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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
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アームズ

 木曜の午後、【精製】の授業。昼休みにはクラス中で友人と自分のアームズのイメージ図を見せ合ってワイワイしていた。木崎の元気な挨拶と共に授業は始まった。

「みなさん宿題にしていたアームズのイメージ図はまとめてきましたか?今日は実際にそれをコンバートする練習をしてみますよ。」

 一色はそわそわしている。待ちきれない様子だ。

「では、これから10分あげるから、まずは一人でやってみましょう、はい、はじめ!」

 一斉にコンバートをし始める。各々のイメージを見ながら、また目をつむって想像しながら、形を作っていく。修司は刃渡り70cm、幅10cmのロングソードをコンバートした。【闘技】の授業で使う木刀に酷似したもので、装飾などもない真っ黒な剣だ。

 隣の一色を見ると、修司のロングソードよりも20cmは長く、幅も30センチ程のロングソード型の大きな剣をコンバートしていた。こちらは修司の剣とは対照的に柄や刀身に彫り物のような紋様がある。一色はそれをまじまじと見てリリースした。

「あれ?完成じゃないのか?」

「うん、もっと柄が細くて握りやすい方がいいし、模様の掘り込みが深すぎたからさ・・・。」

 そういってまたコンバートを始めた。

 そう言われたら俺の剣も先端がやや薄いし、柄も握りづらいな。

 修司もいったんリリースし、またコンバートしてみた。しかし、やはり細かくみると気になる点がある。根津は槍の装飾に凝っているようで、滝田も刀の長さがどうも納得いかない用である。そんな中で迫間は満足げな様子で2本の剣を見つめている。

「迫間はもう完成?」

 滝田は聞く。

「ああ、なかなかいい感じだろ?」

 迫間の双剣は長さ30cmで厚みのあるダガーのような型だった。きれいに真っ直ぐな刀身を見るとイメージ図通りのようだ。

「なんかコツってあんのか?」

「ああ、これってさ・・・。」

 迫間の説明の前に木崎が口を開いた。

「はい、じゃあ一回ストップね~!」

 みんなコンバートしたものを机において話を聞く。

「じゃあ、この中でイメージ通りにきちんと作れた人は手を挙げて。」

 迫間と柊、他2名が手を挙げた。

「あら、すごいわね、じゃあ迫間君、どうやってイメージ通りに創ったの?」

「あ、はい、名前を付けてやりました。」

 名前?どういうことだ?そんな疑問が何人かに浮かんでいる様子だった。しかし、木崎はうれしそうな顔で少し声高くしながら返答する。

「そう!よく知ってるわね~。名前が大事なんですよ、みなさん!」

「あのね、コンバートするときってのは、イメージが大事ってのはもう知ってるわよね?そのイメージに大切なのが言葉なのよ。」

 まだみんなピンと来てないような雰囲気だ。俺も含めて。

「例えばね、みんな4つ足の毛むくじゃらの牙のある動物を想像して、って言わるのと、犬を想像して、って言われるのだとどっちが想像しやすい?」

 ああ、っと声を漏らす生徒がいる。

「さらにね、犬よりも、ブルドックとかコーギーとは具体的な犬種の方がイメージしやすいし、その最たるものは、飼っている犬やよく知っている犬の名前を出されて想像することじゃない?」

「確かに!」

 滝田が合いの手を入れる。

「うん、人間の脳はただ漠然とイメージするよりも、名前があるものの方がイメージしやすいのよ。そんでその名前を声に出すとより鮮明にイメージが湧くの。しかもその名前を呼びながらコンバートことが習慣化されると、名前を言葉に出すだけで自然と完璧にコンバートできるようになるのよ。特徴的な名前だとなおさら言葉と記憶がリンクするから、だから、例えば・・・[マリツキコヅチ]。」

 アームズの名前を言った瞬間に木崎の手には70cmほどの槌が現れた。

「こういう感じで、時間をかけずに自分のアームズを出せるようになるのも利点ね。」

 クラスメイトの目はキラキラしていた。

「じゃあ、一回名前を考えて、できた人はその名前を声に出しながらやってみましょう。はい。はじめ。」


 名前か・・・。悩むな、物に名前なんて付けないし、特徴的って言われてもな・・・。

「ねえ、修司君はどんな名前にするの?」

 一色が声をかける。

「う~ん、それを悩んでるんだ、名前って急に言われてもって感じでな。一色は?」

「僕はね、[ペインター]って名前にしようと思ってるんだ。」

「[ペインター]?どういう由来で?」

「すごく安直だけど、単純に僕が絵を描くのが好きだからって感じかな。」

「そうか、得意なことか・・・。」

「それよりさ、この前の【武人】の人がさ、獄炎って言ってたの覚えてる?」

「ああ、たしかコンバートするときに言ってたな。」

「たぶんあれがあの人のアームズの名前だろうから、アームズの名前から探せばあの人が誰なのか分かるよね。」

「それはそうだろうけど・・・調べてどうするんだ?」

「いや、ただ知っておければ闘技大会でも対策立てられるかなって思ったからさ。」

 一色は俺の不安そうな顔を見て慌てて笑顔で取り繕うような様子だった。

「それよりさ、修司君のアームズの名前を考えようよ!」

 それから一色と途中から滝田も入って俺のアームズの名前は[ブラックジャック]になった。俺のユニークエナとしての黒色と、ポーカーフェイスなとこから、らしい。まあとりあえずこれでいいだろう。

 名前が決まってからは少し感覚が違うように感じた。なんとなく[ブラックジャック]というものを創ろうという意識が生まれたのか、もしくは明確に名前のあるものを創ろうという意識になったのか、とりあえずイメージに近いものが安定的に創れるようになった。

 

 翌日の【闘技】の授業では初のアームズを使った訓練が行われた。よく晴れて雲一つない。

「いいか、アームズを使うということはこれまでの木刀の訓練とは違い相手に確実なダメージを残す、ゆえに俺が危険だと判断した場合はすぐに中断する。しかし・・・やるからには全力で戦え!始め!」

 一斉にコンバートが始まる。

「国谷先生、言ってることの整合がとれてねーな。」

 笑いながら修司の相手をする滝田は構えた。

「いくぞ、[村正]。」

 滝田のアームズは日本刀だ、色はまだ付けられないし、コンバートに時間もかかるが、刃渡りは2尺4寸(約73cm)ときっかり創れているらしい。不器用な滝田は刀や剣道が絡むと異様な集中力を見せてくれる。威圧感もやはり凄まじい。

「[ブラックジャック]。」

 修司はコンバートを終えると滝田に切りかかる。滝田は闘技においていつも受け手の側に立つ。それは強者の余裕なのか、戦いのスタイルなのかは分からないが、まず仕掛けてこない。修司の攻撃を体捌きのみでかわし足で蹴り押す。よろける修司。

 わかってるよ。滝田。お前は一本(大ダメージ)につながるタイミングでしか攻撃しない。だからさっきみたいに中途半端な踏み込みの場合は、一度相手を離して仕切り直す。これはきっと滝田のこだわりなんだろうが、悪いが鼻につくんだ。わざわざ攻撃できる機会を逃してまで自分のこだわりを守ろうとするとこが余裕な態度の見えるからさ。今日はその余裕を崩してやるよ。

 修司はジリジリと滝田に近づく。右手の剣はわずかに体の後ろに構え、すぐに出せるようにしている。滝田は闘志に燃えていながらも冷静な視線を向けている。修司は間合いに入った瞬間に剣を振る、いつもの横振りしかも振りが大きい、と見切った滝田が剣の動きと同時に静かに半歩下がる。滝田の感覚は剣の動きを確実に捉えていた。しかし左から空を切る修司の剣は失速し、滝田の胸の手前でほぼ止まり、滝田に向かって直線的な運動を始めた。

 俺は滝田との試合で突きを見せたことはない、しかもこんなタイミングで打たれたら、さすがのお前も受けきれないだろ!

 修司の剣が滝田の胸に触れる。と思った瞬間に剣の運動はぴたりと止まる。あと1cmで滝田を貫く瞬間に。奇策だと思われた修司の一撃にも滝田は冷静だった。中段の構えで両手に握られた刀の先端を修司に向け、ほんの少し肘を伸ばした程度で修司の右肩に刀は突き刺さる。滝田の本能が身に迫る脅威に対して的確に対処した結果、最小限の動きで剣の直進運動の推進力を消したのだ。

 修司の右肩には一瞬冷たさの次に電流のような痺れが走った。肩に刺さった刀の周りが熱い。大きくバックステップを踏み、距離を取る。土煙が舞った。思ったよりも浅く刺さったらしく、どうにか右手は動く。しかしながら衝撃は大きい。初めてまともにアームズでの攻撃を受け、刀が体に刺さっていたのだ。修司は切られる恐怖を感じていた。たとえ心臓を貫かれても麻痺程度で死にはしないと言えども、体を貫かれる感覚はあるのだ。その恐怖を初めて実感した。

 30秒ほどの静止の後、修司はゆっくりと構え直す。まだ肩は痺れている。しかし自分は成長したのだ。あの滝田のこだわりを崩したのだと、滝田が一本につながらない攻撃をした、いやさせたのだというわずかな希望をもって再び挑む、アドレナリンのせいかもしれない。

 一気に間合いを詰めて下から切りかかる。左斜め後ろに下がる滝田。水平切りで追いかける修司。金属がぶつかるような音が鳴る。弾かれたのはブラックジャックだった。肩の力が入らないことで競り負けたのだ。体がのけぞった一瞬にはもう滝田は刀を振り下ろしていた。修司は頭から両断されることを悟った。

「やめっ!」

滝田の[村正]がぴたりと止まった。額に2mmほど刃が入ったところでだ。

「ありがとうございました。」

 滝田は左腰に村正をしまうように持つと頭を下げた。

「ではこれから10分間ペアと休憩を兼ねた話し合いを行うこと。はじめっ!」

 腰を下ろす修司、改めて右肩を触ってみるが傷もなく出血もしていない。ただ痺れだけは治まっていない。

「治世、大丈夫か?」

 滝田が心配そうに聞く。

「ああ、すこし痺れるけど、特には。」

 強がる修司。

「ならよかった。でもさっきの突きは驚いたわ~。」

「いい策だと思ったんだけどな。全然ダメだったな。」

「いやいや、そんなことないっしょ、俺のアームズの方がリーチが長くて、あと治世の手が伸びきってなかったから間に合っただけでさ。」

「そうか、手の伸びか。」

 修司は改めて思い出すと確かに自分の肘が曲がったままだったような気がした。

「さすが滝田、他にもなんか直すとこ言ってくれるか?」

「ああ、まあそんなに大したこと言ってないけどな、はは。あとは治世は飛び過ぎかな。」

「飛び過ぎ?」

「ああ、なんだろな、ぴょんぴょんしてる感じ?リズム取ってるのがこっちにも分かって、タイミング読みやすいし、浮いてるときなんて攻撃のチャンスだしな~。」

「お、俺、そんな癖があったのか・・・。」

「ああ、割といるぜ、根津とか安堂もそんな感じだしな。ははは。」

 ここで聞けて良かった。これからはもっと滝田に質問するようにしよう。

「あとさ、これは余計なお世話なんだけど、治世みたいに片手で剣を扱うのって、左手が遊んでるんじゃないかって思うんだ。」

「ああ・・・かもしれない。」

「柊みたいに左手に盾をもってたりするなら分かるし、そうじゃなきゃ、接近戦で相手を掴むとか、火や電気をコンバートするとかのタイミングがなきゃ活きないだろ?そんなことは両手で剣を扱ってても、瞬間的に片手を空けたらできるんだけどさ。」

「・・・ちょっと考えとく。」

「あ、悪い!あくまで俺の意見だし、個人のスタイルとかあるだろうし、他の利点もあるんだとは思うんだ。」

 滝田の弁明を聞いて、あとは滝田が立ち回りで何を考えているかを聞いてペアの交換となった。

 根津は凝った装飾の青い三又槍、[ジャベリン]を構えていた。腰のあたりで持ち、矛先をこちらの頭に向けている。

 この試合は根津の優勢に終わった。リーチを活かしてチマチマと軽傷を負わせる戦法のようで、危険を冒さず堅実な戦いだった。修司も先ほどの肩の痺れが取れずにいたこともあり、攻めきれなった。話し合いでは根津に槍の戦い方について聞き、修司は滝田が言っていた跳ねる癖を根津に教えた。

 その後、迫間、本郷と試合を行いその日の授業は終了した。

ルーザーストラテジー用語

[]=アームズの名前はこの括弧が付く

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