学園探検
学園の生活が始まり3週間が終わった。相変わらず午前は普通の高校生と同じような勉強をし、午後はノーベルとしての授業が続く。生徒も学園の生活に慣れ、休日に学園外に出かける者もでるようになった。【闘技】おいては未だ木製武器を使った授業だが槍型、刀型、ロングソード型、斧型の物も選べるようになり、戦闘に独自性が生まれるようになった。近くに自己のアームズ(エナを精製し創った武器)を使った闘技になると告知された。【精製】でも立方体や球などの単純な形から、馬や靴、建築物の模型などの複雑な形も創るようになってきた。来週からは初のオリジナルアームズのコンバートをするためにイメージを紙に絵としてまとめるように宿題が出た。
休日には修司は学園内を一色や滝田などと探検した。学園外出に誘われもしたが、外出許可を取ったり、門限が決められたりする煩わしさを考えると、まだ学園内を散策した方が良いと思ったのだ。それに学園の広い森林エリアにはどこか少年の心をくすぐる誘惑があった。今日は滝田が一般教科の宿題に追われ、一色、迫間、根津と高等部校舎の東側の森林エリアを探検している。森林エリアは小道が何本かあり、その他は木や草が生い茂り、足場も視界も悪い。寮の近くは部分的に竹林があったり、奥に杉が密集した部分があったりしたが、多くの森林エリアはここのように樫やブナが多い気がする。今回の先頭は根津が進む。
「すっごいな~。どこまで森やねん、これ。」
「確かこの学園がディズネーランドの5倍の広さで、全体の5分の2は森林とからしいから・・・相当だな。」
後ろから答える迫間。親戚にノーベルがいる迫間はこの学園の事やノーベルの事をよく知っているので、大抵のことはみんな迫間に聞く。低い声の鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。
「治世君、一色君、先週は何か見つけたんか?」
「ああうん、寮の北側で15分くらい歩いたところの湖を見つけたんだ。」
「湖ぃ?ははっ、どんだけ自然溢れとんねん。」
「うん、でも湖って言っても一周200mくらいの小さめな湖だったよね。修司君。」
「ああ、そうだったな。」
「そのことは迫間君は知っとたか?」
「いや、それは知らなかったな。けど女子寮の第2寮の西にも湖があって、そこには10m級の馬鹿でかい鯉がいるって都市伝説があるらしいぞ。」
「10m!今度は滝田君も連れてそこ行くしかないやん!」
根津はワクワクした様子だ。この探検に滝田が誘った時にも二つ返事で乗ってきたくらいだ。一色は興味深げに周囲の木を見渡して言う。
「この木だけどさ、この学園が40年とかしかの歴史がない割には年季が入ったものが多いよね?木の成長ってそんなものだっけ?」
「確かに・・・。古いな木だよな。」
「どうなん?迫間君?」
「これは前からここに生えているものだと思うぞ?この学園の創立自体は40年前なんだけど、この学園の敷地は元々の国有地の自然を残してるんだってさ」
「へー、さすが迫間君。」
「あ、てかお前ら『迫間君、迫間君』っていい加減『迫間』でいいぞ。」
「そう言われてもな~、君付けがクセやねん。」
「うん、僕も呼び捨ては逆に恥ずかしいかな~、へへ。」
「治世、お前は君付けに違和感ないか?」
「まあ、呼びたいように呼んでくれればいいかな。」
「なんだよ・・・俺だけが気になってんのか~。」
「せやでぇ、気にすんなや~、ははは。」
20分ほど森林エリアの小道を歩くと二股に道が分かれている場所に来た。古い立て看板があったが、壊れて文字は見えなかった。相談の結果とりあえず右の道に進むことになった。リスが木々を枝伝いに駆け巡り、東京とは思えない。空も雲一つない。
「そういえば、宿題の【アームズ】の完成図、もう書いたか?」
「やったで。」
「僕も。」
「俺も一応。」
「そうか、みんな早いな。どんなのにしたんだ?」
「俺は槍型やな。」
「僕は大きめなロングソード。」
「俺もロングソード型かな。」
「授業で習ったヤツだし、そういうのが無難だけど、もっとこう自分の色出したくないか?たぶんみんな似たり寄ったりの武器になりそうじゃんか。」
「そうやな~。けどさ俺はな、打倒滝田って考えると、やっぱりリーチの利がある槍がええと思うんよ。それに槍は使うやつ少ないしな。」
「まあ、槍は確かに常用してるのは根津と川元と女子の原ちゃんくらいだな・・・。けどけど、ロングソード型は絶対多いぞ!」
「ぼ、僕はずっと最初の時と同じ武器を使いたいし、・・・っていうか、やっとロングソード使うの慣れてきたからってのもあるけど・・・。」
「俺は正直まあそんなに考えてなかったな。とりあえず使えればってことで。」
「おいー、せっかく自分だけのアームズ創れるんだからさ、治世はもっと興味持てって。」
根津は笑いながら聞く。
「まあ、治世君はそんな感じの人やし、それよりなんで迫間君はそんなにアームズにこだわってるん?」
「ああ・・・、俺さ、俺にこの学園のこととかノーベルの事教えてくれた親戚の兄ちゃんがめっちゃカッコいいアームズ使ってて、そういうのに憧れたんだよ。」
「うん、僕もそれ分かるよ。」
一色は深く共感しているようだった。
「一色君も知り合いにノーベルがおるんやったもんな。やっぱり知り合いにおると気持ちも違うんかな~。な、治世君。」
「ああ、かもね。」
「よし、じゃあこれからみんなで迫間君のアームズをどんなんにするか、考えよようや!」
「いいね!僕たちの参考にもなるしね!」
そこからしばらくはどんな武器があるとか、長さはどのくらいがいいのかとか、これまでの授業で習ったことと感じたことを踏まえて議論した。俺は常に客観的な意見を求められてた。色々聞くと他の武器もいいかもとは思ったけど、俺にはあこがれも勝ちたい奴もいないから、ってよりも冷めているんだろうなってつくづく思った。
分かれ道から20分も歩くと少し開けた所に出た。テニスコート2面分ほどの範囲で、端には3本の丸太が立ててあった。足元の草は手入れされた芝生のように短く、そういう品種しか偶然生えていないのか、それとも手入れする人がいるのか。
「これって・・・。」
「ああ、まるで闘技練習場やな。」
「たぶんここで個人練習してた人がいる・・・もしくはいたんだろうな。」
「でもなんでわざわざこんなとこで、練習場を空き時間に使えばいいんじゃないのかな?」
「人によっては他人に練習を見られたくなかったりしたかったんだろな、こんなふうに個人の特訓場所があるって親戚の兄ちゃんも言ってたわ。」
「ここまで50分くらいかかってるよね、相当秘密にしたかったのかな・・・。」
「闘技大会もあるって言うし、隠して練習してんたんやろか?」
「それもあるだろな。まあ探せばこんな場所はまだまだあんだろ、よし、進むぞ!」
「なんや~、まだまだあるんかい。・・・じゃあ行くか~。」
根津は少しがっかりしていた。一色もだ。修司はこの場所の大体の位置を地図にメモしておいた。ふと修司はなんとなくここはまだ使う人がいるのだろうと思った。人のいた感覚というか、ずっと誰も使っていない場所ではないのだろうと。風が狭い草地をふわっと吹き渡り、振り返った修司は先に進む3人を急いで追った。
個人訓練場を出る時は着いた道の反対にある違う小道の方を進むと10分ほどで木の隙間から何か建物が見えた。
「なあ、あれ!どこかに着いたんと違うか!」
「うん、もしかして、学園の端の民家とかに着いちゃったのかも!」
「なくもないだろな。」
「だよね!」
テンションの上がった根津と一色が小走りで進む。つられて修司と迫間も走る。気付くと小道がなくなり、ただ低い草と木が生えてる所を遠くの建物を目指してまっすぐ進んだ。茂みの中を分け入っているような感覚だ。
「さあ、やっと未知なる土地に到着だー!」
最後の藪を勢いよく抜け、明るい陽射し元に4人が出る。未開の地に到着した根津はゆっくりと見渡す。
「・・・。ここは・・・。」
「・・・校舎・・・だな。大学部と高等部の間あたりの。」
「・・・そう・・・やんな。・・・・くっそー!あんなに歩いたのにこんな近場がゴールかい!」
「まあ、こんな冒険もあるよね・・・。」
「収穫は〈よくあるらしい個人訓練場〉だけって、がっかりやわー・・・。」
修司は今来た道を振り返ると、茂みで覆われていて、一見、道が先にあるようには見えない。もしかしたらうまく他の人にバレないようになっているのかもと思った。そしてその秘密の道を忘れないように地図に印を付けておいた。
意気消沈の根津と一色を連れてその日の冒険は終わりになった。
週明け、朝のホームルームの最後に桐山が連絡をする。
「・・・はい、では最後にですが、今週から部活動の見学期間が始まります。この学園にはノーベルも一般生徒も同じ部活に所属します。ただ運動部は一般生徒の大会には出場できない場合が多くあります。そのため部活動の所属は強制ではありませんが、興味のある人はぜひ部活動に参加してみましょう。部活の活動場所は廊下の掲示板に張ってありますので各自確認してください。」
修司が1時間目の授業準備をしていると一色が声をかけてきた。
「ねえ、修司君どこか部活見に行く?」
「・・・いや、特には。」
「じゃあさ、僕と【闘技部】見に行こうよ!」
「お、おう・・・分かった。」
闘技部、ノーベルが自己の闘技能力を鍛えるために部活として闘技を行う名前の通りの部活。この学園には2つあるらしいが、そんな体育会系みたいな部活に一色が興味あるなんて意外だな。
一色、修司、滝田、迫間、根津の5人は昼食を食堂で食べて終え、教室に戻る途中で部活の活動場所を確認するために掲示板の前に来た。
「えーっと、剣道部、剣道部・・・やっぱり武道館か~遠いな。」
「確か、武道館って大学部の校舎の奥やろ?大変やな~。闘技部の【錬磨】は第二体育館やから楽やわ~。はは~。」
「一色の行く闘技部も【錬磨】なのか?」
「ううん、僕は【武人】に行くから屋内闘技場のある総合体育館だね。迫間君はホントにどこも見ないの?」
「ああ、部活よりも個人でゆっくり過ごしたいし、入るとしてもゆるい文化系の部活だろうな。」
仙進学園の闘技部は【武人】と【錬磨】の2つに分かれている。武人は格闘のスキルや剣術を極めるゴリゴリの体育会系。錬磨はエナの精製、操作に力を入れ、闘技の中にスマートさを求めている。
「しかし、一色君、ほんとに【武人】で大丈夫なんか?きついらしいで?」
「せっかく闘技をやるんだから、僕は強くなりたいんだ。だからキツくても頑張るよ!・・・ただ見学くらいは不安だから修司君についてきてもらうけどね。へへ。」
一色は向上心のある奴だ。自ら厳しい選択をしてまで、何を目指しているのだろうか・・・。
「修司も部活に入るの?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには幼馴染の南野真夏が立っていた。最後に中学の卒業式で会った時より、髪も伸び、肩にかかるくらいになっている。相変わらず挑戦的で目力がある瞳が輝いている。しかしなぜ真夏がここにいるのか。
「・・・な、なんでいるんだ?」
「なんでって、ここの進学したからに決まってるでしょ。もちろん普通科でね。それより久しぶりとか、元気?とか言えないの?」
南野は不満げな顔で見つめる。
「お、おう。真夏が仙進に来てるとは思わなくて驚いてるんだ。」
「で、部活に入るの?」
「いや、俺は特に考えてなくて、ちょっと友達と見に来たくらい・・・。」
「ふーん。友達できてよかったね。ふふ。あ、修司は淡白でリアクション悪いのに仲良くしてくれてありがとうございますね。」
横にいて興味深そうに見ている一色たちに真夏は少し笑いを含みながら言った。
「あ、は、はい!こちらこそ!」
「ふふふ、じゃあ修司、またね。たまにはおばさんに電話とかしてあげなよ。うちのお母さんに心配って言ってるそうよ~。」
そう言い残して真夏はそばにいた友達らしき女の子と去って行った。
「お、おい治世君。なんであんなかわいい子紹介してくれへんかったんや。」
「はあ~?いやあいつは・・・。」
「そうやって自分だけかわいい知り合いキープしてるなんて見損なったぞ、治世!」
泣きながら迫間も絡む。
「いやいや、ただの幼馴染で、親同士で仲いいから仕方ないんだよ。」
「お、幼馴染・・・。親公認・・・。この裏切り者めーっ!」
そう言って迫間、滝田が走って行く。
「今度あの子に普通科の子いっぱい紹介してもらってな、裏切り者君。」
続いて根津も茶化しながらニッコリ笑って走って消えた。
「ま、まあ、仕方ないよね・・・僕たちあんまり女の子と話さないしね・・・修司君が悪いよ・・・。」
ニヒルに笑みを浮かべる一色。
一色・・・お前もそっち側か。
午後の授業中、滝田と迫間はメラメラ燃える怨念を放っていた。
ルーザー―ストラテジー用語
根津剣之助=仙進学園1年2組。糸目。関西弁。