第42回闘技大会参加申込書
2学期になり、3度目の闘技の授業が始まった。この頃には、夏休みの間の大よその成長が把握できるようになってきた。
「やっぱ、楓ちゃんはダントツね!」
「闘技大会は楓ちゃんが優勝するんじゃない?」
柊の取り巻きの女子がキャッキャとはしゃいでいる。柊は、サバイバル合宿以降、学年一の実力だと言われ続け、それに輪をかけて夏休みの部活で一層磨きがかかっていた。
「私より強い先輩もいるんだし、優勝はできないって~。」
「でも、絶対いいところまで行くって。」
柊はにこやかに否定するが満更でもなさそうだ。そんな話声を聞きながら、一色も周りを分析する。
「とりあえず、1位は柊さんだとして、2位は滝田君かな?」
「根津じゃないのか?先週も滝田に勝ったし。」
「そうか~・・・じゃあ、3位は、滝田君?」
「う~ん、そこは微妙だな、迫間もいるし、アレンも結構強くなってるよな。」
「確かに・・・。」
一色と修司は、対戦後の話し合いの時間に、学級のランキング考えた。1学期は、滝田が男子の1位のように思えたが、夏休みにマラヴィラの扱いがより上達した根津やアームズを改良し、速さと手数が増した迫間が候補に出てくるようになった。元々実力のあった滝田だけに、大きく実力が伸びることもなかった、というような印象だ。
「でもさ、修司は自分が何位だと思うの?」
「俺は・・・、いいとこクラスの男子4位かな。」
「またまた~絶対2位候補に入ってるって。」
「そりゃあ、できればそこに食い込みたいけど・・・。」
「僕の見立てだと、今の修司なら滝田君もそんなに厳しい相手じゃないと思うよ?」
「そんなことないだろ。」
「そんなことあるよ~!だって動きが格段に良くなってるし、なんなら今の僕との試合も少し抜いてたでしょ?」
一色は目を細め、拗ねたような顔をする。
「そんなことは・・・。」
「いいんだよ~僕は自分の実力は分かってる。みんなが夏休みの間に強くなった半分くらいしか僕は成長してない・・・これはきっと事実。」
「一色。」
明るく話す一色だが、悲しさがひしひしと伝わる。だが一色の言うことは少なからず当たっているように感じてしまう修司だった。そして、それに何も言葉をかけられないことをひどく歯がゆく感じていた。
検討の時間は終わり、修司は次の対戦相手の雪野とあいさつをした。
「よろしくね。」
「はい!お円買いします!」
気合が入ってるな。
開始の笛が鳴る。
「《水猿・黄火猿・岩猿》。」
雪野がロッドを振ると、3匹の猿が勢いよく出てくる。
大きくなってないか?
雪野の3猿の大きさは、以前は40cmほどだったが、今回出したのは60cmはある。そして、それぞれの毛並や腕の太さなどが変わり、野性が増しているように感じる。3匹は、唸り声を上げながら突進して来る。刀を握る手に力が入る修司。
前までの雪野だと思っちゃいけないな。
猿たちの猛攻が始まった。素早い連携だが、修司はギリギリかわすことができた。しかし、反撃に転じようとしても、なかなかチャンスがない。一瞬の隙を見つけたのは、《岩猿》だった。視界の端に消え、死角から、首元に飛びつく。反応の遅れた修司はかわしきれず、刀で受ける。
重い!
切り伏せるつもりで押した刀が進まない。3猿は力・耐久・スピードの全ての能力が上がっていた。一旦引いた3猿は、修司の周りを囲み、機を伺う。
持久戦は雪野に分がある。でも、この猿たちもいくらなんでも、量産はできないはずだ。その証拠に3匹しか出してこない。・・・猫の盾の分のエナも残しているはずだしな。
修司は、刀をやや引く。
「《サードオニキス》。」
修司の刀[オニキス]が光を反射させた。刀を振る修司、瞬時に反応し、飛び退く《黄火猿》。刀の間合いからうまく逃げた。ように見えたが、猿の腹部に大きく切り傷ができている。着地と同時に地面へと倒れた《黄火猿》はエナが 分散し消えた。警戒し、距離を取る2猿。
離れて見ていた雪野は異変が見えていた。
け、剣が伸びた?
修司は刀に水のマラヴィラを纏わせ、斬撃をわずかに延長していた。
現実的な運用を考えるとまだ一瞬のリーチ拡張だけど、この猿たちには十分だな。
修司のマラヴィラのコントロールでは、鋭い刃の形を保ち続けることは難しく、今は刀を振る遠心力に任せて、固めた水のマラヴィラを飛ばしているような感覚に近い。
その後、残りの猿も倒したが、雪野が再度3猿をコンバートし、時間を稼ぎ、タイムアップとなった。
「雪野さん、だいぶエナの量増えたんじゃない?」
「そ、そうかな~。でも、毎日コンバートしてたら、この子たちも大きくなってきたんだよ。」
何やら雪野はうれしそうに話した。サバイバル合宿の後から修司と雪野と話す機会が増え、自然に話せえるようになった。雪野が自分のことを話してくれることも多くなった。
帰りのホームルームで桐山が一枚のプリントを配った。クラスがざわめく。
「はい、全員にプリントが回りましたね。これから説明を始めます。」
「ついに来たね。」
一色は興奮を隠しきれないようだ。迫間がニヤニヤとしながら根津と話している。プリントには、[第42回闘技大会参加申込書]と書かれている。
「みなさんももう知っていると思いますが、仙進学園では闘技大会が行われます。大会の詳しい内容は裏面にありますので各自で読んでください。」
裏面には、いくつかの規定が開いてあり、中には大会が予選と本戦に分かれていることや予選は2回目までは同学年同士の試合を行うことなどが書いてあった。
「参加は、任意ですが、あくまで授業の1つなので、参加しない場合は、闘技およびエナの特質に関して10000字以上のレポートにまとめて提出してもらいます。」
うわ、10000字はきついな・・・。
「提出は、来週の金曜日までですので、忘れないように。」
そう言って、ホームルームは終わった。
すぐに一色が話しかけてきた。
「規定見た?予選はほとんど1年生同士ってことだよね?」
「たぶんそういうことだよな。」
「それならみんな予選通過は大丈夫だな。」
「いやいや、柊さんや鬼道君に当たったらそうもいかんよ。」
迫間と根津も話に入る。
「確率的にそんなに高くはないだろ。全員参加したって考えても大体60分の2、30分の1ってとこだしな。」
「いやいや、次の2回戦で半分消えたら、30分の2で、結構微妙なラインや。」
「確かに・・・。」
「そんな弱気じゃダメだよ!柊さんにも、鬼道君にも勝つ気でいかないと!」
「確かに!いえーい!」
迫間は一色とハイタッチした。
「あと、3週間か。」
「長いような、短いような・・・。」
「無駄な時間にしないように、頑張る。それだけだな。」
「うん。」
修司の中の静かな闘志が一段と燃え上がった。
この日の夕方も修司は、全との訓練を行った。夏休み中もずっと全と戦ってきた修司は自分の成長を2つ感じている。
1つ目は、基本的な動きの向上。肉体が素早く動いたり、より力強くなったこともだが、剣や動きの迷いが減り、全のように冷静に戦うことができるようになってきたと思っている。周りの音や景色が遠くなり、相手の息遣いまでのも感じるような不思議な感覚になることがある。
2つ目は、アームズやマラヴィラのコンバートが速くなった。一瞬の隙が命取りになる試合の最中でも、最小限の隙でコンバートができる。これは、最近全に言われて気付いたことだ。
1時間ほどの試合の後、修司はいつもクタクタで動けなくなる。地面に伏せながら、さっきの動きを反芻し、頭の中でも訓練が続く。
ようやく動けるようになると、残りの時間はマラヴィラ操作の訓練が始まり、各属性のエナの基礎訓練を行い、その後、精密なコントロールを身に付けるために、バスケットボール大の球体の水のマラヴィラの一部を細く伸ばし、五円玉の穴を通して、反対側で再度球体を作る訓練が行われた。
集中、集中・・・・。
マラヴィラは空中に浮かしているだけでエナを消費していくため、時間は限られている。この作業は、例えるならば、100個の飴玉を1mの箸で挟み、離れた別の皿に移すような、並外れた集中力と繊細さを必要とする作業であった。無論、修司はまだ成功したことがない。水が5分の1も減らない内に集中が途切れ、水のマラヴィラが崩れていた。しかし、これでも進歩している。この訓練を始めてから10日間は、5円玉の穴に通すことすらできなかったのだ。
穴を通せるようになればゴールみたいなもんかと思ってたが、穴を通してからがスタートだった。元々のマラヴィラは球から糸に、穴を通ったマラヴィラは糸から球に。やっていることが真逆だとこうも難しいなんて。
この訓練を1時間続け、最後の追い上げは、フルパワーでのエナの大放出である。限界まで溜めたエナを放つ。ただそれだけだが、疲れ切った体には堪える。修司は直径80cmほどの火球を空に打ち上げた。地上10mで火球は霧散する。爆発するような作りにはしていない。打ち上げる推進力を残して、限界まで溜めたのだ。修司の腕は鈍い痺れだけ残る。よろめく修司。
「気絶しなくなったな。」
それだけ言って全は消えた。
寮戻った修司は、すぐに食堂に向った。本来の夕食の時間は過ぎているが、事前に遅れることを言っておけば、取っておいてくれる。これは2学期になって滝田から聞かされた衝撃の言葉だった。部活で遅い人のことを考えてのことらしい。食堂の端にある、共用冷蔵庫。普段は、夕食のデザートがアイスのときに使うが、今は何人かの夕食のセットが入っている。レンジで温め、夜8時半の夕食が始まる。
今日はサバ味噌か。
圧力なべのおかげで骨まで食べられるサバ。躊躇なくかぶりつける。口に入れてまず思うのは、甘い。まるでお菓子でも食べているんじゃないかというくらい甘い。しかし、直後にほどけるサバの繊維から塩味を感じる。しかしなお甘い。ここでご飯が入る。サバ一口でご飯半杯はいける。
ご飯が大盛りで本当によかった。
きんぴらは同じく甘い系統の味だが、七味が聞いていて、全く飽きない。なんなら、わかめの酢の物があるおかげでいつでも口の中がリセットされる。初めてサバ味噌を口に入れた時のような衝撃を何度でも味わえる。
修司の数少ない楽しみはこの夕食であった。食べた物が体に吸収されているような幸福な錯覚に束の間の幸せを感じた。
季節はもう秋になる。虫の音が遠くから聞こえる。