップはどうなったか。

 ──カリュドーンの牙によって見事に引き裂かれていた。


「あちゃ~……意外と牙が鋭かったみたいね」


『やっぱり、アレ相手だと厚めに作っても難しいかもな』


 最初から何となく分かっていたが、予想以上の威力だ。


『なぁ、ヴェールの魔術で何とかならないのか?』


「ふふん! このあたしが使えるのは複合といえど初級魔術のみ! 百パーセントどうにか出来る自信なんてあるわけないじゃない!」


『使えるんだか、使えないんだか分からない奴だな……』


 となると、ヴェールのみで何とかしてもらって、楽をするという計画は無理だ。

 そろそろ……あのスキルの出番かも知れない。


『ヴェール、合図をしたら初級水魔法を頼む』


「うん? いいけど。量や方向はどんな感じ?」


『大きめの水桶一杯くらいを、なるべく真っ正面にだ』


「ふーん……なるほど」


 どうやら伝わったらしいので、カリュドーンが戻ってくるまでに準備をする。

 特殊な形のラップで、土の地面を数メートル覆う、いや敷き詰める。

 その端を木に結んでズレないように固定。


 後は牙で切り裂かれた時と同じように、程よい高さで木にラップを巻き付けて待機。


「ちょ、ちょっと! あんた達大丈夫なの!? さっきはその透明なの破られちゃったじゃないの!」


 執事に抱えられたお嬢様が心配げに声をかけてくる。


「そっちは大丈夫じゃないかもな」


「そ、そっちって、どっち……?」


 執事だけは微笑んだ。

 そんな中、カリュドーンが戻ってきた。

 走っても走っても変わらない強靱な突進力。


『いくぞ、洗剤スキル発動!』


 私から透明の粘性液体が迸り、前方のシートのように敷かれた分厚いラップへと飛び散る。


『ヴェール、頼んだ』


「ほい」


 洗剤を押し広げるかのように水魔法が放たれる。

 その部分に乗ったカリュドーンの足下が泡立ち、滑り、体勢を崩しながら──。


「す、すごい! ツルッツル!」


「まるでカーリングみたいね」


 カーリングというものは知らないが、表面活性化剤になる洗剤スキルなら、あのパワーを逆に利用出来るだろうと思ったのだ。

 ただ、土の地面だと不安だったため、ラップで一手間だ。


 そのまま物凄いスピードで滑っていくカリュドーン。

 眼前には暴走を取り締まるかのように配置してあるラップ。

 激突! ──したが、勢いは止まらず。


 左右の木がメシリと根っこから取れかけ、折れ曲がり、勢いの付いたカリュドーンは斜め前方の上空へと勢いよく、すっぽ抜けるかの如く飛んだ。

 そして、その着地予想地点。

 クリュティエを抱き抱えたブリリアントがいた。


「ちょ、え、あ゛あ゛あ゛!?」


「はは、お嬢様。これは悪運ですね」


 激突する瞬間、ブリリアントが軽やかに右へ一歩。

 爆発のような轟音。

 数ミリというレベルで回避していた。

 口をポカンと開けて、ショックで気絶している白目クリュティエ。


『いやぁ、まさかそんな場所に落ちるとは』


「はっはっは。本当にそうですね」


 ブリリアントが事前に落下位置まで移動していたのは気のせいだろう。

 胡散臭いが気のせいだ。


* * * * * * * *


 カリュドーンを倒した後、私は思いついた。

 これが原因で食糧難が起きてるのなら、逆に食べてしまえばいいのでは、と。

 ということでカリュドーンにトドメを刺した後に解体。


 適当にナイフで切り取った肉を、私に載せてもらう。

 経験値無し。これは調理をしていないか、まだ食べ物として認識されていないかだろうか。

 特殊効果も無いので、これも同じ理由かもしれない。


『成分的には──非常に臭みがあって不味いが調理をすれば食えるようだ』


「あれ、おかしいわよ。だって噂では、魔物の肉は食べたら毒で死んじゃうって話よ」


『ふむ……』


 疑問に思った私は、しばらくした後にもう一度、別の部位の肉を切り取って載せてもらった。

 若干、肉の色が変化してきたような気もする。


『今度は毒が検出された』


「ほら、見てみなさい。魔物は食べられないのよ」


 私は一つの仮説が浮かんだが、とりあえず無毒の肉を冷蔵庫に入れて保留としておいた。

 必要な時がきたら、また試せばいいのだ。

 今は都市国家アテナイへ向かおう。

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