我を通した甲斐
火曜日の【闘技】の時間。修司の一回戦目の相手は根津だった。修司はこれを好機と捉え、開始の前の根津に頼みごとをした。
「なあ根津。」
「どうしたん?」
「この試合、できる限りの全力で来てくれないか?」
「治全君がそんなん言うの珍しいな。・・・ええよ。全力で行くわ。」
「ありがと。」
開始の笛が高く鳴る。[ジャベリン]を持って走り出す根津。修司は槍の事を調べてから根津の槍のねらいが分かるようになった。トライデント型の槍はよく見ると矛先だけでなく、その外側も鋭利な刃になっており薙ぎ払いついでに相手を切り裂く造りになっている。また柄を太くすることで柄での攻防どちらの性能も向上させている。修司は左に回り込もうと動く。その修司に合わせて根津が槍を突く。修司は胸元を狙う槍を弾く、しかし根津は弾かれながらも軌道修正して刃を修司の左肩にかすめる。槍使いは常にこの小ダメージを大事にしていることを改めて感じる修司。開始2分で根津はマラヴィラを6度目のマラヴィラを使う。
「《フレア》。」
根津の左手から野球ボール大の火球が3つ飛び出す。2発を左肩と腹の隅に食らう。肩が熱い。戦闘用のマラヴィラの炎は60度ほどだとして、熱湯をかけられたような痛みもある。根津は部活で慣れているのだろう、次のマラヴィラを警戒する修司に気付き、連続ではマラヴィラを使わない。また突きにくる。咄嗟に間合いを取ろうとした修司だったが昨日の全の言葉がよぎる。
・・・なぜ長所を捨てる・・・・なぜ自ら土俵を降りる・・・。
ここで引いたら槍の長所もなくし、俺のスタイルという土俵からも降りてしまう・・・。だったらここで戦うしかないっ!
引きかけた足を戻し、強く一突き。すれすれの所で根津は華麗にかわす。
ここだっ!
槍を引く、するとピックが根津の脇腹を引っ掻く。表情の歪む根津。すぐに2撃目を突く今度は自分の矛先で押さえる。[コーラル]のニードルとピックの間にジャベリンが噛み合うような形になっている。そのまま根津は手首と腕を使ってジャベリンを回転させようとする。太い[ジャベリン]に巻き込まれ、[コーラル]が修司の手から離れそうになる。てこの原理を使い相手の武器を落とさせる気だ。修司は回転が始まった瞬間にそのことに気付き、勢いよく押す。回そうとに力を入れていた根津は簡単に押されてしまい、後退する。その衝撃で槍の絡まりは解ける。修司は畳み掛ける。[コーラル]は根津の左肩に刺さる。
いや、避けなかったのか!
根津は左手で[ジャベリン]を握ったまま、右手はしっかりと反対の肩に刺さる修司の槍[コーラル]のピックを握っている。根津は修司を見つめたままゆっくりと自身の槍を修司の胸の高さまで上げる。リーチの差で矛先は修司の胸から20cmは離れている。
「《フレイムタン》。」
左手から出た火が槍を駆け上り一瞬にして矛先に達し、修司の胸を焼く。
[コーラル]を大きく振って、強引に根津を引き離した。その間およそ3秒。マラヴィラによる痺れは胸、首、肩と広範囲に渡り、肺にまで影響しているのか呼吸が苦しくなるほどだった。
アームズを延長するマラヴィラか・・・!?
修司が顔を上げるとなぜか根津は片膝を着いていた。修司はこの機に痛みに耐えて迫る。しかし根津は手を前に出しこう言った。
「降参や。はぁ、もうエナ切れやねん。」
先ほどのマラヴィラは動けなくなるほどのエナを注いだものだったのか根津の行きは荒い。
「俺が全力でって言ったから無理してくれたのか?」
「そんなんちゃうよ。ただこういう熱いやり方やってみただけ。はは。」
根津は本当はまだ戦えるのかもしれない、けど何かの理由でこれ以上をやらない。そんな気もする。
その後修司は3人目に柊と当たる。言わずもがな柊はまた武器を変えた修司と怒りに満ちた表情で戦う。槍に慣れていない修司が柊に対抗できるわけもなく、マラヴィラを使わせないまま負けてしまった。しかし修司には手ごたえがあった。柊との戦闘を通して、何か感じるものがあったようだ。
翌日の午後、全の影武者との再試合。影武者は昨日と同様にハルバートを持っている。全の合図で飛び出す修司。影武者はどっしりと構えている。間合いに入った瞬間に影武者の槍は修司の右肩に向けて放たれる体をひねりかわすが、影武者は修司の動きに合わせて槍の軌道をわずかにずらし、修司の肩を槍がかする。修司はそれを気にしないかのように進み、影武者の左足を太ももを突く。影武者は足を下げ、避けるが修司は更に踏み込み、影武者の左膝の横をピックが切る。影武者は修司のお返しとばかりに修司の左足を突くが修司は大きく下がり、間合いから抜け出す。そしてまた修司から仕掛ける。影武者は修司の胸を狙う。修司は柄で守るが影武者のハルバートの刃先が少し右手の指を切る。柄で防ぎ、押し、影武者を弾く、すかさずまた左足に向けて突く。よろけながらも影武者は槍の柄をうまく当て、軌道をずらそうとする。修司がずらされた軌道を修正し、左足の外側にかすらせることに成功した。
影武者は胸や足、肩を正確にだがバラバラに狙う。それは俺に次にどこを狙われているかを悟られないようにだ。けどそれはダメージの小さな槍では効率的じゃない。もっと狙いを絞って、まずはコイツの左足だけでも動きを止める!
修司の読みの通りに影武者は肩や首、腹、足などをランダムに狙う。修司はその度に少しずつ傷を負うが、致命的なダメージは与えさせなかった。一方修司は少ないながらも確実に影武者の左足にだけダメージを蓄積させていた。狙いは太ももから膝までで、深追いをせずに軽く刺さったらすぐに引いた。熟練度の差か、修司の方が一回ごとに与えるダメージが少ない。この作戦は昨日の柊との戦いの中で、いつも通りに苦戦し、「せめて柊の足の一本でも使えなくなれば。」と思い浮かんだことが発端だ。修司は自分が削られきる前に影武者の左足に影響が出ることを願い、地道な戦いに徹した。そしてついにその時は訪れる。
修司は自分の左腕が肩の高さまで上がらないと気付いた。上半身への攻撃はどれも致命的なため、比較的ダメージを受けても影響の少ない左腕で守ることが何度かあったためである。
まだ手先はそこまで痺れてないな。こいつはまだいけるのか?
何十回目かに修司が仕掛ける。影武者の槍は修司の喉を狙う。また修司は右に動き、左側で槍を受けようとする。修司はその時異変に気付く。
コイツ・・・槍を短く持ってやがる。
修司は影武者の狙いをすぐに察した。今までは腕を伸ばして突くと矛先が修司の真後ろまで通り過ぎ、ピックの端が修司の肩に当たるような形になった。しかし短く持つことでピックが全体的に修司の左腕を覆うような位置に来る。案の定影武者が槍を左に薙ぐとピックは修司の左上腕に深くぐさりと刺さる。痛みに似た痺れが走る。修司も右手を目いっぱい伸ばし影武者の左足を突く。右に避ける影武者だったがダメージがあったのか移動が小さい。修司は薙ぎながら槍を引き、ピックが左足裏膝から3cm上を切る。手ごたえはイマイチ。また距離を取る修司。追う影武者。しかし、影武者は一歩進むと前進を止める。
これは・・・。
影武者は左足を踏み出したが、地面に着いた瞬間に膝が折れるように、まるで右足のアキレス腱でも伸ばすかのように体が前に倒れる。影武者は槍を支えに倒れるのを耐えたが、顔を上げた瞬間に目の前の少年の槍に胸を突かれる。影武者は影に溶けるように消えて行った。
「か、勝った・・・。」
修司はしばらくの空白の後に、じわりと勝利の達成感を噛みしめた。
「不器用なりに我を通した甲斐はあったな。」
修司が振り返る。
「はい・・・でもあの戦い方でよかったんですか?」
「自分のやりたいことができたなら、それは正解だったということだ。」
翌週の水曜日、滝田と迫間は休み時間も勉強をするほどに焦っていた。明日から始まる期末テストの結果によっては補習を受ける必要があり、二人ともそれを避けるために必死だ。滝田は補習が入ると剣道部の部長に死ぬほどどやされると顔を青ざめさせて言っていた。一色は迫間に数学を教えながら滝田に英語を教える、と忙しく、この前も滝田のマラヴィラの練習に付き合って土曜日が丸々潰れた。修司は全との訓練の合間も勉強はしているが、基本的に授業を真面目に聞いているので補講の心配はないようだ。それに全は修司にテストの前日と1日目の訓練はないと告げていた。前回の定期テストの時もそうだったが、「学生の本分である勉強だ。」とだけ説明して休みにしていた。そのため今日の放課後はテスト期間中で部活のない滝田、根津と共に迫間、一色、修司も図書館内の勉強スペースにいた。
「・・・で、ここで√の中を解くと9になるから・・・ほらⅹが4になるでしょ?」
「おー!そうか、分かった分かった。」
「え?待て一色、俺は追いついてねー、ここまで戻って教えてくれ。」
「うん・・・ここはほらここが代入する数が変わってるから・・・。」
滝田と迫間は一色に数学を教わっていて、根津と修司はそれぞれ世界史と生物の問題集を解いていた。
「じゃあこれで紅仁は数学は大丈夫そうだね。」
「ああ、でもまだ英語が終わってねーぞ。」
「ねえ根津君、紅仁に英語教えてくれない?」
「ちょっと待ってな・・・ここだけ終わったら・・・。」
「あ、じゃあ待ってる間に治世が教えてくれよ。」
「ああ、いいよ。」
「サンキュ。」
迫間は修司の横の椅子に移動する。
「で、何教えればいいんだ?」
「う~ん、試験範囲のとこ全部かな。」
「試験範囲だと大体プリントで出た問題の暗記と仮定法ができれば大丈夫じゃないか?」
「あ、その仮定法!最近やってるんだよな?教えてくれ!」
「迫間も授業受けてるだろ・・・。」
「まあまあ、そんでそれはどんなやつなの?」
「まったく・・・まず、仮定法ってのは・・・。」
10分ほど修司が教えた後に、根津も教える側に参加してくれたおかげで迫間は仮定法はなんとか理解したようだった。夕飯を寮の食堂で食べると根津は自分の勉強をしに部屋へと戻り、修司と一色で迫間と滝田の勉強を手伝った。
そして金曜日、梅雨も明け、すっかり夏の蒸し暑さが充ち、蝉の声が響く中、期末テストは終わった。
「いや~、終わったー!」
「お疲れ様。どうだったの?」
「それがもう教わったところばっかりだったし、こりゃ完璧だわ。滝田、お前はどうだよ?」
「一色、治世、根津。ホントありがと。これで部長に怒られないで済みそうだ。」
「よかったな滝田。」
「お前も頑張ったな迫間。」
二人は涙を流しながら硬く手を握り合った。そして翌週には仲良く補習を受けることを二人はまだ知らない。
ホームルームでは、来週のサバイバル合宿の日程表が配られた。見ると木曜日の朝9時に集合し、バスで移動するようだ。そして帰りが月曜日の夜8時に学校到着となっているところまでサバイバル合宿と書かれており、具体的な内容はない。
ほとんど書かれてないじゃないか・・・こんなもの配る必要なくないか?
裏面には持って来てはいけない物について書いてあったが、これは水以外の食料品や通信機器、ゲームなどと書いてあり、持って行ける物はリュック1つとそれに入る物だけのようだ。
「ホントにサバイバル合宿なんてやるんだな。」
「はは、まだ疑ってたの?」
「そりゃあ普通の学校じゃあ聞かないことだからな。何やるんだろな。」
「あ、この前知り合いのOBの人に聞いたら、グループで協力して活動するみたいで、割と食料は支給されたりするんだけど、他のグループと奪い合うことになるんだってさ。」
「う、奪い合うのか?」
「うん、相手を襲って食料を奪っていいらしいよ。」
「なんだよそれ・・・終わった後もギクシャクしそうじゃないか・・・。」
「それが意外とそうでもないらしいよ。まあそんなに神経質にならずに気軽に行こうよ!」
「ホント一色は行事に積極的だな。」
「へへへ。」
一色は照れたように笑う。
修司は2日ぶりの訓練にウキウキしていた。この2日間も毎日マラヴィラの練習をしていたし、槍もコンバートしていた。いつもの感じだと明日には次のアームズに進むための審査が行われるので、今日の内に自分のスタイルの精度をできる限り高めておきたいと考えていた。ちなみに先週影武者を倒してからは一度も影武者を倒せていない。以前も説明したが毎回影武者は強くなっていくので修司が影武者の足を壊す前に修司の方が戦闘不能になってしまう。しかし修司にとって影武者との戦闘は学ぶことが多く、その動きを真似することで槍の戦闘スキルが向上していった。
森の中はやや涼しかったが、背の高い木からはうるさいほどの蝉の声が響いていた。額に汗を滲ませながら個人訓練所に着くとそこに全の姿はなかった。蝉はまだうるさい。




