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第四話 【アルスェラ防衛戦 ①】

「ああっ、はやくレイネちゃんが来ないかしらっ?」


 グルヴェイグは待ちわびていた。レイネという少年が学頭の部屋に来るのを。その妖艶なローブを揺らして彼を心待ちにする。楽しげに窓から遠景を眺めている彼女へ、騎士学校アルスェラ学頭、ノファズ・エイルエットは語りかける。澄んだ緑色の長髪、高身長の男性だ。まだ若く見えるが、実年齢は数千にもなる。


「それほど、待ち遠しいかい?」


「ええ、とても待ち遠しいわ……? すこしあの子は硬派すぎるけれど」


「それが彼の利点でもあろう。まあ、彼ほどすぐれた剣才をもつ者、そのまま世に埋もれさせるには惜しい」


「ええ、あなたもそのために……レイネちゃんを【退学】に追い込んだりしたのよね?」


「……」


 ノファズはただ、椅子に腰かけたまま頷いた。瞑目して頭を縦に振る。そこからは、なにやら複雑な思いを巡らせているようにも見えた。



 同時刻、レイネは学頭の私室を目指していた。特に急ぎの用もないのだから、ゆっくり歩いている。いつも何気なく歩いていた、レンガ造りの廊下。今こうなっては、やはり懐かしさがこみ上げる。そして学頭の部屋の前に至る。レイネはドアをノックする。


「ああ、来たようだね。入りなさいレイネ君」


 学頭ノファズは、平坦な声でそう返した。


「失礼します」


 レイネは許可を得て、慎ましやかに入室する。すると今朝に会った妙麗の女性、グルヴェイグの姿もあった。やはり綺麗に不敵な笑みを浮かべていた。

 

(やっぱり、グルヴェイグ様と学頭は知り合いだったのか)


 そう、レイネは直感した。みずからの私室にグルヴェイグを招いていたのがなによりの証拠だろう。しかし恋仲というには素っ気ない。おそらく別の目的で二人は集まっていると想像した。そこで、緊迫した空気に切り出したのは、学頭の方からだった。


「君の言いたいことはわかる。私も回りくどいやり方で退学させたのは、説明が足りなかったと思う。しかし、そうしなければならなかった」


 レイネは、ただ黙って濃藍の眼をまっすぐ向ける。そこに憤然はみじんも見て取れない。まるで冷たい仮面をずっと被っているかのように。グルヴェイグは、そんな彼を瞥見して少し不機嫌そうに頬を膨らませた。


「まず、どうして二週間ものあいだ、家族と袂を分かれさせたか聞きたいだろう?」


「……はい」


「親という指導者が居らずとも、君が独立できるかどうかのテストだった」


 そこで、少しばかりレイネが目線を泳がす。そう、そうだ。自分は……。


(僕は、思えば肉親に気に入られるように、と。そういう生き方をしてきた人間だ)


 なぜかそのことが、不意に胸を締め付けるような。そんな奇妙な心苦しさに襲われた。どうして学頭の一言が、こんなにも心を揺らすのだろう。感動、という類いのものではない。むしろこれは自分自身への反省に近い。ノファズはさらに、その様子を介さぬように続けた。


「それと退学させたのは……君はもう騎士学校アルスェラに留まるべき人間ではないと判断したからだ」


「どういう、ことですか……?」


「そのままの意味さ。君には私の私設した特選騎士、その団員となってもらいたい」


 学頭が有する最高戦力。ノファズ特選騎士団。騎士学校アルスェラにおいて、学知と武勇に長けた優秀な卒業生達ですら、そうそう成れない特級の座。そこにレイネは勧誘されていた。ならば合点がいく。もともと、親はレイネが優秀な騎士となることを願っていた。子の熟達を認められ、名誉な地位につくことを、そもそも親が拒むはずがなかった。いうなれば特別待遇。しかし、心は揺れていた。


(けど、なんだろう……とても今、心がもやもやとする……どうしてなのだろう?)


「ずいぶん、浮かない顔をしているわね……レイネちゃん?」


 そこで、レイネは妖美に声をかけてくる女性の方に視線を行かす。どうやら、レイネの動揺を感じ取っていたらしい。少し、レイネへ期待をしているかのような目線を送る。次いで、彼女はゆっくりと唇に弧を描いて。


「ね、レイネちゃん。あなたは……どうするの?」


「自分は………………」


 騎士となることに、快諾できぬ自分がいた。


(どうして僕は「はい」と言えないんだ? 両親も僕が【騎士】となることは熱望していた。それなのに……僕はどうして、何の迷いがあって応えに窮しているんだ?)


 落ち着かせるために、少し深く息を吸い込むレイネ。なぜ、どうして「はい」と一答するのみの事が、こんなにも重く感じられるのか。勇名を馳せる地位につくことが、みずからに定められた道ではなかったのか? レイネは葛藤に苛まれていた。ノファズは、その様子をただ黙って見つめていた。


「……ムリ、しなくてもいいのよ? レイネちゃん、だってあなたは――」


 そこでグルヴェイグがなにか告げようとしたとき……凄まじい轟音と共に部屋の壁が吹き飛んだ。


 予想外の事態にグルヴェイグは、なおも相好を崩している。

 しかしレイネとノファズは、崩落した壁のほうへ、無言で視線を向けた。


 そこには一人の黒衣の男、黒い仮面をつけた五名の影があった。

 ノファズはやや、眼を不愉快そうに歪めて言い放つ。


「……君たちはいったい誰だ。私の部屋の壁から入るとは、ことわりもせずどういう了見なのか」


 そこで、先陣をきって男が口を開く。冷徹な黒の双眸、そして灰色気味の銀髪が特徴的だった。


「我らは魔王奉賛組織……そのひとつとでも応えてやろう。後ろの者は、奉賛の騎士と呼ぶ我の私兵よ」


「……要求は、なんだ? 学頭たる私を討ちに来たか」


「違うな……お前へ要求はない。我らにとって重要なのは、そこの魔女と少年だ」


 ここで各個の実力が未知数である相手を怒らせれば、学童達にも被害が及びかねない。ノファズはそれをもっとも警戒している。なにせ遥か異郷に存在するという凶悪な存在、魔王という単語も出た為だ。しかしそこで、魔女と呼ばれたグルヴェイグが歩み出る。


「ふふっ……お姉さんのことをいきなり魔女だなんて。ひどいものね? まぁ、そうかもしれないけれど」


 途端に、グルヴェイグから発されたのは金に輝く膨大な魔力。

 金色の波動が室内をビリビリと揺らす。


「で、あなたがたの要求はなぁに?」


 しかし、冷徹に男は言い放つ。


「……そこの少年を我らの傘下に引き込む。そして魔女……貴様を討つ」


 空気が凍りつくようだった。だが、それでもなお妖麗な魔女は薄ら笑いを浮かべ眼を細める。


「あらぁ……討つぅ? 貴方ごときが、私に、食い下がることができるのかしら」


「むろん、できる。卑賤なる者よ、魔王様が標榜せし未来の、踏み石と成ってもらう」


 グルヴェイグと銀髪の男。双方の睨み合いが続く。が、グルヴェイグが横目でレイネを向き、微かに「ここは私が時間を稼ぐわ」と言った。学内に、知己の者がいると察してその者のところへ駆けつけろと言っているのだろう。その旨を了解して、レイネはすぐさま護るべき少女のもとへ走る――!


 彼女の言っていたことが、今更になって迫ってくる。


「もし、私がさ。いきなりいなくなったら、どう思う?」


 そう、彼女は言った。


(どう思うって? 君がいなくなるなんてイヤに決まっている)


 彼女の名を、ただ一意に思い起こしていた。その一意がレイネの躰を風のごとくに衝き動かした。駆けて行った様子を眺め終え、グルヴェイグは続ける。


「さ、レイネちゃんを逃がしたし……貴方、いいえ? 貴方達は私が片付けようかしら♪ 私に、用があるのでしょう?」


「片付ける……? それは困るな」


 そこで、銀髪の男は不気味な笑みを浮かべた。おそらくは、奸計を練ることを得も言われぬ悦びとする謀略家のような。


「ならばこうしよう。散開だ。学徒の生死は問わん。騎士学校アルスェラを落とせ」


 途端、男の背部に在った五名は外へ跳び出し、散り散りに攻撃を開始した。それに気づいてノファズは渋面を浮かべる。だが、さほど焦った様子でもないのかすっくと立ち上がり。


「なぜ、貴方が単身で挑むことを選んだのか?」


「……この場で、我が貴様等を超越するためだ」


「ならば、なぜレイネ君を仲間に引き込もうと狙うそちらが、学校にまで攻撃に出た?」


「レイネ・ルシルフェット。ヤツの信奉していた者の悉くを破壊すれば、こちら側に引き込む動機となるからだ。それにヤツには、確固たる意志がないとみた。貴様もそれを知っていたから、自らにとって都合のよい騎士団員に加えようとしたのだろうが」


「………………その騎士団員だが、校内にもこういう時のために配しておいたんだよ」


 別の話題を振るのは、彼の言に自らの浅ましさを見たからでもあった。さて、銀髪の男は名乗らずに、グルヴェイグ、ノファズと相対した。個々の実力は分析済みではない。恐ろしく強いとは風のうわさで聞き及んでいた。しかし今、自分とて常人ならざる域にあることは自負していた。


「くだらん。早々に終わらせる。開戦―-」


「さようなら♪」


 銀髪の男が言いかけた瞬間、グルヴェイグが金の魔力波をぶち当てる。その刹那、空間に金の亀裂が走ったかのような絵図がうまれる。凄まじい衝撃と共に、景色が吹き飛んだ。銀髪の男のいた場所がさらに、削り取られていたような痕が残った。だが――!


「……悍ましいものだな。よもや魔咒ソルキアズや定型的な詠唱なしに、それほどの暴威を発するとは」


「あら、アレを避けたの? ならすこしは、私を楽しませてくれるってことよね♪」


 銀髪の男は涼しい顔で、魔力の波からいつの間にか逃れていた。驚異的な身体能力か魔法のようなものか、まだ判然としない。グルヴェイグはわずかに、動揺を隠しきれぬノファズを瞥見して「生徒を護りに行くとよいわ」と告げた。彼はその言葉に「一人で大丈夫か?」と。彼女は静かに頷いた。それを契機にノファズは生徒を逃がすべく駆けだす。これで一対一という状況には持ち込んだが、双方にとって互いは未知数。まさに、一寸先は闇というべき闘劇がはじまった。


「戦力分散か。これは愚かな選択をしたぞ異郷の魔女よ……お前は万策尽きたのだ」


「あらあらぁ? 貴方を斃す方法なんていくらでもあるわよ……それより私が魔女、ってどこから聞いたのかしら?」


「答えてやる筋合いはない。なにせお前は、ここで土へと還るのだからな……!」


 学内には、不穏が渦巻いていた。

 未知の強襲。

 対峙する者達。

 白き少年は、人間らしい心を取り戻すことができるのか?

 激戦の火蓋が、きって落とされた。

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