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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
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エナ

 翌朝、食堂で一色と会うと一緒に登校する流れになった。今日はバスを使ったが、昨日の行きと同様に混んでいた。同じバスの中に昨日見たような顔もあり、新入生が多いのだろうと修司は思った。教室には半数ほどの生徒がいて、にぎやかさがある。

 午前の授業は至って普通だった。本当に普通の高校生がやる授業と同じような現代文、数学Ⅰ、英語、生物。国の方針として集められたノーベルだがあくまで高校生なので一般教養としての科目は普通の高校と同じように教えられるようだ(とは言っても他の高校にいたこともないので想像と親から聞いた話からの推測だが)。

 しかし午後からはいよいよノーベルのための学校らしい。今日は【精製】という授業がある。おそらくはエナの操作系の授業だとは思う。初めてエナについて教えられるので教室全体として浮き足立っている。一色も「ワクワクするね。」とやる気に満ちている。チャイムが鳴り、教室のドアが開く。

 入って来たのは中年の女性。白衣を着ているが顔は普通のおばちゃんといった感じだった。スーパーマーケットでネギでも買ってそうな、近所のたかし君のお母さんですって名乗りそうな、そんな普通の人だった。なんだか少し残念な気がした、というより拍子抜けとういう方が良いだろう。俺はてっきり学者みたいな人かエリートっぽい男性を想像していた。きっと他のクラスメイトも同じ気持ちなのだろう。日直の号令は微妙にテンションが下がっていた。そんなことは余所におばちゃんは元気よく挨拶する。

「はい、みなさんこんにちは!これから1年みなさんにエナの精製について教えます。木崎芳江です。よろしくお願いします。でね、まずもうクラスの人の自己紹介なんて他の授業でもやったと思うし、みんなのことは授業の中で覚えるので、今日からもう授業を進めていくからね。」

 木崎先生のちゃっちゃと始める感じや話すテンションはおばちゃんらしさのあるベテランの雰囲気だった。

「はいじゃあまずこの授業なんだけど、エナの精製、つまりはエナを操作して物体を造り出すことを学んでいきます。そんでまあまだみなさんよく分からない人も多いと思うので、簡単にエナについて説明すると。エナってのは50年くらい前に発見された新しいエネルギーであり素粒子でもあるみたいなものね。そこらへんは別の授業でよくやると思います。でね、このエナを体内から高濃度で生み出し、凝縮、操作できるのがノーベルってわけです。テレビや身近な人でノーベルや詳しい人がいればこのくらいは常識ね。」

「で、みなさんはまだエナの操作に目覚めて1年やちょっとだと思うからこれから上手にエナを扱いましょう、ということね。まあ操作ってのはどういうのかというと、例えばこんな感じに。」

 そう言ってと木崎が軽く挙げた右手から白いモノが出てくる。いや出てくるというよりは小さな白いモノが空間に急に現れて、急激に大きくなっていくように見える。あっという間に30センチ程の馬の模型が出来上がった。クラスからは「おお~・・」とにわかに歓声が上がる。

「このように何かを物体を造ること、これを【コンバート】と言い、また。」

 今度は木崎が挙げた右手にクラス中が集中する。木崎先生は少し微笑みながら、行くよと言い、軽く握って勢いよく手を開く。瞬間、ぼうっと音を立てて10センチの火の玉が出てきた。クラスでわーっと盛り上げる。自然と拍手が起きた。木崎が火の玉を握るように手を閉じると煙もなく火の玉は消えた。

「こんなふうに、本来はエネルギーの塊である火や、電気、光、また水や土のようなエナでできていないものも【コンバート】することもできるわね。まあね、このエネルギーを造るってのはエナの消耗が激しくてね、今の火もずっと燃やし続けたり、広範囲を火の海にしたりは難しいのね。それにね、この火は実は全然熱くなくてせいぜい60度くらいの温度よ、だから厳密に言えば本物の火や電気、水を創ることはできないのよ。」

「そんで、この馬の人形みたいにエナを凝縮して形作った物体はエネルギーとは違って長く存在できるわ。きっとほっといても1日近くは消えないはずね。でも当然強い衝撃を与えると・・・。」

 気付くと木崎の手には金槌のようなモノが生み出されていて、それを強く振り下ろした。ゴンっと鈍い音を立てて馬は砕ける。馬の破片は数秒後にサラサラと粗い砂のようなモノになって徐々に消えていく。

「どうしてハンマーは壊れないの・・・?」

 ぼそっと誰かが言った。

「いい質問ね。これはね、小槌の方が高濃度のエナを圧縮して【コンバート】したからね。時間をかけて丁寧に作ったものの方が基本的に硬くなるの、ただし存在できる時間は対して変わらないわね、これも1日くらい。ちなみにさっきの馬はゆっくり創ったけど濃度は薄めにしといたの。」

「そんで、このコンバートしたものを、つまり凝縮したエナをまた分散させることを【リリース】と言うからね。」

 木崎の手にあった小槌は端から消えていった。

 何人かの生徒は熱心にメモを取っていた。教室は始めの残念な空気とは大違いだ。尊敬の眼差しで見つめられるおばちゃんは笑顔で続ける。

「みんなも数か月もしたらこんなの当たり前にできるようになるわ。だからまず今日は簡単にこの立方体をコンバートしてもらいます。それでね、実際の物を見て、触って創る方がやり易いから、この模型を配るわね、はい、後ろに回して。」

 

 配られた5センチ四方程の白い箱を、ある者は見つめ、ある者は撫で回し、その形を再現しようとしている。しかし3分の1の生徒は立方体とは呼べない歪な塊を生み出し、3分の1は大きさが大きすぎたり小さすぎたりしている。それに一つ作るのに1分はかかっている。

 俺も箱に近い形のモノは創れるが、角が丸いし、面がへこんでいたりする。大きさも一定しない。どうも1、2センチ大きい。

「うおー、すげーじゃんお前!コツとかあんの?」

 修司の目の席の滝田(たきた)木霊(こだま)が一色に言う。見ると滝田の机には無駄にデカいモノが置いてあり、対照的に一色に机には整った、完璧なサイズの立方体が並んでいる。

「うーん、なんだろ。僕はまず立方体の辺を創って、そこから壁が伸びていくイメージでやってるかな。」

 そう言ってやって見せる一色。確かに柱のような四本の棒が伸びて、その次に横の辺、壁ができるといったような創り方をしている。

「おうおう、創っていくイメージが大事なのか~。うーん・・・。」

 目をつぶって唸る滝田。その手の平に徐々に創られる形。

「お!良くなったんじゃねーか?」

「うん、それならだいぶ模型に近づいてるよ!・・・ちょっとまだ大きいけどね。」

 一色は苦笑いをして言った。滝田の創った箱は20センチくらいはある。一色がちらっと修司の方を見た。

「あれ?治世君、エナに色がつけられるんだね!」

 クラスのみんなが白いモノを創る中で、修司が創る立方体は真っ黒なものばかりだった。

「あ、いやこれは・・・。」

「僕もね、色つけられるんだ!でも黒って難しくない?」

 一色は何気なく掌から赤、青、黄色、緑、紫のビー玉ほどの大きさの玉を創った。

「おー、すげーな!お前やべーな!」

 滝田は興奮気味に言った。

「あら、一色君すごいわね。あなたはエナの繊細な操作が得意なようね。治世君も。」

「い、いや、違うんです。」

「ん?」

 木崎は笑顔のまま首を傾げた。

「えーっと・・・俺、なんでか黒いモノしか創れなくて。頑張っても白とか他の色が出せなくて・・・。」

 修司は妙な気恥ずかしさや何か自分が劣った人間のようなコンプレックスが少なからずこのエナの色にあった。それを聞いた木崎は急に。

「はい!みなさん一回注目!」

 突然の指示にビクッとして、みな手を止めて木崎を見る。同時に修司にも視線が集まる。

「みなさん、この中で白色以外の色で物体を創れる人は手を挙げてください。」

 修司と一色を含めて4人が手を控え目に挙げている。

「あら、4人もいるなんて優秀ね。でね。基本的に人がエナで生み出すものは白いモノが一般的なんだけど、少しエナの操作を訓練したり、色彩の感覚を磨くとエナに着色できるようになります。さらに言えば上級者は創造物の材質を木や鉄、スポンジや羽毛のようにコンバートすることもできます。このようにイメージと訓練しだいで無限の可能性をもったものなのよ。で、この治世君なんだけど、治世君のように特定の色しか出せないって人は・・・。」

「実はたまにいて、他の人と違うエナの質や特殊な操作が可能なエナを【ユニークエナ】と呼びます。きっとこのクラスにも数人はいると思うけど・・・。後々また授業でも取り扱うので、覚えておきましょうね。じゃあコンバート再開!」

 クラスにも他にいるのか・・・という安堵の感覚が修司にはあった。隣の一色はニマニマしながら修司を見ている。ワクワクしている顔だ。木崎は修司の元を離れる時に「ユニークエナはあなたの個性よ。まあ・・・黒いだけってのは地味だけどね。」と優しく笑っていった。

 その後午後の2時間分を使って立方体、円柱、円錐、球、などの模型の形をなんとなく創れるようになった。授業の終わりに木崎先生が今後の流れを言ってくれた。

「はい、みなさん初めての精製の授業お疲れさまね。エナをこんなに使うことはなかったと思うから今日はぐっすりだと思います。」

「で、今後の授業なんですが、あと何回かは今日みたいに模型を基に精製していきますが、その後は自分で設計図を書いたりしながら、自分のイメージを形にすることもやっていきますからね~。はいじゃあ号令。」

 

 その日の寮での夕食後はそのまま食堂でテレビを見ていた。ちなみにこの第3寮の中でテレビがあるのは食堂と2階ロビーだけである。一緒にテレビを見ていた一色が急に話し出す。

「あのさ、実は・・実は僕もユニークエナもってるんだ!」

「ああ・・・へ?」

 テレビを見ながらだったので修司は間抜けな返事をした。

「え?一色君もユニークエナって・・・早く言ってくれればよかったのに。」

「ごめん、なんか言い出すタイミングなくって、それに自分からユニークエナだって言いにくいじゃん・・・。」

 罰の悪そうな一色。気持ちは分かるが。

「で、一色君はどんなユニークエナなの?」

「僕のはエネルギーみたいな色付きのエナを精製して、その色ごとにいろんな効果があるんだ。

「それって授業中に見せてくれたやつ?。」

「それとはちょっと違うんだけど・・・。じゃあやって見せるね。」

 そういうと一色は指で目の前に線を描く。本当に描けている。空中には指の軌跡に青色い線が残っているのだ。

「これに触ってみて。」

 修司は促されるままに、ゆっくりとその線に人差し指で触れてみた。

「これ・・・冷たいのか?」

「そう、青は冷たい。実際に温度を測ると10度くらいの温度らしいから多分、水の色なんだと思ってる。」

「青はってことは他の色もできるのか?」

「うん、赤は熱くて50度くらいので炎の色。黄色は少しピリピリする電気の色。今はこのくらいしか精製できないね。まあこれから増えるのかも分からないけどさ。」

「それってすごいじゃん。木崎先生がやってたようなことがもうできるってことだろ?」

「そうとも言えるけど・・・逆に言えば普通にエナの精製でできることなんよね。」

「ああ・・・そう言われればそうだな・・・。」

「だからさ、今まで少し恥ずかしかったんだよね。なんかあんまり意味ない個性だなって」

「・・・その気持ち分かるよ。俺も自分のことそう思ってた。まあユニークエナだとは思ってなかったけどさ。」

 修司は一色が自分と仲良くなった理由がなんとなく分かった気がした。下手な個性をコンプレックスに感じた者同士、何かの波長が合うのだろうと。

「そういえば一色君に聞きたいことがあるんだけど。」

「なんでも聞いてよ。あ、でもその前にもう一色でいいよ。なんか君付けされるのくすぐったくて。」

 ちょっとおどおどしながら一色は言った。

「そ、そうか。じゃあ、一色も俺を治世君以外ので呼んでくれな。」

「わかったよ、それで聞きたいことって?」

「あ、そうそう。どうして一色はこんなにエナの操作が得意なのかって気になってさ。」

「あー、僕ね、知り合いにノーベルがいて、僕がここに来る前の少しの間だけその人に教えてもらってたんだ。」

「どうりで1歩も2歩も進んでるわけか。」

「へへへ。」

 その後は一色に改めてコンバートのコツを聞いてから部屋に戻った。戻る途中の廊下の窓からは満月がきれいに見えた。月の光が低い雲を照らし出していた。

ルーザーストラテジー用語

コンバート=エナを操作し物質などを創りだすこと。

木崎芳江=仙進学園1年3組の担任。【精製】の教科担任。小太りのおばちゃん。

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