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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
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鬼道高綱

根津は戦闘中にいくつかの事を考えていた。まずは自身の相手のこと、斧使いのこの男、1組の藤沢。大した実力はなく、単純な戦力では自身が勝つと分かっている。次に近くで戦う渡とその相手の刀使いの女、三谷。こちらは渡がやや押されているが、決定的な差はなく、途中で一度三谷に向けて火球のマラヴィラを放ったことでイーブンな状態までもってこれている。そして次に修司と愛川とその相手ら。修司がハンマーに慣れていないことが若干不安だが、2人とも戦闘において信頼しているのでそこまで心配はしていない。最後に、ここが今一番の心配である第7グループの後方支援を行う雪野と第3グループの後方支援を行う島尾の戦力差についてである。

 あ~やっぱり雪野さんのマラヴィラそんなに攻撃力ないな~。それに比べてあっちは―――おっと!

 電撃が根津の足を狙うが、根津はこれを槍で払う。その隙に藤沢がマサカリ型の斧で根津の頭を狙うが、これを容易にかわす。

 あの眼鏡男のマラヴィラはうるさいわ~。わざと弱いの打って意識だけ割こうってのが見え見えなのがまた気に食わんわ。アイツの支援なかったらこの藤沢?とかってやつすぐに片付けられるんやけどな。・・・雪野さんのマラヴィラは砂猫の防御だけ強いけど、あの猿たちは脆いからな、期待できんわ・・・。とりあえず―――。

「雪野さん!俺が合図出したら猫を奥の男にできる?!」

「う、うん!できると思うよ!けど攻撃力は全然なんだよ!?」

「オッケー、分かった、でも用意してて!」

 根津の言葉を聞いて島尾は雪野を警戒する。

 あの女の子がなんかするのか?でもあの子のマラヴィラは見たところ脅威はないし・・・猫ってのはやっぱりマラヴィラだろうけど・・・とりあえず早めにあの子を狙っておくか。

「《フジティスタ》。」

 2本の電撃が雪野に迫る。雪野に当たる前に《水猿》と《岩猿》が自ら盾になって電撃に体当たりし、相殺する。

 どうしよ・・・あとはきぃちゃん(《黄火猿》)しかいないよ・・・、でもまたコンバートしたら残りのエナが・・・。

 雪野はすでに猫のマラヴィラを1回、猿のマラヴィラを5匹分やっている。エナの消費の大きい猫のマラヴィラを今また防御に使えば、エナが底を尽くことは分かっていた。考えている雪野にまた島尾のマラヴィラが飛ぶ。

「《フジティスタ》。」

 電気が伸びてくる。雪野はエナを温存するためロッドで防ごうと前に構える。この電撃の大きさからしてロッドでは防ぎきれないと知っていたが、多少のダメージは仕方ないと覚悟していた。目を閉じる雪野。しかし電撃は雪野の遥か手前で掻き消える。根津が電撃の軌道上に入り、槍で防いだのだ。

「うちの女子いじめんといてや。」

「根津君!」

 根津の左前腕には深く藤沢の斧が刺さっていた。根津は槍で防ぐ瞬間に藤沢が斧を振っていたことに気付いていたが、自らの片腕の犠牲を顧みず雪野を守ったのだ。

「雪野さん、今や!」

「あ、え、ね、《猫かぶり》!」

 その瞬間島尾の足元から砂の猫が島尾を飲み込む。根津は藤沢を蹴り飛ばす。雪野はエナの消耗が激しく座り込む。閉じ込められた島尾は砂の中で剣を振り、内側から削っていた。

 この隙に藤沢を倒す気だな!そうはいくか!・・・よし、もう光が!―――

 突然島尾は胸に衝撃を感じた。島尾は訳が分からない。どうして自分が突き刺され砂に寄りかかっているのかが。一度抜かれた槍がダメ押しでもう一度腹に刺さる。胸の痺れは肺まで届いたようで呼吸が苦しい。2回目の槍が引き抜かれると腰から滑るように座り込んだ。

「根津君、後ろ!」

 斧を上から力いっぱい振るう藤沢の一撃を根津はサッと左に避ける。斧は砂の猫の内側から脆くなった部分を崩す。中で島尾が胸を押さえている。

「島尾!くそっ!」

 左にいる根津に向けて斧を横振りする藤沢だったが、斧は空を切り、代わりにドスリと胸を槍で突かれた。根津は力の入らない左手をだらりと下ろし、右手で強く槍を握っている。

「相手の間合いも見んとそんなことしたらあかんよ。」

 根津は念のため藤沢のアキレス腱を切りつけておいた。


 修司はだいぶハンマーの使い方に慣れてきた。ハンマーの届く範囲、相手に入られてはいけない危険エリア、振り具合による反動などを体が理解して来たのだ。柄の握りも最初に握っていた位置に近い場所になっている。最早修司は訓練の一環としてとどめを刺さずに、ずっと戦い続けられるように配慮した攻撃を行っていた。花倉はかなり消耗している。肩で息をし、必死の目だ。

 そろそろコイツがかわいそうだな・・・。

 修司は大きく一歩下がりハンマーを引く。花岡は双剣をクロスし、防御体勢を取る。修司は構わずそのアームズに向けてハンマーを振り切る。花倉のアームズ、腕もろとも振り抜く修司。花倉は後ろに倒れ動かなくなった。

「ほ~。ハンマーもいい感じやない?」

 渡の戦闘をパパッと助けた根津が修司に話しかける。渡は座り込む雪野の様子を見ている。

「いや、まだまだ、やっと型ができてきたってとこだな。」

「相変わらずえげつない向上心やな~。」

「えげつない向上心ってなんだよ。はは。それより愛川さんは?どこに行った?」

「あ、そうやな。途中で1組のアタッカー追いかけて森に入って―――。」

 その時茂みががガサゴソと動く。反射的に二人はアームズを構える。・・・茂みの中から愛川が出て来た。愛川は軽く息を切らしているようだ。2人は小走りで愛川に近づく。

「どうやった?」

「ごめん、逃げられた。」

 愛川は申し訳なさそうに謝る。

「いいよ、愛川さんもケガなく済んだみたいだし。」

「そうやな、別に相手追い払えたら奇襲受けた側は勝ちやしな。」

「そういっていただけて幸いです。」

 愛川はうなだれて言う。

「よし、じゃあこの人らから少し食料もらって移動するか。ってあ、雨降って来てるやん!はよ移動しよ!」

 昨日からいつ雨が降ってもおかしくない空が遂に雨粒をこぼした。

 

 6時12分。気温23度、湿度89%、南南西の風4m/s。天気雨。濡れながらも第3グループの食料をチェックしたが、少しの木の実と水があるだけでほとんど食料はなかった。

「なんやホンマになんもないな。」

「ふっ!だから言ったろ!」

 まだ体の痺れる花倉は吐き捨てるように言う。

「俺らに濡れないとこに移動してもらった分際で偉そうやな~。」

「別に頼んじゃいない!」

「はいはい。」

 修司は自分のリュックの口が閉まっていることを確認して背負う。

「よし、じゃあそろそろ移動しようか、そんなに雨も強くないし、早めに移動しながら食料を確保しよう。」

「うん、そうしよ!」

「北は・・・こっちだって。」

 少し回復した雪野の方角を示すマラヴィラ《風見鶏》に従い第7グループは移動を始めた。


 7時22分。島の南東部。丘の下の浅い空洞。薪が燃え、食い散らかした食料の残骸がある。背が高く、後ろで髪を結わえている男が外の様子を見ながら言う。

「こりゃあ今日は狩りに行くのはだるいっすわ~。」

「そんなこと言ったってもうだいぶ食料減ってるよ、どこかからもらわないと。」

 洞窟の奥から女が現れる。女は胸ほどまでの長い茶色い髪ではっきりとした鼻立ちをしている。

「でもこれじゃあ獲物も静かにしてそうじゃないっすか?」

「いいや、分からんぞ。」

 奥にいるかすれた声の男が言う。

「この島から採取できる食料もだいぶ減っているし、昨日までの獲物の手持ちもかなり少なかったろう?だから多くの獲物は今日もいそいそと食料を集めにゃならん。」

「え~、でもな~。」

「あ、あんた実は雨に濡れるの嫌なだけなんじゃない?」

「ち、違うっすよ!」

「そんな軟弱物は【武人】から追放されるんじゃな~い?ね、鬼道君?」

 奥にいる一段とがっちりとした体型の男に女は言う。鬼道はコンバートされた椅子に座り、足を大きく広げている。

「橋爪が軟弱なのは今に始まったことじゃねー。」

「そんな~。」

 橋爪と思われる長身長髪の男がうなだれる。

「それに食料のことも俺は金崎に任せてんだから、金崎の計画通りに動けばいい。」

 かすれた声の持ち主がうんうんと大きくうなずく。

「でも金崎っちの予想は半分くらいは外れて、結局キャンプ壊してるだけじゃないっすか?」

「元々キャンプを壊して獲物を疲弊させることが目的じゃからええんじゃ。」

「でもそれなら―――。」

 突然鬼道は椅子の肘掛をドンっと叩く。橋爪は言葉を止めて鬼道を見る。

「方法は何でもいい・・・問題はどうやって狩り応えのある奴を落とすかだ。」

 鬼道はにやりと笑う。

「玉置、ターゲットは何人残ってる。」

 長髪茶髪の女はメモを見る。

「あとは・・・2組の【錬磨】の柊、剣道部の滝田。3組の【武人】、沖、ね。・・・沖君は【武人】同士なのにやっちゃっていいの?」

 玉置は意地悪そうな表情で聞く。

「【武人】じゃあ強さが正義だ。この合宿だって強い奴が困らねーようになってる。馴れ合いをしにきたんじゃねーって。」

「さすがうちらのリーダー。」

 玉置はうっとりとした目で鬼道を見る。鬼道はスッと立ち上がる。

「さあ、今日も狩りを始めるぞ。」

 第4グループの男たちは怪しく笑う。


 8時49分。4000m上空から落ちた水滴は地上20mで最初に植物の葉に端に衝突する。その粒は砕けながらも葉を伝いすぐ下の葉に落ち、小さな水滴と合流するとまた1段下の葉に下る。こんなことを何十回も何万粒も繰りかえす雨はボタボタ、ガサガサと騒音をならし続ける。第5グループは雨の中、湖の近くで木の実を取っていた。しかしほとんどが以前に取り尽くされており、取り残しを探す作業だった。

「そちらはどれほど取れましたか?」

「片手で握れる程度だな。」

「やっぱりどこももう取られちゃってるんだよ・・・。」

 大久保は雨だということもありテンションが下がっている。

「魚もこうも天気が荒れてたら釣れないだろうしな。どうする?」

「うーん・・・やはりこのまま木の実を探しましょう。地味ですがそれが今のところは最善なので。」

「はーい・・・。」

 第5グループは昨日の第4グループからの襲撃のこともあり、常にまとまって行動し、かつリスクの少ない選択を取るようにしていた。しかし30分探しても木の実の収穫はほとんどない。

「あ、ねえねえ。あれあれ。」

 急に宮本が遠くを指さす。指の先は木々を抜け、岩場の穴を示す。

「あの洞窟がどうかしたのか?」

「いや、あそこに、あそこにどこかのグループいたら食料取っちゃえばいいんじゃないかなって。うん、いいんじゃないかって。」

「簡単に言うけど俺らはそんなに強いグループじゃないんだぞ?」

 迫間の言うように第5グループは迫間、宮本、篠河以外の二人は平均以下の戦闘能力であること事実であった。それに戦力になる3人も決して抜きんでて強いわけではない。

「でもさでもさ、篠河さんにイイ作戦考えてもらったらなんとかなるんじゃない?」

「う~ん、どうよ篠河?」

 湿気で眼鏡の曇っている篠河は顎に手を当て考える。

「無理・・・でもないかもしれませんね。」

「わあ、さすが篠河さん!」

「どんな作戦なんだ?」

「はい、まずは・・・。」

 篠河の作戦を一通り説明した。みな自身の役割を確認しながら話を聞く。

「・・・と、このような流れです。」

「うん、それならうまくいくかもな。最悪はこっちも逃げやすいし。」

「そうですね。でももしあの洞窟に誰もいなかった場合はどうしますか?」

「そりゃあ・・・せっかくだから奥まで探検してみようぜ!」

「お!いいねいいね!」

 目を輝かせる迫間と宮本。

「そ、それはあまり合理的ではありませんよ・・・。」

 篠河は苦笑いを浮かべる。


 第5グループは身を隠しながら洞窟の前まで静かに移動する。洞窟の入り口の目の前まで来ると篠河は足元を指さす。ぬかるんだ泥が洞窟に向かっていくつかの足跡が入っていることを示す。

「あたりだな。[ジェミニ]。」

 それぞれが武器をコンバートした。そして篠河は宮本にアイコンタクトを送る。 

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