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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
47/50

第3予選④組目

 召集所には、すでに多くの人が集まっていた。友人と話していたり、携帯をいじっていたりとそれぞれが係の呼び出しを待っている。5分ほどすると、さらに応援の人が増えていた。この時間に試合をする人数は、14人のはずだが、明らかにその4倍は人が集まっている。昨日程ではないにしても、ざわざわとしている中で、召集が始まった。

「―――では、④組目の、1年治世修司さーん、2年日下部久志さーん。」

「はい。」

 修司は、返事をすると、人混みを抜け、前に出た。同時に反対側の人混みから、背の高い男が出てくる。男は修司を一瞥したが、すぐに視線を変え、召集を受けた。

「―――はい、オッケーですね。誘導されるまで、ここで待っていてください。」

 係に促されるまま、端で待つ二人。修司は、隣に日下部がいることを考えると後頭部の血が引いていくような感覚になった。それは、この男に再び負かされることへの恐怖なのか、戦い打ち負かすことへの喜びなのかが自分でも分かっていなかった。修司が分かっていたことと言えば、日下部が、無言ではあるが、何か苛立っているような空気を放っていることだけであった。移動が始まると、周囲はにわかに活気づいた。選手の名前を叫んで応援している声も聞こえる。修司は周囲を見渡すと、200mほど先で一色と迫間が修司に向って手を振っている、修司も軽く手を挙げ、頷いた。闘技エリアに着くと、先週と同じ説明を受けた。審判を務める小太りの男は、時計をチラチラと見ている。他の組よりはまだ説明を始めたばかりのようだ。

「・・・少し、早く終わってしまったので、、コンバートの開始の指示があるまで待ってください。」

 不意に、修司と日下部の目が合った。修司は目を逸らさなかった。

「むかつく目ぇしてんなあ。」

「・・・。」

「その目、まるで俺に勝てると思ってるみてーだからやめてくんねーかな。」

 日下部は、小馬鹿にしたような口調で言う。

「すみません。」

 修司が口を開く。日下部はフッと鼻で笑う。

「でも。思ってますよ。勝てるって。」

「あ?」

 日下部の眉間にしわが寄る。

「何勘違いしてんだ、お前。おめーみたいな、ガキが勝てるわけねーだろ。ここまで1年同士でチャンバラごっこやってただけのクセに調子に乗んなよ!」

 日下部の語気が強まる。審判は、止めようとしているのか、おどおどとしている。

「アンタ、言ってたよな。勝者が正義だって。」

「は?」

「俺が勝てば全て証明される。アンタが間違っていたことが、俺らが負け犬なんかじゃないってことが。」

 修司は、自分に言っていたのかもしれない。

「くだなねーくだらねーくだならねー!」

 日下部が吠える。

「世の中にはな、絶対的な強者がいんだよ。どんなに努力しても、追いつけない存在があんだよ!おめーが見てるのは、夢だ。くだならねーガキの夢なんだよ。」

「・・・アンタは夢に破れたんだな。」

 修司はぼそりとつぶやいた。コンバート開始の合図が会場に響く。審判は慌てて指示を出す。

「コ、コンバートを始めてください!」

「現実を教えてやるよ。[獄炎]。」

 日下部の手にゆっくりと大剣が構築されていく。明らかに大量のエナが練り込まれている。

「アンタとは、もう会話する必要はないな。[オニキス]。」

 修司の手には、黒い日本刀が表れる。

「その刀と一緒にお前も、お前のくだなねー夢もぶった切る。」

「・・・。」

 空は、雲が広がり、薄暗い。午後からは雨が降る予報だった。秋の曇り空は、重く、落ちて来そうな、迫りくるような圧迫感がある。試合開始の合図が鳴った。

「始めッ!」

 日下部が動き出す。巨大なアームズを持っているとは思えないほど俊敏な動きだしだった。

 やっぱり、チャージを使うのか。これは、筋力強化か?

 日下部は、大きく水平切りをする。修司は体を引いて避ける、大剣はもう軌道が変わり、折り返してきている。修司は、また下がる。気付くと突きの動作に入っている。大剣は、修司の腹部の中央を目がけて進む。修司の本能が、危険を知らせる。

「《スペクトロライト》」

 修司の腹の前に黒く濁った水でできたマンホールほどの円盤が3枚重ねで並ぶ。大剣は、その円盤を容易く貫く。しかし、最後の1枚を貫く終えるころには、修司は、遠く距離をとっていた。

 想定より早い

 日下部は追撃してくる。修司のこれまでの経験でこのサイズのアームズでここまで早く動けた相手はいない。まして、相手のアームズにはそれなりのエナの密度があり、すなわち重量も半端ではないはずだ。日下部の攻撃は、縦よりも横に多く、それは、広い攻撃範囲を得る代わりに、重い大剣としては、より機動性を欠く軌道になっている。そのおかげで、修司は間一髪のところでかわし続けられていた。

「逃げるだけか?ダンスパーティーじゃねーぞ!」

 日下部の剣の速度が増す。闘技の経験、勝利への執念それらの差がわずかに出始めた。日下部の大剣が、修司に当たり始める。本当にほんのわずかかする程度に。しかし、それは、修司にとって、じわりじわりと死神の鎌が喉に触れ始めているのと同じである。まともに切られれば、確実にその部分の機動力を奪われる。先ほどの間マラヴィラも本来は、相手の出方を見て、ここぞというタイミングで使いたいものだった。しかし、日下部の強さの前に咄嗟に使わされてしまったのだ。

「《スペクトロライト》。」

 再度、円盤を浮かべ、日下部との距離を取りたい修司。今度は、6枚を浮かべた。日下部の攻撃を防ぐことはできないことは分かっていたので、まばらに浮かべ、日下部の視界を狭める狙いがあった。

「これしか芸はねーのか!」

 日下部が、大剣を一払いすると、水はほとばしり、消えて行った。

「《チルクォーツ》。」

 日下部の足元から、黒く濁った水の縄が2本表れる。水の縄の内部は稲妻が走っているかのように帯電している。水の縄は、日下部の太ももを這い上がり、腹、胸、肩を回って絡みつく。 

 これなら少しは―――

 日下部は、強引に腕を振りながらゆっくり体をひねる。縄による抵抗をものともせず、反動をつけ、大きく回転した。一瞬縄は伸び、千切れないように抵抗をし、そして勢いよく弾けた。

「てめー程度の水のマラヴィラで止められと思うなよ!」

 わずかに空けた、距離もすぐに詰められてしまった。

 やっぱり強い。チャージでの肉体強化のおかげで無理に攻めている部分もあるけど、相手のマラヴィラへの対応が速い。俺よりもずっと戦闘へのセンスが敏感なんだ。

 再び、日下部の猛攻が始まる。左からの水平切りを修司はしゃがんで避け、立ち上がると同時に日下部の懐に入る。剣を振ろうとした修司の手を日下部の左足が蹴り飛ばす。半身分回転する修司の体。その首元に、日下部の大剣が迫る。大きくのけ反り避ける。また日下部の足が伸びてくる。右足が修司の脇腹を狙う。修司はその足に向けて刀を振り、カウンターを狙ったが、寸前のところで日下部は足を止めた。代わりに、右の拳を修司の顔に振り下ろす。拳は、ゴツッと鈍い音を立て修司のこめかみにめり込む。視界は、一瞬揺らぎ。首の筋がミシっと鳴るのを修司だけが聞いた。日下部は追撃の手を緩めない。大剣を振り下ろした。修司は、なんとか反応をし、身を退いた。[獄炎]の暗い赤褐色の刃は、修司の髪をかすめ、重力に引かれながら地面に落ちる。しかし、チャージにより筋力と反射神経が向上している日下部は強引に軌道を3cmだけずらした。その結果、大剣の刃は、修司の左肘を切り裂いた。大きく身を退き、距離をとった修司に激痛が走る。

「うっ!」

 思わず声が出る。密度の濃いエナが接触すれば、その痛みも痺れも尋常ではない。修司の左腕は、細かく痙攣している。

 当たり所が悪かったんだ。今ので腱をやられた。

 修司が力を入れても、左肘は曲がらない。日下部は、口元を緩ませている。

「どうした?反撃しねーのか?その武器は飾りか?はははっ!」

 日下部はゆっくり近づく。

「・・・もう無理だよな?分かってんだろ?お前のヘボアームズで俺の[獄炎]を受けようとしたら、すぐに砕ける。だが、俺の攻撃の隙をついて反撃できるほどの力量はお前にはない。」

 日下部は、さきほどまでの激情がどこかにいったように、冷たく言う。

「ここからは、おめーは、俺にボロ雑巾にされるだけだ。」

 日下部は、本来冷静に戦況を判断し、的確な攻撃を行える強みがある。しかしまた、元来気が短く、すぐに頭に血が上り、その強みが消えてしまうことが多い。そのことは、闘技部の上級生にいつも言われ、自分でも気をつけているが、それでも直らない、日下部の気質である。そのせいで、この試合の開始直後は、不愉快な後輩への怒りで直線的で、感情をぶつけるだけの戦い方をしていた。しかし、攻撃を続けていくうちに、その怒りが落ち着き、冷静に対処できるようになってきていたのだ。そのおかげで少しずつ攻撃は当たりだし、遂には、相手の左腕を捉えたのだ。日下部には、もう怒りはない。あるのは、獲物を狩ることのできる喜びと興奮だけだ。

 左手は・・・もうダメだ。この時間じゃ回復できない・・・。

 日下部は枯れかけた草を踏みつけながら近づいてくる。周囲の闘技エリアでは、もう闘技が終わっていて、退場して、その場に座って他の試合を観戦している生徒がちらほらいる。

 いけるのか?片手が使えない今の俺に・・・。

 日下部の表情は、残忍な笑顔が見える。早く目の前の獲物に飛びつきたいが、そのはやる気持ちを抑え、確実に仕留められる間合いまで、ゆっくりと近づいていく。日下部は自分でも、鼓動が速くなるのを感じていた。

 ・・・やれるかどうかじゃない。やるしかない。今、この瞬間から、やっと俺の勝負が始まるんだ!

 修司は、刀を握る右手にぎゅっと力を入れる。剣先は、しっかり日下部を捉えている。

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