スタイル
「やっぱ女の子とはやり辛いわ~。」
根津は不服そうな顔でそう言った。【闘技】を行った闘技訓練場から歩いていく帰り道、迫間は補修があるからと滝田と先に走って戻って行った。
「確かに少しギクシャクする感じがあるよね。」
「二人は誰と対戦したんだ?」
「俺は細田さん、夏目さん、原ちゃんやったな。原ちゃんは強かったわ~、あの人の薙刀は癖もんやな。」
「僕は柊さん、愛川さん、細田さんだったね。最初の柊さんにボコボコにされて、そのあとも散々だった・・・。」
「俺は篠河、雪野、柊だったけど、柊はすごかったな。普通の男より強いし、もしかしたら滝田に以上かもかも・・・。」
根津はキョトンとした表情でこちらを見ている。
「そ、そりゃ・・・当たり前やん。」
「え?」
「え、逆に知らんかったん?柊さんは【錬磨】の中の同学年でトップの実力なんやで?」
「柊さんって【錬磨】の人だったの?」
「あ、言っとらんかったか。」
「通りで強いわけだ。・・・いやそれにしても強すぎないか?」
「なんか中学の時も色々と特訓してたらしいで、実家の方針やらなんやらで。」
「そうだったなんだ・・・。」
「根津は柊と部活で戦ったりするの?」
「ああ、まあ何度かはあるけど、毎回負けてるな~。ほらあの子アホ強いやん。ははは」
修司が放課後に一色と共同向かおうとしていたら、廊下の奥から南野が現れた。
「お、真夏。」
「この間の幼馴染さん。」
「こんにちは、えーっと・・・。」
「い、一色学です。1年2組の。」
「一色君、この前も修司といてくれたね人だよね?」
「は、はい!」
一色は緊張した面持ちだ。
「真夏、この間はありがとな。それでさ、生き物をコンバートする人の件はどうだった?」
「うん、今リストを見せるね。」
南野はカバンから7枚ほどの紙の束を出した。所々付箋が張ってあったりラインが引かれたりしている。
「こんなにいたのか・・・。」
「何知りたいのか分からないから一応学校の創立から調べたら17人いて、それがそのリスト。上から2ページがここ10年くらいの人たちね。」
南野はすらすらと資料について説明した。南野の仕事ぶりに一色は目を丸くしている。
「よくまとめたな~・・・これもらってもいいか?」
「いいわよ。バックアップもあるし、あげるわ。」
「ありだと、今度食堂でなにかおごるよ。」
「やった!じゃあ、ミルクレープね。」
南野はうれしそうに去って行った。
「あの子すごいね。」
「あ~、なんでもやりこむタイプだからな。」
翌日の全さんとの訓練の後、俺は闘技の時間の事、武器の選択などを聞いてみた。最近はへとへとにはなるが足が動かなくなったり、倒れこむことがほとんどなくなった俺は訓練の後に全さんを引き留め、話を聞いてもらう余裕もあった。全さんは俺がもっと戦闘全般のことも指導してほしいという話をずっと黙って聞いた後にゆっくりと口を開いた。
「お前はまだ俺に剣を教えられていないが・・・戦い方も教えろと?」
「全てが剣術なじゃないか、と。」
「・・・明日も同じく基礎をやるの。」
「・・・はい。」
やっぱりダメか・・・。
「・・・その後まずは理論からだ。」
「・・・え?」
「不服か?」
「いいえ!」
言葉が足りないがきっと良いということなのだろう。思わず快諾されたことに驚いたが、それよりもいよいよ本格的な指導が始まるかと思うとその方がうれしかった。エナの理論なんかは授業でもやっているし、相当な知識があるという自信があった。
早く理論を聞き終わればすぐに剣術の指導をつけてもらえそうだな。
テンションの上がった修司は続けて質問をぶつけた。
「そう言えば全さんはここの大学生ですか?」
「・・・答える必要はない。」
「違うんですか?」
「おしゃべりする気はない。」
全は振り返り森の中に消える。
まずいこと聞いたのかな?
木曜の【エナ理論】の授業。桐山先生の話を聞きながら修司は今日からの訓練の事をずっと考えていた。
「・・・であるから、エナの基本構造はこれまでの原子の理解から大きく外れるもので、本来なら原子の体積や質量は容易に変えることができないのにもかかわらず、エナはノーベルの意志で容易に操作が可能であり・・・・。」
もし全さんの剣技をそのまま使えたらきっと柊や滝田どころか日下部にも通用するはずだ。それに真夏のくれた資料に全さんの記録がないってことは卒業後に生命のコンバートを覚えたんだろうから俺も卒業までに覚えられるかもしれないぞ。
外はポツポツと雨が降ってきて窓に雨粒が張り付く。今朝から思わしくない天気だっただけに当然のことではある。
あ、雨だ。前も雨の日に訓練したけどその時は・・・あ、全さんが屋根をコンバートしてたな。でもあの大きさの物をコンバートするってなかなかエナの量あるよな、ここの先生とかと比べるとどうなんだろな、それって。
「・・・エナの重さと高度は一般的に比例するものであり、高密度のエナほど固く強靭なものになるが、意図的に重くとも強度を低く創ることも可能であり・・・。」
あとは武器をどうするかだな・・・俺もやっぱり双剣にするか、盾を持つか・・・やっぱり盾の方がいいのか?柊のスタイルを見ても汎用性は高いよな。
「・・・コンバートした固形物は変形させたり接合させることはできず、このことからエナは一度安定させるとエナの粒子の結合が強くなる半面、再度不安定にさせることはできないことを・・・。」
全との訓練はいつもよりもハードになっていた。これまではモグラを追いかけていただけだったが、今日は近づくとたまにモグラが小石を投げてくる。修司はそれをできるだけ剣で受けるように言われたが、走りながら3センチ程度の小石を弾くのは容易ではない。200回以上は投げられたが剣で弾けたのは10程度だった。足の疲労に加えて肩にも筋肉の張りがあり、腕が真っ直ぐ上に上がらないほどになった。5分ほど休憩をしてから念願の指導が始まる。
「まず聞く、お前の戦闘スタイルはどんなものだ。」
「片手剣のファイターで・・・。」
修司は言葉に詰まる。自分のスタイルとは何か、改めて聞かれると明確なものが浮かんでこない。
「この時点でお前が自分がなにで勝負するのかを自覚していないことが分かる。」
「・・はい。」
「では、知っている誰かのスタイルをできるだけ細かく挙げて見ろ。」
「えーっと・・・両手の盾を2つ持って、相手が盾に触れると電気で反撃するアタッカーがいます。」
「そいつの強みは何だと思う?」
「・・・防御が硬いことと・・・あとは・・・。」
「観察が足りないな。では弱みはなんだ?」
「持久戦が苦手で、あとは乱発するとエナの消耗激しいこと。」
「ではなぜそいつはそのデメリットを知っていてもそのスタイルを取ると思う?」
篠河さんがあのスタイルに行きついた理由・・・。
「!?・・・自分にはそれが合ってると思っているから?」
「それも正解だ。だが抽象的すぎる。もっと具体的に背景を考えろ。」
「・・・ファイターとして戦うだけの体力はないけどマラヴィラは得意だからアタッカーをやって、それで自分が運動が、動き回るのが得意じゃないから・・・盾でカウンターを狙ったんだ!」
「おおよそそんなものだろう。あとは特定のアームズ、スタイルへの憧れ、固執なども考えられるがその人間の特徴を知ることでなぜそのスタイルを選ぶのかを推測することができる。」
修司は真剣な眼差しで全の話を聞く。全の言葉には常に修司の心に刺さる何かがあった。
「そこで考えるのはお前の個性や得手不得手はとは何かだ。」
「俺の・・・個性・・・。」
自分の個性などこのユニークエナだけだ。でもそれは戦闘に何かしらの影響を与えるものではない・・・。そう考えてしまい修司の思考が停まる。修司が答えを出す前の全が話しだす。
「これまでの観察で、お前の個性は・・・。」
修司は息を飲む。訓練の汗が額から首に伝っていく。
「その黒いエナと多少の根性ぐらいで、ほとんど特出したものはない。」
「・・・はい。」
「・・・だが、どの能力も並み以上ではある。」
肩を落としていた修司が顔を上げる。
「しかしお前の難点は自分の事を深く追求しないことだ。」
「・・・。」
「お前は自分と向き合わず、何が必要か自分が何者かも分かっていない。それは自己防衛であり現実逃避でもある。」
修司が自分の心を見空かれているような気がした。
「お前の人間性に踏み込む気はない・・・ただ、だからお前がまずやることは本当に自分にあったスタイルとアームズを見つけるために多くのアームズとスタイルに触れることだ。」
「!?」
「明日からは異なる武器を試していく。まずは刀だ。1つはコンバートできるように名前と形を考えておけ。」
「は、はい!」
「明日から柄を握っておく必要もない。それと、お前がマラヴィラで一番得意な属性は何だ。」
「たぶん水だと思います。」
「ではマラヴィラをどう戦闘に活かすか、その技の名前も考えておけ、これはまだ実現できなくてもいい。」
「はい!」
「今日はこれで終わりだ。」
全は帰って行った。想像したものとは違かったが修司には手ごたえがあった。自分だけでは考えられない、いや考えようとしなかったことを全に言われ、視界が開けたようであったからだ。それにきっとこれが簡単な理論ということでアームズをコンバートしたりマラヴィラを考えて来いと言われるということは思っていたよりもずっと早く剣術を教えてもらえるのではないかとウキウキしていた。帰り道に修司は授業で使った刀型の木刀をイメージしながら何度かコンバートをして形を創った。そして寮に着くと一色の部屋を訪ねた。ドアを開けると水色の部屋姿の一色が出てきた。
「どうしたの?修司。」
「今時間大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、入って。」
一色の部屋はきれいに片付いていて、部屋の隅には画材とキャンパスが置いてある。
「そういえば絵が好きって言ってたな」
「ああ、うん。描いてると落ち着くし、それに色々なマラヴィラのイメージも湧いてくるんだ。」
「あ、そうそう、そのマラヴィラについて聞きに来たんだ。」
「何かあったの?」
修司は今日、全に与えられた課題について一色に伝え、一色がマラヴィラをどう使おうと考えているのかを聞きに来たのだ。
「・・・そうか、いきなり実戦が近づいたね。でも実現可能じゃなくていいって言うのはどういうことだろうね?」
「たぶんまだ実現できなくてもと言ってたから、そこはエナの操作が上達したら思った完成でいいから、今は戦闘にどう取り入れるかを考えろってことかと思う。」
「ああ、そうなるとまあ普通は遠距離攻撃がまず思い浮かぶよね。」
「うん、俺もファイターとして攻撃範囲に幅を持たせるために、とは思うけど俺の今の能力だと水を十分な速度や威力で遠くに撃つことはできないしな・・・。」
「確かに水のマラヴィラはそれ自体がエネルギーじゃないから移動させるのは難しいよね。でもそれも含めて将来的にはこうやります!って説明してみたら?」
「やっぱりそれが一番かな・・・。」
「あとは他の属性のマラヴィラを試すか・・・火や風は苦手じゃないよね?」
「まあまあかな。でも火も持続時間が課題だし、風は攻撃も防御にも有効性は低いよな。・・・一色はどんなマラヴィラを使うんだ?」
「僕は無難に火の玉や放電系かな。それに色のエナを混ぜて錯乱と目隠し的なね。」
「火や電気はやっぱそうなるよな。」
「あとは水は氷に派生させて壁とかもありだよね。」
「それはまだ厳しいな。俺の精製能力だとそこまでは創れない・・・。」
「修司は割とファイター寄りだもんね・・・。」
「悪いな、せっかく案を出してくれるのに。」
「いいんだよ、僕も頼りにされてうれしいんだ。」
「ありがとな。」
「じゃあさ・・・。」
一色は自分の可能な限りマラヴィラの案を出した。