篠川瑞季の戦略
9時31分。洞窟の前で突入の準備をする第5グループ。洞窟の入り口付近の岩に身を潜める5人は、入り口から向かって右側に宮本、迫間、左側に篠河、枝、大久保と別れている。ここまで近づくと洞窟の中から人の話し声が聞こえる。どうやら余り深い洞窟ではないようだ。アイコンタクトを受けた宮本と篠河は静かに土のマラヴィラを使う。
「《ロックウォール》。」
「《ペニャスコ》。」
洞窟の入り口の左右の端がじわじわと岩で覆われ、15mほどあった入り口が8mほどに小さくなってしまった。異変に気付いた洞窟の中の男が一人が表に出てこようとする。入り口まで5mの距離に来ると迫間が飛び出し、切りかかる。男はコンバートしていた刀で防ごうとするが、受けきれず右肘をわずかに切られる。
「敵だ!」
男は奥の仲間に大声で知らせながら後退しようとしたが、背中が何かにぶつかり、止まる。男の背後にはさっきまではなかった幅3mの岩の壁が出現し戻れない。やむなくその場で迫間と戦闘する。奥にいた男の仲間たちも出てきて援護しようとするが、入り口からマラヴィラが飛んでくる。
「《フエルゴ》。」
「《水芭蕉》。」
「《ソニック》!」
洞窟の奥の4人中2人が被弾し、2人はかわした。中から反撃のマラヴィラを放つも第5グループのメンバーは不思議と簡単にかわす。戦闘をしている男の支援をしたいが迫間が常に男の周りを回るように移動するので、仲間に被弾する危険がある。
さすが篠河の作戦だな。
篠河の伝えた作戦はこうだ!
〈1、入り口を狭くせよ!〉。土のマラヴィラの得意な宮本と、アタッカーの篠河で入り口を狭くすることで、敵の逃げ道を狭める狙いと、敵に追い詰められているという精神的なプレッシャーを与えるのが狙いだ!
それに敵が反撃をしてきても洞窟内からの遠距離攻撃は直線的なものになるので回避もしやすくなるという狙いもあるぞ!
ちなみに入り口を狭めている岩は実は中身が空洞だ。エナの量的にもそんなに大量の岩をコンバートしたらエナが切れてしまう。ドーム状の岩が覆っているだけだが、敵から見るとそんな張りぼてだとは分からない!
〈2、敵を二分せよ!〉。敵のファイターを洞窟の入り口付近におびきだし、直後に退路を宮本が張りぼて岩のマラヴィラで塞ぐ。その隙の迫間が戦闘に移る。今回は勝手に敵が出てきてくれてラッキー!
敵の後衛アタッカーたちはこちらの遠距離のマラヴィラで動けなくする。篠河と大久保で攻撃力のあるマラヴィラを浮かし、枝の風のマラヴィラで発射。大久保の得意な水のマラヴィラを打ち出すように使うと移動エネルギーにエナを消費し威力が落ちる、枝はあまり攻撃力のない風のマラヴィラが唯一得意。この二人が互いにカバーすることでそこそこの攻撃ができるようになったぞ!篠河も移動エネルギー分のエナを節約できるしな!
そして最後のステップ。迫間と男の戦いに宮本も加わり、敵の男はついに動けなくなってしまった。ここで篠河がマラヴィラの合間に奥にいる敵の4人に話しかける。
「あなたたちは1組の方々ですね!」
奥から短髪の男が応答する。
「1組の第1グループだ!それがどうした。」
「こちらから提案があります。今から言うことをそちらのみなさんで協議してください!」
「・・・言ってみろ!」
「現在の戦況はこちらが大きく優勢です。まず間違いなく私たちが勝ちます!」
第1グループの小柄な女が小さく言う。
「何?嫌味言いたいだけ?」
「ちょ、黙って聞いてろ!」
篠河は続ける。
「しかし私たちはあなたたちを戦闘不能にする気はありません!」
「!?」
「だから、そちらの食料を3分の2渡してもらえればここを引きます!」
「そんな提案を飲むと思うのか!?」
「飲みます!」
篠河は強気に、しかし誠実にはっきりと言う。
「今そちらがごねれば12時にドローンが持ってくる食料も私たちに取られる危険があるからです!」
第1グループのメンバーははっとする。小声で会議を始めた。
「確かにアイツの言うとおりだ。ドローンごと奪われたら俺らの支給品なしだぞ?」
「でも今の食料の3分の2って・・・この果物ときのこでしょ?せっかく集めたのに・・・。」
「嘘ついて食料がないってことにすればいいんじゃないか?」
迫間と宮本に追い詰められている敵の男が奥に向かって叫ぶ!
「おい!早く食料を渡してやってくれ!俺もうやばいんだ!」
「・・・嘘はつけそうにないな・・・。」
「ばかっ。」
第1グループの短髪の男が前に出る。大久保と枝がアームズを構えたが、篠河が制止する。
「話し合いはまとまりましたか?」
「ああ・・・そっちの要求を飲もう。」
「ではあなたが食料を持って来てください。」
短髪の男が奥に戻る。
「ねえ?もしあいつらが嘘ついてて、渡した後も襲ってきたら?」
「それはないだろ。」
「なんでそう言い切れるの?」
「そのつもりなら今してたろ。」
「・・・。」
「それにあの女、嘘をつくような奴じゃないって。」
「もう・・・。」
短髪の男は篠河に言われたように果物3個ときのこ4本、500mLペットボトルの水を2本持って行った。
「これで3分の2だ。ソイツを解放してくれ。」
「ええ、迫間君、宮本君、もういいですよ。」
迫間と宮本は膝を着く男に向けていたアームズを下ろす。
「貴重な食料ありがとうございます。ではこれで。」
「アンタ、名前は。」
「篠河瑞季、ですが?」
「覚えておくよ。」
「それは・・・どうも。」
篠河はよく分からないが礼を言っておいた。
〈3、交渉で被害は最小にせよ!〉。目的はあくまで食料。無駄な戦いは避けるのが吉!
第5グループは洞窟から離れて食料をチェックする。
「ああ!すっごいすっごいあるじゃん!」
宮本は目を輝かす。
「これくらいあればこれから届く支給と合わせたら昼飯を食べても余りが出るな。」
「はい、あのグループの方々には申し訳ありませんが、よかったですね。」
「じゃあ、これからはどうする?」
「とりあえずはどこかで休みましょう。戦闘で消耗したエナの回復をさせたいですしね。」
「おお、それがいいな。」
15時37分。島の北部で第7グループは戦闘をしていた。相手は第12グループ。待ち伏せをされた第7グループは固まって防御に専念する、修司、根津、渡の3人だけでも四方から飛んでくるマラヴィラの対処はさほど難しくないが、茂みの中に敵が隠れているせいで反撃の糸口がない。5人全員がアタッカーである第12グループは木々の密集しているこの森をうまく移動、遠距離から攻撃、移動・・・を繰り返すことで、どこから攻撃が来るのかが読めない。根津が攻撃に回れば防御が手薄になるし、かといって愛川や雪野のマラヴィラを無駄に使うこともできない。
「ははは、どうだ根津!手も足もでないだろ!」
第12グループのリーダー格の男が森の中から声高らかに言う。
「さっきから異様に根津に話かけてるけど、知り合いか?」
「・・・コイツは・・・・。」
根津は額に汗を垂らす。
「知らん。」
肩をすかす4人。
「いやホンマに分からん。聞いたことあるようなないような声やし・・・。」
「いやいやこの感じ明らかに知り合いでしょ。【錬磨】の人じゃないの?」
愛川が突っ込む。
「もう聞いてみなさいよ。それが一番いいって。」
「それはまずいよ・・・だってあの人根津君と知り合いだって空気出してるのに、知らないなんて言ったら・・・。」
「《ジュリエーム》。」
正面から火のマラヴィラが飛んでくる。根津はそれをランス[ビショップ]の盾で守る。茂みの中からまたリーダー格の男の声がする。
「さっきからこそこそと・・・降参することは決まったか、根津。」
「また俺やん・・・。あの~・・・悪いけど、どちら様でしょうか~。」
「なっ!・・・そうやってふざけたことを言って―――。」
「いや、ちゃうくて。ホンマに誰?」
「・・・。」
周囲から飛んできていたマラヴィラも止む。数秒の沈黙の後、先ほどから声がしていた方の茂みがガサゴソと動き、金髪の男が出て来た。
「おいっ、根津!同じ【錬磨】のこの大須賀蒼真を忘れたなんて言わせねーぞ!」
「あ、あ~見たことあるわ!」
「見たことある?同じ部活だぞ!見たことあるなんてレベルな訳ねーだろ!」
地団駄を踏む第12グループのリーダー格の男、大須賀。
「そりゃ悪いな。けど―――。」
「《猫かぶり》。」
雪野の猫のマラヴィラが大須賀の足元から噛みつくように覆う。
「う、うわっ!」
根津は砂に覆われていく大須賀の元に走り出す。根津に向かっていくつかマラヴィラが飛んできたが、跳び、払い、避ける。そして砂の猫の上から突き刺す。それと同時にマラヴィラの発射源の茂みに愛川がマラヴィラを放ち、渡と修司はアームズをもって飛び込んで行った。
「こんなことでひょこひょこ出てくる程度の奴なんていちいち覚えてないねん。だって―――。」
砂の猫の頭部は根津を見ながら怒ったように「シャー!」と威嚇して崩れていく。茂みに隠れていた第12グループのメンバーはそれぞれ大きくダメージを負った。根津のランスは大須賀の胸に深く刺さる。左に薙ぎ、傷をえぐるようにランスを抜いて根津は大須賀にだけ聞こえる声で言った。
「こんだけの奴らが周りにぎょうさんおったらしゃーないやろ。」
「う、うう・・・2組嫌いだ・・・。」
大須賀は戦意を失った。
リーダーの大須賀が落ちたことで第12グループの連携は崩れ、10分後にはみなやられていた。第12グループは水以外の食料がほとんどなかったため、おにぎり1つだけをもらうことにした。
「じゃあ、またなオオツカくん!」
「大須賀だ!」
第7グループは更に北に向かう中、愛川が疑問をぶつける。
「あ、そういえばどうしてさっき、めぐちゃんのマラヴィラに根津くんは合わせられたの?」
「そりゃあ、雪野さんと俺はツーカーの中や―――。」
「あ、それね、根津君が手でサインを送ったら、私が《猫かぶり》を使うって打ち合わせてたんだよ。」
「なんだ~、てっきり二人が息ぴったりなのかと思ったよ。」
「ううん、だって私根津君とまともに話すのこの合宿で初めてだもん。」
「・・・そ、そうやね~。」
根津は残念な表情を浮かべる。修司は根津の肩を優しく叩いて励ました。
「でもあのコンビネーションは本当に良かったな。」
「うん、今日の朝の戦闘の時もこれで根津君が相手のアタッカーを倒してたから、結構有効な技よね。」
第3グループの島尾を倒した瞬間を見ていた渡が言う。
「わ、私のマラヴィラなんて全然攻撃力ないし、根津君がすごいんだよ。」
雪野は褒められて照れ出す。
「いや、でもこれは雪野さんが相手を固定して、俺が槍で貫く・・・二人にだからこそできる二人だけのコンビネーションやな。」
根津は決め顔でどやりながら言った。
決まった!俺カッコイイ!
「槍じゃなくても届くからみんなともできるよ?」
「・・・。」
雪野の純粋な心には全く決まってなかった。
「でも、これでも夜の分には全然足りないね・・・。」
渡は根津がリュックに仕舞う戦利品のおにぎり1つを指さし言う。
「そうだな、もうすぐ暗くなるからこれからこの天気で集めるのもな・・・。」
雨は朝から一向にやむ気配がない。その時―――。
「あれ?」
「どうしたの、めぐちゃん?」
「あ、あれ、ドローン?」
雪野が指さす空には黒い物体が浮かんでいる。
「え、でも今日の支給ってもう終わったじゃん。」
「追加の支給かな?」
「そんなんする学校か?」
「でも今日の支給っておにぎり3個と水1本、それにスティックシュガーが2本だけだったよね?ありえるかもよ?」
「わざわざ2回に分けるか?あれはどんどん食料少なくして競争を激化させるためやろ?」
「まあ、あれが降りてくれば分かるだろ。」
ドローンは真っ直ぐ第7グループのもとに降下してくる。ドローンにはいつもの支給品の入った袋を下げておらず、地上2mの高さでホバリングしている。
「ど、どうしたの、これ?」
「さあ?台風でも近づいて中止の連絡とか?」
「あ、待って、なんか音出してる。」
ドローンは内蔵されたレコーダーの音声を再生し始める。