闘技
午前の授業が終わり、購買にパンを買いに行った。今日は午後に【闘技】の授業があるので、着替えや移動を考えると購買で買ってパパッと食べた方がいいと一色が言ったからだ。1階西端にある購買は生徒でごった返している。2つのレジに行列ができ、その他はパンやら飲み物やらを物色している。
もしかしたら学食で食べた方が良かったのかも・・・。
気の引けている立ち止まった修司と一色の後ろからきつい声がする。
「ちょっと、そこで止まられると邪魔なんだけど。」
振り返るとクラスメイトの柊楓と取り巻きの細田真尋、夏目聖子がいた。柊は2つ結びの髪が似合うような幼い顔とは対照的にその口調はトゲトゲしかった。
「あ、あんた同じクラスのユニークじゃん。さっさとどいて。」
「お、おう。」
すれ違いざまに少し柊がぶつかっていく。柊の胸に着いた大きなリボンも揺れるほどに強く。わざとなのだろう。
「まったく、どんくさそうとは思ってたけど、そんなボケっとしてると次の授業で無様なことになるわよ。」
「それはダサいわー。」
「たしかに~。」
キャハキャハと取り巻きたちと笑いながら通り過ぎて行く柊一座。
「ああいう女の子って僕は苦手だな・・・。」
「はは・・・。」
俺もだよ一色。
昼食を食べ終わるとすぐにジャージに着替えて闘技訓練場に来た。仙進学園のジャージはノーベルの闘技訓練でも動きやすいようにフィット感があり、スタイリッシュなものだ。学年カラーの赤(と言っても赤茶色のような色)に黒い線の入ったジャージが並ぶ。担当の先生は国谷剛健先生。身長は180センチは確実に超えている。がっちりとした体形で肌は日焼けでだいぶ黒い、あごひげと角刈りが体育教師の模範例のような人だ。硬い空気が流れている。
「よしじゃあ授業を始めるぞ。私が闘技の授業を行う、国谷だ。この授業ではお前らが護身の術を学ぶとともに、自分の力の正しく使えるようになってもらう。」
国谷は渋い声で続ける。みんな集中して聞いている。
「本来ならそれぞれが精製した武器で訓練をするのだが、まだそんなことができる奴は少ないだろうから、しばらくはこの木刀を使って訓練をする。」
国谷の隣には木製の柄が何本も飛び出ているポリバケツある。
「あとこの授業では体力が大事なので、今日から毎回授業の初めにこの訓練場を1周してもらう。」
みんなぐるりと訓練場を見渡す。1周1キロ以上はありそうだ。ため息が聞こえる。
「おう、なんだ嫌なのか?」
「・・・・。」
「よしじゃあ、この中に俺に一太刀浴びせられるような奴がいたら、そのランニングはなしにしてやろう。今後ずっとな。仮にできなくてもペナルティはないぞ。やる奴はいるか?」
国谷先生は機嫌良さそうに言う。よっぽど自身があるのだろう。
「・・・。」
「なんだ~、いないのか?」
「・・・。」
「・・じゃあ、俺やってもいいすか?」
修司の横に座っていた滝田が手を挙げた
「おお、いいぞ。」
「せっかくのチャンスなんだし、やるっきゃないっしょ!」
滝田はそう周りにいって前に出た。国谷先生に刀身が60センチの木刀を渡される。
「勝負は60秒で、そっちが剣をかすらせでもしたら勝ちにしてやるよ。」
そういうと国谷先生は腕時計のタイマーをセットした。
「じゃあ、行くぞ。3,2,1、始め!」
滝田は雄たけびを上げて突っ込む、のかと思ったら木刀を両手で握り中段で構えている。
コイツは剣道の経験者だったのか。
初めて持つはずの木刀でも様になっている。ジリジリと近づく滝田。国谷は右手で軽く構える程度だ。身長が175センチある滝田でも国谷はとても大きく見えた。
や、やべーな。なんかめちゃくちゃニヤニヤしてんじゃんコイツ・・・。でもさ、剣道有段者の俺がかすらせられないわけないだろ~。・・・ここは当てることだけ考えて不意に突きを食らわせてやるぜ!
近づく滝田。動かない国谷。静かに見守る生徒たち。
瞬間、間合いに入った滝田が中段の構えから全力の突きを放つ。「お!」と生徒から声が出た。
決まった!と滝田は確信していた。
が、国谷はその突きを自分の木刀で上に簡単に払う。
「くっ!」
なんつー力だよ!
よろけそうな体勢を立て直し滝田はそのまま上段から振り下ろす。
それが間違いだった。刹那に見た国谷の木刀は左に反動をつけ、滝田の木刀の軌道へと向かってくる。
コーンっと木と木が激しくぶつかる音がすると、滝田の木刀は30メートル以上空を飛ばされていた。滝田の手がジンジンする。木刀が飛ばされる寸前まで握っていた滝田は、木刀に引っ張られて体が90度左を向かされていた。
「ほらまだ20秒あるぞ!剣を拾ってこい!」
国谷の激が飛ぶ。
「は、はい!」
滝田はびくっとしてダッシュで木刀を取ってきた。が、ピピーピピーとアラームが鳴った。
「終了だ。残念だったな。勇気と途中で体勢を直したことは評価しよう。よしじゃあ全員・・・走ってこい!」
ピーっと笛が鳴る。走り出す生徒。
「ちなみに全員が5分以内に戻って来ない場合はもう一周だからな~!」
後ろから国谷先生が叫ぶのが聞こえた。一色や他の生徒が走りながら滝田を励ます。
「滝田君はよくやったよ!」
「ああ、かっこよかったぞ!」
「申し訳ない・・・。」
うなだれる滝田。
「勝負挑んで負けるなんてダッサ。」
そう言って後ろから柊が男子の集団を抜かしていく。
「くっそ、なんだ柊のやつ!」
「ああ、性格悪いな。」
口々に男子は言う。共通の敵を見つけ固い結束が生まれたようだ。
「あれはひどいね。」
一色も不快な顔をした。
「あいつを追い越すぞ!」
「おー!」
男子集団のペースが上がる。
しかし、雄たけびに気付いた柊がさらに速度を上げ、結局誰も追いつけずに一周していまった。
「はあはあ・・あいつ・・・早くね?」
「はあ、確かにヤバい・・・何モンだよあいつ・・・。」
柊は涼しい顔をしている。遅れてきた取り巻きや他の女子が柊に集まる。
「すごいね!楓ちゃん!」
「柊さん、なんかやってたの?」
「ああうん、運動得意なのよ。」
柊は誰にでも堂々と接していた。
「終わったらさっさと整列時の体形に戻るように。」
国谷は生徒また整列させると木刀を一人に1本持たせた。
「これから前半の残りの時間は素振りを行う。武器を使う基本だからな。足さばきなんかも追々やるが、今日は武器を持つことや使うことに慣れるための二時間だからなっ。」
そこから約30分はひたすら素振りだった。木刀を様々な構えで持ち、「これが武士スタイル。」「これが騎士スタイル。」と4通りくらいの構えや型の特徴をそれぞれのスタイルに合う武器とともに説明されながらひたすら振った。腕が重い。剣を持ち慣れてないから握力が尽きそうになった。一色やクラスのほとんどは辛い顔をしている。滝田は真剣ながら余裕がある。柊も涼しい顔だ。15分の休憩後、後半の授業が始まる。
「みんなさっきはよく頑張ったな。武器を持つということがいかに大変か実感できたと思う。」
国谷は満足そうな顔をしながら労う。
「さて、この後半だが、試合形式で人に武器を当てることに慣れてもらいたい。多くの者は他人に武器を振るう経験なんてないだろう?」
「だから人に武器を振るう、そして振るわれるということに慣れておこうな。まあ俺たちがこんな木刀で叩かれても大して痛くないから安心して叩き合ってくれ!」
国谷は練習試合のルールを説明すると、出席番号でペア作らせ、闘技練習場の土のエリアに間隔を空けて並ばせた。
少し離れた所から国谷が笛を吹いて開始の合図を出す。
木刀を振る音、木刀同士が当たる音、土を蹴る音、人の発する短い声、色んな音が鳴っている。ただ目の前の滝田は静かだ。こちらに剣先を向け、ただじっと俺を見ている。普段のテンションの高い滝田とは別人のようだ。
剣道の経験者って休憩時間に言ってたけど、きっとかなり強いんだ。俺は剣道は知らないが、でも対面してその威圧感や空気の重さをひしひしと感じる。でも待っても切りがない。こっちから仕掛けないと。
修司は一気に間合いを詰め、右手に構えた木刀で上から切りかかる。修司は木刀で受けられると思っていたが、滝田は受けることもせずに、流れるような足さばきで左に避け、修司の脇腹に容赦なく突きを入れる。修司の体は軽く飛ばされるが痛みはない。ノーベルの体は丈夫だと改めて感じる。体勢を整えた修司が再び切りかかるが、どれも空を切り、一方滝田は毎度一撃で修司の体勢を崩している。
「やめっ!お互いに礼!」
7分の練習試合が国谷の合図で終わり、ペアが交代になる。滝田はピシッと礼をして移動していった。同時に次の相手の根津が移動してくる。少し息が上がっている。修司もそうとう呼吸が乱れている。始めの合図が聞こえた。根津剣之助も片手で剣を握り、腕と肘を軽く曲げ、少し開いた構えを取っている。根津から切りかかってくる。受ける修司。カーンっと乾いた音が鳴る。さっきは聞けなかった音が。
こいつは俺を同じで戦闘の素人だな。滝田とやった後だとよくわかる。とりあえず切りかかる、そして構えていてもじっとしていられない。きっと自分も傍から見たらそうなんだろう。
今度は修司が右から切る。根津は修司の木刀を切るように弾く、間髪を入れずに今度は下から切り上げる修司。それも弾く根津。反射速度は根津の方が早いようだが、それでも連続で攻撃を受けると反撃ができない。修司は攻撃の手を緩めない。ここで止めると確実に反撃が来ると好戦的な根津の視線がそう物語っている。
だが修司も疲労から一撃の切れが悪くなっていき、ついに大きく弾かれた瞬間に根津の一太刀を右肩にくらう。疲れと精神的なダメージで膝をつく。
「はあ・・・治世君、疲れるな、これ・・・。」
「ああ・・・結構つらいね。」
お互いに顔を見てわずかに笑う。修司は立ち上がりながら周りを見ると2つ隣の一色が目に付く。膝をついて木刀が脇に落ちている。次の相手は滝田だろうから相当キツイぞと同情した。
その後根津との試合を再開するも根津はうまく弾いて一回も当てられなかった。そして次の相手に交代した。三戦目の本郷堅太もおそらく素人だったが、今度は乱打戦とでも言うのか、二人とも多く切り合っていた。ダメージがほぼないことから相手の攻撃にほとんど構わず切りつけるような形になった。
長い練習試合が終わった。みんな疲れ切っていた。女子の方は割と気を遣い合い、あまりハードな試合ではなかったようではある。また全員を整列させると国谷はナイフをコンバートしながら言う。
「この練習試合は本来はこのエナで創った武器で行う。だから今の単純な疲労に加えてエナの乱れによるダメージも加わる。ノーベルの体は丈夫だが、このエナの武器、【アームズ】による攻撃を受けると体内のエナが乱され痺れるような感覚に襲われる。今日の最後は実際のその感覚を知ってもらう。」
国谷は目の生徒の一人ずつに利き手ではない手の腕を出させ、そこにナイフを当てる。「あ!」とか「うっ。」とか声を上げると、不思議そうに切られたところを見つめる生徒たち。修司の番になる。修司の左腕にナイフが当てられ、周囲の皮膚が引っ張られるようにへこむ。見た感じとして1センチくらいは刃が肉に入っている。国谷がナイフを離すとその跡にわずかに赤くなっている以外は変化はない、出血もしていない。見た目上は。しかし修司の腕にはピリピリとした痺れが走っている。切られたところが痺れている。まるでそこだけ長時間圧迫して血が止まっていた時のような鈍い痺れだろうか。全員を切り終えて国谷が話す。
「その程度のダメージなら痺れは大体10分くらいで消える。ただもっと深く、また何何度も切られたりすれば当然痺れも強くなり、長時間痺れたままとなる。このエナも乱れがもし激しいと最悪の場合は死に瀕することもあるが、通常はまずない。しかし自分のもっている力と、また他人もこのような力をもっていることを理解して今後生活してほしい。では今日の授業はこれまで!」
国谷先生の言っていた通りに腕の痺れは10分もしない内に消えていた。教室まで戻る途中や放課後に滝田の話題が常に上がっていた。実際に練習試合をした者も、脇で見ていた者もその強さの秘密を知りたがった。8歳から剣道を始め、全中で優勝。最近まで大人相手にやっていたそうだ。やはり強い奴はかっこよく見える。滝田を明るくてバカみたいだと思っていた俺も尊敬の感情さえある。
ふと、寮の食堂で夕飯を食べていた修司が異変に気付く。そんなすごい滝田の話を振ってこない一色に違和感を感じた。見れば物憂げにハンバーグを食べている。
「どうした?大丈夫か?」
「ああ、うん・・・。」
気のない返事だ。
「今日の闘技のこと?」
「・・・、うん。」
「俺もあんまりうまくいかなかったし、最初はこんなもんじゃないのかな?」
「そうだよね・・・みんな初めてなのにすごかったよね・・・。」
「ん?」
「・・・僕ね、実は闘技の練習も昨日話した知り合いとしていたんだよ。基本的な素振りや体捌きだけど、それでも他の人よりはうまくできるんじゃないかって思ってたんだ・・・。」
「ああ・・・。それは・・・まあほら、人には得意不得意があるって。」
「僕元々運動すっごくできなくて、でもノーベルになって、少しだけマシになったと思ったのに・・・はあぁ。」
陰気な空気を出しながらうなだれる一色。
「お!一色君と治世君やん!」
声の主は根津だ。今日の授業で修司の二戦目の相手をした。
「ああ・・・、根津君もこの寮だったんだね・・・。」
「ちょっと、どうしたん?一色君。」
根津が小声で修司に聞く。
「闘技の練習試合が良くなかったんだってさ。」
「ああ~。確かに最後の滝田君とやってるのしか見てへんけど、もう滝田君が剣の稽古をつけとるような画やったな・・・あっゴメン!」
「ははは、そうだよね・・・。」
根津は悪意はないようだが、追い打ちになってしまった。
「あれ?お前ら3組だよな?なんだ一色、暗い顔して?そんなんだとまたボロ負けするんじゃないか~ははは。」
通りかかった迫間紅仁がとどめを刺した。一色は「はあ~!」と頭を抱えて伏せる。
「あ、あれ?俺マズイこと言ったかな・・・?」
「ははは・・・。」
修司と根津は顔を見合わせて苦い顔で笑った。
ルーザーストラテジー用語
アームズ=エナにより精製された武器。
国谷剛健=仙進学園1年1組担任。【闘技】教科担任。学年主任。ゴリマッチョ&アゴヒゲ。
柊楓=仙進学園1年2組。性格のキツイ系女子。
滝田木霊=仙進学園1年2組。普段は軽いノリの男だが剣を握ると冷静。剣道有段者。