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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
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ルーザーストラテジー

「どう思う?」

「かなり押されてるね。今のところ。」

 観戦場所から、100mほど離れた先で戦う友人を見ている一色と迫間。同じように友人を応援している人だかりの後方から、二人は観戦している。選手の入場時間ギリギリに来たことで、もういい場所は取られてしまっていたのだ。周囲はざわざわとしており、時折、小さな悲鳴や歓声が聞こえた。

「あれ?修司のお友達の一色君と迫間君だよね?」

 後方を見ると、南野がカメラを持って立っていた。

「あ~、南野さん。取材?」

「そうそう、試合の様子の写真を取ってて。色々な方向からの写真が欲しくてさ。」

「そっか~、新聞部がんばってるね~。」

「でしょ?」

 南野は、茶目っ気のある顔で笑う。

「僕らは修司の応援してたんだ~。」

「・・・修司、ダメそうだよね。」

「え?」

「素人目で見ても。かなりやばいって分かるよ。相手は2年生で闘技部の人だしさ・・・。でも頑張ったよね。」 

 南野は、気まずそうに言う。

「確かに、修司は防戦一方だね。」

「だよね。」

「でも、まだ分からないよ。」

「・・・そ、そうだよね!これからきっと―――」

「ううん、そういう淡い希望みたいなものじゃなくて、修司はまだ全然戦ってないから。」

「???」

 南野は一色の言葉の意味がよく分からなかった。

「まあ、見てなって。」

「・・・でも。」

 3人の見つめる先で修司は左手をだらりと下げている。南野は不安げに、一色と迫間を見る。

「ま、大親友の俺らが言ってるんだ。もう少しだけ、あいつを応援してやっててよ。」

「・・・うん。」

 修司、友達に信頼されているんだね・・・。頑張れ。


 修司の左腕には、ほとんど力が入らない。右手で刀を構える。片手で刀を構えるのは、非常にバランスが悪い。だがこの状況は初めてではない。全の指導で片手でのアームズを扱い立ち回る訓練を一時期行っていた。そのときに、どのように体を動かすべきかを学ぶことができた。ずんずんと近づいてくる日下部。不敵な笑みを浮かべている。間もなく日下部の射程に修司が入る。修司は動かずに待つ。日下部のアームズの方がリーチは長く、さらに、日下部の方が反射速度は上である。修司にとって、後の先で戦うことは、不利なことこの上ない。先ほど左腕を奪っていった危機が迫る中、修司の鼓動は早まるが、それに反してその心は、水面のような静けさを保っている。

「おらぁ!」

 日下部が修司を間合いに捉えた瞬間に、大剣を振る。修司の左側からほぼ水平に、大剣は進む。その軌道は、正確に修司の胸から心臓を切り裂く軌道にいる。しかし、修司は避けない。向かい来る大剣を自分の刀で迎える

 馬鹿がっ!砕けろ!

 大剣は速度を増す。そして、大剣は、一気に駆け抜ける。

「何っ!?」

 大剣は空を切り、カウンターを仕掛けた修司の刀が日下部の喉を狙う。日下部は、避けようとするが、大剣の重さで思ったよりも、移動できず、右腕から右肩にかけて広く切られた。

 できた!いけるぞ!

 修司は、緊張の中、賭けに成功したことに、興奮している。しかしすぐに気を引き締める。先ほどの反撃で、相手の警戒心が一気に上がったことに気付いたからだ。日下部は動揺の中、距離を取りながら、今起きたことを思い出し、なんとか分析している。

 コイツ。今、俺の剣を・・・持ち上げやがったのか!?

 修司は、水平に切り進む大剣の下側の腹に刀を添わせ、下から押し上げるように軌道を15cmそらしたのだ。

 落ち着け、そんな技何度も成功するもんじゃねー、連撃でまた削ればいいだけだ。

 冷静さを取り戻し、息を吸うと、また攻撃を始める。今度は、大振りになってしまう横の軌道ではなく、縦のコンパクトな軌道に切り替える。右斜め上から、振り下される大剣は重力の助けもあり、先ほどよりも速度が上がっている。この斬撃にも、修司は刀を添わせる。修司の刀は大剣の芯を正確に捉え、軌道を変える。大剣が本来切り裂くべき修司の肩を通り過ぎ、地面に刺さる。またカウンターを仕掛けようとした修司だったが、日下部の蹴りが入り、2mほど飛ばされる。跳ぶ間際に見た、日下部の顔には、怒りにも困惑にも似た感情が見えた。

「人生そんなにうまくいくと思うなよ!」

 日下部は距離を詰め、攻撃をするが、修司に決定的な攻撃を当てられない。修司は、器用に避け、いなす。

 どうして、当たんねーんだ!

 冷静さを取り戻し、先ほどまで驚異的な連撃を見せていた日下部だったが、その冷静で、的確な攻撃が逆に修司にとっては、読みやすいものだった。これまで修司が幾千と戦った訓練の相手は、常に最善の攻撃を仕掛けていたため、その軌道への対処には覚えがあった。むしろ開始直後の感情に任せた攻撃こそ、修司にとっては、予測が難しく、受けに徹するしかなかったのだ。今の日下部は、もう冷静ではない。しかし感情的でもない。格下だと思っていた相手に攻撃が当たらず。苦戦し、さらにその状態を【武人】の主将が見ていることを想像し、焦燥が心を満たしていた。焦りは、攻めの仕掛けをはやらせる。その早すぎる仕掛けに、自分の体は追いつかず、力の乗らない剣となる。その剣はまた、容易くさばかれてしまう。そしてこの負の連鎖からは簡単には抜け出せない。

 な、なんなんだコイツは!

 日下部は混乱の中にいた。一瞬の判断の誤りで、大剣を深く地面に刺してしまい、その隙に修司の蹴りを食らい、体勢を崩す。修司は、刀を素早く、上段に構える。

「《サードオニキス》。」

 刀の刃先に薄く液体が広がり、煌めく。振り下ろされる刀に、日下部は何とか反応するが、大剣での防御はできないと判断し、修司を蹴り、距離を取ろうとする。日下部は重い剣に右手を引かれながら、修司の腹を蹴りようとするので、もうバランスは保っていられない。修司の刀が日下部に触れる3cmほど前で、修司の体は大きく後方に飛ぶ。刀は空を切り、濁った水しぶきが飛んだ。修司は、強く蹴られた衝撃で一瞬息が詰まり、片膝をついてむせる。日下部は、蹴った反動で、背中から倒れるが、すぐに立ち上がる。そして意変に気付く。

「今のマラヴィラか!」

 日下部は左肩から腹部にかけて、切られてはいないはずなのに、強い痺れを感じていた。そして、服は水をかけられたように濡れていた。

「水か!くそがっ!うぜーっ!!!」

 日下部は、鼻息が荒くなる。修司は、ようやく呼吸が整った。しかし、この試合中に何度も日下部の強烈な打撃を受け、物理的なダメージが大きい。加えて、紙一重の曲芸のようないなし方をしていたせいで精神的にもすり減っている。意識が朦朧とする。これ以上長引けば、拮抗していた勝利が徐々に日下部に傾くであろう。

「もう終わりにしてやる!!殺す!!!」

 日下部は激情にとらわれている。もう先ほどのまでの冷静な攻撃も焦った仕掛けも期待できない。

「これで、これで全部終わりだ!」

 意識がはっきりとしないせいで修司も感情が溢れる。

「《サードオニキス》。」

 修司が先に動き出す。日下部は、一瞬遅れて、動き出す。相手の攻撃を防ぐには、重い大剣では反応が間に合わない。その弱点を補填するために、日下部は反射速度を向上させるチャージを訓練しているが、それでもまだ補いきれていない。大剣を中段に構え、先に攻撃を仕掛けたのは、日下部だった、得意の水平切りを放つ。しかしその軌道は、体の痺れのせいでやや低い。修司は、一瞬後ろに引き、剣を避け、水平切りを放つ。大剣が届かない範囲からの攻撃は、当然刀も届かない。しかし、刃先から波紋のように飛び散るわずかな水刃が、日下部の手首を浅く切る。日下部は、大剣で突きを放つ。重い剣の突きは遅い。修司は難なく避けるが、日下部は、強引にそのまま、回転切りに入る。修司は。しゃがんで避ける。周囲の空気を薙ぎ払う音が聞こえた。

「《サードオニキス》。」

 刀を振ると。水しぶきが飛び、日下部の太ももに当たる。だが効果は薄い。しゃがみこんだ修司を蹴り上げる。修司は、刀で防ぐが、顎につま先が当たる後転しながら、体勢を立て直す。口腔に鉄の匂いをうっすら感じた。

「おらっ!」

 日下部は、地面に深く刺さるような一撃を放つ。修司は避ける。大振りな攻撃で隙があったが、まだ先ほどの蹴りの余韻のある修司はその機を見逃した。日下部は、修司を追うように、大剣を振り上げた。反応の遅れた修司は、左肩を大剣の先で切られた。しかし、その際に、日下部の左足をわずかに切り返すことができた。体勢を再度立て直すのが早かったのは修司だった。

「《サードオニキス》。」

 左下から切り上げられた刀を日下部は大剣で防いだが、体側で守ってしまったため、水刃が、日下部の肩から頭にかけて広く当たる。回転切りをし、敵を払う日下部。

「ちまちま、そんなんが効くわけねーだろ!!」

 日下部は怒鳴る。実際には、全く聴いていないわけではないが、効果が薄いのも事実である。しかし、日下部の1番のフラストレーションの原因は体を水浸しにされていることにある。プライドの高い日下部にとって、水をかけ続けられることは耐え難い屈辱であった。修司は、息を大きく吸った。

「負け犬のやり方を見せてやるよ!!」

 刀を構え、日下部との距離を詰める。

「終わりだ!!」

 日下部が大剣を振り上げる。

「《トルマリンクォーツ》!」

 日下部の体に瞬時に氷が広がる。

「うっ!」

 体についた水を凍らせやがった!だが―――

 薄氷は日下部が動くとすぐに崩れ、剥がれた。遠隔操作でエナの形状を変えることは難しく。日下部の動きを止めるほどの硬い氷に変化させることは修司にまだできない。

 勝った!

 確信とともに、大剣を振り下ろす日下部。大剣が修司の頭に触れる15cm前、日下部の視界はぼやける。眼前にかかった薄氷のベール越しに動く影は、大剣を避けた。次の瞬間には、腹部に冷たい風が吹いた。その風の余韻があるまま、右胸から左肩にかけて、再度風が吹く。後ろに下がりながら、目をこすり、氷を剥がす日下部。大剣を構えるその目はまだ死んでいない。敵を見詰めるが、胸を切り裂いた刃は、肺と横隔膜に届いていたようで、息がうまくできない。膝を着く日下部。甲高い笛の音が響く。

「やめっ!そこまで!」

 日下部は、なんとか立ち上がり、審判に食いつく。

 まだだ!まだ終わってねー!!

「ぅはっ、ぅはっ!」

 肺と横隔膜の痺れで空気を吸えず、うまくしゃべれない。次第に酸欠になり、また膝を着き、日下部は気を失った。すぐに審判は担架を用意させ、日下部は運ばれた。その様子を横目に見ながら、修司は闘技エリアに一礼をした。同時に、足元がふらつき、膝を着く。エナの量の多くない修司にとって、水を変化させるエナの操作は負担が大きかった。何よりも、紙一重の攻防での精神的な負担があった。

「だ、大丈夫かい?肩を貸すよ。」

 審判が声をかける。修司は審判に寄りかかりながら退場した。他の闘技エリアでは、まだ戦っている組もあるようだ。退場のゲートまで行くと、クラスメイト数人と一色、迫間が待っていた。

「やったな治世。」

「すごいぞ。」

 一色は審判から修司を受け取る。一色はもう泣いている。

「お疲れ、頑張ったね・・・ほんと頑張ったね・・・。ううっ。」

「辛気くせー顔すんな。勝った本人がこんなに冷静なのに。」

 目の赤い迫間が言う。

「冷静なんかじゃないって。ただまだ実感がなくて。」

 修司は、疲れのせいもあって、ふわふわした夢の中のような気分でいた。そんな修司に迫間は力強くいう。

「お前は、勝ったんだよ。」

「・・・そうか。勝ったのか。」

 修司の目から涙がこぼれた。心が感情を理解する前に、勝手に涙がこぼれていた。周囲はまだ、修司をほめたたえ、ざわざわしている。

「とりあえず、今は休んどけ。ほら、みんなも解散だ。英雄様はお疲れだ!」

 迫間の一声で、周りは和やかな笑いに包まれた。一色に連れられ少し離れた場所に修司は置かれた。

「じゃあ、僕は紅仁の最後の調整に行くから、修司はゆっくりしててね。」

 一色はまだ泣いていた。そして、広い空地の方に走っていった。

 周囲の生徒や一般客は、今行われている試合に目が行っているようだ。修司が、ゆっくり仰向けになる。

「いででで。」

 日下部に殴られたところが痛む。まだ左手も痺れている。火照った体に冷たい空気は心地よかった。

 勝ったのか・・・。俺勝ったのか・・・終わったのか。

 不思議な感覚。疲れて眠いせいもあって、どうにも意識が現実から離れていっている。おかしさがこみ上げ、一人でふふっと笑ってしまう。

「よっしゃ。」

 修司は、小さくつぶやき、目を瞑る。またふふっと笑った。


 修司が目を覚ますと、一色と迫間が隣にいて話をしていた。二人とも楽しげな様子だった。ぼーっとする意識の中、修司は迫間に聞く。

「試合はまだいいのか?」

 修司の言葉に迫間と一色は会話を止める。そして二人とも吹きだした。

「ぶぁはっはっはっは。」

「ははは、試合はまだかって?」

「???」

「そうだな、1年は先だな。ははは。」

「え?」

「ふふっふふ、もう、終わったよ。はははっ!」

「え?ええ!?どうだった!?」

 慌てる修司の様子に一層二人の笑いは大きくなる。しばらく、笑い終わるまで修司は待たされた。

「ははは、はーーっ・・・笑った笑った。」

「で、どうだったんだよ。」

「ああ、負けちまったよ、俺は。でも根津は勝ったぞ。」

「・・・そうか、残念だったな。テンション高いからてっきり勝ったのかと。」

 意外な返答に困る修司。

「まあ、負けて落ち込む男じゃねーよ。それよりも俺らの学年が大躍進していることで満足さ。」

「他の1年だと鬼道君と柊さん、橋爪君が勝ったよ。橋爪君と金崎君の試合はかなり盛り上がってたね。」

「そうか、応援しなくごめんな。でも起こしてくれればよかったのに。」

「1回声かけたけど、起きなかったのは、誰だろうね~」

「あ・・・そうだったの。ごめん。」

「いいってことよ。お前も頑張ったんだし。」

 罪悪感にかられる修司だったが、一色は明るく話す。

「さあ、移動しよ。もう来週の対戦カードも発表されていると思うし。」

 一色は立ち上がる。

「ほら立てる?」

 修司の手を指し延ばす。修司はその手をしっかりと掴んだ。

「ああ、ありがと。」


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