第二話 【とんでもないクラスメイト】
騎士学校アルスェラ。
生徒数3500人を擁する、騎士養成を旨とした学校機関。
ここで教える科目は、剣術、騎士道、歴史、算術、倫理学、地理学、文学の七科。
より専門的な内容を望む学徒は、騎士にならずに学者の道を選ぶことも可能だ。
むろん、皆騎士になるべくここの門をくぐるので、そのような生徒は珍しい。
しかし今更、なにを尋ねればよいのかレイネには疑問であった。
なにせとうに、退学させられた身の上。
そんな彼が再度、学頭に退学理由を尋ねたとて、新たな情報が掴めるだろうか?
思えばグルヴェイグから、具体的にどうすればよいか聞いていない。
一応、レイネは黒を基調とした制服に着替えてはいたものの。
「レイネ……私、レイネの通ってる学校に行くの初めて、だよね」
「確かに、そうだったね。なにか、気になるところがあれば案内するよ」
「それじゃあ、図書室を見てみたいな……」
そんな会話を交わしながら、騎士学校の校門前に至る。鉄の門扉は重々しく、外からの侵入を阻んでいた。が、そこで駆け足の音が響いた。それはこちらにだんだんに近づいてきて。
「レイネええええええええええええええええええええッ‼」
耳をつんざく砲声が、空気をビリビリと揺らした。声の正体は、凄まじい獅子吼の声をあげて爆走してくる一人の少年だ。彼もまた、黒の制服を着用。藍色の髪を荒々しく伸ばし、炯と輝く赤眼をもつ少年だった。レイネはすぐさま、動揺するアイリを下がらせて対面した。
「どうして、君がここにいる。スタルシオン・アーヴァレック」
「んなもん決まってんだろォ? 昼休みにバックれたお前を探してたんだよおおおっ‼」
「バックれ……休んだんじゃなくて、僕は退学させられたんだよ」
「うるせえ! 優等生のお前が、辞めさせられるわきゃねえだろォ!」
「だから人の話を聞いてく……」
いきなり突っ込んでくるスタルシオンなる少年に、レイネは対応を迫られた。スタルシオンは、訓練用の木剣をもって突撃してくる。木剣の振り下ろしがレイネを襲う。これをレイネは、難なく体を逸らして避けた。次いで流れるように砲声している彼の上腕へ、片足を振るい打ち入れる。軽くあしらっていた。
「ぐ、っ……お前も剣を抜けェ! 昼休みに、俺と実戦稽古する約束だったろうがよ!」
「あ、ごめん忘れてしまってた。でも、今は剣を抜けない。これ真剣だし」
「な……んだとお前……っ?」
そこで、ワナワナと肩を震わせて、スタルシオンはレイネをギロリと睨みつけた。その睥睨するかのような目線は鬼気迫っていて……ぐにゃり、と狂気的な笑みを浮かべる。
それに対してレイネ……無表情。
「いぃ度胸じゃねえかああああッ! テメエ俺との約束を忘れてたとぬかした上に、なんだ? 真剣だからぬけねェだとこら! 俺をナメんのもいいかげんにしとけや……なアァアァァ親友?」
「親友につかう言葉ではない気がする」
レイネの冷静なツッコミが虚しくスルーされる。が、そこでなにやらスタルシオンからは、多量の魔力が湧きおこった。それは不定形で半透明、紫煙のように揺らいでいる。周囲の大気は、彼の魔力に怯えているようにすら見えた。その圧気にアイリもまずいと気取り、創怪術を行使しようとする。しかしそれを察知したレイネは、目線で彼女を制する。この場で怪物を出現させては騒ぎが広まるから。
「まさか、親友に魔咒込みの攻撃をくらわせる気じゃないだろうね」
「そのまさかだよォオオッ、レエェェエエネエェェェッ‼」
魔咒。この世界においては魔法に心得のない一般人でも、魔法のような効果を引きずり出すことが、可能となっている。そのときに個人が唱える独自の呪文が魔咒だ。その仕組みについては、まだ解明するに十分な論説がない。ともかく、魔咒による効果を可能にする概念がある。しかし、その正体が未解明であるのだ。
「いくぜ親友……俺の魔咒だ。【我が赫怒は、憤怒と煩悶に暴れ狂いし猛牛の如く。その怒りはやがて海をもたやすく血に染める。おお、哀しき激怒よ劫火と変われ。そして我が対敵をその砲火で廃滅せよ。怒れ、狂え――熾燃の劫火‼】」
ウェグァルヴェリオン。スタルシオンが生成した直径3mほどの火球。それは炉心から取り上げられ風に光る高熱の鉄のようで。熱風がレイネを煽る。スタルシオンが両の手を頭上へ掲げ、火球を生成維持している間に、レイネもまた魔咒を唱える。
「【私が焦がれるのは、颯爽たる疾風。諸天を自由に吹き遊び、葉末や梢を震わせて。風は誰にも囚われず、自由に昼夜を駆け抜けり。この私にどうか、風の祝福を――春の霞を抜ける風】」
「くらえや親友ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
スタルシオンは火球を飛ばす。
豪速で迫るそれに対し、レイネは体を前傾させる。
春の霞を抜ける風は、自らを風のごとくに加速させる法。
突如――レイネの姿は誰にも見えなくなった。
その瞬間、火球の下部がひしゃげる。
見えぬほど疾い上風の通過に煽られた為だ。
彼は体の正面が接地しそうなほど低い姿勢で、スタルシオンへ猛進する。
極度の低姿勢を維持したままの猛進。
その身体能力は、人間の埒外というほかない。
そしてスタルシオンへ肉薄し、上体を起こして手刀を首へ寸止めする。
その風圧で、ぶわりとスタルシオンの藍髪が揺らぐ。
レイネが魔咒を唱えてからここまで、瞬きふたつぶんの時間しか要していない。
「ん、なッ……ふざけんな。いつここまで移動しやがった、お前」
「魔咒を言ったあと、すぐにだよ」
後方では、火球が鈍く吼えては鉄扉を溶かす。
それが校門だったので、レイネは少し親友へいじわるな笑みを呈して。
「あれはまずいね……君がやったと知れたら、ね」
「ちょちょちょちょちょ、待て待て俺はそんなつもりじゃな……!」
「親友にあてるつもりだったのかい、あれを」
レイネが鉄扉を瞥見する。
表面がどろりと溶けていた。
「当たったらお前でも逝ってたな」
「シャレにならないからねそれは」
「そんでよ、レイネ。お前の傍を歩いてたあの娘誰だ」
「アイリだよ。アイリ・ステュラワータ」
あまりにレイネが圧倒的だったので、アイリはその実力に感嘆していた。
「ふうん。仲よさそうじゃねえか。鞍替えか?」
「クラガエ?」
そこでレイネは首をかしげて銀髪を揺らす。
スタルシオンの言ったその意味が解ったのか、アイリはおろおろと思わず近づいて。
「え……れ、レイネ…………」
アイリは今にも、あなたを信じていたのに、と言い出しそうな顔つきでわずかに青ざめている。レイネはその挙措を見て、きっと体調でもわるいのだろうと、あらぬ思い違いをする。
「アイリ、いきなり顔色が優れなくなったけれど……大丈夫?」
「あ、私は大丈夫。それよりレイネ……誰かと付き合って、たの?」
「え、僕は誰とも付き合っていないよ」
「……あ、れ………………?」
とてつもない勘違い。どうやらスタルシオンは、したり顔で笑っていた。そこで、真顔のレイネはスタルシオンの方をゆっくりと向く。アイリは困惑していたものの、ほっと胸をなでおろす。
「スタルシオン。どうしてアイリはいきなり、あんなことを?」
「気になる年頃なんだろ」
「そうか」
そこで、レイネはアイリのことを一瞥する。濃藍の眼をゆるく細める。
目線を交わしたアイリはつい、上ずった声を。
「レイネ。な、なに……?」
「ありがとう。どうやら僕のことを心配してくれていたみたいで」
「う、うん……」
本当は少し違うのだけどと、いじらしい気持ちを押し込んでアイリも相好を崩した。学園の門前でこのような事があるとはレイネも予想外だった。昼休みを終えるチャイムが鳴る。
「んじゃ、俺は行くわ。またあとで、色々説明しろよ。親友」
粗暴な者の背姿を、二人は見送った。
これがレイネの親友、その一人であった。




