兄、触れる
兄側の第五話。
語彙力不足だめうぅ
時間は進み、異世界二日目。
アレサに街の構造を聞きながら歩く事、数刻。
準備を済ませた後には街を一旦離れる事に。
太陽が真上から少しだけズレた位置に来た時、蒼河は奇妙なことに気づく。
(太陽が南から…?コンパスは…壊れてないのか。)
日の出は東から昇る。自分に関係が無いからと頭で
忘れかけていたその知識は、既に役立たずのガラクタ
になろうとしていた。
「俺…やっぱ異世界に来てるんだなぁ…」
そんな事を考えているとアレサが気づく筈も無く、
彼女は突然後ろからその肩を突き飛ばす。
振り向こうとするが勢いに押され、蒼河は
そのまま壁に頭をぶつける。
「な、何」
「静かに!」
口を手でふさがれ、細い路地に押し込まれる蒼河。
アレサは片手で空中に魔法陣を編み、目の前に
カーテンの様な物を出現させた。
その前に通りかかったのはグリフォンのような生物を駆る衛兵隊らしき人影。
「ツヴェイ、ドライ、居たか!」
「いえ、何処にも見当たりません…」
「こちらもです。魔法力の反応は検知いたしましたが、それらしき形跡は何処にも…」
「くそ…サーチに反応は!」
会話を続ける衛兵の話を盗み聞きしている蒼河だが、アレサはさらに新たな魔法を詠唱する。
(眠れる記憶よ響け、【リピートメモリー】)
唱えてから数秒、近くで鈴の音が鳴る。
それに反応する様に昨日の俺達がいた場所から
声が流れ始めた。
「…こっちか、急ぐぞ!」
数騎のグリフォンが東の森方面へ走る。その隙に
アレサは魔法を解き、通りへと出た。
「ふー、危ない危ない。」
「あれは?」
「昨日の夜教えた王都の軍隊だよ、多分アンタの事
探してんじゃないかな?」
「マジか…」
恐ろしい…今のままでは確実に負ける、逃走不能。
追われる身のままでこの世界を生きていくのはかなり難しい…早急な対策が必要だ。衛兵達がこの場を立ち去ったのと同時に道に戻り、目的地の逆の西方面へ
走る。少しして街の外壁近くにたどり着くが、そこに
鎮座するのは廃れて苔や草花に覆われた寺院だった。
この世界の歴史と言うのがどのように生まれ、どの
ように続き、そして今はどうなっているのか…蒼河が知る由はない。しかしそんな彼にも一つだけ分かる事があった。それはこの世界にも人は偶像を崇拝する
宗教を作った者がいるという事だ。
そんな歴史から離れた廃墟にアレサと蒼河が入る。
これだけの広さならあいつらにも見つからずにやり
すごせるのだろう。そう蒼河は考えていたが、アレサを見る限り別の案があるらしい。
「確かこの辺に…あった、ここをこうしてーっと。」
壁に触れながら歩いていたアレサ。
ある場所を2度ノックした後、壁にデリンジャーの銃口を押し付けて引き金を引く。少し重めでくぐもった
破裂音と共に壁の一部分が崩れ、中からぼやけた光が漏れ出した。
「自宅傭兵にお馴染みテレポーターの御開帳ってね。
ここから東の森にあるヴラキオ坑道に飛べるよ。」
「転送装置か!」
突然アレサが蒼河の背中を押す。
そしてテレポーターに押し込まれた蒼河に告げた。
「動かす魔力が足りないからアンタが先に行って!
それと、転送酔いには気をつけてー!」
ブルームも入り、テレポーターの中で丸くなる。
「おう、んでお前は?」
「俺は後から行く、坑道で待ってな!」
淡い光に包まれ、ブルームがまず消える。
ちゃんと坑道に飛ばされてるはず…だが少し不安だ。
そんな事もお構い無しに浮遊感に包まれていく体。
網膜を焼くような閃光に瞬くと、そこへ暗闇に
包まれた縦に小さな洞窟が現れた。
ヴラキオ坑道…
旧歴に於いては魔核を用いた多国間軍拡競争の中心
となったが、入口付近で発生した落盤事故により
表舞台から姿を消し、人々に忘れ去られた採掘場。
最奥テレポーターの奥には遺跡があるというが、
探索開始から数分で前記の事故に巻き込まれた後、
探索部隊が全員死亡している。
しかし蒼河はその事を知る訳はない。
そしてその遺跡方向からただならぬ気配を感じ、
その身を固めて口角を釣り上げた。
「…ブルーム、何か匂わないか?」
「?」
「危険な匂いだ…それも見返りがある奴!」
「グァ!?」
何を言ってるんだお前はと言わんばかりのブルーム。
そこへ後からアレサが現れ、蒼河を止める。
坑道についての歴史、テレポーターから奥は未開で
ある事、過去の探索部隊の人間全員が死亡する程に
危険な事。全てを話した。
「ここに飛んだのはただの緊急策だ…アンタは確かに妙なスキルを持ってるみたいだけど、この先は
いくら何でも危険すぎるよ。」
止めようとするアレサを見て、蒼河が口を開く。
「…腕のない探索者が死ぬ理由知ってるか?」
「は?そんなの腕がないからに決まって…」
「違うなぁ…探索者が死ぬ理由第1位は運が無い事。
運がある奴は死なないんだよ、どんな場所でも。」
「…はい???」
言ってる意味が分からないと首を傾げる一人と一匹。
…ゲームならば死ぬ事は無いが、今の蒼河は現実だ。
そのはずなのに、彼はその顔に一縷の恐怖すらない。
むしろ楽しんでいる…この場所を、危険を、全てを。
仕方なくアレサは持っていたマッチを明かりにして
入口からは逆方向へ歩みを進める。
足元もぼやけて見える闇に、彼女は言いようの無い
恐怖心を煽られ続ける。しかし蒼河は冷静だ。
まるで熟練の探索者かのような顔になり、腰の
マグナムに手を掛けてニヤリと笑う。