俺も救われるよ
闘技大会2回戦第3組の生徒の入場が始まった。雲の間の日差しが皮膚に刺さる。修司の対戦相手は宮本アレン。修司と同じ1年2組の男子生徒であり、つんつん頭で、人懐っこい性格だ。入場の前には、1回戦の花倉と違い、修司と談笑をしていた。コンバートをしている間でさえも、ニコニコとした表情だった。
「始め!」
試合が始まると、宮本はジリジリと近づいてくる。じっと修司を見つめているが、口元はわずかに笑っているように見える。
「今回は槍なんだね。」
急に話しかけられ、修司は、[コーラル]をぎゅっと握る。しかし、敵意のない問いかけだと分かり、返答する。
「ああ。」
修司も、ジリジリと宮本に近づく。宮本の斧[グランセン]は以前よりも大きく、以前から凝っていた装飾も、ゴテゴテとした宝石が増えていた。2学期になってからは、3度ほど戦ったが、明らかに以前より動きがよくなっていたことに修司は気付いている。それに、宮本は、一撃必殺の大振りを狙ってくる。うかつには近付けない。
「やっぱり、長いアームズで来るよね~。やりづらいな~。」
裏表のない宮本の言葉はただの感想である。緩い話し方で油断を誘うつもりなど一切ない。しかし、どうにもその緊張感のないしゃべりに気が抜ける。
「ちくちく消耗戦で来る?」
もちろん素直に質問してくる。
「どうだろうな?」
「え~。」
宮本は、首を傾げながら、口を結ぶ。
「ん~、まっ、いいか。いくよ!」
突然宮本のスイッチが入る。
「《デザートブリンカー》」
来たっ!
宮本の斧の先から、砂塵が噴き出す。宮本がよく使う目潰しのマラヴィラである。1学期よりも広範囲で、速度もある。修司は、瞬時に槍先を噴出される砂に向ける。
「《シュンガイト》。」
修司が槍の先で素早く円を描くと、砂塵は勢いよく四方に散って行った。
「風のマラヴィラかな?」
宮本の読み通り、槍の先から風を吹きだし、払っただけである。本来は、刀の背から風を吹きだし、推進力を高めるマラヴィラとして使うものだが、今回は、宮本への対策として、練習をしていたのだ。
「槍だと、そのマラヴィラも使いやすいってことか~。」
やはり宮本は勘がいいな。それになんて言うか―――
気付くと、宮本の斧がもう振り下ろされている。修司は、大きく、左後方に下がる。斧がブオンと空気を切り裂く音が聞こえた。当たれば無事では済まない。大振りの代償に宮本は体勢を崩す。修司は、その隙にカウンターを仕掛ける。しかし、宮本は、ぐねりと体をひねり、かわす。かわしながら、槍の中ほどを蹴り、距離を稼いだ。すぐに突きを放つ修司だが、宮本は跳んだり、しゃがんだりと柔軟に体を使い、なかなか当たらない。恐ろしいことに、その曲芸のような身のこなしの中でも、常にアームズから手を離さず、反撃のチャンスをひたすらに待っているようですらあった。宮本の目は、笑っているようにも見えるが、この間、瞬きすることなくずっと修司を見つめていた。その眼の輝きは獲物を狙う狩人のようであった。
「《デザートブリンガー》。」
宮本が突き出した拳から、砂塵が噴き出す。修司は反射的に、大きく身を退く。今度は距離が近く、マラヴィラでの防御は間に合わないと判断したからだ。修司が離れる際に、槍の刃は宮本の左肩を浅くかすめた。宮本は重そうに、斧を構え直した。
まるで、野生動物みたいに行動が読めないな。
「ね~、治世君そろそろ本気で来てよ!」
宮本は、不機嫌そうな顔で言う。修司は、苦く笑う。
やっぱり鋭いな。
「ああ、気合入れていくぞ。」
「おお!そう来なくちゃ!」
修司は、ぶるっと頭を振る。そして、勢いよく駆け出す。宮本は、カウンター狙いでじっと待つ。草を踏む音が風にまぎれ、枯葉が二人の間を通り過ぎる。スローモーションの世界の中、先に間合いに捉えたのは、リーチの利のある修司、だが、攻撃を仕掛けない。その内に、修司の左腕がわずかに宮本の間合いに入る。高性能のセンサーがすぐにそのことを察知し、すぐに反応するように、宮本の体は反射的に、斧を大きく振り迎撃する。
しまった!
気付いた頃にはもう遅い。修司は、体半分身を退いた。それだけだ。宮本の斧は、修司の服をかすかになぞり、そして地面に触れる。
釣られた!
修司は、わざと宮本の攻撃を誘った。それだけだが、あの野性の反射を見た後に、この大斧の攻撃を見た後に、その柔軟な動きを見た後に、それだけのことを実行できるだけ、修司には自信があったのだ。そして、それを実行できる胆力も育っていた。修司は。素早く突きを放つ。修司の槍は、正確に宮本の胸に進む。槍が胸を突き刺す寸前。宮本の体は槍の軌道から消える。しゃがんだ宮本の頭上から槍が振り下ろされる。ハルバート型の槍の横に伸びる刃が迫るが、宮本は地面深く刺さる斧の柄を軸にぐるりと回り。回避する。修司の攻撃はなかなか当たらない。宮本の反射は驚異的だ。修司の正確な攻撃と攻撃の刹那の合間。宮本はまた、仕切り直すためのマラヴィラを放つ。
「《デザートブリンガー》」
しかし、今度の修司は引かない。
「《シュンガイト》。」
近い。確実に。その宮本の拳から出た砂塵は、修司の槍の横を通り抜ける。砂塵が先ほどのように吹き飛ばされる様子はない。放たれた砂塵の9割9分以上は目的を達成せずに、ほとんどは空中に消え、いくらかが修司の胸やら肩やらに当たって飛び散る。しかし、わずか一つまみ程の砂塵は修司の目に確かに向かっている。その微量な、つまらない砂の粒は、修司の眼球に触れた途端、修司の視界を奪い去る。どんなに鍛えていても。むしろその鍛えられた自己防衛の反応が、抗うことを許さずに、防衛に入るのだ。それが主人の命取りになるとも知らずに。砂塵が修司の目に触れる2cmほど前、突然砂塵は方向を変え、散り散りに飛んでいく。その様子を宮本は見逃さなかった。
目元から出しているの?さっきの風を?
修司は目元から風のマラヴィラを集中的に拭き出して避けていたのだ。これは全くもって練習をしていない使い方である。しかし、これまでの全との訓練の積み重ねが、この応用を思いつかせた。
「《チルクォーツ》。」
修司が腕を振ると宮本の背後から縄状の水のマラヴィラが表れる。その水の縄はするりと伸びて、地面に刺さる斧を伝って、宮本の右腕から肩にかけて這い上がる。斧を手放さなかったことが仇となった。
「こんなものじゃ―――」
振りほどこうとする宮本は異変に気付く。水に縛られている部分がまるでゴムのチューブのような弾力があり、引きちぎれない。それどころか、普通に水のマラヴィラに触れているより遥かに早く痺れてくる。
「水のマラヴィラには攻撃性はほとんどないはず・・・っ!?」
よくその水の縄を見てみれば、縄の中がわすかに発光していることが分かる。電気が流れているのだ。
「器用だな~。」
呑気な発言に見えるが、もう修司の槍は1cmほど宮本の胸に刺さった瞬間の発言だった。衝撃で宮本の体は、後ろに跳ぶが、修司は続けざまに、5回宮本の足や腹を刺した。宮本は背中から倒れる。起き上がろうとするが、痺れる手足はずるりとすべり、うまく起き上がれない。この様子を見て。審判が試合を止めた。修司は水の縄をリリースする。
「いや~、こんな技を隠してたなんてね~。」
宮本は負けたのにあっけらかんとしている。
「隠していたわけじゃないんだけどな。」
「でも、本当に強い・・・いや強くなったんだよね?」
「・・・ああ、そうかもな。」
修司は、足が痺れて立ち上がるのに困っていた宮本に肩を貸した。退場のゲートまで行くと、一色と迫間が来ていた。驚くことに根津も待っていてくれていた。
「おつかれ~!」
「ありがと。」
「宮本もおしかったな。」
「いやいや全然だったよ~・・・あ、僕トイレ行きたいんだった!またね!」
宮本は足を引きずりながら、急いで仮説トイレのある方に向かった。
「お疲れさん。」
「ありがと。部活の方はいいのか?」
「偶然、2組目まででウチの部員の試合は終わって、それぞれ友達の試合見てきていいことになったんよ。」
「そっか。根津もいい試合だったな。」
「そう?錬磨のオオナントカ君って人が相手だったけど、手ごたえなかったわ。ははは。」
「そうだな。コイツ、確実に遊んでたしな。性格わり~。」
「久しぶりにまともに話したらこれかい。自分なんて一回戦でヘロヘロやったくせにようそんな饒舌やんなあ。」
茶化す迫間に、根津が言い返す。一色は、ニヤニヤしながら二人を見た後に、修司に話しかける。
「この通り剣之助も元気そうで安心したよね?」
「ああ、変わりなくてよかったよ。」
「そんな変わるわけないやん。」
「まあ、あとはゆっくり寮で話そうぜ?一回風呂にも入りたいしな。」
「ああ、そうだな。」
「そっか、じゃあ、部活の片づけが終わって、ミーティング終わったら、俺も合流するわ。」
「オッケー。待ってるからね。」
根津は、また錬磨の部員のテントへと戻って行った。試合後の火照った体に、秋の風が心地よかった。
修司たちは、その後30分ほど会場にいた。屋台は店じまいを始めているが、多くの生徒が掲示板の近くに集まっている。翌週の対戦カードをいち早く知りたいからだ。3回戦からは、1、2年生の対戦が解禁になり、実態の把握しにくい異学年の対戦の場合は、名前を知っているだけで、その後の情報収集が格段に行いやすくなる。掲示板の前では、新聞部がパシャパシャと写真を取っていたり、歓声や悲鳴など様々な声が聞こえたりする。修司は、自分の名前を見つけると一瞬頭が真っ白になった。一色は一呼吸遅れて事態に気付く。
「修司・・・。」
第3回戦、1組目 ④組:1年2組治全修司対2年1組日下部久志。
「お、おいこの日下部って人って。」
「ああ、俺たちの…。」
迫間からは修司の表情が見えない。
「・・・大丈夫か?」
恐る恐る迫間が修司の顔を覗き込むと、修司は眉をひそめ、何かを考えているようだった。
「どうしたんだ?大丈夫なのか?」
「ああ…いや、今改めて思うんだけど、この男は俺たち、いや俺にとってどんな相手なのかと改めて考えるとさ、なんだか分からなくなってきて。」
「修司・・・。」
「あ、ごめん一色!別に一色との約束を忘れてるとか、アイツを許してるとかじゃなくて―――」
修司は取り繕う。一色は目に涙を浮かべていたからだ。
「ううん、違うよ。」
一色は目をぬぐう。
「最近、ずっと思ってたんだ。もしかして僕が修司を縛り付けているんじゃないかって。」
「な、なんでだよ。」
「修司さ、きっと元々はそんなに闘技とか、誰かと戦うのなんて興味なかったと思うんだ。でも。あの日僕が修司を誘ったから、僕が弱いから・・・それからずっと修司かキツイ訓練して、それで・・・。」
「一色、それは考えすぎだぞ。」
一色の目からはもう涙がこぼれている。
「いいや、絶対そうだよ。・・・そう思うと僕は、今日も情けなく負けて・・・でも、今、修司がそう言ってくれて、僕から自由になれたんだって、囚われてるわけじゃないんだって・・・そう思えたら。」
一色は途切れ途切れに話す。
「本当に・・・本当に良かった・・・ひっく。」
「別にそんな、重く考えなくてもいいんだぞ?友達だろ?」
修司は一色の肩に手を置く。
「でも、お前にそう言ってもらえると、俺も救われるよ。」
修司の目からも一筋の涙が落ちる。しかしその顔は、にっこりと笑っている。
「おいおい、辛気くせー空気にすんじゃねーよ。」
「うわっ!」
ずいぶんと目の赤い迫間が二人に飛びつく。傍から見たら、試合に勝って感極まっている1年生にしか見えない。むしろそれでいい。その方が好都合であった。傾きだした日が、喜びと言葉にできない清々しさをはらんだ影の塊を伸ばしている。風も吹いていない。




