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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
23/50

落胆と時間の重み

 全のいない個人訓練場。周りに人影はない。ふと、丸太の上に小鳥がいることに気付いた。近づくと手紙を咥えていることが分かる。いつも手紙を運ぶ全の鳥のマラヴィラだ。修司が手を伸ばすと手紙を手の中に落として飛び去った。薄水色な紙にはただ「今日はなし、明日は13時から。」とだけ書かれていた。

「電報かよ。」

 いつもの素っ気のない手紙だったが、修司は久しぶりの訓練がなくなったことに落胆していた。しかしそれと同時に疑問も浮かんだ。これまでにないタイミングでの訓練中止の連絡、全はいったいどんな急用があったのだろうか。考えても分からない疑問の中、目の前の丸太に焦点が合う。そして長らく考えていなかったことが頭に浮かぶ。

 今なら俺はこれを切れるんじゃないか?

 3か月近く修司と訓練をしていたし、アームズの強化のために刃を強化する方法などそれなりにノウハウも教わっている。それに何より今の自分の立ち位置を知りたいと思った。

 試すのも悪くない。

「[コーラル]。」

 修司は槍をコンバートする。今回はいつもと違い、刃の先端にエナを集中させ、時間も目いっぱいかけた。マラヴィラのコントロールの訓練もやっているおかげで緻密なエナの操作も上達している。また槍は刃の部分が小さいため、刃先にエナを集中させやすい。3分ほどかけて渾身の槍を創った。ふうっと息を吐きだし、腰を下ろし槍を構える。緊張と不安、日の光の熱さ、そんなもののせいで汗の量が増える。そして槍をゆっくり、大きく引き、一気に突き出す。蝉の声に金属が弾かれる音が紛れる。修司の槍は刃こぼれはしていない。丸太は・・・傷一つついていない。もう一突き。しかし丸太に傷はつかない。その後刀や斧でも試してみたが結果は同じだった。

 俺は・・・こんなに訓練したのに3か月前と何も変わってないのか!?

 修司はその場に膝を着いた。修司は費やしてきた3か月間の意味を考えた。時間は、訓練は、汗は、疲労は、何を自分に与えてくれたのか。16歳の修司にとってこの3か月は長く、重い時間だった。それがこの数分で意味を失った。修司にはそう思えてならなかった。

 

 落胆の中修司は校舎への道を戻った。修司は胸に鉛を抱えているのかのような重い重い何かを抱えていた。歩くごとのその鉛は胸を締め付け、息も苦しく感じる、校舎の裏に着くと一番近くの窓がガラッと開いた。

「ちょっと!修司!」

 そこには南野真夏が立っていた。

「ああ、真夏か・・・。」

 修司は力なく反応する。

「・・・何かあったの?」

「いや、なんでも。」

「言って。」

「いいよ。」

「良くない!」

 南野は修司が言い切る前に噛みつくように言った。

「・・・そんな顔して何もないわけないじゃん。」

「・・・ただ・・・ただ俺の3か月って何だったのかなって思っただけだよ。」

「3か月・・・たまに見るボロボロなってたやつのこと?」

「・・ああ。」

 南野な何か考えているようだ。そしてしばらくしてゆっくりと口を開く。

「・・・そんなに落ち込まなくていいんじゃない?」

「え?」

「よく分からないけど、その3か月の意味なんて今判断できるかどうかは分からなくない?」

 南野は軽い口調で言う。

「頑張った成果なんていつ出るか分からないよ。」

「・・・。」

「だからこそみんな成果が出るまでずっと頑張って頑張って頑張り続けるんでしょ?」

 南野の言葉にはっとする修司。そして頭を掻き深く息を吸う。

「真夏。なんか俺勝手に考えすぎてたわ。ありがと。」

「ふふん、どういたしまして。」

 そうだよな、まだ無駄だって決まったわけじゃない。結果は明日出るのかもしれないし、実際俺の技術は向上してる。・・・こうしちゃいられないな、共同訓練所にでも行って訓練しとかないと!

「悪い、用事ができたっ!また今度な!」

「ちょっ!・・・もう、行ってらっしゃい。」


 修司は共同練習場で空が星で覆われるまでトレーニングをし、自分なりにいつもと同じ強度の訓練を行った。星の下、新鮮な気持ちで訓練をすることができた。言葉ではいい表せないこれまでとは違う感覚があった。そして寮に帰ると修司は南野に感謝のメールを送ろうと思った。しかし一度文章を作った後にどうも気恥ずかしく、別の内容を最初に入れることにした。

 う~ん、何か聞きたいことあってメールしたって方が自然だよな・・・あ、そうだ。全さんのことをまた調べてもらうか、そうなると・・・。

 最終的には全と言う名前の生徒が過去にいなかったかを調べてくれるように頼む文章を打ち、その後に付け加えるように「今日はありがとう」とだけ打っていた。


 翌日の13時、修司は全の手紙に従い個人訓練場に行った。全は先に来て待っていたようだ。意を決して全に聞く。

「昨日は何があったんですか?」

「・・・用事だ。」

「どんな用事ですか。」

「言う必要はない。」

「俺はあなたの指示にいつも従ってる。それくらい教えてくれてもいいはずだ。」

「・・・イヤなら従うな。俺は構わん。」

「・・・それほど重要な秘密なんですね。」

「おしゃべりは終わりだ、始めるぞ。」

 やっぱり全さんは俺に、もしくは他人に言えないことをやってるんだ。だから何も言わないんじゃなくて何も言えない。そうに違いない。

 この日の訓練もいつもと同じくモグラを追いかけ、影武者との対戦に移る。今日は影武者との対戦を心待ちにしていた。昨日考えたことを試すことができるからだ。影武者はいつも通りに手ごわく、一撃一撃が急所を正確に狙ってくる。修司の作戦の基本も変わらず、足を一本落とすことを狙う。やや形勢が影武者に傾いてきてから修司は変化を加える。途端に修司の槍の動きは一段滑らかに、早くなった。それまでは可能な限り両手で槍を持っていたが、片手で扱うようにする、ただそれだけだがここの違いは大きい。当然両手で持つ方が安定するし、力強い突きを放てるが修司のスタイルにはその強い突きはほとんどいらない。より早く、より自由な動きを目指した結果だ。この動きは影武者を参考にしつつも、イメージを現実にするために手首の器用な回転、片手でもしっかりと槍を支える握力が必要である。握力に関しては以前からの訓練で自身はあったが、どうしても落としてしまうのではないかという不安があった。そこで昨日はひたすら片手で槍をクルクルと回しながら動き、自分にはどのような動きが可能であるかを精査した。その結果がこの動きである。予想のつきづらい動きは影武者をじわじわと削る。結局この日は影武者を倒せはしなかったが、かなりいい試合をした。修司は全に次のアームズを使うことを指示されるのを待った。そして全は言う。

「今日の動きはだいぶマシになった。」

「はい。」

「マラヴィラの練習に入るぞ。」

「・・・え?」

「・・・なんだ?」

「あ、いや、てっきり次のアームズに入るかと思って。」

「そうか・・・来週の水曜にそれは決める予定だ。」

「来週・・・あ!」

「今度はなんだ。」

「来週の木曜日からサバイバル合宿で俺いません。」

「だからその間に新しいアームズを考えておけ。」

「合宿の間は何を使えば・・・。」

「次のアームズを合宿で完成させるんだ、色々なものを試せ。」

「あ、はい・・・。」

 それって俺はサバイバルしながらアームズの課題をやんなきゃいけないのか・・・キッツいな。

 

 その週は日曜日も全との訓練があった。テスト休みの分だと全は言ったが、修司は

いつもの用事がないのだと察した。

 

 そして水曜日、月曜日からこの日まで滝田と迫間は毎日放課後に補習があった。そしてたっぷりと課題も与えられていて、一色に手伝ってくれるように泣きついていた。昼休みに食堂で一色、根津と昼食を食べていると南野が修司を見つける。

「修司ここにいたのね。」

「あ、幼馴染ちゃんやん。」

 根津がいち早く反応する。南野は笑顔で答える。

「どうも、南野真夏です。」

「どうした?」

「この前のメールで言ってたやつ、持ってきたよ。」

 南野は数枚の紙を差し出した。

「一応【ゼン】って名前で探したけど4人しかいなかったよ。」

「4人か、ありがと。」

「その人がなんかあったの?」

「いや知り合いかもって思ってな。」

「ふ~ん、まあまたなんかあったら言ってね、じゃあね。」

 南野は食堂の入り口で待たせていた友人のもとに走って行った。

「献身的やね~。あれはいい嫁さんなるわ。」

 根津はしみじみと言った。

「修司、それって全さんのこと?」

「ああ、けど全さんらしい人は・・・いないな。」

 リストの中に人物はかなり昔の人だったり、身長などの特徴が合わなかったりと修司の知っている全とは異なるものばかりだった。

 全さんは偽名か?ホントに秘密が多いな。


 放課後、全との訓練を行う。影武者との戦闘にもだいぶ心の余裕をもって行うことができた。気は抜けないが決して勝てない相手でも反応できない攻撃でもないので、冷静に戦うことができるようになっていた。何よりも無理をせずに影武者へダメージを与えられていたので以前のように玉砕覚悟の戦い方ではなくなっている。影武者との戦闘後、全が修司にこう告げる。

「槍ももういいだろう。」

 やっとその言葉を聞けて修司は安堵する。

「次は何の武器ですか?」

「槌、ハンマーだ。」

「ハンマー。」

「規格はどんなものでもいい。今回は鈍器、打撃という点を考えろ。」

「はい。」

「それと明日からのサバイバル合宿では試し切りの相手はいくらでもいるんだ、色々試してみろ。」

 試し切りって・・・。

 苦笑いする修司。

「よし、マラヴィラの訓練をするぞ。」

 その日のマラヴィラの訓練はこれまでの溜めて放つ方式に加えて、一定量を出し続ける訓練も行われた。修司が以前指摘されたエナが漏れ出しているような状態とは違い、自分で制御して一定量を出し続ける。全が修司の放出するエナの量の変化を細かく観察し、指示することで、修司も感覚が掴めている気がした。


 寮に戻るとすぐに食堂に行き夕飯を食べた。修司は最近食べる量が増えたかもしれないと思っていた。ほぼ毎日の運動とエナの操作で腹が減る。それに体も大きくなったかもしれない。学生服の太ももや肩に若干張りを感じるようにもなった。そんなことを考えているときに食堂の入り口からキョロキョロしながら迫間が入って来た。人のほとんどいない食堂で迫間はすぐに修司を見つけた。

「あ、いた!治世、早く食って俺の部屋に来いよ!絶対な!」

「あ、え?」

 迫間は修司の返事も聞かずにすぐに出て行った。修司はよく分からないままとりあえず急いで残りのグラタンとポテトサラダをかき込み、お茶で流し込んだ。

 ハンマーの勉強するつもりだったんだけどな・・・。


 迫間の部屋に行くと滝田、根津、一色もいた。3人とも自分のリュックを持って来ている。部屋はいやに人口密度が高く、それに散らかっているせいで足を踏み出すのも一苦労だった。足元にはお菓子やロープなどが転がっている。

「で、何してるんだ?」

「見れば分かんだろ。明日からのサバイバル合宿に何持っていくか会議してんだよ。」

 確かに見てみるとサバイバルで役立ちそうな物が多かった。

「修司も言ってやってよ、紅仁と滝田君はお菓子持っていくって聞かないんだ。」

「そりゃそうだろ、現実的なサバイバルだと想定したら食料が必須だぞ。」

「なら乾パンでええやん。」

「そ、そんな大きいの入れらんねーな。」

「そう言ってお菓子食べたいだけでしょ?」

「ギクッ・・・そ、そんなことないじゃんか。なあ?」

「あ、ああそんなわけねーじゃんか。はは。」

 ジトッとした目で見る一色と目を合わせようとしない滝田と迫間。

「まあ、どっちにしろ食べ物は持ってくるなって言われてるしな。怒られないように持って行かないのが吉だし、それに同じグループ内でもばれたらメンバーにうまく分けないともめる原因になるな。」

「ぐぬぬ。」

「さすが修司!さあ、真面目に何持って行くか考えよう。」

 一色が仕切り直す。

「まずはパンツと替えの服、それに歯ブラシと歯磨き粉やろな。」

「歯ブラシはコンバートすればいいんじゃない?」

「いや、歯ブラシの毛みたいな柔らかい素材は俺創れないぞ。」

「じゃあ紅仁は歯ブラシ持って行くと・・・。」

 ノーベルの便利な所はこうやって身の回りの物を大体コンバートできることだろうな、あ、だから迫間もお菓子なんて持って行こうって言い出したのか?

「てかいっそのこと服もコンバートしたものでいいんじゃね?」

「それ戦闘で壊されたらどうすんだよ。」

「それは・・・むしろ相手が手止めてくれるかもな。ははは。」

「もう、真面目に考えようって言ってるじゃんか!」

 一色が迫間を叱る。

「はいはい、んじゃあ続きな。あ、一色、シャンプーはいいとしてもリンスはいらないだろ。その分水でも入れとけよ。」

「え?それは・・・いいじゃんか。別に。」

「おいおい、俺らのお菓子案はダメでリンスはいいのかよ、別にリンスなんてなくても死なねーんだからよ。」

「そ、そりゃそうだけど・・・。」

「まあ、最終的な判断は一色君やけど、確かに迫間君が言ったみたいに水が一番大事かもしれへんな。」

「・・・分かったよ。」

「よし、後はライターじゃね?俺らの火はそんなに熱くできねーしな。」

「あ、それ忘れてた!ナイス滝田君。」

 こうして各々が必要なものを決めて解散した。会議の最後に迫間はグループがバラバラになったとしても容赦なく戦うと戦線布告していた。みな内心同じつもりだった。ノーベルとしてこの学校に学びに来てから友でありライバルという関係が心地良いものだと修司はつくづく感じていた。修司は部屋に戻ってから一度詰めた荷物を出し、中身を少し変更した。迫間が貸してくれたライターをリュックに仕舞う。わざわざ買っておいてくれたそうだ。数時間前までいた外の蒸し暑さとは違って室内はエアコンが効いているので安眠することができた。

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