男女混合闘技
6月の第1週の水曜日。空はどんよりと重い雲に覆われ、いつもより低く見える。迫間と滝田は先週の中間テストの成績が振るわなかったらしく昨日から補修を受けている、今日もこの【闘技】の時間の後は補修があるようだ。一色はいつもは迫間と特訓しているらしいがこの期間は一人でマラヴィラの練習をしている。根津に言われたようにアタッカーとして叩く覚悟を決めたのかアームズの大きさや重さも扱いやすいものにしたようだ。そういえば根津は相変わらず部活に打ち込んでいる、この前は新しいアームズの名前を熱心に考えていた。俺も変わらずに基礎の動きをひたすらやっている。しかし数日前から少し変更もあり、ついに剣をコンバートした状態で動けと言われるようになった。また少し実践的なものに近づいてきたと個人的には思っている。あと最近少し気になることがある、今まではてっきり土日のどちらかが全さんは休みにしているのかと思ったら、今日みたいに突然休みを伝えられることがある。急用なのだろうか、朝に突然窓を叩く音が聞こえて見ると手紙を加えた鳥がいた。この鳥も全さんのコンバートしたものなのだろう。それに急用はなんなのだろう、この前真夏からメールが届いて動物をコンバートする卒業生の中に全という人はいなかったそうだ。そうなるとあの人は・・・。
「ねえ、修司ってば!」
「あ、ごめん。」
一色が心配そうに見ている。
「ほら、今日から男女混合でマラヴィラありの闘技が始まるんだからよく話聞かないと。」
グラウンドの端に並んだ生徒の前で国谷が注意点を説明をしている。
「・・・と、このように他の対戦組に近いと互いが邪魔になるためいつもより広くスペースを確保した。それ以外は男女の関係はなく思いっきりやるように。」
女子の方から「えっ。」と驚いた声がちらほら聞こえた。男子もめんどくさそうにため息をつく者もいた。
「ノーベルとして相手が異性だろうと身を守るために全力を尽くせ。以上だ、では先ほど説明したように位置に着け。・・・ピーッ!」
笛の音と共に一斉に散った。修司は対戦相手の優等生の篠河瑞季は早速アームズをコンバートしていた。
「[エスクード]。」
確か篠河さんは盾を二つ持つスタイルなんだよな、よくそんなスタイルで戦おうと思うよな・・・。てかみんなもう結構特徴ある武器持ったりしてんだよな、それに比べて俺のは・・・。
「[ブラックジャック]。」
生徒が全員コンバートしたことを確認してから国谷の開始の笛が鳴った。
「よろしくお願いします!」
そう言って篠河は距離を詰めて来る。修司はよろしくとつぶやいて剣を振った。剣が篠河の盾に当たる瞬間に篠河が何かを言った。
「《コリエンテ》。」
篠河が言葉を発した瞬間に盾は黄色い閃光を放ち、放電した。飛び退く修司。わずかに右ひざに被弾したようだ。膝の内側が冷たいのかと錯覚するような感覚がある。
マラヴィラか。マラヴィラにも技の名前を付けるとアームズのコンバートと同じで安定かつ効率的にコンバートできるんだったな。でも今のレベル・・・結構なアタッカーなんじゃないか?
一瞬だけであったが放電した範囲は修司の可能な範囲より大きかった。ずれた眼鏡を直した後、篠河はまた距離を詰めて来る。修司は足を活かして横に回り込む。そして素早く背後から切る。しかし1つ60cmの盾を持つ篠河は素早く盾を剣の軌道にもっていく。
「《コリエンテ》。」
今度の放電は右足のすねに当たった。また距離を取る修司。
参ったな・・・これは。
また迫る篠河。相手の攻撃に合わせてマラヴィラを使う、言わばカウンターアタッカーに修司は最善策を思いつかずにいた。正面から篠河の左盾が迫る。修司は水平切りで応じる。
こうなりゃ肉を切らせて・・・。
「《コリエンテ》。」
電撃が修司の右足と腹に当たる。足を集中的に狙い動きを鈍らせるようだ。篠河がふと修司の顔を見ると、不敵に笑っている。そして小さくつぶやいた。
「悪いな。」
修司は左足で左盾の上から篠河を蹴り飛ばした。篠河は盾を跳ね上げられバランスを崩す。すかさず修司は剣を上から降り追撃する。
「ドカッ。」
鈍い音が響く、篠河の右盾が修司の腹に入る。さながら鉄のボディーブロー。威力はそこまでではないが剣が振れなくなった。
「コ、《コリエンテ》。」
修司は腹にまともに電撃を食らった。右足と腹部に痺れが効いてきた。
これはやばいんじゃ・・・。
しかし篠河の追撃は来ない。見ると篠河は息を整えているようだ。ずっと攻め続けてきたせいで息が上がっている。
元々運動は得意そうじゃないし、それにあの盾を扱いながら走るのは相当来るんだろな・・・。でもこれはチャンスだ。
今度は修司から仕掛ける。修司から仕掛けてくるとは思わなかった篠河は一瞬戸惑ったがすぐに防御の姿勢になった。剣が盾に触れる。
治世さん、来ても餌食ですよ!
「《コリエンテ》。」
放電は空に散る。修司は盾に剣が当たるやいなや素早く身を引いていた。即座に篠河の左横に回り込み剣を一振り。
無駄です。
また盾で防ぐ篠河、守る範囲の広い盾は多少反応が遅れても小さな動作で防御が可能だ。
「《コリエンテ》。」
しかし修司はもう篠河から離れている。また左に回る修司。
その規模のマラヴィラを何度も撃って消耗、盾で動き回って消耗。さあどうする!
その後篠河が守り放電することを繰り返すこと2回、明らかに篠河に疲労の色が見えてきた。だが・・・。
「終了!そのまま20分の検討時間始め!」
篠河はすぐに盾を置いて頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「あ、ありがとうございました・・・。」
せっかく追いつめていたのにと拍子抜けする修司はその場にしゃがんで篠河との検討を始めた。最初に口を開いたのは篠河だった。
「消耗戦は素晴らしい作戦でしたね。正直もうダメだったと思います。」
「そうか、合ってたか、よかった。」
「私からは治世さんは動きがとてもよかったけれど、技のレパートリーが少ないように思いました。切るか蹴るの選択肢しかなくては他の人とはどうなんでしょうか?」
「お、おう、レパートリーか・・・。」
「私の改善点も教えてください。」
篠河がぐっと近づいて来た。おでこに薄ら汗が滲んでいるのが分かるほどの距離に顔があった。
「し、篠河さんは・・・体力じゃない?」
「体力。」
じっと修司を見る篠河。
「重い武器を持って動けるようになれば強いんだろうけど、今みたいにすぐに息切れてたら遠距離系のアタッカーには部が悪いかなって。」
「確かに・・・だから動けるようになれと?」
「そんな感じ。」
まあ俺が動くことしか練習してないから、それが気になるだけなんだけどな。はは。
残りの時間は篠河に電気をコンバートするときのコツを聞いて次の相手となった。
この子は確か雪野恵・・・だったかな。武器は棍棒か?でもこの子なら余裕そうだな。てか逆にやりづらいな・・・。
雪野は小柄でおどおどした生徒である。武器のロッドは[ラビットコンダクター]。
開始と同時に雪野はロッドを胸の前にかざして叫ぶ。
「み、《水猿・黄火猿・岩猿》」
すると水でできた猿、火でできた猿、土でできた猿が現れる。
「生物のコンバート!」
修司は思わず声が出た。その声に雪野はビクッとし、それを見た猿たちは怒って興奮しだした。
この子も生き物をコンバートしてる・・・もしかして全さんとも関係あるのか?だってこれって相当珍しんだろ?
目の前での出来事のせいですっかり違うことを考え出した修司に3猿が襲いかかってくる。猿の威嚇で引き戻された修司は即座に猿に切りかかるが、水猿はひらりと避ける。速さは全の狼よりずっと早い。一匹に気を取られている間に頬を黄火猿に引っ掻かれた。ダメージはそれほどでもない。
これは無視して本人を叩くしかないぞ!
修司が雪野に向けて走り出すと猿の攻撃が凶暴性を増す。主人を守ろうというのだろうか。猿に引っ掻かれ、噛みつかれながら雪野の所まできて剣を振る。
「キャ、《猫かぶり》。」
地面から巨大な砂の塊が現れ雪野を包み込んだ。その外観は巨大な猫が雪野を食べたようだった。剣は砂にめり込むが雪野までは届いてないようである。その間も猿が喉元に噛みついてくる。
今度はこっちが持久戦を仕掛けられるのか・・・。
手で払いながら剣を振る。偶然にも岩猿の横腹に剣が触れる、触れた瞬間あっさりと猿は崩れ落ち消えてしまった。
コイツら耐久はほとんどないんじゃ・・・でも手で払っても消えなかったぞ・・・でも剣だと簡単に・・・!
修司は猿から距離を取り向き合う。跳びかかる2匹の猿。修司は左手を握り思いっきり振る。手が体の前を過ぎる時に握っていた拳は開かれ、手の中からはビー玉大のものが5、6個飛び出した、真っ直ぐ跳んできた猿たちはその玉に当たると弾けるように消えた。
エナで創られたものに弱いのか・・・なかなかの賭けだったな・・・。
残った時間で雪野の砂の守りを壊そうとしたが壊しきる前に国谷が終わりを告げて検討の時間になった。砂の猫から出てきた雪野はなぜかすぐに頭を下げ謝った。
「ゴメンなさい!」
「ん?ゴメン、なんのこと?」
「その・・・あんな卑怯な戦法で・・・。」
「いや、あれも立派な戦い方だと思うよ?俺もあれができるならやりたいしさ。謝ることないって。」
「柊さんに卑怯だって怒られて・・・。」
「ああ・・・柊さんか・・・。」
気まずそうな雪野に修司はできるだけ優しく声をかけた。
「それはさ気にしなくていいんじゃないか?嫌がられるってことは相手が苦戦するようないい戦法ってことだろ?」
「・・・そう・・・ですかね?」
「そうだよ!」
「ふふふありがとうございます。」
初めてみた雪野の笑顔は天真爛漫で愛嬌に満ちたものだった。修司は戦闘中も聞こうと思っていたことを思い出した。
「あ、全く関係ないんだけどさ、雪野さんって全さんって人知ってない?」
「全さん?」
「雪野さんと同じで生き物をコンバートする人なんだけどさ。」
「ごめんなさい、思い当たる人はいないです・・・。」
「そ、そうか・・・。」
そして本日最後の相手はなんと柊楓。挨拶もそこそこに武器を構えている。武器は50cmのマインゴーシュ型片手剣と盾のセットの[クライシス&セイブ]。
この人苦手なんだよな・・・。
開始されると柊はすぐに攻めてくる。早い。これまでクラスの男子と戦ってきた修司もこのクラスのスピードの相手はしたことがない。修司も負けじと動くが柊が冷たい目で見据えたままついてくる。そして修司が何とか引き離そうと剣を振ったのが間違いだった。盾でバッシュされた剣は腕ごと弾かれ横一線に切られた。バックステップで深くは切れらなかったがほぼ肋骨まで剣が入っていた。
強い、滝田クラスに強い。そしてなんてためらいのない切り方だ。
また柊が来る。修司は足を使う、この女の隙を見つけるために動くしかない。しかしどう動いてもついてくる、フェイントにも引っかからないし、じわじわと距離を詰められている。
なんて体力しているんだ。
そしてついに追いつかれ剣が迫る。受ける修司。いや受けるはずだった。剣は軌道を変え右前腕を切る。柊の剣は40センチほどの小柄なものだからこそ小回りが利く。それに急に太刀筋を変えるセンス。すべてが修司よりも上手だった。
終わる頃には修司は右手を使えず左手でどうにか構えている状態で、片膝を着いていた。そして検討の時間。
「柊さん強いね。」
「当たり前でしょ。」
「・・・。」
柊は修司の方を見もせずに答え、会話もしたくないといった様子だ。
「なんか俺の直すとことこあったら言ってもらえるとありがたいんだけど・・・。」
「直すところ?そんなのいっぱい。アンタが一番分かるでしょ?」
「まあ、そうかもしれないけどとりあえず何かあればいってくれないか?」
「全部よ全部。全部が私の能力に劣ってるから負けたんでしょ。」
「・・・。」
柊はぶっきらぼうにそれだけを言って水道までスタスタと歩いて行った
やっぱり俺コイツ苦手だわ・・・。