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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
19/50

斧の長所

「課題の斧を出してみろ。」

 基礎訓練を終えた修司に全は聞く。

「はい。[スピネル]。」

 修司の斧は柄が72cmで全長は1m10cm。刃は半楕円で柄を挟むように2枚ついている。刃の腹には蔓のような模様が彫られている。

「両刃の半月斧か。試してみろ。《人偏・影武者》。」

 今回の影武者は大きめなフランキスカ型の片手斧と50cmの盾を持っている。影武者はゆらゆらと迫る。先に仕掛けたのは修司だった。斧の先端で影武者を突く。盾で防がれたがそのまま押し飛ばすと影武者は30センチほど後退した。

 飛ばすことは無理でも押し戻すくらいはできるってことだな。

 今度は影武者が斧を振る。小回りの利くフランキスカである分手数は影武者の方が多い。しかし致命的な部位への攻撃さえ守れば大きな痛手にはならないと修司は考えていた。隙をみて修司が攻め手に回る。修司の攻撃は斧の横振りを多用し、その合間に突きを入れて相手のバランスを崩すことが基本となる。縦の振りはどうしても大振りになってしまうためにここぞという瞬間にしかださない。影武者も修司も決め手に欠けるまま10分ほど戦った。修司も消耗してきたころにまた影武者が攻めに出る。影武者の攻撃のパターンを覚えて、落ち着いてバックステップを踏んだ次の瞬間、修司はドスッと鈍い衝撃を胸に感じた。目の前の影武者が握っていたはずの斧が自分の胸に刺さっている。

 な、投げやがった!

 修司は胸の斧を抜いて投げ捨てた。深く刺さったようで途端にビリビリと痺れてきた。幸い心臓には届いていないためにまだ動けたが、ダメージは大きい。影武者はいつの間にか新たな斧を手に持っており、また投げる。[スピネル]で防ぐ修司。影武者はその隙に距離を詰めていた。手にはまた斧がある。振り下ろされた斧を転がって回避する修司。追撃をしようとする影武者に修司は立ち上がり反撃にでようとした時に全の声が聞こえた。

「そこまで。」

 影武者は動きを止める。

「はあはぁ・・・斧は投げても使えるんでしたね。」

「そうだ。投げたものもすぐリリースすれば投げ返される心配もない。」

「頭になかった・・・。」

「お前のやりたいことは見えていた。悪い戦い方でもなかった。・・・何が足りない。」

「・・・俺の攻撃には・・・決め手がなかった。」

「大斧の攻撃は隙も大きいがその分破壊力はある。それなのにお前の攻撃は威力を抑えて機動性を確保したものだ。」

 全は話しながら影武者の前に歩いて行く。

「一度コイツの盾に向かって全力で斧を振ってみろ。」

 影武者は腰を落とし盾を体の前に出した。修司はゆっくりと近づき、勢いをつけて斧をスイングした。しかし影武者は50cmほどの後退しかしてない。全の方を見る修司。何も言わない全。もう一度か影武者を見ると・・・。

「!?」

 影武者の盾に小さくだがひびが入っていた。細かいひびは盾があと数発同じ攻撃を食らえば耐久の限界を迎えることを物語っていた。

「コイツの武器や盾の強度は常にお前よりも少し強い相手がコンバートしたものを想定して創ってある。」

 ・・・つまり、上手の相手にもこの一撃は大きなチャンスになるってことか。

「でも、そのタイミングはどうやって・・・。」

「もっと斧に慣れろ。そうすれば自然に分かる。続きだ、構えろ。」

 その後も斧の指導が続いた。斧の形状も修正しながら影武者との1時間ほどの戦闘を終え、マラヴィラの訓練を行った。マラヴィラも火が最大出力でバスケットボール大を2個分は出せるようになったし、電気は1mほど先まで届く細い放電をできるようにはなっていた。全は2か月もすれば各属性でまともなマラヴィラの1つか2つはできるようになるだろうと修司に言った。


 火曜日のひどく強く雨の降る朝、一緒に寮を出た一色は思い出したように修司に聞いた。

「あ!そういえば斧のアームズは全さんになんて言われた?」

「ああ、別に変えろとかは言われなかったから、あれでいいんだとは思う。でも全さん使い方とか戦い方を考慮した上でアームズの形の適性を見てる感じなんだよな~。」

「それってアームズを変えたらスタイルを変えないといけないし、スタイルを変えたらアームズも変えないといけないよね?」

「ああ、そうだな。」

「修司も大変だね・・・僕も頑張らないと。」

 バスに乗って校舎まで着き、下駄箱まで向かった。先を歩く一色が突如ぴたりと足を止めた。修司は一色の視線の先を見ると、闘技部【武人】の2年生、日下部久志がいた。仙進学園では集会などは学年でしか行わないため、修司と一色は日下部を部活見学で追い返された日以降見かけてはなかった。日下部は一色と修司に気付くと、少しの間じっと見つめ急に何かを思い出したような顔をした。

「あ、お前らあれか、部活見学に来た1年か。」

 日下部は嘲笑にも似た笑みを浮かべている。うつむいたの一色とにらむように見つめる修司。二人は何も答えない。

「・・・・。」

「おいおい、無視すんじゃねーよ。挨拶もできねーのか?」

 日下部は苛立ちを露わにする。一色はビクッとした。それを横目に見た修司は湧き上がる不快感を抑えて冷静に・・・わざとらしく恭しく言う。

「先輩、おはようございます。」

「・・・あ?ふざけてんのか?」

 日下部は眉間に深いしわを寄せ、修司を睨みつける。

「いえいえ。・・・一色行こう。」

 修司は歩きだし、一色は少し遅れて着いていく。靴を履きかえている最中に後ろからバンッと下駄箱を叩く音が聞こえた。振り返ると恐ろしい形相の日下部が自分の横の下駄箱を殴り、ふたがめり込んでいる。

「てめぇら、まだ行っていいとは言ってねーぞ?」

 怒りで頬をピクピクと痙攣させながら日下部は言う。修司は鋭く見つめたまま日下部に言い放つ。

「俺は闘技大会でアンタを倒す。俺が気に食わないならそこで決着をつければいい。」

 日下部はズンズンと歩を進め修司の目の前に来る。修司の胸倉を掴む日下部。緊張感がその場に漂う。

「・・・勘違いすんなよ。お前程度は今この場でボロ雑巾にできるんだよ!何か月も待つ必要ねー!」

 日下部の額の欠陥ははち切れるのではないかと思われるほど浮き出ている。

「・・・だが、お望み通りに闘技大会まで待とう。」

 意外な言葉に一色は顔を上げた。

「そんで観客の目の前でお前を再起不能にしてやるよ!」

 日下部の怒号にまた一色はビクッと跳ぶ。ひとしきり吠えてから日下部は階段を上り消えて行った。

「修司・・・。」

「大丈夫だって。そんな不安そうな顔すんなよ。」

 今のまま全さんに鍛えてもらえたらきっと俺は強くなれる。そうすれば日下部にも・・・。


 翌週の【闘技】の時間、修司は1試合目に柊と当たった。柊は修司の構える斧のアームズを見て噛みつく。

「ちょっとアンタ。前は刀でその前はロングソードでしょ。なんで今日は大斧持ってんのよ!舐めてんの!?」

「あ、いやこれは今色んなアームズを使う訓練で・・・。」

 開始の笛が鳴る。

「なんで一つもまともにできない奴がコロコロとアームズ変えてんのよ。それが舐めてるって言ってんのよ!」

 柊のイラつきは治まらないようで、笛とともに勢いよく攻めてくる。しかし最近の修司は盾持ちの相手と毎日戦っていたので以前よりも落ち着いて対処することができた。柊が盾のバッシュを使い押してくることも予測し、斧の腹を使って押し合う。そうなると柊の右手の剣クライシスが迫るが素早く身を引いて避ける。

 うん、バッシュでガードを上げて切り込む、体の正面に盾を置き、一定の距離を保つ・・・影武者の攻撃によく似てるな柊は。でもアームズが飛んでくる危険がない分やり易いかもな。

 修司の落ち着いた表情に柊はさらにイラついた。

「生意気っ・・・。侮んなっ!」

 柊が突っ込んでくる。またバッシュかと思われたが柊はマラヴィラを使う。

「《ハイドロ》。」

 修司の足元から10cmほどの水の柱が3本飛び出す。水圧で右足の膝が曲がる。崩れた体勢ではバッシュを受けきれず、後ろに尻もちをつくように倒れる。すぐに柊は追撃する。守りきれず左肩を切られる。柊は追撃の手を止めない。

「《エレクト》!」

 倒れる修司の背中に電気が走る。跳び起きる修司の右腹をクライシスが6センチ刺さる。柊は残忍な目で修司を見ている。

「うっ!」

 ・・・。今のはキツイ。

 何とか体勢を立て直した修司だったが腹の激しい痺れは集中力を鈍らす。腹を貫かれると内側からジンジンとするような痛みに似た感覚になる。


 結局その後も柊のマラヴィラに苦戦し遂に終了の時間を前に立てなくなってしまった。

「これでわかった?」

 柊は満足そうに言い放つ。

 柊は万能型だったのか!マラヴィラへの対応も頭に入れないといけなかった・・・。コイツが今までアームズだけで戦ってたのは純粋なファイターだってことじゃなくて、手を抜いてただけなのか。

 修司は自分の過信と未熟を改めて感じた。


 授業後に滝田、根津、一色、迫間、修司は一緒に教室に戻る。滝田は面白いもの見たかのような口調で語り出す。

「そういえばさ、今日の柊は荒れてなかったか?治世、お前なんか言った?。」

「いや、俺のアームズが前とは違ってたから・・・舐めるなって。」

「はははっ、よくわかんねーポイントでキレてたんだな、カンケ―ねーのに。」

「いや笑いごとやないで、そのせいで俺との試合もイラつき引きずってたんやぞ?」

「災難だったね・・・。」

「ああ、俺の時もだいぶイラつきながら向かってきたぞ。」

「滝田と柊って傍から見ると互角くらいに見えるけど、本人的にはどうなんだ?」

「う~ん、あくまで俺の考えだけど、戦いって単純に強さの比べ方できないからな。柊が優勢な瞬間もあれば俺の優勢な瞬間もあって、そのタイミングをうまく掴めるかどうかみたいなこともあるから・・・わかんねーな。はははっ。」

「なんやねんそれ・・・。」

 根津はあきれた表情をして見せた。


 2日後の【闘技】の時間には斧を使う宮本アレンとの対戦となった。修司は宮本と当たることを楽しみにしていた。クラスの中で一貫して斧を使っているのは宮本だけで、その宮本との戦いの中で何かを吸収できればと思っていた。宮本は修司の斧[スピネル]を興味深げに見つめている。

「いいねいいね!アックス対決は熱くなるね![グランセン]!」

 宮本の斧は全長1m60cmと修司の[スピネル]よりも大きい。しかし形状は近く、両刃で、やや刃に厚みがある。修司の斧が黒に簡単な彫り物があるシンプルな造りであることに比べると宮本の斧はターコイズブルーを基調とし、柄の端の王冠をモチーフにした装飾をするなど派手なものになっている。開始の合図が鳴る、修司は宮本の出方を見る。修司が攻めてこないと察すると宮本からゆっくりと寄ってきた。宮本のスタイルは大きく重い斧を使った一撃必殺型。斧の攻撃力を最大限に活かした戦術と言える。本来であればこのような相手には遠距離からマラヴィラで削っていくことが得策であるが、修司はそんなマラヴィラを持っていない。いや仮に持っていてもここは宮本の戦いを間近に観察するためにファイターとして勝負をするつもりだ。宮本は間合いに入ると斧を振りかぶる。直線的な軌道で振り下ろされる斧はブンと風を切り裂く音を立てる。修司はひらりと左に避けた。カウンターも狙えたように思えたがまずは様子を見る。一歩引いた修司を宮本のマラヴィラが襲う。

「《ブラインデザート》。」

 宮本の斧の先から勢いよく細かい砂が舞い散る。反射的に目を閉じる修司。しかしすぐに自分の過ちに気付き左目だけでも開ける。大きく振りかぶられた[グランセン]が修司の右腕の真っ直ぐ向かっている。咄嗟に斧で守るが、宮本の斧が触れた瞬間に修司は大きく衝撃を受け飛ばさせる。[スピネル]を見ると片方の刃が少し欠けひびが入っている。

 まずい!砂岩系の目くらまし・・・このままじゃあアームズが壊される。

「結構硬く創ってあるんだね。そのくらいしか壊せなかったのは驚いたよ。うん、驚いたよ!」

 宮本は近づいてくる。強力な一撃を食らわすために古典的、だがエナの消費も少ない方法として砂かけで相手の隙を作る。しっかりと考えられた戦法である。修司は宮本の後ろの回りこもうと動く。宮本は回り込まれることへの反応は鈍かったが、その度にマラヴィラで攻撃をし修司を払う。だが修司が執拗にそれを繰り返すとついに宮本のエナが底を尽き始め、マラヴィラの精度が落ちてきた。修司は攻撃に転じる。宮本のマラヴィラは無視するように突っ込み、ヒット&アウェイを繰り返す。大振りな宮本の反撃はマラヴィラでの補助がなければ回避しやすいものだった。国谷が終了の合図を告げ、検討の時間になる。

「いや~、いや~、治世君すごいね。すぐに僕の弱点ばれちゃった。」

 宮本はあっけからんとしている。

「でも宮本の一撃はかなり危険だからひやひやしてたよ。」

「そこくらいしか長所ないけどね、はは。僕も、僕ももっと違うマラヴィラ創らないと先ないな~。」

 宮本は教わらなくとも斧の利点が一撃の重さにあることに気付いていて、今回それを使うことができた。それに比べて俺は人に教わって、かつ今回の試合でもその斧の長所を活かすことができなかった・・・。もっと長所を意識してアームズを使わないと。


 そして土曜日、午前にモグラとの基礎練習を終えるとまた全は修司に成果を量ると言った。全が個人訓練場を覆うようにコンバートした屋根に雨がざあざあと音を立てて当たっている。揺らめく影武者は盾とフランキスカ斧を持っている。全は瞬きもせずに修司を見つめる。

ルーザーストラテジー用語

オニキス=修司の刀型アームズ。

宮本アレン=仙進学園1年2組。アメリカ人の母と日本人の父を持つ.2回同じ言葉を繰り返しがち。

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