チャージ
翌日の訓練で、修司は全に昨日のことを聞いた。
「全さん、身体能力を向上させるエナの操作について何か知っていますか?」
「・・・何かに気付いたのか?」
本を読んでいた全がパタンと本を閉じ、修司の顔を見た。
「気付いたというか、友達に教えてもらって・・・何か知っているんですね。」
全は一瞬の間を空ける。何かを考えていることを察することができる。そして話し出す。
「俺の世代ではチャージと呼んだ。肉体の各部位にエナを留めることからそう呼んでいた。エナを扱う者として、必要な技術の一つだ。」
「どうして今まで教えてくれなかったんですか?」
「一つは、上級者との戦いの中で自分で気付くことに意味があると考えたから、もう一つは、半端な実力の者にこの技術を教えても、戦い方がワンパターンになるからだ。」
「・・・今もまだ教えてはもらえませんか?」
「今から教えても、今週の闘技には間に合わないぞ。」
「それでもいいんです。」
「ただの自己満足だな。」
「ただの自己満足です。」
修司は力強く全を見詰める。
「いつも通りの訓練をする。」
全は歩き出す。
「その後に余力があれば、付き合ってやる。」
「はい!」
修司は張り切って返事をした。
訓練はいつも通りで、エナはほとんど残っていない。しかしやる気に満ちていた。まずは全の講義が始まる。
「チャージは、肉体に通常の何倍ものエナを溜めこむことで発揮される筋力と神経の能力向上のことを言う。ただ正式な名称はなく、色々な呼び方をする奴らがいるだろう。お前はどんなチャージでどのような変化が起きるか知っているか?」
「聞いた話だと、重い物を持てるようになったり、高速で移動をしたり、そんなことができるとか。」
「それぞれの効果がどこにエナを集中させているかは分かるな?」
修司は頷く。全は話を続けた。
「チャージを使っている間はエナを消費し続ける、ずっとマラヴィラを使っているようなものだからな。それゆえに、長時間使うことは戦略的にも好ましくない。エナの少ない者は、必要なときにだけ使うか、最低限の効果でエナの消費を抑える必要がある。それは、個人のスタイルによって決める。」
「やっぱりマラヴィラと同じで消費を計算しながら使う必要があるのか・・・。」
「この訓練は至極単純だ。ただひたすらにエナの流れをイメージして使用したい部分にエナが満ちていくようにする。それだけだ」
「・・・?」
「エナを細胞の一つ一つに行きわたらせろ。俺が言えるのはそれだけだ。」
そう言うと、全は本を読みだした。
さっきは付き合うって言ってなかったこの人?・・・エナを行きわたらせるって・・・さっきのマラヴィラの操作と違うのか?
修司は曖昧で不明瞭な説明に釈然としないまま、とりあえず、瞑想を始めた。本を読み始めた全は、修司が何かをつかむまでは相手にしないからだ。
エナを細胞まで・・・。
修司は自分の腕にエナを集中させる。腕にエナが確かに集まっている気がする。しかしこのそれだけだ。肉体に特別作用しているようには思えない。実際に、エナは修司の皮膚から霧散していっていた。
違う。肉体の向上だから、筋肉か?もっと奥に・・・。
修司はより深く、筋肉にエナがまとわりつくようなイメージを始める。しかし、うまくいかない、腕の内部にエナを感じるが、特別に異変はない。
その後も修司は、イメージの方法を変えてみたり、エナを集める場所を足にしてみたりしたが、どうにも感覚はつかめなかった。そして、30分が過ぎる頃に、全に終了を告げられた。修司は残っていたわずかなエナも尽きかけていたことに気付いた。
寮に帰ると一色たちにチャージのことを話した。
「やっぱり、全さんは知っていたんだね。」
「でも、俺は全然習得できなくて。」
修司は肩を落とす。
「落ち込むなって、実は俺たちも、ヒントを見つけたんだ。」
「え?誰が知ってたんだ?先輩に聞いたのか?」
修司は驚く、一色と迫間はニヤニヤしている。
「修司も思いつかなかったか~。」
「こういう難しいことは、情報戦のプロに頼るのがいいと思ってな。」
「情報戦・・・。」
「怖いくらいに他人のことを調べている人がいたじゃんか。」
「・・・1組の玉置さんか!」
「ビンゴ!」
「高い情報料を取られたけどね・・・。」
「ああ、購買プリン20回おごりは痛かった・・・」
「それは確かに。」
「でも、3人で出せば、一人当たり2000円もかからないからね。」
「・・・?3人?」
「おいおい兄ちゃん、これから大事な情報を共有するんだ。情報料はみんなで仲良く支払わなアカンで~。」
迫間はわざとらしい関西弁でチンピラのように肩に腕を回す。一色は大きく頷く。
「・・・分かったよ。それで、どんなことだったんだ?」
「聞き分けがよくていいな。玉置の話だと、チャージは、ここまで残っている上級生のほとんどが使えるらしい。そんで、実は俺らの同級生の使えるヤツがいたんだよ!」
「!」
「誰だと思う?」
「柊さんか鬼道か?」
「お~正解!」
「そこに何か聞くのは―――」
「待て待て、誰もそいつらだけとは言ってないぞ。他にまだいたんだよ。すげー聞きやすいヤツが。」
「誰だ?」
「以外や以外、滝田君なんだよ!」
「滝田が?エナ操作は苦手だろ?」
「でも、玉置さんは実際に試合で滝田君がチャージを使ってきたって言ってたし、実際に滝田君も、その実感があったんだ。」
「ホントに意外だな・・・。」
「でも、滝田の奴、『修行の成果が表れて、体がいつもの何倍も早く動くことがあるんだ~』なんていうから、きっと意識して使っているわけじゃねーんだ。」
迫間は呆れたように言う。
「じゃあ、コツも聞けなかったのか?」
「ああ、だから、明日アイツにやってももらって、そんで何かを掴むしかねーわな。」
「そうか、俺も見に行っていいか?」
「もちろん。昼休みにやってもらうつもりだから、そのとき声をかけるわ。」
「ありがとう。」
翌日の昼休みに修司、迫間、一色は滝田にチャージを見せてもらうために、校舎裏に集まった。ツツジの木が赤茶色く紅葉している。
「わざわざ悪いな。」
「いいんだって、いつも英語の予習内容を写させてもらっているからな。」
滝田は優しく笑う。
「だけど、うまくできるか分かんないぞ、お前らの言うそのチャージっての?自分でもたまに体がうまく動く時にできるだけってくらいだからさ。」
「まあ、できなくてもいいからさ。とりあえず頼む。」
「いいなら、いいんだけどさ・・・。」
滝田はそういうと、刀をコンバートし、深く息を吸った。静かな空気。滝田は刀を握ると空気が変わる。普段の軽く、どこか抜けているような性格からは考えられないような変貌ぶりだ。滝田が刀を振り上げた。膝が上がり、前に刀を振り下ろす。その瞬間に滝田の体は異常に前に進んだ。ザッと地面がえぐれる音を残して、8mは前方に瞬間的に移動したのだ。
「お、できたか。」
冷静な滝田と対照的に、言葉を失う二人。
「やっぱりすごいね。」
「ああ、突然使われたら反応できないよな。」
「一色は、何か分かったか?」
「印象としては、滝田君の足にエナが集中していた気がするかな。それが一気に爆発したみたいな。」
「さすが一色だな、エナの動きに敏感だ。俺は全然感じ取れなかった。」
「滝田は、何かコツとかあるのか?」
「そうだな、コツがあるとすると・・・。」
「すると?」
「集中かな。」
滝田は、ドヤ顔をする。
「ほ、他には?」
「足にすごい集中するそれだけだ。」
「・・・。」
修司と一色は困惑し、言葉がでない。
「そんな漠然としたこと言ってドヤんじゃねーよ!」
迫間は軽く滝田を小突く。滝田はまだドヤ顔のまま変わらない。
「滝田君には、そういう説明難しいとは思っていたからね。もう少しやってもらって、こっちで解析していくしかないよ。滝田君もう1回いい?」
「おう、任せろ。」
その後、滝田は7回チャージを行った。6、7回目は移動距離が短くなり、エナの消耗のせいで精度が落ちてしまったようだ。しかし、結局修司たちは何も掴めないまま、休み時間が終わってしまった。教室に戻ってから修司たちは相談をしたが、根津が前に言っていたように、自分なりのやり方を見つけるしか方法がないのではないかという結論になってしまった。
放課後の訓練でも、修司は、チャージができる気配がないまま、時間だけが過ぎ。遂にチャージを習得できないまま当日の朝になってしまった。話では、迫間も一色もチャージを使えるようにはなっていないらしい。
やっぱり、一週間じゃあ無理だったか・・・。でも、俺がやることは何も変わらない。全力で戦うだけだ。
修司は、身支度を整え、一色と迫間とともに闘技大会の会場に向かった。会場は先週と変わらずにガヤガヤしていた。今週になりぐっと冷え込んだせいで厚い上着を着ている人が多かった。さすがのノーベルでも肌寒く感じるほどだった。
「修司は、1組目だから、もうアップするよね?」
「ああ、そうだな。この前のところに行くか。」
修司たちは、先週にアップをした。空き地に向った。途中のいたるところで選手たちがいた。走っている者、知り合いと剣を合わせている者、座って音楽を聴いている者、それぞれの方法で準備をしていた。修司は先週と同様に体を動かした。一色が相手になったが、一色は、修司がコンバートしたアームズを見て驚いた。
「ほ、本当にそれでいくの?」
「ああ、俺なりに考えたんだ。」
「そっか。じゃあ、これ以上は聞かないよ。」
一色は、不安げだったが、修司を信じそれ以上は聞かなかった。
30分ほど体を動かし、アップが終わった。修司はアームズをリリースした。一色はぐったりと座り込む。修司は。決して一色が動けなくなるほどに切りつけていたわけではない。修司の研ぎ澄まされた技に対峙し、石息が精神的にすり減ったことが大きい。
「修司が遠くなったな。」
一色はぽつりとつぶやく。
「ん?」
「いや、なんでも。・・・疲れたちゃったなって。」
「ありがとな。」
修司も乾いた草の上に座る。迫間は、まだ周囲を走っている。息が整った一色は、顔を上げ、話し始める。
「本当に今まで頑張ったよね。」
「ああ」
修司はコクリと頷く。
「訓練の様子とか見てはないんだけどさ。分かるんだ。寮に帰ってくる修司を見てたり、闘技の授業とか今みたいに戦ってみると、修司は、きっとすごくキツイことを頑張っていたんだって。」
「はは、確かにいろいろキツかったな。」
「先週も言ったけど、僕はやっぱり僕の責任があると思ってる。」
「そんな―――」
「修司がなんて言っても、やっぱり僕のせいではあるよ。僕が修司を縛って、そして、勝手に自分を縛っていた。」
「・・・。」
「きっと修司は、あの日下部に勝ったときに、やっと自由になれると思うんだ。」
一色はぐっと前にのめり、修司に近づいた。
「先週、僕は君に救われた。今日はただ祈るしかできないけど、でも。きっと君なら勝てる。そして、明日から、自由な治世修司として、生きるんだ!」
「一色。」
一色の目にはまた涙が溜まっていた。
「ありがとな。俺、頑張るからさ。」
「うん!」
一色は涙でいっぱいの目のまま満面の笑みを浮かべた。
召集の時間となり、修司は召集所に向かった。一色と迫間は、ギリギリまでアップをしてから、必ず間に合うように行くと言って、その場に残った。修司と同じ方向に歩く人がチラホラとおり、召集に向っていることが分かった。修司は自然と日下部を探していた。しかし見つけたのは、真っ赤な顔をした南野だった。南野も修司に気付くと走って向かってきた。
「どうした?」
「はあ、はあ・・・。修司さ。これ勝てば本戦だよね?」
「ああ、そうなるな。」
「あのさ・・・がんばってね。」
「おう、頑張るよ。」
「・・・それだけ、頑張ってね!勝ったらまた取材するからね!じゃあ!」
南野はそう言って、去って行った。その後も、召集所に行くまでに雪野や愛川、川元などのクラスメイトも口々に応援の言葉を修司にかけていった。
みんなの応援にも応えなきゃな。
修司は大きく息を吸って、よっしと気合を入れた。そして、召集所に着く。