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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
42/50

スカスカ

審判の合図とともに花倉は走り出す。相手を先に射程圏内に捉えたのは、リーチの長い刀の修司だった。右から胸の高さに水平切りを放つ。花倉は左手の剣一本で受けようとするが止めきれず、弾かれ、脇に刃が入る。

 浅いか。

 修司は返す刀で左上から袈裟切り。今度は花倉が両の剣で受けた。圧力に負け、ジリジリと花倉の姿勢が低くなる。修司は花倉の腹に蹴りを入れ、花倉は思わず後ろに下がる。

 いてぇ・・・コイツ、合宿の時に、こんなに力あったか?

 花倉の思った通りにこの夏に修司の筋力は格段に上がっている。全の指示で様々な種類のアームズを振りながら、激しい運動を行ったせいである。筋力の増強は一朝一夕で行えるものではなく、筋組織の破壊と再生の確実な積み重ねにより1か月後にようやく成果が現れるものである。今の修司はこの夏の成果がやっと現れ始めたのである。

 勢いをつけ、向かってきた花倉。

 双剣の良さは速さと手数だ!いくら筋トレしたが知らないが、この速さにそのアームズじゃ着いてこられないだろ!

 間合いに入った瞬間。左肩から胸にかけて冷たい風が吹いた。直後に自分が切られたのだと悟る。切りつけられた衝撃とともに地面に倒れ込んだが、本能的な反射で追撃を避け。転がりながら敵と距離を取る。立ち上がりながら、じわじわと痺れはじめた自分の胸を押さえながら花倉は何が起きたのか思い出す。

 なんで俺がスピード負けしてんだ。

 修司の刀は中段から一度短く振り上がり、直後に花倉の肩を裂いて行った。刀の重さに加えて、鍛えられた筋力から生み出される瞬発力は、花倉の反応速度を上回るものだった。混乱する花倉とは対照的に、修司は静かに今の自分の立ち位置を感じていた。

 春先だったら、こんな気迫の人間が迫ってきたら絶対にひるんでいた。でも、今なら冷静に相手の動きを見ることができる。すごくいい感じだ。

 その後、花倉は、3分間死力を尽くして戦った。しかし、結果は修司の圧勝に終わった。修司は。花倉の猛攻をほとんど被弾せずにいたので、スタスタと退場ゲートへと向うことができた。ゲートでは、迫間と滝田が待っていた。迫間は大きな動作で手招きしていた。修司が近づくと興奮したように話す。

「やっぱり、余裕じゃねーか。同学年とは思えない試合だったぞ。」

「ああ、いい試合だったな。」

「ありがと、調子がよかったからかな。」

 修司はひとまずの安心と照れで口元が緩んだ。

「まあ、治世に関しては全く心配してなかったからいいんだけどさ・・・。」

 迫間の顔が少し曇る。チラリと視線を修司の後ろに向ける。修司が振り返ると、橋爪の肩を貸してもらいながら、一色が歩いてきた。

「お!いいとこにいたっすね!一色君はもう任せてもいいっすか?」

「ああ、ありがと。」

 橋爪は、一色を迫間に預ける。一色は、左足にほとんど力が入っていなかった。よく見ると顔も蒼白である。

「じゃあ、二回戦で当たったらよろしくっす!」

 そういうと橋爪は【武人】のテントの方に向かって行った。

「お疲れ。」

「・・・僕全然だめだった。」

「そんなことないぞ。橋爪相手によく頑張ったって。」

「・・・。」

 うつむく一色。修司は小声で滝田に試合の様子を聞いた。

「どうだったんだ?」

「う~ん、なんつーか・・・必死の一色に余裕の橋爪って感じか?」

 滝田は渋い顔をしながら小声で答えた。

「一色は最初っからマラヴィラ連発で勝負仕掛けてたんだけど、どれもさばかれて、最後まで橋爪のペースで戦ってたな。でもまあ、よく頑張ったと思うぞ?」

「そうか。」

 迫間は、うなだれる一色をはげます。

「お前はよく頑張ったって、橋爪は強いんだからさ。」

「・・・『強い相手だから仕方がない』なんて、そんなのいいわけだよ。僕は負けたんだ。」

「・・・一色。」

「・・・ゴメンッ!修司!日下部先輩を倒すって約束したのに!一緒に見返すって約束したのに・・・僕は・・・。」

 一色の目から涙があふれる。小さな嗚咽は修司の頭の奥まで響いているようだった。

 その後、次の試合のある迫間は一色のことを心配しながらも、召集場所に向った。一色は、少し頭を冷やすと言って、森の方に入っていったが、滝田と修司はそっとしておくことにした。修司は滝田と一緒に闘技エリアの全体が見える観戦場所まで移動したが、すでに多くの観客が並び、中には【武人】や【錬磨】の横断幕を書か出ている集団もいた。二人は端の方でなんとか見える位置を確保した。すると、後ろから声がかかる。

「ねえ!滝田君!」

 振り返ると見慣れない男女が3人いた。滝田は驚いたように応える。

「おお!来てたのか!」

「うん!それにしてもノーベルの人たちはすごいね。アクションとファンタジーの映画みたいなことになるんだね!」

「はは、そうかもな。」

 見慣れない男は、目をキラキラさせていた。滝田はキョトンとしている修司に気付いた。

「あ!こいつらは、俺の入っている剣道部の部員で、俺らのタメなんだ。」

「どうも、普通科の今野です。こっちは三塚、こっちは北村です。」

「あ、滝田と同じクラスの治世です。どうも」

「あ~治世君って聞いたことあるかも。滝田君がたまに遊ぶ友達メンバーだよね?」

「おう、寮も一緒だからな。」

 修司は滝田のいつもとは違う「仲間」とのやり取りに少しの気まずさを感じた。まるで同じ一般生徒同士のような感覚で、それが不思議にも思えた。

「滝田君の試合はこの次だよね?先輩たちと合流したら応援に戻るから、頑張ってね。」

「ああ、ありがと。頑張るよ。」

 愛想のいい剣道部員たちが遠ざかると滝田が話す。

「なんか悪いな、知らない奴らと話させて。」

「そんなことないよ。面識ないから、少し驚いただけでさ。」

「そうか。教室の階も違うからほとんど顔合わせないしな。そりゃそーだ。はは。すげーいい奴らなんだよ。アイツら。まるで俺も普通の部員みたいに扱ってくれてさ。公式戦には出れないのに。」

 ノーベルは、一般人の部活の試合には出られない。エナの影響による肉体的な差があることが大きな原因であるからだ。滝田はそれを承知の上で、一般生徒と同じ部活に入った。

「ああ、分かるよ。すごいいい人たちだったな。」

 いつの間にか修司は、滝田の居場所に温かさや安心感を感じていた。

 そして、滝田の試合の時間が来た。柊や雪野の姿もいる。そして、修司は、その奥に日下部の姿を見つけた。浅黒い肌は以前より黒く見えるし、体が一回り大きくなっているようにも見える。そして鋭い獣のような目で対戦相手を睨みつけている。修司の中の怒りの炎がゆらめく。ホイッスルとともに、第1予選2組目の試合が始まった。

 

「[アクエリアス]。」

 迫間は、青龍刀型の双剣をコンバートする。相手の夏目は小ぶりなハンマーをコンバートしている。そして2回目のホイッスルが鳴った。

「始め!」

 迫間は駆け出す。アタッカー型の夏目を相手にして一か所に留まるのは危険だと判断したからだ。

「《辻雨(つじさめ)》。」

 夏目が手を振ると、迫間に何かが素早く飛んでくる。迫間は左に避けながら剣で薙ぎ払う。剣の先に何かが当たった感触がある。見てみると剣先からは滴が落ちている。

 水を飛ばすマラヴィラか。小さくして、数とスピード重視ってとこか?

 迫間はまた走り出す。夏目は下がりながらマラヴィラを同じ放つ。

 避けられてもいいわ、このまま距離を取って、じわじわ削っていくからね。

 しかし、迫間は、避けない。風に乗った水のマラヴィラが30cmまで迫った。迫間は、双剣を十字に構えた。

「《アルレシャ》。」

 剣に腹にある鯉の彫り物が輝き、電気が網状にほとばしる。電気が水のマラヴィラとぶつかると相殺される。

 少しくらい打ち消しても無駄よ。

「そんなスカスカのマラヴィラじゃ防ぎきれないわよ《辻雨》。」

 夏目はまた、マラヴィラを放つ。迫間と夏目の距離約13m。迫間は避けない。マラヴィラも使わない。

「もう十分だ。」

 迫間はある程度のマラヴィラを剣で受けながらも、全てを受けきろうとはしなかった。そして被弾しながら強引に夏目と距離と詰めた。迫間と夏目の距離約4m。近づいてくる迫間を牽制するために、夏目はハンマーを横に振る。しかし、迫間は、身軽に避ける。迫間の双剣が夏目に迫る。

「《日除雨垂(ひよけあまだれ)》。」

 夏目と迫間の間に水の膜がカーテンのように降りてくる。迫間はその水の膜を突き刺すが、夏目の左腕をかすめただけだった。夏目は。大きく下がり距離を取る。大きく息を吸う迫間。

「特攻作戦だったらマラヴィラで対応できるのよ!《辻雨》。」

 夏目は、今の攻防で自信をつけたようだった。再度マラヴィラが飛ぶ。迫間は、大きく回り込むように夏目に向かう。夏目はマラヴィラの方向を変え、迫間を追う。

 はあ~・・・女相手はやっぱりやり辛いな・・・。

「消耗戦にはさせないから!《旋風豪雨》。」

 夏目のマラヴィラの勢いが増す。より広範囲、より強い風と雨のマラヴィラを放ち、勝負をかけてきているようだ。迫間も剣でさばききれないことの多い足がしびれてきた。

「守りもスカスカね!」

 このままは、やばいな・・・やるっきゃないのか―――。

「おっしゃ!」

 突然の声に夏目はビクっとした。迫間は、また大回りしながら、夏目に向かう。しかし夏目のマラヴィラはしっかりついてくる。しかし、迫間が夏目の周りを1周もする頃には、夏目との距離が10mほどに近づいていた。回りながらじわじわと近づいていたのだ。夏目もそれには気付いている。

 少しずつ近づいて来ている・・・でも近づけば近づくほど、私のマラヴィラも当たりやすくなるわ。

 すると、突然迫間は夏目に向けて直線的に向かう。夏目はすかさず正面からマラヴィラを浴びせる。最初からエナを節約するために時々でマラヴィラを弱め、消耗を抑えるためのインターバルを挟んでいた夏目だが、そろそろエナが尽きそうであるので、この機会を逃したくはなかった。

「《アルレシャ》。」

 電気のマラヴィラが水のマラヴィラを打ち消すが、すぐに次の風と雨が襲ってくる。

「《アルレシャ》。」

 迫間はまた打ち消す。迫間のエナの総量からすると、この防御のマラヴィラは、かなりエナを消耗する。おいそれと連発は避けたいマラヴィラである。だが、まだ夏目のマラヴィラは止まない。むしろ夏目は、動く迫間に当てるために拡散して放っていたマラヴィラを絞り、迫間の進む軌道に集中してぶつけてきた。

「《アルレシャ》。」

 迫間は、珍しくマラヴィラを連発する。それでも風雨は止まない。夏目との距離はまだ5mはある。

 迫間君は純粋なファイター。もうマラヴィラを使う余裕はないはず。いける!

 夏目は勝利を確信する。迫間は、眼前には夏目のマラヴィラが広がっているにも関わらず、双剣を自分の背の後ろに引く。そして勢いをつけ、双剣を夏目に向け、投げつけた。2本の青龍刀は、雨を切り裂き、一直線に夏目に向かう。一般人であれば、反応するのは難しいが、ノーベルの研ぎ澄まされた反射神経で、夏目は何とか自身のハンマーで防ぐが、双剣の片割れが夏目の右腕を深く切りつけた。一瞬、迫間から目を切った夏目が次の見た光景は、角のようなアームズをコンバートしながら、自分に突き刺そうとする迫間の姿だった。迫間が一瞬でコンバートした双剣[タウロス]の右手側は夏目の腹に当たると貫く前に崩れてしまった。しかし、迫間はお構いなしに、左手側の剣で夏目の頭を横殴りにする。アームズはリリースされるが、もうすでに右手には新たな密度の低い[タウロス]が半分ほどコンバートされている。迫間は、一発分の強度しかないアームズで殴るような連撃を行った。7発目の攻撃が夏目の胸を突くと、夏目はガクリと倒れた。

「そこまで!」

 審判が制止する。迫間の勝利である。倒れる夏目に迫間が手を差し伸べる。

「スカスカも見くびれないだろ?」

「はあ・・・はあ・・・、少しは女の顔殴るの躊躇しなっての。」

「悪い。少しやりすぎだった。」

 夏目は愛想なく、迫間の手を掴む。


 観戦場所からこの様子を見ていた修司と滝田。周囲は各試合で盛り上がり、悲鳴やら歓声やらが飛び交っている。

「お!迫間は勝ったみたいだぞ!」

「ああ、後半は全力でやってたからな。」

「しかし、この回はすごい見応えだったな。柊に鬼道、金崎と俺らの学年の上位陣が大暴れで。」

「開始数分で終わってたな。」

「圧倒的だったな~。相手がかわいそうなくらいにな。」

 柊や鬼道は容赦なく相手を攻め、何もさせずに倒してしまった。観戦の【武人】や【練磨】の生徒の応援も熱が入っていた。

「しかし、他のメンツはともかく、あの雪野さんが勝つとはな。」

「そんなに意外だったか?雪野ってかなり技のレパートリーが多い感じで、なんとなくいけそうだと思ってたけどな。」

 滝田は、さらっと応える。

「そうだけど、あんなに積極的に戦うとは・・・。」

「闘志を感じたな。」

 雪野は、1組の女子との試合で、序盤からマラヴィラをガンガン使い、判定勝ちながら勝利を収めた。

 そうこうしている内に、迫間が戻ってきた。エナの消費が激しく、疲労の色が見える。足取りもたどたどしい。

「やったな。」

「おうよ。」

「迫間らしい、いい試合だったぞ。」

「こんなもんよ。」

 滝田は、迫間の胸を軽く小突く。迫間の疲れた顔に喜びが見えた。

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