試合開始!
遂に闘技大会の朝が来た。ここ2日間は軽い調整の訓練しかしなかったので、体はいつ以来か思い出せない程に軽く感じる。まだ朝7時00分。しかし、いくつも壁を隔てた先から声や音が聞こえる、それも四方八方からだ。1年の中で一番寮がにぎやかな時期が始まった。否。学園全体がにぎやかなのだ。昨日の夕方から、外部の業者が入り、闘技場の周りに場所取りをしていた。
食堂に行くか。
修司は、身支度を整え、食堂に向った。食堂はいつもより人が多いように思った。普段は生活リズムの違う大学部の寮生もいるようだ。修司は朝食のセットをお盆に乗せると、辺りを見渡した。少し離れた所にいる一色と迫間が手を振っている。近づくと、水を一口飲み、口の中の物を流して迫間がしゃべる。
「おう!治世、調子はどうだ!」
「おはよう。元気だけど、朝からすごいテンションだな。」
「おはよう修司。仕方ないよ。だって、紅仁だよ?」
「おいおい、何冷静なフリしてんだよ。お前らだって燃えてんだろ?分かってんだぞ?」
迫間は、ウィンナーを挟んだままの箸で一色と修司を指した。
「まあ、確かに落ち着かないけどさ・・・。」
「知ってるぞ、一色。お前、昨日の夜眠れなく、一人で寮の周りウロウロしてたんだろ?」
迫間はニヤニヤしながら、味噌汁をすする。一色は、すぐに顔が真っ赤になった。
「なっ!え?見てたの?」
「見たヤツから聞いた。ふふっ。まあ、気持ちは分かるから座れって。ほら、治世も。」
腰の浮いた一色を迫間がなだめる。修司は一色の隣に座り、朝食を食べ始める。
「あれ?根津はいないのか?」
「ああ、部活の集まりがあるからって、さっき出て行ったぞ。大変だな部活従事者は。」
「最近ずっと忙しそうだったよね。」
「ああ、放課後もずっと部活で会わなかったな。」
[錬磨]や[武人]はそれぞれに理由があり、闘技大会に熱を入れている。必然的に部活の時間も伸びていた。
「修司は、一回戦余裕でいいよな。」
「何度も言うけど、サバイバル合宿の時には、花倉のコンディションも悪かっただろうし、分かんないぞ。」
修司は冷静に返す。一回戦の対戦カードが一昨日、掲示板に張り出されたのだ。
「謙虚だね~。」
迫間は怪訝な目をしている。
「紅仁だって、余裕なんでしょ?」
一色が噛みつく。
「そりゃもちろん。」
「そうやって油断していると、夏目さんに足すくわれるよ。」
「ははは、それより、自分の心配しとけよ。」
「んん・・・。」
一色は黙りこむ。一色の相手は1組の橋爪、かなり厳しい相手である。
「一色。お前の分まで俺ら頑張るからな・・・・。ぶははははっ!」
「お腹壊して、負けちゃえ!」
朝からホント元気だな。
3人は8時過ぎには、寮を出て、闘技訓練場へと向かった。外は修司が思ったより暖かくはなかった。もう秋だ。バス停には長蛇の列ができており、バスに乗るまで20分もかかった。第1予選は、参加者が多いため、3回に分けて行われる。修司と一色は最初の時間に対戦となっている。会場も1,2年生が闘技訓練場、3年生が闘技場に分かれており、人の移動は激しい。
「うお~!着いたぞ!」
「おーーー!」
闘技訓練場に着くと一色と迫間のテンションが上がった。正確には、バスの中で十分うるさかったが、ここに来て最高潮だ。
「着いたって、いつも来てるだろ。」
「今日は特別だろ!見ろ、この出店に看板!むせかえる程の熱気!・・・たまらんな。」
「やっと、このときが来たって感じだね!」
闘技訓練場のグラウンド外には、いくつかの出店が並び、客もそこそこ並んでいる。訓練場の前には「第42回闘技大会第1次予選」と大きく書かれた看板が出ている。会場の端にはテントやブルーシートがあり、[武人]や[錬磨]の生徒がいるのだろう。一般の客もいるようだ。空には薄く雲が伸び、日の光がぼやけている。
「おい!もう9時だ!急いでアップしろ!」
突然迫間が叫ぶ。修司と一色の試合は10時からだ。
「そうだな、少し体を動かさないとな。」
「でも、どこも場所なさそうだよ?」
試合用に区切られたラインの外には何人も生徒がいて、談笑していたり、アームズを振っていたり、走っていたりする。広く使えそうな場所は見当たらない。
「あ、修司!」
後ろから元気な声が聞こえる。
「ん、真夏か。」
「なんなの『真夏か。』って、幼馴染が応援に来てあげたのに。」
南野は歯に力を入れて、グイッと顔を前に出した。首から下げたカメラが揺れる。
「応援って、取材だろ?新聞部の。」
「ま、そうなんだけどね。へへへ。」
「修司、いちゃいちゃしてる場合じゃないだろ。場所探しだ。」
迫間は修司の目の前の空を手で切った。
「そうだな。ちょっと、離れたとこに行くか。」
「なになに?運動できるところ探し中だった?」
「うん、僕たち来るのが遅かったからどこも空いてなくて。」
「そうなんですね。じゃあ・・・。」
南野は、手帳を取り出して付箋の挟んであるいくつかのページをめくった。
「あ、あった。このすぐ裏、あっち側にそれなりに空いてて、人の少ないところあるみたいですよ。」
南野は闘技訓練場の東奥を指さした。
「あっちって、野原みたいになっているとこか?」
「そうそう、そのはず。でも人がいないって確証はないけどさ。」
「いや、ありがと。とりあえず行ってみるわ。」
「お~!さすが新聞部!」
「ありがとうね!」
「へへへ。」
南野は照れくさそうに少し頭を下げた。
「じゃあ、修司と一色くんと迫間くんも頑張ってね!」
「うん、ありがとう!」
「今度、お菓子奢るよ!」
「真夏も取材頑張れよ。」
南野は拳をぎゅっと握り、笑顔で立ち去った。
南野に言われた場所に行くと、何人か人がいたが、体を動かすには十分なスペースが残っていた。やや手入れが雑な草地だったが、できるだけ草の背の低いところを選び、荷物置いた。簡単に準備運動をした後に、修司が声をかける。
「よし、一色。軽く相手してくれ。[スピネル]。」
「うん。[ペインター]。」
アームズを構える二人。
「いくぞ。」
緩く動き始める修司。緩慢に斧を振る。一色はこれを退いて避ける。直後に一色が突きでカウンター。修司は、斧の腹で突きを防ぐ。
こんなやり取りがしばらく続くが、徐々にスピードが速くなっていく。踏み込んだ足元から草の擦れる音が聞こえる。一色の額には汗が滲みだした。
「マラヴィラ使ってもいいんだぞ。」
「それじゃ、《バチック》。」
修司は、即座に身を退く。先ほどまで修司の左足のあった空間に爆発が起きる。修司は一色のマラヴィラをよく知っている。この爆発のマラヴィラは小規模だが、素早い。先に避けておかないとほぼ間違いなく被弾する。
「《バチック》。」
避ける修司。しかし爆発は起きない。代わりに一色が近くに来ていた。
フェイクか!
一色の剣が修司の斧に触れる。
まずい!
「バチック!」
修司はアームズを捨て、後ろに飛び退いたが、避けきれたわけではない。接近戦に持ち込んでからの爆発のマラヴィラは一色のよく使う戦法だ。一色はこの機に連撃を始める。修司が新しいアームズをコンバートできないようにするためだ。
「《スペクトロライト》!」
マンホールほどの水の円盤が空中に3つ浮かぶ。
視界が。
一色の視界から修司が消える。しかし、一色は冷静に右下の円盤の下に向い剣を突き立てる。そこは修司が身を隠した場所だ。円盤に突き刺さる剣。円盤は崩れ去り、その先には、身を屈め、すでに刀を振り始めた修司がいた。修司の刀が一色の右腹に触れる直前に動きを止める。
「ふうーーー、やられた。」
「お互い手の内が知られているとこんなもんだよな。」
修司は刀を引く。
「おいおい、まだ治世は動き足りないんじゃないか?」
迫間が野次を飛ばす。
「十分だよ。エナも温存したいし。」
「違うって、俺の相手が欲しいんだ。はは。」
修司は迫間と10分ほど剣を合わせ、その後、3人で召集場所に向った。召集所は参加生徒とその応援でごった返していた。同じクラスの本郷や愛川などがいた。本郷が声をかける。
「お、仲良し組、やっと来たか。」
「もうすぐ召集始まるみたいだよ。」
大会実行委員会のジャンパーを着た教師が拡声器でまもなく召集を始まる旨を話している。
「この時間に出る2組の奴はこれで全員だっけ?」
「ああ、一色と治世で最後だ。」
「あ~、なんか私緊張してきたかも。」
「俺も。」
「一色君は落ち着いているけど、余裕な感じ?」
「・・・。」
一色の顔は青い。
「いやこれは、ガチガチなだけだ。」
愛川は優しい同情の顔で細かくうなずいた
「できればみんな1回戦突破したいよね。」
「ああ、でも2組同士のペアが3つだっけ?」
「そうそう、私と安堂くん、楓ちゃんと瑞季ちゃん、滝田君と真尋ちゃん、だったはず。」
「みんな頑張ってほしいな。」
「そうね。」
何気ない会話をしていると、召集が始まった。
「ただ今から、第42回闘技大会の第1予選、第1試合の召集をはじめます。エントリーナンバーを呼ばれた人からこちらの召集係の所に来てください。」
アナウンスが聞こえると周囲の話し声が小さくなった。
「よし、いくか。」
「頑張れよ!」
迫間は激を送る。一色は力なく手を挙げて応えた。
召集は何の問題もなく終わり、修司の隣には、対戦相手の花倉がいる。修司は「よろしく。」と軽く挨拶をしたが、花倉の反応は愛想なかった。修司は、数m先に一色と橋爪を
見つけた。橋爪が何かを話しかけては笑っているようだが、一色は固い笑顔でただただ頷いているだけのように見える。周囲には見ない顔が多く、2年生だと分かった。
10分ほどすると召集が完了したようで、移動が始まった。審判である大学生たちに誘導され、10か所ほどある長方形に区切られた簡易的な闘技エリアに選手が続々と入っていく。闘技エリアの中央には、2本の白線が引かれ、そこに立つように促された。闘技エリアの端では、迫間が他の2組の生徒と一緒に手を振っている。何かを叫んでるようだが、修司には聞こえなかった。
「まもなくホイッスルが鳴ります。それを合図にアームズをコンバートしてください。その1分後にまたホイッスルが鳴ったら試合開始です。この試合は、―――」
修司たちを担当する大柄な審判の大学生が闘技のルールと注意が簡単に説明した。そして説明が終わり審判が自分の腕時計をチラリと見た瞬間に1回目にホイッスルが鳴った。
「コンバートを始めてください。」
各競技エリアの審判が一斉に指示する。
「[オニキス]。」
「[ハックシザーズ]。」
修司は刀を、花倉は刃渡り30cmほどの双剣をコンバートした。花倉は鋭いまなざしで修司を見ている。
そして、2回目のホイッスルが鳴った。
「始め!」




