好きな子を勇者に取られました。
シリーズ第三弾。
今回はシュナの幼馴染み視点です。
俺の名前はキスミ。
森の一族の集落の一つヤク村の村長の息子だ。
森の一族というのは、聖ラクファール王国の西に位置するラダの森に住まう一族の事を言う。
聖ラクファール王国より広大なラダの森に、大体百人前後の集落に分かれて生活している。
俺たちは狩猟や農業を主に、後は動物の骨や皮を加工したものを売ったりして生計を立てている。
大昔に森の外に暮らす民族たちに迫害されていた過去を持つ為、一族はどの集落も余所者には猜疑心が強い。
……強い、はずだったのだが。
「シュナ!!何だそれ!?」
ある日、狩猟に出掛けた幼なじみのシュナが、ボロボロになった人間を背負って帰って来た。
シュナとは、父親同士が仲が良かった為生まれた時から一緒で、シュナの両親を亡くなった後でも変わらず交流が続いていた。
……ぶっちゃけ、俺はシュナが好きだった。
小さい頃からシュナは可愛くて、同じ年頃の男はみんなシュナに憧れていたので、皆が牽制し合っていた。だけど当の本人であるシュナは、恋愛事には鈍くて気付かなかった。
いつか誰かに暗がりに引っ張り込まれるんじゃないかと、ヤキモキしていたが、まさかこんな変化球で来るとは。
俺があんぐりと口を開けて驚いてる事に頓着せず、シュナはのほほんと笑う。
「森の奥で倒れてたんだ。……怪我もしてるし、衰弱もしてるし……あのまま放っておいたら獣に襲われそうだったから連れて来た」
ぐったりとシュナに背負われている男は、ピクリとも動かない。確かに全体的に薄汚れて、服は所々破けている。盗賊か獣に襲われたのだろう。
「キスミ、手が空いてるなら手伝って。怪我の手当てしなきゃ」
「えぇぇっ!?そいつ余所者じゃないか!!」
余所者を酷く嫌う俺は、シュナの話に驚き嫌悪した。
しかし、シュナはきょとんとして若草色の目を瞬かせた。
「でもこの人怪我してるし、余所者だからって見捨てた方が、森の一族の恥だと思う」
この時から嫌な予感がしてたんだよ。
……その予感は的中したんだけどな。
あの日シュナが森から連れて来た男は、何と異世界から召喚された勇者であり、仲間に裏切られた挙げ句に殺されかけて、森を彷徨い行き倒れていたそうだ。……ダッセぇ。
最初は皆俺と同じく警戒していたのだが、現在はこの勇者……ツグモリシュンを受け入れている。何でだ!!
ツグモリシュンはそれはもう巧みに、我々の懐に入ってきた。
異世界の知識や加工品の利益など、自分に得にならないはずなのに、我々に惜し気もなく与えて、村だけでなく一族の発展に尽力した。
だが、俺は騙されない!!
ヤツは相当の腹黒だ。間違いない!!
異世界出身の不思議な顔立ちに、細かな気遣いの出来る性格。
どちらかと言えば、ガサツな人間ばかりの一族には珍しいタイプの男で、そりゃもうモテた。女房や恋人に『あんたに勇者さまくらいの気遣いがあればねぇ~』と言われた男は数知れない。実際ヤツに心変わりして恋人を捨てた娘もいた。……親父より上の世代の男や子どもはヤツを誉めちぎっていたが、若い男共にとっては気に食わないヤツだった。
『若い衆が集まって一斉にフルボッコにしたらいいんじゃね?』と誰かが言ったのを、皆が賛成した。それくらい勇者に対しての劣等感や逆恨みが溜まっていたのだ。
ある日にその卑怯な作戦を決行しようとした矢先、何と近くの街で魔物が出現したと連絡が入った。その街は一族の者が加工品を売りに行く所で、俺も何人か知り合いがいる。
急遽、一族の精鋭で魔物退治に街に繰り出す事になった。勿論、俺も参加した。
見送る仲間の中に、心配そうにこちらを見ているシュナがいた。も、もももしかして、俺の事心配してるっ?
「シュ、シュナ!!心配すんなって!!俺がいたらあっと言う間に魔物なんかぶっ倒せるぜ!!」
ちょっと虚勢を張ったが、行くからには最善を尽くすつもりだ。そんな俺に、シュナはオロオロと話掛けて来た。
「キスミ、シュン様を知らない?さっきから姿が見えないの」
「……」
俺の勇姿より勇者かよ!?泣くぞ!!
昔から警戒心が薄いシュナだったが、最近特に迂闊過ぎる。
勇者とか言う得体の知れない男と同居して、夫婦のように暮らしている。
勇者とか誉れ高い称号を持っているが、ヤツはただのエロいケダモノだ!!現にシュナに対して如何わしい事ばかりしている。
物陰に隠れて接吻は勿論、家の中では身体をまさぐっていたりする。俺が踏み込まなければ、シュナの貞操はヤツに奪われていただろう。俺に阻まれたヤツは、凶悪な顔で舌打ちしていやがった。
……う、羨ましいなんて思ってないぞ!!
と、とにかく、俺がヤツを腹黒だと確信しているのは、こうした二面性をちょくちょく見掛けるからだ。
親父たちが絶賛し、娘たちが憧れる、完璧な勇者などいないのだ!!
どうせ勇者とか言いながら、本当はスゲー弱っちくて何処かに隠れてるんだろうよ!!ヤツが伝説の勇者なら、森の中に捨てられるようなダセェ出来事なんぞ起こらないだろうよ。
この魔物退治で活躍したなら、きっとシュナも俺を見直して、勇者なんぞ追い出すだろう。そ、そそそそして!!シュナとけっ、けけけ結婚とかしたりしてー!!
内心、うぉぉぉっ!!と盛り上がっていたが、顔には出さずに真剣な面持ちで村を出発した。隣にいた奴が『お前、鼻の穴がめっちゃ広がってキモい』っていってたが、無視だ!!
「あ、終わりましたよ」
街に着いたら全て終わっていた。地面に大量に転がる魔物だった肉の塊の中で、爽やかに笑いながら勇者が言った。
俺たちは勿論、街の住人たちも口をあんぐり開けたままになった。唯一鼻水を垂らしたガキが『すっげぇ~!!瞬殺かよ!!』と囃し立てていた。
いや……俺たち、剣や棍棒……取り敢えず武器になりそうなものを持って駆け付けたんだけどな、勇者のヤツ、何持って闘ったんだよ……。
「あれって……どう見ても布団叩きだよなぁ」
隣の奴が呟いた通り、勇者は布団叩き一つで無双しやがったのだ。
コイツ……人間じゃねぇぇぇっ!!
一瞬で若者たちの戦意を喪失させた勇者は、案の定シュナと結婚した。
アイツ……俺がシュナを好きなのを知ってて、わざと目の前でイチャイチャしたりしてムカつく!!
そして、一番ショックなのが、未だに俺の気持ちをシュナが理解していない事だった。
キスミの思い届かず(泣)
◆追加登場人物◆
キスミ(17)
シュナの暮らす村の村長の息子。親同士が友達で幼馴染み。ずっとシュナに片想いしていた。
しかし、俊が現れてあっさり掻っ攫われてしまう、不憫な当て馬。
将来は別の村から、気の強いお嫁さんをもらって尻に敷かれそうである。