食料調達
時刻は15時53分、気温30度、湿度78%、西南西の風1m/s、快晴。仙進学園の1年生がサバイバル合宿を行うこの島は自然に溢れ、食料になるものも多い。ただ容易に捕まえることができるかどうかは別として・・・。
「そっちだ!」
「きゃあ!」
刀を持った愛川は向かってきた獣を避ける。獣はザザッと音を立てて脇の茂みへと消えて行った。修司はナイフをコンバートして持っている。
「やっぱ無理だよ、あんなの捕まえるなんて。」
「確かに難しいけど貴重な食材だしもう少し頑張ってみないか?。」
「でも見たでしょ?あんなに早いし噛みつかれたら嫌だし・・・。」
「噛みつかれても動物の歯ならケガもしないだろ。」
「そうだけど、そうじゃなくて気分的にいやじゃん。」
愛川は泣き目になっている。獣が消えた茂みがごそごそと動いた。二人はアームズを構え、緊張感が走る。修司は愛川を見てアイコンタクトを送るが愛川は目でそれを拒否する。またザザッと音を立てて茂みが揺れるとそこからさっき茂みに消えた子どものイノシシを持った雪野が出てきた。その後に続いて渡も出てくる。修司と愛川は目を丸くしている。テントを作っていた根津も雪野が捕まえたと聞いて同じような反応をしていた。雪野は修司の持って来ていた普通のナイフを使ってイノシシの解体を始める。
「雪野さん、さばくのもできるんだね。」
「うん、実家が田舎だから鹿とか熊の解体も手伝ったことあるんだ。」
イノシシはあっという間に皮を剥がされる。
「でもコイツかなり素早かったよね。どうやったの?」
「《岩猿》に手伝ってもらったんだ~。小さな動物の方が茂みの中だと早いからね。」
「動物のマラヴィラで!?・・・そんな使い方があるんだね。」
硬い骨に少してこずりながらも雪野は肉を切り分けていく。
「その動物たちってどのくらい動き続けられるの?」
「う~ん、一匹だけでダメージがなかったら1時間はいてくれるはずかな。」
「持続力もすごいね。あ、てかもう切り終わったの!?」
「ふふふ、完成でーす。わっ!」
雪野は解体に集中していたからか修司が間近で見ていたことに気付かなかったらしく、振り返ると20cmほどの距離に修司の顔があり、顔を真っ赤にして驚いた。
「そんなに驚かなくても・・・。」
「ご、ごめんなさい。」
19時38分、第7グループは夕食にありつく。ライターを使ったと言えども火を安定させるのに30分ほどかかってしまった。イノシシの肉と木の実の鍋は調味料が何もなかったから味気なかったが空腹から比較的おいしく食べることができた。本来サバイバルで手当たり次第に何かを食べるのか危険だが、一般の人にとっては危険な有毒な成分も多少であればノーベルにとって害はない。そのため真水や知らない木の実でも安全に食することができる。食事中も明日は海水で塩を作ろうと提案したり、余った肉は燻製にしてみたりと根津はグループでよく動いていた。腹も落ち着いた頃に渡がふと口に出す。
「なんだかんだサバイバルできてるね。」
「うん!思ったより楽しんでるよね、私たち。」
「ああ、根津が頑張ってくれたのと雪野さんの技術のおかげだな。」
「そうだね!」
「わ、私はそんな大したことしてないですよ!根津君がすごいんだよ。」
「じゃあ、俺がMVPってことで、よろしく。」
「あ、めぐちゃん、手柄泥棒されるよ!」
「はははは。」
満点の星の中にぎやかな声が響く。日も落ちて幾分涼しい。
「あ、そういえばお風呂どうしよ。」
「近くに小さな滝はあったよね。」
「今から動くのは危険じゃないか?暗いとここに戻って来れるか分からないし。」
「え?じゃあ今日はお風呂なし?」
「仕方ないさ、朝早くに行こう。」
「マジか~・・・。」
夕飯を食べ終えると見張りの人間のローテーションを決めた。最初は修司と根津が見張りだ。21時は普段だったら眠るには早い時間だったが、疲れのせいか、環境のせいか3人はすぐに眠ることができた。修司は見張りをしながら『世界の武器』を開きアームズの構想を練る。
「お、次はハンマーなん?」
「うん、一応打撃武器っていう大きな括りで指示されてるけどハンマーにしようと思ってて。」
「ハンマーだと機動力は諦めなきゃあかんよな?」
「いや、片手で小槌みたいなものなら機動力は落ちないけど・・・まあファイターやるなら大きなハンマーだよな。」
「結局機動力落ちるやん。ははは。形は決まってるん?」
「それがあんまりで・・・今まで武器は存在するものを雛型にして作ったけど、戦闘に使えるハンマーってほとんどないんだな。スレッジ―ハンマーもトンカチも戦闘に向いてるかっていうと微妙で・・・。」
「ああ、確かハンマーは武器やなくて工具みたいな場合の方が多いやんな。」
「そうなると俺は自分でうまく戦闘向きのハンマーを考えないといけないんだ。だから全さんも打撃武器っていう大きな枠で行ってきたんだと思う。」
修司は顎に手を置き悩みながら根津と話す。
「・・・まったく関係ないけど治世君だいぶ全さんの考えを読むようになったよな~。」
「え?」
「なんか、全さんが何を意図して課題を出してるのかをよく考えてるやん?それって結構意味あることなんやろなって。」
「そ、そうか?」
「ま、分からんけどな。はは。」
修司はその後の3時間ずっとハンマーを試作した。全との訓練がない分体力が余っていたのでよく動けた。その日修司が創ったハンマーは全長は1m60cmで、重さは30kgほどになっていた。頭部は直径45cmの円型で、一撃の重さを重視した戦闘方法を想定している。
問題はこれがどれだけ通用するかだな・・・。
修司は見張りの交代の間際に根津に手合わせをお願いした。根津も動いておきたかったらしく快諾してくれた。根津はランス型の[ビショップ]で相手をしてくれた。諸々の事情を知っている根津は手を抜きながら戦ってくれた。10分ほど動いた後に修司から終わりを告げたが、自分があまりに動きが悪いことに修司は驚いていた。根津も意図的に攻撃をしなかったがチャンスは多かったと言っていた。もやもやしたまま見張り交代の時間になった。
サバイバル合宿1日目終了。
6時28分。気温24度、湿度97%、南西の風1m、霧。第7グループの5人は小さな滝壺に来ていた。5人は水着に着替え水浴びをした。シャンプーなどは自然に返る物に限定されて持ち込みが許可されていたので使っても問題はない。
「あ~冷たーい。」
「あ、でも慣れるとイイね。さっぱりする。」
水着は来ているが滝壺の反対側で水浴びをする男女。服とリュック、余った食料が水辺においてある。
「あ、てか、めぐちゃんのマラヴィラ、ホントすごいね。ちゃんとここまで連れてきてくらたもんね。」
実はキャンプから10分ほど歩いた所にある滝壺に迷わず来られたのは雪野のマラヴィラのおかげだ。雪野の《風見鶏》は雪野の行きたい場所の正確な方向を教えてくれるという。
「ううん、あの子が頑張ってくれただけだから・・・。」
雪野は照れながら答える。
「あ、でもさ、それだったら昨日の夜も迷わず来られたんじゃない?」
「そうだね。言ってくれればよかったのに。」
「ああごめんなさい!・・・あの・・・暗いの怖くてあんまり動きたくなくて・・・。」
雪野はうつむいている。愛川と渡は顔を見合わせる。
「きゃー、何それ、かわいいー!」
「女の子だな~」
「きゃ!くすぐったいよ~。」
愛川が雪野に抱き着き撫でまわす。それを遠目で見る修司と根津。根津がぽつりと言う。
「ええな。」
「・・・。」
「健全に、健全にや・・・ええな。」
「・・・そうだな。」
8時51分。霧は晴れて日差しが眩しく光っている。第8グループは山の麓で第12グループを発見していた。第12グループには気付かれない距離の茂みの中で小声の会議を始める。
「どうする?川元君の言う通りに来たらすぐに山に着いたけど・・・あれどうする?」
「食料を持ってたら奪いたいな・・・俺ら少しの木の実くらいしか調達してないからな。」
「じゃあ、あっちが分かれて行動を始めたら奇襲するのは?」
「お、それイイね栗原さん。」
「ねえ、それもう遅いかも川元君、栗原さん。」
「え?」
見ると滝田が茂みから出て第12グループの方に向かっていく。川元は絶句する。滝田を見つけて第12グループのメンバーはアームズをコンバートして警戒する。滝田はひょうひょうとして話しかける。
「待て待て、そんなにやる気出すなってーの。はは。別に戦闘したいわけじゃねーって。」
第12グループの警戒は解けない。リーダー格であろう金髪の男が応答する。
「じゃあなんの用だ。」
「ただ食料が余ってたら分けてほしいんだわ。昨日の夜からまともに食ってねーからな。」
「残念だけど、なにがあるか分からないから食料はあげられないな。」
「・・・じゃあ食料はあるんじゃんか~。ケチなこと言うなって~。」
「あほかコイツ。」
リーダー格の男は呆れている。急にその隣の男が思い出す。
「あ、俺コイツ知ってるぞ、確か滝田とかって補習ばっか受けてる2組の奴だ。」
それを聞いてリーダー格の男の目つきが変わった。警戒が緩んで見下したように滝田を見る。
「なんだ、どおりでDQNな感じだと思ったわ。ははは。」
リーダー格の男があざけ笑う。
「ははは、悪いな、滝田。・・・。」
リーダー格の男が親しげに滝田の肩をポンポンと叩く。そして滝田の顔を覗き込むように言った。
「お前の食料置いてけよ。さっきも言ったけど何があるか分からないからな。」
「いやそれはできねーって、はは。じゃ他を当たるわ。」
滝田は肩に乗せられた手を払い前に歩き出す。するとリーダー格の男は刀型の剣を滝田に向けた。
「待て、こっちはお願いじゃないんだよ、痛い目見たくなかったら置いて行け。俺は【錬磨】の1年生エースなんだぞ。」
滝田は振り返るともう笑ってはいなかった。
「悪いな・・・その気はなかったんだが、こっちも迷子になっちまった分チャラにしなきゃなんねーだわ。」
「な、何訳わかんねーこと言ってんだ!」
リーダー格の男が刀を振り下ろす。
11時15分。第6グループは今日2回目の奇襲を終えていた。
「チッ、コイツら何も持ってないじゃない。撤退よ。」
ほとんどのグループは食料の調達に苦戦しており、当然支給された食料を食べきっていた。森の中で集合して柊が話始める。
「どのチームも食料に困ってるんだ・・・・。」
「でも後1時間もしないで食料の支給があるわ。そこを襲えば食料はまた手に入る。」
「ま、また襲うの?」
「なに?文句あるの?」
「だ、だって柊さんや細田さんは十分食料を持ってるよね?それに昨日倒した鹿の肉もまだ残ってるし。」
このグループの方針として奪った食料は本人の物なので、戦闘の強い柊と彼女から分けてもらえる細田は十分な食料を持っていた。加えて昨日柊が仕留めた小さな鹿の肉もまだ3キロ近くあった。
「それが?食料があれば残りの日数も苦労しないし、そもそも私の肉を分けてもらってる分際で何口答えしてんの?」
柊はギロリと一色を睨む。本来ならこの肉は柊の物だが、安堂は鹿を解体すること、本郷と一色は肉や木の実を持つことを条件に少しだけ分けてもらっている。一色はそれを言われると何も言えない。昨日から戦いに敗れ自分の分の食料がない一色にとって柊の鹿肉は貴重な食料だ。
「文句は終わり?じゃあ、高いとこに移動して獲物を探すわよ。」
第6グループは近くの丘に向かって移動を開始した。