妹、帯びる
妹側の第五話。
どうやってもブラコン妹になっちまうなァ!(
食事を終えると、既に日が沈み始めていた。
それを見てふと彼女は奇妙なことに気づく。
(太陽が、北に向かっている…?)
現実にはありえない現象だが、周囲を見るにここではこれが普通なのだろう。その証拠にいわゆる夜店が
少しずつではあるがシャッターを開き、客が店の呼び込みにつられて賑わいを見せ始めていた。
ガヤガヤとし始めた道を避けて宿を探そうとし、夜店の並びから少し外れた所にある静かな民宿(?)を
見つけた。街灯はその姿をぼんやりと照らし、
ゆったりとした印象を朱奈に向けている。
静かに休むには丁度いいだろう。民宿の扉を開くと、そこからは小さなエントランスと奥のレストラン
らしき空間が見えている。軽く力を加えると木で
作られた扉がキィという音をたてて開いた。
「あら、いらっしゃいませ。」
「一晩部屋を。…朝食もお願いできる?」
「えぇ、腕によりをかけさせて頂きますわ。」
小さなモノクルを付けた老婦人が、年寄り独特の
優しい口調で朱奈に値段を提示した。
一泊150セディナで朝食付き…もはや破格である。
ロビーらしきその場から民宿の中を伺い、懐から
取り出した貨幣をいくらかテーブルに出す。
朱奈が声色を変えながら言った。
「…600セディナ出します、お風呂を使っても?」
沸いた湯とおぼしきあの感覚が肌をくすぐり、朱奈はいてもたってもいられない感覚に陥った。
女性にとってそれは4倍の金額を提示するに至る…
いや、それ以上求められても出してしまう程か。
しかし老婦人も分かっているのか、その貨幣を朱奈に返してその口を開いた。
「お金はいただきませんわ、ご自由に。」
「ありがとうございます!」
お金を渡し、鍵を受け取り、朱奈はその湯の気配に
まるで韋駄天の様に駆け込んでいった。
服を持ち込んで洗おうかとも思ったが辞め、風呂に
どこからか取り出した石鹸を片手に現れる。
石鹸を泡立て、体に塗って洗い流す。一日の汚れを
叩き落とした体を湯船に沈めると同時に、口から
疲れが固まったようなため息がこぼれてしまう。
…そして少し経ち、朱奈は今この瞬間までの自分の
行動を一からおさらいした。
(私がこの世界に来てから約9時間、恐らくここは
周辺に犯罪都市と呼称されている可能性が高い…
命の危険があった以上、この手で人を殺めたのも
手段として割り切るしかない…か。)
人として異常とも言える手段をとったが、彼女の
思考は至って冷めた物だった。そして何より…
「兄貴がいるのは、確定ね…」
苦笑とも言うべき顔になりつつも安堵する要素が
生まれたのは、とても大きな収穫だったようだ。
場所は分からないが、兄の存在を裏付ける証拠を
入手した…それだけで十分すぎる。
そんな事を考えていると外の喧騒が少しずつ
静まり、周辺には静寂が訪れた。
タオルに突っ込んでいたスマートフォンを見ると、
時刻は既に現実で午後8時。
体の水気をがしがしと拭き取る。先程のローブやら
の装備をそそくさと着込み、朱奈はダイニングへと
足を運んだ。
老婦人が微笑みながら料理を並べ、彼女自身もその
晩餐の席につく。考え事をしていたせいか、この日
の晩餐の内容が朱奈の頭にちゃんと入らなかった…
いや、とても美味しかったが。
口の中が幸せな状態で部屋に戻る朱奈。しかし本当の
異世界がそこから始まるとは、誰が思っただろう。
スマートフォンの時計が深夜1時を示し、外の空は
漆黒の闇に塗りつぶされた頃。
「…」
電源が落ちた様に眠る朱奈の隣で、それは起こった。
────。
「!」
枕元にあったキャリバーを音源へ突きつけるが、
そこには何も無い…いや、無くなったと言うべきか。
少しズレた場所、部屋の窓辺にそれは現れた。
「…何、これ」
雨の水滴が塊になったような物、俗に言うスライムと言うやつが落ちているのである。手に持った銃でつつくが、単にゼリーのような感触がその手に返されるだけ。
「…ふm「ふきゅ」!?」
鳴き声(?)に驚かされたが、その後の変化の方が
彼女を驚かす事になった。人型への変身を行えると
朱奈は思わなかったようだし。
変身後のスライムはまるで小さな子供の姿になった
が、外見だけで目やら何やらは確認出来ない。
軟体生物は、彼女にある言葉を投げかけた。
─を──
「…?」
─命を──我に───
ほとんどノイズに等しい声が微かに響き、
その生物は溶けて消えた。
「命をって…」
朱奈はもう1度、眠りについた。