奇襲
悲鳴の聞こえた場所に走る柊。2分ほど走るとキョロキョロと周囲を見渡す。
ここら辺のはず。・・・!
柊は30mほど先に細田が倒れているのを見つけた。駆けつけると細田は気は失ってはいないようだが、痺れて動けずにいる。細田を抱えながら細田に事情を聞く。
「真尋!」
「・・・うっ・・・あ・・・。」
細田は喉に大きなダメージを受けたようで声をうまく出せずにいる。
「いいよ、ゆっくりでいいから。落ち着いて。回復するまで守るから。」
それを聞いて細田は目に涙を浮かべながら呼吸に意識を回す。柊は鋭い視線で辺りを見回す。人気はない。
第5グループキャンプ崩壊跡。枝は痺れで震えながらも精一杯迫間に向けて顛末を話そうとする。しかしやっと出た言葉は短かった。
「・・・い、1組の鬼道の・・・。」
「キドウ?」
「鬼道って【武人】だよね?だよね?」
宮本が大久保に確認するように聞く。
「あ!そうかも【武人】に入れた何人かの1年生の内の一人だって。」
「そいつにやられたのか?」
枝は力なく頷く。
「迫間君、もう枝を休ませてあげなよ。まだまだ回復してないんだ。」
宮本にそう言われて枝を優しく寝かせる。周囲を再度見渡す3人。
「こんなにしなくても・・・。」
「気を失うほどってことは動けなくなってもずっとずっと攻撃を続けられたんだね・・・。」
「くっそっ!」
迫間は地面を殴る。宮本の言うようにエナによる攻撃を受け、気を失うということは非常に激しいエナの乱れが起き、意識を保つことができなくなった証拠である。
島の北西部。細田はようやく話ができる程度には回復していた、周囲には一色と安堂、それに気を失っている本郷がいる。本郷も細田と同様に何者かにやられたらしく倒れている所を一色に助けられ、マラヴィラによる合図を出していた柊の元に連れて来られていた。ペットボトルの水を細田に飲ませながら柊が聞く。
「真尋、何があったの?」
「・・・ふぅ・・・ふう・・・第1グループのロングの女の子を追ってて、でもその子は遠距離のマラヴィラもうまくてなかなか近付けなくて・・・。」
「その子のマラヴィラでやられた?」
「ううん、あの子は体力が限界みたいで、マラヴィラも撃てなくなって、だんだん追いついて、もうイケるって時に・・・。」
3人は黙って細田の話を聞く。
「突然後ろから切りかかられたみたいで私は転んで、振り返ると体格が良くて短髪で剃り込みの入った頭の、たぶん1組の男だったと思う・・・そいつにやられたの。」
「1組で大柄な男の子・・・。」
安堂は右上を見ながら思い出そうとする。
「鬼道よ。」
「鬼道君・・・確かに、今の特徴に合うのは彼だけだね。」
「それだけじゃないわよ。アイツは自分が【武人】が偉いと思ってる勘違いヤロウなのよ!こんなことするのアイツくらいだわ!」
怒りをあらわにする柊に細田が涙を流しながら話す。
「ごめんね、楓ちゃん・・・うう・・・私、せっかく楓ちゃんにもらった食べ物取られちゃった・・・ううう・・・ゴメン・・・うう。」
細田は大粒の涙をこぼす。
「ううん、大丈夫、そんなことはいいの、いいんだよ。」
泣き止まない細田を柊は強く抱きしめながら優しく慰めた。どんよりとした空は今にも雨を落としそうだった。
17時28分。気温26度、湿度82%、南南西の風2m/s。島の北北東にある山の山頂付近に第8グループはいた。
「おお!もうすぐ山頂なんじゃねーか?」
滝田はテンション高く足を進める。山頂付近は植物がほとんどなく、大きな岩や砂利、そしてわずかに草が生えている程度の所だったため、歩きづらさという面で他のメンバーの足には相当の疲労が溜まっていた。川元は夏目に話しかける。
「なぁ、ここってなんか食料あると思うか?」
夏目はぐるりと見渡す。
「・・・多分なし。」
「だよな・・・これで収穫ないまままた下山って辛くね?」
「確かに・・・それはヤバい。」
周囲には植物がないために木の実や果物を収集できる可能性は低い。少し下った所には川があり、水が確保できそうだったが、このまま何もないまま空腹で下山することを考えると滝田以外の4人は気が重くなっていた。意気揚々と先陣を切っていた滝田が不意に止まる。
「どうした?」
「しっ!」
滝田の真剣な表情にみな気を張り詰める。滝田が曲がり道の先を指さしながらゆっくりと覗き込むように促す。
18時41分。島の中央部、第7グループは簡易的ではあるが新たなキャンプを作り終え、夕食にしていた。3個のおにぎり、焼き魚と貝、少しの木の実を5人で分け合う。塩は300gほど作れたのでしばらくは安心だ。夕食を食べ終えるとミーティングが始まる。
「ここら辺も全然木の実なかったね。」
「明日はもっと北の方に行ってみようか。」
「うん、もしかしたら何か動物がいるかもしれないしね。」
「・・・どうやろな。」
根津は神妙な面持ちだ。
「何が?」
「昨日今日の感覚として、この島の植物で食べられそうな実をつける木自体がそもそも結構少ないし、もう他のグループが食い尽くしてる可能性が高いやん?それに俺らの捕まえた豚もほんとにここに自然にいたものかもわからんし。」
「木の実の話は分かるけど、子豚が自然じゃないって言うのはどういうこと?」
愛川は頭を傾げながら聞く。
「いや、だってな、ここの島に豚が生息してるならもっと多くいてもいいはずやし、もしかしたら学園が準備したやつかもなって。」
「確かに・・・。」
「そうなると食料調達はシビアになるし、それこそ奪い合いが激しくなるんやないか?」
「・・・奪い合う前提のサバイバルだしな。」
場の空気が重くなる。第7グループは自発的に戦闘を仕掛けておらず、相手から奪うようなことをほとんどやりたがらなかった。それが現実として奪うという選択肢が浮き上ってくると何か今まで目を逸らしてきたような得体の知らない恐怖があった。
「それによそのグループからの襲撃も増えるやろな。」
「明日からはあんまりばらけないで動いた方がいいか。」
「うん、その方が私も安心。」
渡がうれしそうに言う。これまでもバラバラで行動する場面を不安に思う節があったようだ。
「そうだね、何かあっても助け合えるしね。」
「そうやな、じゃあ明日はまとまって動きながら北に行って、食料探ししよか。」
「うん、賛成~!」
明日の予定路と見張りの順番を決めると第7グループは就寝した。
サバイバル合宿2日目終了。
修司は森の中いた。大きな葉が包み込むように茂り、背の高い木々が辺りを囲むように生えた暗い森を進むと光の当たっている場所に出た。そこには大量の魚、肉の塊、おにぎり、木の実に果物が積んである。これでみんなも食料に困らないぞと思い、それらの食料を自分のリュックの中に詰めようとした修司だったがどうにも手が重い。いつもなら簡単に開けられるリュックの口を開けるにも手間取る。ようやく半分ほど開いたリュックの口に食料を詰めようとするもなぜかうまく掴めない。手に取ったはずの魚も肉も崩れるようにこぼれ、リュックに入れられない。焦る修司。何かが迫っていたのを思い出したようだ。振り返ると柊が剣を持っている。
そうか、これは罠だったのか。
修司に向けて無表情の柊が剣を振り下ろす。
「治世君、治世君。」
修司は体をつつかれて目を覚ます。見張りの途中で寝てしまい夢を見ていたようだ。寝ぼけた目を開けようとすると小さく鋭い声が左から聞こえる。
「目開けないで!」
その声に固まる修司。触覚と聴覚から分かることは自分の左肩に一緒に見張りをしていた愛川がもたれかかり頭を乗せているということである。修司は小さな声で話しかける。
「あ、愛川―――。」
「しっ!」
愛川は小さな声で修司にささやく。
「できるだけ動かないで・・・ゆっくり、少しだけ目を開けて。」
修司はうっすらと目を開ける。愛川は修司の方に頭を乗せ、目をつむっている。そしてわずかに口を動かしまたし始める。
「11時の方向。大きな針葉樹の下辺り。」
一瞬何を言われているか分からない修司だったが、数秒後にようやく理解し、その方向に目を動かす。すると薄暗い中、わずかに茂みがカサカサと揺れていることに気付いた。しかもその揺れは二手に分かれ、1つは少しずつテントの方に近づいている。
奇襲だ。
状況を完全に理解した修司。愛川も寝たふりをしながら、どうやってテントで寝ている根津たちにこのことを伝えるか考えているのだ。修司も対策を考えるが頭がうまく働かず、思考が遅い。
とりあえずまずは3人を起こすことだ。・・・起こすには音?いや音を出したら3人が状況を理解するより先に攻撃が始まる。時間はない・・・待て!冷静に考えろ!・・・・・・3人をこの距離から起こすには・・・。
茂みの揺れは少しずつ着実にテントに近づいていく。もう一つの揺れは修司と愛川の方に向かっていたことにも気付いた。修司は愛川に話しかける。
「愛川さん、土のマラヴィラって地中から遠隔でできる?」
察する愛川。
「やってみる。」
茂みの揺れは遂にテントの横までたどり着き止まる。修司たちは見えてはいないが、自分たちの背後にもう一つの揺れが移動してきたのが音で分かる。テント横の茂みからチカチカと光が出ている。
やばい、きっと攻撃の合図だ。
修司は愛川を見るが、うまくやっているのか分からない。
「《焔落とし》。」
「《パナニスタ》!」
修司と愛川は十分に注意をしていたので飛んできた火炎弾を転がり避けることができた。しかし電撃はテントに直撃する。草むらから人が飛び出す。
「[ハイパーシーン]。」
「[ゴシックソード]。」
修司はハンマーを、愛川はロングロードをコンバートして構える。修司はテントの方を見ると、二人の男女が刀と斧でテントを突き刺している。
「根津!」
修司は安否を確認するために呼ぶが返事がない。テントを突き刺していた男女が5mほど身を引くとテントは崩れる。そこには雪野のマラヴィラ、《猫かぶり》があった。砂の猫が崩れると―――。
「フレインズ!」
根津の無数の火球のマラヴィラがテントを襲撃した男女に当たる。3人はすでにアームズをコンバートし終えている。
「こっちは無事やで!」
「愛川さん、ありがと!」
雪野は愛川に礼を言う。相手が襲ってくる直前に愛川の土のマラヴィラでテント内の地面から突起を出し、3人を起こし、異常を知らせることができたのだ。
「寝てるとこ襲うなんて偉くマナーいいな~、1組は。」
「うるさい!2組の奴だって卑怯なことしてたぞ!」
根津が茶化すと奇襲を仕掛けてきた第3グループの男、花倉が噛みつく。
「へ~、何されたん?」
「待ち伏せで、口の悪い、バカ強いツインテール女がこっちの食料を根こそぎ奪っていきやがった!アイツは2組の女に間違いないぞ!」
それを聞いて第7グループの全員の頭に同じ顔が浮かぶ。
柊さんかな・・・。
楓ちゃんか。
楓ちゃんね。
柊さんやな。
柊だな。
「ま、まあ知らんけどな。」
根津は誤魔化した。
「こっちは食料がもうないんだ、渡してもらうぞ!」
「はい、どうぞとは言えへんな。な、治世君。」
「ああ、悪いがこっちも食糧難だ。」
「もうおしゃべりはやめだ!行くぞ!」
修司たちの元に双剣を持った花倉が、根津たちの元に刀と斧を持った男女2人が走り出す。愛川が修司の援護に入ろうとすると―――。
「《焔落とし》。」
花倉の後方から愛川に向けて火炎弾が飛ぶ。
「邪魔しないであげてよ。」
第3グループの瀬沢は皮肉交じりな笑顔で妨害する。
このアタッカーの子からやらないと。
愛川は瀬沢の方に走る。
花倉の剣捌きは正直そこまでうまくはなかった。しかし重いハンマーに修司が慣れていないこと、ハンマーと言う武器が小回りの利く武器に弱いこともあり防戦に回り、形勢はやや修司が押されていた。
「おい、どうした。反撃しないのか!」
花倉の剣が修司の左肩にかする。修司がハンマーを振るがひらりとかわされる。
柊よりも全然遅いけど、有効打を当てられるほどの隙を作れないぞ・・・。どうすれば・・・。
花倉の猛攻は続く。
「お前本当にハンマー使いか?」
「・・・。」
「何とか言えって!」
花倉は修司の右からの一振りを避けると懐に入り込み、修司に右前腕を10cmほど切る。追撃をしようとする花倉の胸を蹴り飛ばす修司。3m花倉は後退する。
仕方ないな・・・。こっちでやってみるか。
修司はハンマーの柄を短く持った。花倉が仕掛けてくる。花倉の右の一振りを左に前進しながら避け、ハンマーで花倉の右脇腹を突く。ハンマー[ハイパーシーン]は殴打する面と頭頂部にトゲのような円錐が付いているので、それが花倉の脇腹にめり込む。
「うっ。」
花倉は右の剣を横振りして払おうするが、修司はハンマーを右に引きながら防ぐ。一度右に引いたハンマーを再度花倉の胸に向けて打つ。花倉は双剣をクロスし防ぐ。60cmほど後退する花倉。
コ、コイツさっきより動きが早くなってないか?
花倉はその秘密が分かっていないようだった。修司はハンマーの柄を短く持つことで動きのブレや反動をなくしていたので、大きな移動をしなければこれまで鍛えられた本来の繊細な動きを取り戻していた。
でもこれじゃあ大きなダメージは期待できないし、ハンマーの利点はなくしてるよな・・・。でもとりあえずこれを続けてハンマーに慣れるか。
奇襲には驚いたが戦闘が始まれば修司は冷静になることができた。ここ数か月ほとんど毎日各上相当の相手と切り合う日々を送っていたことが戦闘をする心を育んだのだ。