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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
17/50

スタイルとアームズ

 モグラとの鬼ごっこも終わった。今日も修司は10個ほどしか投げられた石を落とせなかった。少し落ち込む修司に全が指示を出す。

「課した刀を出してみろ。」

 修司は両手を前に出し剣を握るように構える。

「[黒刀]。」

 修司の手には70cmの刀が創られる。鍔は四角、波紋は直線。いつもながら黒一色のアームズである。

「お前はなぜこの刃渡りで創った。」

「?・・・扱いやすいと思ったからです。」

「その扱いやすいという根拠・・・この刀が授業で使うものの模倣だからではないのか。」

「!・・・。」

「お前はなぜそのように構えた。授業で言われたからではないのか?」

「・・・。」

 修司は図星だった。

「お前は結局自分と向き合っていないのだ。なんとなくで創ったアームズをなんとなく構え、そして強くなりたいと吠える。・・・」

「・・・。」

 修司は返す言葉もなかった。辛辣な言葉はすべて真実だ。全に言われた課題をこなすだけでその意味を考えていなかった。自分の握る刀がえらく滑稽なものに見えさえする。

「構えろ。[立刀・(やまと)]。」

 全の手には刀が握られる。修司の刀より長く厚みがあるように見える。修司が正対し腰の前に真っ直ぐに構えていたことに対して全は右足を引き斜めに刀を構える。その姿は凛とたたずむようだ。構える修司に全がやおら迫る。右から振られた全の刀を受ける修司。守りきれずに修司の右腕に浅く刃が入る。連撃の中でどうしても少しずつ切られていく。反撃の隙もない。

「お前のどこかで見たなんとなくの型では心得のある者の太刀は受けきれない。自分の型であるからこそ適した形、長さ、重さのアームズでなければならないのだ。」

 全の指導の中で修司は羞恥心や自己嫌悪で心が覆われそうになったが、それよりもこの貴重な一瞬を、煌めく一太刀を見て覚えねばと思った。そして自分の肥やしとし、己の型を作らねばと歯を食いしばり耐えていた。全の連撃を受けていると呼吸も忘れ、次第に頭が白くなるような感覚に襲われた。その時修司のアームズは耐久の限界を迎えた。きっと全は手を抜いていたであろうが修司のアームズは保たなかった。修司の手は痺れでわなわなと震えていた。呼吸もひどく乱れている。

「明日までに真摯に向き合ったアームズを用意しとけ。」

「はぁはぁ、はい・・・。」

 続けざまに全の指示は飛ぶ。

「マラヴィラをやってみせろ。」

「・・・はい。[黒刀]。」

 刀を構える、全否定された刀と構えを見せることに躊躇があったが、今の修司にはこれしかできない。意を決して臨む。刀を横に振りながら唱える。

「《水蓮刃》。」

 刀は3回振る。周囲には水のしぶきが散った。

「水で刃を延長しリーチを操作する技か。」

「そうです。」

 正直修司は驚いた。今の三振りの中でイメージ通りの水の刃を創れたものはなかったし、それにあの一瞬の水の形を全は捉えていたというのかと。全は依然として鋭い視線で修司を見つめ問う。

「水のマラヴィラの特徴はなんだ。」

「・・水は、エネルギーではないから飛ばしたりするとその運動に他より余分なエナを消費するけど、形があるからこそ維持することは難しくはない。・・・それと温度変化で氷にすることができます。」

「そうだ。だからお前は接近技を選び運動によるエナの消耗を少なくした。だがマラヴィラによるダメージは電気、炎、土、水、風、光の順に小さくなっていく・・・お前は水の刃で雷の刃に勝てるのか?」

「!?」

 修司は何度も核心を突かれる。

「電気のマラヴィラの特徴は?」

「高威力だけど形状維持が難しくすぐ霧散してしまう。遠くまで届かせることができるが、攻撃距離と威力の減少の比例が著しい・・・。」

「つまり、水と電気で競うならば水の得意な土俵に持ち込まなければならない。」

「でもどうやって。」

「《水蓮刃》。」

 全の刀に水の刃が宿る、おおよそ20cmは延長されただろうか。全は修司の理想の形をあっさりとやってのけた。しかしそれだけではない。全が一振りするたびの水の刃はその形状を変え、ある時は青龍刀のような膨らみを創り、ある時は先端を二又の槍のような形状に変えた。

「水の流動的な形を活かすことで、相手の不意を衝く形状、リーチを創る。本来一度コンバートしたアームズは形を変えない、という常識の穴を突く。」

 自分の稚拙な技も全が扱うとこうも違うのかと、こうも実戦に活かせるものになるのかと痛感した。修司はもういたたまれない心情であった。しかし全から思わぬ言葉が出る。

「発想自体は悪くない。」

 修司はスッと顔を上げた。

「だが、お前はまだエナの性質や特徴を理解しきれていない。学校の授業で学んだことよりももっと先の、身体的な理解が足りない。」

「・・・はい。」

「だからまずは理論からだ。」

 修司は全の言う理論と言うものを初めて理解した。

「・・・アームズやマラヴィラの特徴を理解した上で自分の個性と重ね合わせたスタイルをつくっていくことが全さんのいう闘技の理論なんですね。」

「そうだ。最後に残りの属性の特徴を答えて見ろ。」

「はい。火は電気よりはエナの維持が容易で安定させれば距離があることによる威力の減少を抑えることができます。しかし全体的にみるとエナの消費は大きいです。風は一番エナの消費が少ない代わりの威力が出しづらく、戦闘での使用は難しい。土のマラヴィラ遠隔攻撃で最も威力の減少が少ない代わりにコンバートの速度は遅めで、光はそれ自体にほとんど攻撃力はなく、高密度でようやく威力がでるので、そのため目くらましや搖動に使うことが一般的です。」

「教科書に描いてある程度は分かっているな。」

 全が褒めているのか貶しているのは分からい。

「マラヴィラ性質の話としては、炎は燃焼系と爆発系、水や水流系と氷結系、土は砂岩系と泥土系、電気は放電系と帯電系、光は発光系と熱線系がある。この区分も覚えておけ。」

「は、はい!」

「マラヴィラの訓練は、内容を変更してすべての属性のコンバートの精度を上げる内容にする。帰ってからも毎日三属性以上はコンバートの練習をしておけ。」

「はい!」


 明く土曜日、薄曇りの中、修司は朝早くから個人訓練場にいて何度も刀をコンバートしてみた。長さや重さを変えて何度もコンバートをし、握ってみる。

 俺に合ったアームズ・・・俺のスタイルに合ったアームズ・・・俺のスタイル・・・。考えるほどのわからなくなる。自分が戦っていた形はすべて授業の中で教わったものを崩しているだけだ。それに武器が変われば握りも間合いも変わる。それは自分のスタイルも変動していくってことじゃないのか?その中で自分のスタイルを見つけるなんて・・・。

 途方に暮れる修司はふと昨日の全の構えを真似てみる。

 確かアームズは斜めに、こんな感じで・・・こう振るのか?いやこうか?これは動き辛くないか?

 ブンブンと音を立てる刀。修司はいくつかの違和感があった。

 ここがこうならもっと、動きやすいし・・・剣先ももっと下がってる方がいいだろ。

 再び刀を振って確かめる。どうやら先ほどよりも動かしやすいようだ。納得したようにうなづいている。

 イイ感じだな。でももっと腰を下ろした方がいいのか?あ、これだと走り出しが遅いか・・・じゃあスライドを大きくとって・・・。あれ?

 修司はゾクッとした。今まさに自分のスタイルを生み出しつつあることに気付いたのだ。修司は続ける。夢中になって刀を振った。30分もすると一連の動作が生まれる。そしてやっと感じた。

 この刀だと重すぎる。それにもっと長くないと移動の負担が大きくなるぞ。・・・これが、これがスタイルとアームズを生み出すってことなのか!

 修司がコンバートし直した刀は78cm、刃は薄く、重さを抑えた。鍔は楕円、柄に紋がある。

 完成だ・・・。名前は・・・もっと特別なものを付けるか。

 

 その30分後に全が来てモグラとの鬼ごっこが始まった。自分より先にいた修司に全はほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが、何も言わずに準備に取り掛かった。

「いつも通りのコイツを追う。ただ今日は刀を使う。コンバートしてみろ。」

「はい。・・・[オニキス]。」

 修司のアームズをしばらく見てから、全はモグラに後を任せた。モグラもいつも通りの地面から出ては逃げ、そしてたまに石を投げつける。ただ修司はいつも違かった。これまでよりも一歩一歩のストライドが広く、スピードが乗ると地面に描かれた無数の円の中の1つ飛ばして次の円を踏むこともある。モグラが石を投げると、修司は刀で切るのではなく、石の軌道上に刀を置き、守るように弾こうとした。しかしわずかにズレ、石はこめかみに当たる。

 まだだ、もっと走っているときの揺れを抑えないと石を捉えきれない。

 修司は腰を落とし走り、走る際の上下運動を減らすように注意する。そのおかげか、はたまた待つ弾き方にしたおかげか、2時間後に終わってみると30個近い石を弾けていた。いつもと違う動きに予想以上に疲労した修司はその場にへたり込む。

「午後はその刀が使い物になることを見せてみろ。」

 全の言葉に修司は息を切らしながら頷く。


 1時間ほどの休憩の後に午後の訓練が始まった。修司は朝に生み出した型で構える。全がゆっくりと近づき一振り。刀で防ぐ。修司の腕は切れていない。

 刀が良く動く!

 続く二撃に修司は足を切られたが思わず一振り反撃をだす。全は身を引いて避けた。修司はまた構え直す。今度は修司から仕掛ける。長いリーチと広いストライドで一気に間合いを詰める。全は刀で防ぐ。短くキンッと音がした。修司は攻撃の手を緩めずに次の一振り。また身を引く全。

 今だっ!

 その回避を予測していた修司は大きく踏み込んだ一歩で渾身の突きを放つ。[オニキス]の切っ先は真っ直ぐ全の右胸に向かう。気付くとそこに全はいなかった。修司が首元に金属に触れたような冷たい感触を感じた。背後から全が修司の首に刀を当てている。

 またダメだった・・・。

「悪くはない。」

 全の言葉に一瞬思考が止まる。

「だが、まだ改善の余地がある。喫緊の課題はその耐久度だな。」

 見ると修司の刀は刃こぼれがひどかった。

「薄く軽く創るせいで強度が落ちている。」

「でもこれ以上重いと・・・。」

「一つはお前の筋力の強化、もう一つは刀の刃の部分だけでも強く創るようにすることだ。後者はすぐにできる。」

「そんな方法もあるのか・・・。」

「あとは刀という武器の特徴を考えながら、コイツと手合わせだ。《人偏・影武者》。」

 全の影から刀を持った人型の影が出てきた。以前にも修司の訓練中に全がこれと戦っていた。

「お前がコンバートし直したら開始だ。」

 修司は刃こぼれした[オニキス]をリリースしもう一度コンバートし直した。少しだけ刃の先にエナ集中させてみると違和感がない程度の変化で強度を上げられた、かもしれない。

「コイツとの戦闘で何も掴めないようなら・・・。」

 全が言葉を言い切る前に影武者が動き出す。影武者は全とは異なる構えで迫る。まるで修司が昨日構えたような型だ。しかしその姿は様になっている。揺らめく影が上段の構えを取り、振り下ろす。修司は避ける。追いかけてくるように水平切りが迫る。今度は受ける。力強い。すかさず影武者は右足で修司の腹を蹴り飛ばす。

 エナの塊だからこんなに力があるのか、確かにモグラも力持ちだったしな。・・・これはどうだ!

 修司は勢いよく走りだし、影武者の背後に回る。瞬時に身を翻す影武者。修司はまた後ろを取ろうとしたが、影武者は常に正対した状態を保つ。

 コイツ頑なに後ろを取らせないな・・・。後ろってそんなに大事なのか?・・・もしかして刀は構えからして正対しているのが一番強くて、それを維持するのがコツなのか?だから全さんもバックステップで避けて、常に俺を正面に捉えていたんじゃないのか?

 修司は正面から影武者と向き合う。鍔迫り合いでは押し負けるが何度も挑み、相手の行動のパターンを読もうとした。

 ・・・刀の武器としての特徴。今改めて分かったぞ。片方にしか刃がないことは一見切れる面を減らしてしまったように思えるが、この棟があることで強度を生み出し、ここに手を触れることもできる。そして切る、突くに優れたフォルム。それが刀だ!

 30分ほどして全が終わりの合図を告げると影武者は溶けるように消えた。

「刀の特徴は何だ?」

「刀は・・・切ることと突くことのバランスが取れていて、重さを活かした高威力の一撃を生み出すことができる。でもその反面真横から太刀を受けてしまうと脆い、そういう武器だと思います。」

 修司が影武者が上段からの強い一振りの次には真横から水平切りを多用することが、修司の刀を折るためだと気付いていた。

「・・・少しは考える頭があるようだな。」

 全の一言に修司は安堵した。


 その後、マラヴィラの訓練は夜になるまで行われた。修司は高威力のマラヴィラを出すことが苦手であることを伝えると全は。

「お前はおそらく常に無駄なエナを垂れ流しているからだ、掌の直前でエナを溜め込むイメージ、例えばダムに水を溜め、それを決壊させるまで保つ。そして限界がきたら一気に放出する。やってみろ。」

「はい。」

 掌に意識を集中する修司。しかし修司の意志に反して手から水が溢れるように滲みだした。

「もっと強く。己のエナを制御しろ。」

 ・・・掌のダムに・・・エナを溜め込み、溜めて・・・溜めて・・・。

 修司は掌が熱くなるような感覚がある。手の平に高密度なエナを溜める感覚など知りもしなかった。

 ・・・もう限界だ!

 修司が限界を迎えエナを開放すると掌から直径60cmほどの水の塊が飛び出し、漂っている。修司はこめかみの血流がドクドクと脈打つのを感じた。手の平は解放感と共に鈍い痛みがある。

「これがお前の一回に出せる限界量だ。これを今後の訓練でより大きく、そして数も出せるようにする。」

「はい!」

 修司はこれまでにない充実感を感じていた。

ルーザーストラテジー用語

水のマラヴィラ=俗に水流系と氷結系に分けられる(文部科学省指定教科書にはその区別に関する記述はない)。氷結系の方がマラヴィラとしての威力が高いがエナの消費が大きく、また水流系のマラヴィラの持つ〈変形〉という利点がなくなってしまう。

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