五分五分
修司は開始と同時に素早く影武者との距離を詰めた。間合いが遠い場合は斧を投げつけられ、防戦一方になってしまうことがあるからだ。影武者は防御態勢で迎える。初撃、修司は斧の先端を使い盾ごと影武者を押す。影武者は盾をうまくズラし衝撃を逃がす。影武者の盾の使い方は日に日に上達していたことを修司は感じていた。影武者は盾で修司の斧を抑えるようにしながら懐に飛び込む。左後方に下がる修司。追いかける影武者は斧を投げる。
ここだっ!
修司は投げられた斧の方へ飛び込む。いつも斧は修司の首や胸に正確に飛んでくる。何度も見たその軌道。今回は首を狙ったものだとすぐに察した。体を少しだけ左に反らせながら前進することで斧の直撃を避けた。それでも2センチは右肩を切られたがその見返りは大きい。盾しかもたない影武者がそこにいる。修司は右足で影武者の腹を蹴りバランスを崩す。その間に[スピネル]を構え直し、思い切り上から振り下ろす。間一髪盾の端で防いだ影武者だったが盾の端が砕けた。もう影武者の手に新たな斧が握られているのに気付いた修司は斧の腹で影武者を打つように飛ばす。影武者は転がりながらも体勢を立て直し、立ち上がる。
いいぞ、いける!
その後5分ほど戦闘を続け、ついに影武者の盾が耐久の限界を迎え壊れた。それを好機と畳み掛ける修司であったが影武者が後退しながら斧を投げつける。自分の斧を盾のように構え防ぐ修司。
なんだ?やけになったか?
斧を構え直すと、そこには身の丈ほどの大斧を持った影武者がいた。
おいおい武器を変えるのありだったのかよ。
マサカリのような形の大斧をもって影武者は近づいてくる。修司は回り込みながら距離を詰める。宮本との戦闘の経験から大きな斧を持つ相手には足を止めてはいけないと学習していた。影武者もクルクルと方向転換するがいつもよりも動きは遅い。修司は一度攻撃を仕掛ける。大斧で防いだ影武者はその斧で修司を突く。修司も斧を盾にし防ぐも重い一撃でよろける。その間に影武者は斧を体の右側に大きく振りかぶっている。自分を真っ二つに割く一撃であることを想像し血の気の引いた修司だったが、大きく真後ろに交代しギリギリで避ける。ブオンっと風を切る大斧。
こんな時に一色みたいな遠距離マラヴィラが使えたら・・・。ないものねだりしても仕方ないか。
修司はまた動き回り、影武者はカウンターの機会をうかがっている。
一撃でもまともに受けたら俺のアームズじゃあ防げない、どうしたら・・・防げない?本当に防げないのか?
修司は仕掛けた。大振りな一撃。影武者は防ぐがさすがに大斧に傷が入る。
さあ、どうだ!
しかし影武者は気にせず大斧を振りかぶる。修司は身を引かない。影武者は容赦なく大斧を振るう。修司は前進しながら[スピネル]を体の左側に置き、迫る大斧との壁にする。大斧はそんな壁など造作もなく砕いていく様子が修司にはスローモーションに見える。アームズが砕かれていく中、それも修司は体を半回転させながら前進している。もう[スピネル]は刃がほとんどない。しかし影武者の大斧の刃は修司には届かない。修司はギリギリまで前進することで大斧の柄の部分まで体を移動させることに成功した。最も危険な方法で最も安全はエリアに。それでも影武者は振り切り、柄は修司の横腹に食い込む。修司も回転の勢いのまま刃のない斧で影武者の頭を殴る。影武者の首は30度ほど傾き、動きが止まる・・・。
「そこまでだ。」
どうやら全の指示で影武者は動かなくなったらしい。
「今の行動の勝算は?」
「五分五分です。」
「できるかできないか、か・・・うまくいくかも分からなかったんだな。」
「・・・はい。」
「お前のあの行動は成功すれば英断だが、そうでなければただの愚行だ。常に勝算のある戦い方をしろ。それが自分の身を守る。」
「・・・はい。」
失敗だったか・・・。
「その課題は次までに解決しておけ。」
「!?」
「次は槍だ、明後日には完成させろ。」
「はい!」
やっぱり全さんはなんやかんやで俺を認めてくれる。
修司は今や最初のころに持っていた疑念を忘れ、全に全幅の信頼を寄せるとともに全に認められたいという思いが強くあった。
マラヴィラの訓練では修司が苦手意識のあった光のマラヴィラも最大で懐中電灯に使えそうなライトほどの光を出すことができるようになった。当初得意な水のマラヴィラのコンバートに力を入れた方が良いのではないかと進言した修司であったが、全は「苦手なマラヴィラこそコンバートの仕方をよく練習することで他のコンバートで役立つ発見をすることがあるのだ。」と言った。確かに修司は光のマラヴィラの感覚と電気のマラヴィラの感覚は近いものがあると感じ始めていた。
その日の夜に修司はお菓子を食べながらロビーのテレビでお笑い番組を見ている根津と迫間のところに行った。
「はははは、やっぱり〈サンドウィッチメン〉面白すぎ!」
「ひひひ、こんなん笑ってまうやん!」
〈うまい筒〉の袋を空けている迫間が修司に気付く。
「お、治世、お帰り。」
〈うまい筒〉を差し出す迫間。
「ありがと。ちょっと根津に相談したいことがあるんだ。」
「ああ、俺?構わへんよ?何々?」
「今度の全さんの課題が槍で、参考にしたいから根津がどうやって今のジャベリンの形にしたのかを教えてほしいんだ。」
「お、斧はクリアか!」
迫間の言葉に修司はにこやかにうなずく。根津は上を見て思い出そうとしているようであった。
「う~ん、まずは・・・確か・・・槍はリーチあっていいな~思って、それで初めから今のトライデント型で、途中で一回短いの試したけどやっぱり長い方が安心するから元に戻した・・・かな。」
「どのくらいの長さにした?」
「えーっと、今が1m80だから、1m40を試してみたな。」
「ランス型とかは試してみた?」
「ああ、最近丁度ランスを試してて・・・。」
「それ見せてくれないか!?」
「おお、ええで。[ビショップ]。」
二人を交互に見ながら話を聞いていた迫間の目の前にランスが現れる。
「うおっ!急に出すなよ危ないな!」
「ふふ、気をつけや。」
円柱型のランスは銀色で、らせん状の線が彫ってある。
「2mで重さは20kgくらい、これに盾もつけて宮本みたいな重戦車を削っていくのが狙いやな。」
「結構重いんだな。」
ノーベルの体は筋力が強いがそれでもこれは動きに影響してしまうほどの重さである。
「まあ持久戦ねらいやしな。」
「遠くからマラヴィラも使うんだろ?」
「ああうん、でも相手も遠距離得意なことも想定して、このくらいがっちりガードしてる方がええかなって。」
「なあなあ、根津、この銀色ってどう出せばいいんだ?」
迫間は興味深そうに聞く。
「ああ、これはまずアルミホイルなんかを真似て・・・。」
根津は一色に負けないくらいエナの操作は得意で、エナの量は一色が多いとは根津は言っているが根津は十分万能型である。ひとしきり根津が説明を終えた所で修司は礼を言った。
「じゃあ、ありがと、参考になったよ。」
「このくらいならいつでも頼って!・・・でも次からはお菓子一つな。ははは。」
「あ、それなら二刀流が課題になった時は俺にも聞いてくれな、〈うまい筒〉三本でいいぞ!」
「あ、のっかってくんなや!」
「いいだろ、別に!」
「とりあえずありがと!またな!」
根津に礼を言って修司は部屋に戻った。
修司は翌日の朝早くから共同訓練場にいた。外の雨はボツボツと屋根を伝って落ちている。共同訓練場の端のバスケットコートほどの屋根の下で傍らには『世界の武器』を置きながらいくつもの槍をコンバートして並べている。並ぶ槍を手に取りながら修司は考えた。
形はハルバート型でいいだろう。俺がほとんど毎日鍛えている機動力を活かせるのは重い槍じゃないだろうな・・・。そんで根津の言うように一番はリーチだ。危険な間合いに入らずに相手を削る。しかし威力が出ない分、有効な攻撃をするには正確に相手の急所を突いていかないといけない。繊細な武器だ・・・。
修司は長さと刃の形に苦戦していた。長さは2mから3mほどまでと長いのが特徴的だが、長いほど扱いは難しくなる。刃も斧のような形状に先端がニードル状、刃の反対がピックになっているのがハルバートの基本だが、刃の長さ、大きさ、ニードル部の長さ・・・細かい調整で引っかかりが異なる。とりあえず柄は1m80cm、刃が40cmで創ってみる。持ち心地は両刃の半月斧[スピネル]よりもずっと軽い。とりあえず根津の姿を意識しながら振ってみる。授業でも何度か槍は握っていたがあの時とは修司の武器に対する姿勢が違う。その武器に真摯に向き合おうと心掛け、一つ一つの動作に意味を見つけたがる。そうするとふと自分の握る手が両手がいいのか片手がいいのかが疑問になる。次の動作によりスムーズに移行するには?相手がこう攻撃してきたら?と修司の頭はこれまでの経験から複雑なイメージを基に自らのスタイルとアームズを創り上げることに慣れてきていた。
そうこうしている内に一色と迫間が来た。
「あ!やっぱり先にいた!」
「よう!なんだもうアームズはできたのか?」
「おはよう、いやまだ微妙なとこかな。」
「じゃあ少ししたらまた俺の相手しろって、今度は負けねーからな!」
「ああ、ありがと。」
一色と迫間は体を動かしウォーミングアップを始めた。
槍と双剣。相性的には槍の方が有利だ。だが当然迫間もそれを知ってるだろうし、そうなれば迫間の選択肢は遠隔のマラヴィラか超接近戦。ファイターの迫間は超接近戦に持ち込んで槍の苦手な間合いに居座る、それが常套手段か。そうなると・・・。
「おっし!治世、始めようぜ![ジェミニ]!」
「お、[タウロス]は使わないのか?」
「へへっ、相手のアームズに合わせて使い分けるんだよ。槍にあの角型は分が悪いだろ。」
「それでもあくまで双剣はやめないんだな。」
「こだわってこそ漢だろ。行くぞっ!」
迫間が距離を向かってくる。迫間にとって経験則として距離があることに利点はないからだ。修司はあえて槍の間合いに入っても突かずに引いたままの状態でいる。すると迫間の方から脇に逸れ距離を取る。
くっそ、突かねぇせいで隙がねぇじゃねーか。
迫間の作戦は修司の槍の腕が未熟なことを知っている上で、最初の一発を突かせ、それを避けながら接近するはずだった。しかし修司はそれをしなかった。昨日の影武者との戦闘の自分がそうだったからだ。そのため修司はあえて槍を突かないことで迫間にいつでも撃てるというプレッシャーを与え続け、迫間を退けた。一瞬の我慢比べに勝ったのだ。読み合いは修司が優位だ。一度息を整えまた迫間が迫ってくる。今度は迫間も作戦を変えてきたようだ。修司の槍の先端を狙って剣を当て、矛先を逸らそうとする。わずかに逸らされた修司はすぐさま槍を大きく振り、迫間をなぎ払う。この槍のピックは迫間の肩を突き刺すはずだったが迫間はガードで軌道を逸らし、わずかに肩口をかすった程度だった。
さすがに双剣のファイターだな。器用に守る。
右に払われた迫間だったが、すぐに攻め直す。この間合いで戦っていたいのをひしひしと感じる。構え直す修司。迫間は双剣で修司の槍の先端を強く挟む。口角の上がる迫間。
なっ!何する気だ!
「《ポルックス》!」
迫間の双剣が一瞬光り、次の瞬間に修司は両方の掌にわずかながら電撃を感じる。痛みはないが驚きで握りが弱くなる。
槍を伝って電気を流したのか。
その瞬間に迫間は素早く修司の懐に入る。修司はなんとか守ろうとするが迫間の左の剣がその刃を払う。双剣[ジェミニ]は修司の腰から胸にかけて切り上げる。[ジェミニ]は刀と違い急所を狙った突きや重さを活かした一撃もない。しかしその刃は鋭利でよく切れる。これまでの幾度かの槍との接触がなければ刃もこぼれず、傷は筋肉をより深く割いたに違いない。修司が衝撃を受けている内に迫間の連撃が続く。右、左と斜めに振り下ろしクロスした腕を開くようにまた切りつける。たまらず修司が「うっ!」と声を出しながら後ろに下がる。続けて左、右と切り上げ、2本同時に左斜めに切り下す。さらに一歩踏み込む迫間・・・そこで手を止める。もう迫間には確信があった。この勝負、迫間の勝利である。迫間にとってここで修司に追撃をかける意味もない。これは練習だ。
「はぁはぁ・・・ここまでだな。」
迫間はアームズをリリースした。肩で息をしている。先ほどの数十秒間、迫間の息は止まっていた。修司は左ひざを地面に着く。手で胸を押さえている。数秒呼吸を整え、やっと返事をした。
「迫間、ありがと。勉強になった。」
「おう、いいってことよ。」
迫間はニコニコしている。
「でも紅仁ずるいな~。修司があんまり槍に慣れていない内にやろうなんてね。」
一色は意地悪く笑いながら言った。自然に迫間の下の名前を呼んでいる
「そ、それはいいだろ!勝ちは勝ち!」
「次は勝つさ。」
「ああ、いつでも勉強させてやるよ。」
迫間は笑って答える。修司も笑っている。一色も笑う。冷たく湿った風は汗ばむ体を心地よく冷やしてくれる。
ルーザーストラテジー用語
スピネル=修司の斧型アームズ
サンドウィッチメン=借金取りのような顔の男と闇金融のような顔の男のお笑いコンビ。




