Win-Winの協定
襲いかかるマラヴィラを迫間と宮本は間一髪のところで避ける。迫間はまだいい。足が動くし、肺もまだ持つ。ただ宮本は違う。動きの鈍った宮本を敵は集中的に狙う。そしてそんな宮本をかばう瞬間の迫間もまた格好の的だ。
くっそ・・・まだコイツらのエナは切れないのか!
迫間はただ相手のエナが切れることを願うしかなかった。しかし現実的に生粋のアタッカーで【錬磨】にも所属している火のマラヴィラ使いの男、守屋と3組の中でも上位に入るエナのキャパシティーを持つピンクのパーカの女、渋木はそれぞれあと20回はマラヴィラを使えるほどの余裕があった。
「つんつん頭君はもうヤバいんじゃない?」
大剣の女が迫間に切りかかりながら笑う。見ると宮本は火のマラヴィラを背中に受け、体勢を崩したところで左ももを水の棘に貫かれていた。
「宮本!足止めるな!」
「無理・・・む・・り。」
宮本は地面に倒れる。宮本は倒れるときに火照った体に草の露が心地よくすら感じた。
「ほら、残りはアンタだけだよ!」
大剣の女が大きく振りかぶって剣を振り下ろす。迫間は転がりながら避けるが、避けた先に水のマラヴィラが待ち受ける。水の棘を左の剣で切り崩そうとしたがそれが間違いだった。迫間が水のマラヴィラの性質を忘れていたわけではない。転がった先に見えた障害物を反射で切ってしまったのだ。深く食い込んで剣の5分の4ほどが水に飲まれてしまった。当然少し力を入れて引き抜けば抜くことができたが敵のマラヴィラにアームズを飲み込まれたことへの動揺と一瞬でもここで足を止めることへの恐怖から迫間は左手のアームズを手放してその場から離れた。その瞬間にまた女の大剣が迫る。回避は間に合わない。右の剣だけで受ける。アームズの硬度は大きさでも重さでもなく、エナの密度で決まる。迫間の双剣はその大きさに高密度のエナが凝縮されている。女の一撃でも壊されることはない。
ヤ、ヤバい!
一番の過ちは一連の動きの結果、今ここで足を止めてしまったことだ。右肩と左足に衝撃が走る。2種類のマラヴィラに同時に襲われた迫間は守りの手も緩み、女の大剣に袈裟切りにされる。かろうじて半身を引いてたが、それでもダメージは大きい。もう立っているのがやっとだ。
「楽にしてやるよ!」
そう言った大剣の女の顔面が突如火に覆われる。迫間は霞む視界の中で火が飛んできた方向を見ると、4人の人影が見える。ゆっくりと合う焦点の中で、火のマラヴィラは愛川の放ったものだ。
「顔面ってエグない?」
根津は愛川のことを信じられないと言った顔で見ている。
「戦いなのよ、た・た・か・い!」
愛川は得意げだ。大剣の女は愛川を睨み、守屋と渋木も攻撃の手が止まる。根津は一歩前に出て守屋に向って言った。
「さあ、どうする、守屋君。」
「・・・他はみんなやられたようだな。」
守屋はレイピアをリリースする。
「撤退だ。」
「な!でも!」
同様にアームズをリリースした渋木とは対照的に大剣の女は不服なようだ。
「分が悪い。冷静になれ。」
守屋は大剣の女を諭す。大剣の女も渋々リリースし、歩きだした守屋に続く。守屋たちは倒れる仲間の元に向った。迫間は大きく息を吐き出して座り込む。
「大丈夫か、迫間。」
「ああ、これからやっつけるとこだったけどな。」
「邪魔して悪かったな。」
「まったくだな。」
修司は迫間に手を差し伸べる。掴んだ迫間の手をぐいっと引き上げる。
「そんなホラ吹きほっときゃええのに・・・。」
「なんだよ、お前だってフラフラじゃねーか。」
「俺は勝ってますから~。」
根津はおどけた顔をした。10m先で倒れる宮本が叫ぶ。
「いいからこっちにも手を、手を~。」
「あ、ごめんごめん!」
修司たちは迫間と宮本を支えながら愛川の案内で渡たちの元へと向かった。茂みの中では渡が雪野、篠河、枝を木の葉などで覆い姿を隠していた。愛川が呼びかける声で恐る恐る茂みから出て来た渡は、6人の姿を見ると安心しきったのか涙を流していた。渡が落ち着いた頃に会議が始まる。
「とりあえずこのまま少し休んでから行こうか。」
「すぐそこにさっきの奴らいるんだよ!」
「アイツらもすぐには来ないやろ、むしろ正常な頭があったら再戦なんか挑んで無駄な時間を食わずにすぐに登り始める方がええって思うやろし。」
「・・・はいはい、どうせ私は正常な頭じゃありませんよ~。」
「あ、ごめんごめん、そういうことやなくて・・・。」
「わかってるって、それでもまた休むのは危険な気も・・・。」
「でもな、実際迫間や宮本が動けるようになるまで待つ必要あるし、俺らも消耗した分回復させとかないと不安だろ?」
「おいおい、どうして俺と宮本のことをそっちで考えてんだよ。先に行けって。」
「はぁ~、今更何いっとんねん。自分も一緒に戦おうって言ったやん。」
「あれはさっきの一瞬ってことだし。・・・今の状況じゃ俺らの方が一方的に迷惑かけるだろ。」
「おい根津。」
「オッケー。」
根津は飲んでいたペットボトルの水を迫間の頭からかける。迫間はびしょ濡れだ。
「うっ!お!何すんだよ!」
「少しは頭冷やせって。今のままでどっちが迷惑とかないだろ。」
「・・・。」
「俺らにとっても戦闘要員が増えることになるし、人の目が多い方が警戒もしやすい、よそも敵も手を出すのためらって襲われにくくもなる。ウィンウィンの協定やんか。」
「・・・いいのかよ。」
「ああ、俺も迫間がいたら心強いしな。」
「・・・はあ~仕方ないな~、もう少し一緒にいてやるか!」
そう言うと座っていた迫間は大きく伸びをしながら後ろに倒れた。修司には倒れる直前の迫間の目がうるんでいたようにも見えた。
「よし、じゃあ、30分を目途に休憩しよう。朝食でも食べながらさ。」
「あ、そうだね!動いたからすっごいお腹減ってる。」
愛川はお腹をさする。
第5グループと第7グループは一緒に朝食を取る。第7グループの食料を第5グループに分けたような形になることに迫間は始めは抵抗感を示したが、魚を強奪した件でおあいこだと言ったら渋々受け入れた。食事が食べ終える頃には迫間と宮本も歩けるほどには回復したが、依然として雪野、篠河、枝の体調は良くならない。
「どうする?もう出発した方がいいと思うけど・・・。」
「・・・背負っていくしかないやろな。」
「ああ、俺は枝を持つ。」
「じゃあ、私篠河さん。」
「それはいいよ。病人組は男で分担するからさ。」
「あ、ちょっと男女差別!」
「区別だよ。それに愛川さんと大久保さんはアタッカーだから自由に動けて警戒してもらった方が都合がいいんだ。」
「そういうことなら仕方ないけど・・・。」
「じゃあ、そういうことにしてとりあえず出発しよか。」
こうして修司たちは出発する。
10時44分。気温25度、湿度76%、北西の風1m。第5第7グループ連合は頂上付近まで来ていた。病人を背負いながら山道を移動することで思ったよりも時間がかかった。ノーベルの強靭な肉体なら単純な山登りは身体的な疲労はそこまででもないが病人へのストレスを与えないように配慮しながら人を背負って歩くという行為は負担がかかる。まだ修司は常に足腰を鍛えているが、根津や迫間はそこまでの脚力はない。特に迫間は個人的な訓練を剣技に割いているため山登りが相当負担なようで、宮本と交代で枝を運んだ。それでも負担は大きいため、何度か休憩を挟んで登った。大久保はしきりに朝の連合が追いかけてくることを気にかけていたが、ここまで追われている様子はない。
「なぁ、そろそろ頂上だよな?牛なんていなくないか?」
「まあ、もう少し登ってみな分からんな。」
「最悪どこかに持って行かれてる可能性もあるよね・・・。」
「うわっ、それはホントに最悪だわ。」
山の山頂付近は岩が多く、背の低い草や花がいくつか生えている程度で見晴らしはよかった。小さな、川とも呼べないような水の流れが一本あり、麓の川の源流はここのようだ。辺りは切り立った崖のような地形で、人2人ほどが歩けるほどの幅の道を歩き登って行く。突如ゴゴゴゴと地響きにも似た音が聞こえ、宮本が叫ぶ。
「上!上見て!」
崖を見上げると上から土砂が波のように落ちてきている。土砂崩れは斜面の草を飲み込むながら真っ直ぐ修司たちの元に迫る。全員が必死の思いで走る。もう土砂は10m手前まで迫っていた。膨大な土砂は道を覆い、こんもりと山になる。しかし宮本が素早く異変に気付いたおかげで間一髪誰も土砂に飲まれることはなかった。
「こりゃ、困ったな・・・。」
道を覆う土砂は連合を二分し、前方に修司と背負われる雪野、迫間、大久保の4人と後方に根津と背負われる篠河、宮本と背負われる枝、愛川、渡の6人に分かれてしまった。修司は大声で土砂に向って叫ぶ。
「おい!みんな無事か!」
「ああ!無事やで!こっちは誰も巻き込まれてない!そっちは!?」
声の距離からして30mは離れてるな・・・。
「こっちも大丈夫だ!なんとかこっちに来れないか!?」
「・・・う~ん・・・あ!橋コンバートしたらどうやろ!?それなら―――」
根津の提案の途中で愛川が地面を指さす。
「見て、これ。」
愛川が足で土砂を踏むとべちゃっと崩れる。
「こんなに不安定じゃ橋も危険じゃない?」
「確かに・・・。ん?」
その時根津は違和感に気付く。
「根津!どうだ!?」
「治世君、迫間君、そっちに行くのは無理や!」
「そうか、なら―――。」
「それと、この土砂見てや!」
迫間と修司は土砂を見つめる。
「これがどうかしたのかー!?」
「これ、マラヴィラ入っとるで。」
「!?」
確かに土には微かにエナの気配があった。
「で、でもこんなに大量に・・・無理だろそんなの!」
「ああ、普通やったらな・・・めっちゃすごいヤツがおるか、なんかタネがあるかやろな。」
「敵がいるってことだな。」
「そういうことになるな・・・。とりあえずこっちは違う道を探してみるから、そっちも進んどこ。」
「え!?別れたら危険じゃない?」
根津の発言に愛川が困惑する。
「こんだけエグイことするヤツが上におったらまた仕掛けてくるかもしれんやろ?ここで動かない方がええ的になってしまうやん。」
「そ、そうね。」
土砂の向こうから修司が叫ぶ。
「分かった!気をつけろよ!」
「そっちも!上に注意しとくのと、何かあったら3種類の合図を使うように、で!」
「了解!じゃあ、無理しない程度でな!」
修司のグループは崖の上を気にしながらそのまま道を進む。10分ほど歩くともう山頂のようだ。山頂の付近は台地のようで平たく、足場は安定していた。
「ここら辺んでもう上はなさそうだよね?」
「ああ、きっと牛がいればここら辺だよな・・・。」
その時岩場の影から何かがぬっと出てくる。修司たちは身構えた。
10時56分。根津たちも山頂部に到着する。しかしそこに修司たちの姿はない。
「牛いないね。」
「そうやね、でもこんな岩場やし、どっかに隠れてるかもしれんね。」
そう言って根津は大きな岩の裏側を覗き込むように顔を出した。するとそこに人影が3つあった。根津は急いで顔を戻す。
「敵や。」
「え!?」
「待ち伏せされとる。きっと土砂崩れやったんもあいつらや。」
「なんで分かるの?」
「ちょっと見た顔がな。」
「戦う?戦う?」
宮本は戦う気満々だ。
「いや、こっちには病人もおるし、先に治世君らと合流した方がええな。」
「そうだね。」
「戻って違うトコ見てみ―――」
「危ない!」
愛川が根津の服の襟を強く引っ張る。直後に空から尖った岩石の塊が3つ落ち、根津がいた位置に突き刺さる。
「あれれ~、外れたみたいっすよ~。」
「ご、ごめんなさい!」
眼鏡をかけた女が髪を結わえた男に頭を下げる。
「いやいや、これは・・・当たりじゃろう。」
かすれた声の太った男がにやりと笑う。
「チッ!ハズレか。」
岩の影から出て来た男は後ろに続いて出て来た女と何かを話すとそう言った。修司は警戒したままチラリと迫間を見ると、迫間は目を見開いて何か衝撃を受けているような顔をしている。いや迫間だけではない、大久保も似た反応をしている。
「ど、どうした。」
「コ、コイツ・・・鬼道だ。」
「鬼道?」
「1組の【武人】の奴で、俺らのキャンプをめちゃくちゃにした挙句、篠河と枝を痛めつけやがったんだ!」
迫間は怒りで震えている。目の前の男が篠河から聞いた鬼道の特徴に一致し、この一瞬で分かる不快感がもうその人だと理解させる。しかし迫間のふつふつと湧き上がる怒りとは対照的に鬼道は修司たちに大した興味もなさそうに耳を掻いている。
根津がまた岩場から姿を出し、敵の確認をする。宮本は岩陰から様子を見ている。
「やっぱりアンタか。」
髪を結わえた男、橋爪がおどおどする。
「え?え?知り合いさんすか?」
「おう、こいつはワシと同じ【錬磨】じゃからな。」
「まさかオッチャンにここで合うとは思わんかったわ。」
「オッチャンじゃない、金崎高哉15才、誕生日からしたらお前の方がおっちゃんじゃ。」
「いやいや、その髭!体型!話し方!全部40代のオッチャンやろ!」
金崎は濃いひげとビール腹のような締りのない体型のせいで年齢よりもだいぶ老けて見える。
「んで、この人は?ターゲットは柊って女っすよね?」
「ああ、柊はな。じゃがコイツはサブターゲットになってる根津じゃ。」
「へ~、じゃあまあまあ期待できるっすね。」
第4グループは学年内で鬼道が戦いたいと思える人間をターゲットと決め、狙っていたが、他にメンバーが推薦する強い生徒としてサブターゲットを設定していた。
「土砂もオッチャンのマラヴィラか。」
「いいや、あれはこの子の仕業じゃ。」
金崎はおどおどしている眼鏡の女を指す。
「あんなマラヴィラ、アンタぐらいエナがなきゃできんやろ。」
「いやいや、あんなのワシでもできん。だがこの竹原さんはできる。」
金崎はニヤニヤしている。
「・・・ユニークか。」
「まあ、それは言えないがな。ははは。」
「す、すみません。」
根津に見つめられた眼鏡の女、竹原は申し訳なさそうに目を逸らす。
「それよりも・・・他の方はどうしたんじゃ?」
根津は3人の前に姿を現したが、他はまだ姿を見せていない。
「・・・そこに隠れてるで。」
「それは知っている。お前が知っているようにな。」
金崎は冷たく見透かしたような目で根津と宮本のいる岩場を見ている。
「そこの一人以外はどこに行ったのか聞いてるんじゃ。」
根津の後ろの岩場には宮本しか隠れていない。他にはいくつかの足跡が残っているばかりである。