第三話 【学内逍遙】
説明回です
校内はレンガ造りの落ち着いた建物。美観を意識してか、ところどころに聖像やレリーフが飾られている。レイネは、アイリとともに渡り廊下を歩いていた。すると、初等科の教室前を通りかかった。なにやら授業をしているようで、幼い学童が先生の話へ耳を傾けている。
「歴史の授業か、懐かしいなぁ」
「レイネは歴史、得意だったの?」
「ん。どの教科も満点近かったよ、少しだけ、僕の自慢なんだ」
レイネは、少し廊下の天井を仰いで瞑目する。過去の懐かしさに浸るように、懐かしい学生生活を振り返っているかのように。本当にどうしてこの人が退学なのだろう、とアイリは思う。意味がないわけはないが、まだその答えは見つかっていない。
教室内の先生は、そんな二人には気づいておらず、朗々と授業内容を語る。
この世界には、大きく分けて5種類の種族がいます。
それは【人間】【獣人】【妖精】【魔人】【亜人】の五つです。
【人間】は、高い技術力や知恵をつかい発展を遂げている種族です。
【獣人】は、多くは人間と共存し、個々の獣の特徴をもつ種族です。
【妖精】は、おもに自然を生命の基として生きます。人里でもたまに見られる種族です。
【魔人】は、生まれながらにして、通常より高い魔力や高い身体能力をもつ種族です。
【亜人】は、上記の例外と見做される種族です。
レイネは、以前に習った内容へ耳を傾けていた。懐かしい風景を外側から見るというのは、やはり新鮮なもので。昔は自分が窓側の席に座っていたな、などと懐かしげに双眸を細めている。アイリは、その姿を眺めて……やはりレイネはここに、未練があるのではないかと感じた。そこで不意に、レイネが口を開く。
「やっぱり初学者むけの内容だ。アイリは、どんな学校に通ってたの?」
「私、は……学校そのものをよく、わからなくて」
「そうなんだ。行けなかったのかな」
そのことについては、アイリは口数少なくなり、ただそれへ頷きを返す。何か言いたくないことでもあるかのように、レイネをただ、悲しそうな眼差しで見つめていた。しかし、そこでアイリは意を決したようにして、ひとつ問いかける。
「レイネ……もし、私がさ。いきなりいなくなったら、どう思う?」
「そんな……冗談を言わないでよ。なにも言わずに君がいなくなるなんて、考えられない」
「そう、だね。少しレイネが私をどう思ってるか、気になっただけ……」
そう言って、アイリは彼へいじわるそうに相好を崩した。
レイネはそんな様子に、案外イタズラ好きなのだろうかとの印象を受けた。
「じゃ、書庫に行きたいって言ってたから……せっかくだし案内するよ」
そして、二人はアルスェラの図書室へ向かう。そこに至るまでには、まだ廊下をすこし歩いていく必要があった。途中でまた、別の教室を通りかかった。そこも、初等科の教室だったが。そこで行われていたのは文学の授業。児童文学を読み解くにあたり、すこし余談として魔法の基礎について先生が語っていた。
魔法の種類については、網羅的な書にも、いまだすべてまとめきれていません。
それゆえに、全種をここで教えるにはかなりの時間を要します。
しいて言うならば魔法とは、なんらかの現象を、正しい手順に則り引き起こす術です。
「……アイリは創怪術をつかうけど、珍しい術なんでしょう。魔法、詳しいの?」
「ううん。すこし知ってるだけだよ……全部は、私もさすがにわからない」
「そっか、普通はそうだろうね。僕もあまりそっちはわからないや」
どうやら魔術や魔法といった要素は一言では語りつくせぬらしく、先生の話はさらに続いた。
また、魔力というものについての正体は諸説あります。
とくに有力な説を、ここで紹介しておきましょう。
『魔力とは、【活力】【体力】【精神力】【想像力】【自然の力】の5要素が基である。それらの単一要素からでも魔力は成り立つが、複合させて魔力へ昇華させれば、より強い効果を発揮する』
というものです。
それとは別として魔咒というものもあります。これは詠唱をすることで、魔法的な力を引き出す方法です。これは、さほど魔力がない者でも、超常的な諸力を行使できる便利なものとされます。が、高い魔力を持つものが魔咒も複合して行使した場合、凄まじい力をもつことは言うまでもありません。
その話を外から聞いていたアイリは、レイネの方を向いて切り出した。
「レイネも、魔法について教えられたの?」
「ああ、昔こんな感じの話はしてもらったことはあるかな。深くは知らない」
「そっか……私の使う術の話は出てこなかったね……」
「創怪術か。僕だって君と逢った時はじめて聞いたよ」
「珍しいものなのかな……」
こてん、とアイリは首をかしげていた。教室の前を通り過ぎると、図書室へ至る。蔵書数は数十万冊ほどある、とても広いところだ。受付の司書は返却された本のチェックなどをしていた。静寂で満たされている空間、レイネは案内も済ませたので、ここからはアイリと別行動をとろうと。
「じゃあ、ここで別れようか。僕はもう一度、学頭に理由を聞いてみる」
「今なら何か、答えてくれるかな……うん、またね」
「ああ、とりあえず、確実そうな線をあたってみるよ。聞いたらすぐ戻るから」
と、レイネは言ってアイリと別行動をすることに。
この離別が、更なる混沌の呼び水になることをまだ二人は知らない。




