肉の山
「うお!」
急いで子牛の方に向かう3人。3人ともテンションが上がっている。見ると子牛は鼻輪の先にロープが繋がれており、そのロープは7mほど先の地面に杭で打たれている。
「よし、この杭を外して連れて行こう。」
「・・・なあ。」
本郷は神妙な顔をしている。
「どうした?」
「これ2匹しかいないよな。」
「ああ、たぶん鬼道のとことどっかが持って行ったんだろ。」
「俺らは3グループだよな。」
「・・・。」
本郷の額に汗が流れる。修司は少し前に出た。瞬時に本郷は構える。
「待て、そうじゃない。」
「う、奪い合うしかないんだろ!?」
「違う!」
本郷はわずかに首を傾げる。
「一頭は第6で持っていけ。」
「・・・二人はどうするんだ。」
「俺らはこの1頭を分ける。」
「・・・。」
「それでいいよな迫間?」
「ああ、これだけあればそんなに困らないだろ。」
「・・・ごめん。」
本郷はばつの悪そうな顔をしている。
「いいよ、ここで食料手に入れないとお前らも辛いってのは知ってるしさ。」
「・・・ほんとごめん。」
第6グループはこれまで柊のおかげで食料には困っていなかった。しかし柊が鬼道を血眼で探し始めてからは違った。柊は細田の食料だけを確保すると自身はろくに食事もとらずに島中を駆け巡った。当然これまで奇襲を先導する柊のおこぼれのような形で食料を得ていた男子メンバーは食料の調達を苦戦していた。そのため本郷も柊の私怨の戦闘などよりも早く食料を確保することを優先したのだ。修司が子牛を地面につなぐロープの切り、ロープを引くと子牛は大人しくついていく。
「ここで解体しないで、下に連れて行った方がいいよな?」
「ああ、ある程度いったところの河原がいいんじゃないか?」
「そうだな、本郷はどうする?」
「・・・お、俺はメンバーとの待ち合わせがあるから、行くよ。」
そう言ってトボトボと来た道を戻り始めた本郷。
「本郷!」
足を止める本郷。
「気をつけてな。それと、ありがと。」
本郷は力なく手だけ挙げる。本郷は振り返れなかった。食料を前の奪い合いを第一に考えた自分のみじめさを感じて、恥ずかしさやら気まずさで二人に顔を見ることができなかったのだ。
12時39分。山頂部からしばらく下った小川に修司と迫間は着いた。重い体のせいか歩みの遅い牛のせいか、それほどの距離ではないのに時間がかかってしまった。小川に近づくと腰ほどの高さの茂みも増え、誰かが隠れているのでないかとひやひやしながら、辺りを見渡す。
「ここら辺でいいはずだよな?」
「ああ、そのはず・・・あ!」
修司は40mほど先に黒い棒を見つけた。それはその地点を集合場所に決めた際に目印として修司がコンバートして立てて置いたものに間違いなかった。目印まで来ると近くの茂みから声がした。
「こっちや。」
見ると茂みの中から根津が手招きする。根津に誘われるまま茂みの中に入ると。
「雪野さん!」
「あ、治世君、それに迫間君も。」
そこには数時間前までは意識すら朦朧としていた雪野が愛川に支えられながらも顔を真っ赤にして座っていた。大久保と宮本は篠河と枝の額に濡れたタオルを当てている。
「雪野さん大丈夫なの?」
「うん、もう全然。」
「んなわけないでしょ、多少は元気になったけどまだまだ熱はあるくせに。」
「う~、ごめんなさい。」
愛川がため息交じりに言うと雪野は申し訳なさそうに首を縮めた。
「枝と篠河は?」
「二人も意識はしっかりしてるけどまだ熱はあるみたいね。でもきっと峠は越えたのね。今さっきまた寝たわ。」
「ふう~。よかった。」
迫間はその場にへたり込む。
「てか、二人ともご苦労さん。どこにおったんやそれ。」
「ああ、俺らのトコから行った先に小川があってな。そこにいた。」
「これで念願の食料ゲットだね。」
「あ、そういえば今日の分の支給品は来たか!?」
「ああ、しっかり来てるよ、たぶんこっちの方がグループの人が多いからここに来たのかな?」
大久保は支給品の入った袋を掲げた。愛川の横にも同様の袋がある。
「聞いてくれよ、こっちの道に鬼道ってやつが・・・ってかよく大久保はあの女から逃げられたな。ダメなんじゃないかって心配してたんだよ。」
「あ~、実は一回追いつかれたんだけど、その時に運よく楓ちゃんが助けてくれて。て言っても楓ちゃんはその鬼道君の居場所を言わせるためにあの娘を倒したみたいな感じだったけどさ。」
「そっか、じゃあそっちも柊に助けられたんだな。」
「そっちもって、そっちもなんか?」
「ああ、鬼道にやられそうなときに柊が来てくれてな。根津のトコはなんもなかったのか?」
「いやいやそれがこっちもこっちで面倒な相手にやられようかって時に―――。」
「なんとなんと、あの一色君が来てくれたのです!」
宮本が生き生きとした顔で割って入る。宮本の説明では金崎の渾身のマラヴィラでもう負けかというときに一色が目隠しのマラヴィラを使い視界を封じながら金崎に攻撃し、その隙に安堂が根津と宮本を避難させたらしい。
「・・・とまあ、宮本君が言った通りやな。」
「でも一色がそんな強敵と戦えたなんてな~。」
「まあ、金崎も消耗してたようやし、一色君も戦闘ってよりか救助として行動してたからな。」
「お、なんだ~。金崎に負けたヤツがまるで一色がまともに戦えたわけじゃないみたいなこと言ってるな~。」
「あほ、そんな意味やないわ。それに一応一人倒してます~。」
煽る迫間に根津は目を見開いて答える。
「そんなことより!」
愛川はにらみ合う二人の間に入る。
「この子牛ちゃん。どうやってさばくの?雪野さんも本調子じゃないわけだし。」
「わ、私できるよ・・・。」
「いいからめぐは寝てなって。」
雪野の申し出をきっぱりとはねのける愛川。
「ああ、じゃあ、俺らでどうにか食える形にしてみるしかないよな。」
「うわ~、ついに来てしまったか・・・。」
「まあ、やるしかないよな・・・。」
牛はおろか魚さえさばいたことないのにいけるのか・・・?
不安がる男どもを見て雪野が声をかける。
「あ、じゃあ、せめて私が指示出すのは・・・それならどうかな?」
「そ、それならなんとかなるんじゃないか?」
「ああ、そうだな、あれだけできる雪野さんの指示があれば・・・。」
「いいから、早くやりなって。男でしょ。」
愛川に促され修司、迫間、根津は子牛を川辺まで連れて行く。3人はナイフを構える。雪野は茂みから体を出しながら指示を出す。
「最初はアームズで脳を突き刺して麻痺させた方がいいよ。」
「あ、ああそうか。」
修司は40cmのナイフをコンバートした。異変を察したのか子牛は落ち着きなく周囲をキョロキョロと見るようになった。
「暴れるかもしれないから気をつけてね。」
「おう・・・いくぞ。」
修司は子牛の頭目がけナイフを突き立てる。その瞬間に子牛は頭を大きく振りながら暴れ出す。修司は子牛の頭に薙ぎ払われ体勢を崩して倒れる。
「治世!」
迫間は修司の腕を取り、起き上がらせる。子牛はしばらく暴れると少し大人しくなった。しかしまだ体が痺れたわけではなさそうだ。
「浅かったか。」
ナイフは先端の2cmほどしか刺さっていない。牛の骨の厚さよりも、これから生き物の命を奪うことへの躊躇が中途半端な刺し方に表れたのだ。
「もう一回だ。」
「変わろうか?」
「いや・・・やらせてくれ。[ハイパーシーン]。」
俺のせいでコイツは無駄に苦しんでる。俺がしっかり決めないと。
修司が子牛に近づくと牛は警戒しているのか体を動かし、修司から距離を取る。頭に刺さったままのナイフが痺れるようで子牛はしきりに首をクイックイっと曲げる。修司はハンマーを構えたまま少しずつ距離を詰める。そして子牛の目の前にハンマーを近づける。子牛は警戒をしたままじっとハンマーを見つめる。修司はそっと目を閉じ、息を吸う。そして、一気にエナを開放し、ハンマーの先端からまばゆい光を放つ。光に子牛の目が眩んでいる間に振り上げたハンマーを力いっぱい振り下ろす。ハンマーは正確にナイフの柄を打ち、ナイフの刃はほとんど子牛の頭の中に消えた。同時にハンマーで打ちつけた衝撃で子牛の首はガクンと下に動く。子牛はピクピク痙攣しながらゆっくりと座る。
「うまくいったね・・・。まずは、喉を切って血を出して。」
雪野は冷静に指示を出す。額に汗を流す修司は頷く。子牛の喉に持ってきた普通のナイフを当てる。そして手が止まる。
これまで人を散々切ってきたのに、ほとんど同じ形のはずなのに・・・。なんでこれが命を取るって分かるとこんなに怖いんだ。
子牛は泣くような声を出す。目は見開き、修司の顔をじっと見ている。涙を溜めているようにすら見える。そして修司は目を閉じ一気にナイフを突き刺した。子牛は短くうめき声をあげる。ナイフの感触はアームズを人に刺すのとは全く異なっていた。何か熱い、硬い、そして重いモノを切ったような、そんな感覚だった。子牛の赤褐色な血は川に滴り、鮮やかな赤が下流に滲む。
「頑張ったね、治世君。」
雪野はこの重さを知っているのだろう。修司を労う。
「次は、その子を逆さにして、しばらく血を流すのね。」
その後も雪野の指示のもと、時間をかけながら子牛を解体していった。皆言葉も少なく、黙々と作業をし、また見つめた。
結局昼食になったのは14時を過ぎてからだった。
「うおーっ!すげー!」
10人の目の前にはコンバートされた皿の上に焼いた肉が山盛りに置かれていた。それに切れ端の肉をミンチにして肉団子のスープも並ぶ。迫間と宮本はよだれを垂らしながら見ている。
「さあ、食おう!」
「いただっきまーす!」
焼き肉を口に入れた迫間。
「う、うめー!!!」
「うわ、これ焼き肉のタレじゃん。どうやったの!?」
「いや、ただ篠河さんの持ってきた醤油とそっちとこっちで支給された砂糖を混ぜただけだよ?」
愛川は訝しげな顔をする。
「いや、でもこれ完全に焼き肉だって。なあ?」
「確かに、久しぶりにしっかり味付いたもの食うのもあるかもだけど、これはかなり絶妙な調合だな。」
「うん、すっごくおいしいよ!」
肉は本来ならしっかりと血抜きをしなければならないが今回は時間を節約するために川の水で洗い、血を流した、それでも生臭さが若干出たが、今の修司たちにとってもそんなものは関係なかった。久々に口一杯に頬張る肉は肉汁が溢れ、脂の甘みと赤身のうま味が口の中を占領する。雪野もだいぶ調子が良さそうだ。篠河、枝もモリモリと食べている。10分もしない内に山盛りの昼食は姿を消した。
「ふう~食ったな~。」
「満足満足。」
「ねえ、お肉ってどのくらい残ってるの?」
「ああ、結構な塊もあるから、二グループで分けても7キロずつくらいはいけるんじゃないか?」
「それならもう終わりまで食料には困らないね!」
「困らないどころか毎食1ポンドステーキにできるで。」
「あ、それいいな。ははは!」
食事が終わると和やかな空気が流れていた。空には留まることなく雲が流れ、まるでみんなでピクニックにでも来ているのかのようなそんなのどかな時間を過ごした。
「なんか、こんなゆっくりしたの久しぶりな気がするな。」
不意にそんな言葉が修司の口からこぼれた。
「ああ~、そうやな。」
「すごい忙しかったからな~。」
「この島に来たのもすごい昔のことみたいだしな。」
「濃い合宿やったな?」
「うん、ホントに色々あったな。」
迫間も根津もぼんやりと空を見る。
「ちょっとそこの男子3人!青春してるのはいいけど、まだ合宿終わってないからね?」
「あ。」
「確かに。」
「・・・ふっ!ははは。」
「はははっ!」
愛川の言葉に現実に帰った3人はおかしさやら感慨深さやらで笑っていた。
「っはは。・・・ふう・・・そろそろ行くか。」
ひとしきり笑うと修司はそう切り出す。
「・・・そうだな。こんな山の麓じゃいつ戦闘に巻き込まれるか分かんないしな。」
「よし、じゃあ、これがそっちの分の肉。一応4つに分けて箱に入れたから。」
「おう、サンキュ。」
迫間たちは真っ黒な箱を4つもらい、リュックにしまった。
「じゃあ・・・ほんとにありがとな。」
「何言ってんだよお互い様だろ?」
「そう言ってくれるから感謝してんだよ。」
「???」
「よっし、出発するわ!じゃあ、明日の午後4時まで頑張れよ!」
「おう、そっちもな!」
「せっかく手に入れた食料を奪われんようにな~。」
「お前らもな!ははっ!」
他のメンバーも手を振ってお別れを言って歩き出す。
「じゃあね~!」
「ありがとうございました。」
「またね~!」
「ばいばーい!」
第5グループのメンバーは川の下流の方面に消えた。




