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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
13/50

続・訓練

 その日の訓練は短時間で修司を追い込むものだった。いつもなら7時間はかけて行う訓練を半分程度の時間で同じほどの練習強度を求めるようなものだった。

訓練場の様子からしてこれまでの反復横跳びやモグラ潰しの時とは違っていた。個人訓練場にはすぐには数えきれないほどの円が敷き詰められたように並んでおり、地面を埋め尽くしている。

「この円は70センチ間隔で並んでいる。常に円を踏みながらモグラを追え。できるだけ最短距離の移動を意識しろ。」

簡単な説明だけでいつも通りモグラに指導を替わる。修司は手前の円の中に入る。風もなくうっすら雲が覆う空の下で深呼吸をする。

見た所直径40センチの円が100くらいか。これを何分やらされるんだろうな。

モグラは地中に潜り、15mほど離れた場所の円に頭を出す。頭のライトがこちらに向かって光っている。モグラが大きく笛を吹き訓練が始まる。修司は即座に足を踏み出す。足場の円を踏んでいることを確かめながら、最短距離でモグラへと向かう。モグラの手前の円を踏むとモグラは地中に消える。視界の端に動きを感じ左を向くと今度は30mほど離れた所にいる。こうして修司は延々とモグラを追い続けた。暗くなると全が光る球体を空に浮かべ個人訓練場を照らしている。

 4時間ほどして訓練は終わった。今日の訓練は今までの訓練に比べて肺への負担が大きなものだった。心肺への負担が長距離走のような、口の中が血の味をするような、肺がズキズキと痛むような感覚があった。無論ふくらはぎや太ももにも強い痛みがある。座り込む修司を置いて全は帰ろうとする。

「全さん。」

「なんだ?」

「もし、もし俺の友人をここに連れて来たいと言ったらどうしますか?」

「・・・道場を開く気はない。」

「・・・友人の何人かはここを知ってる。」

「そいつらにも教えろというのか?」

「・・・いえ、聞いてみただけです。」

全は消えて行った。残していった光の球はぼうっと淡い光を放っている。

全さんがもしも一色や迫間も訓練してくれるとしても、それをあいつらが耐えられるのか分からない。それにもしこれに大した意味がなかったらそれこそ二人には無駄な努力をさせることになる。本当に頼むとしても俺が見極めてからじゃないと・・・。

 

 帰り道に幼馴染の南野と出会った。修司を見つけるとひどく驚いた様子で近寄ってくる。

「ちょっと、修司どうしたの?ひどい顔してるよ?」

こんなに疲労困憊な修司を見たことはないようだ。

「ああ、いやちょっとな。」

「ちょっとって・・・。これじゃあおばさんの心配も分かるわよ・・・。」

「まあ、気にするなよ。」

「そうやって!」

何の説明もしない修司に真夏は怒った様子だった。

「あ、それよりさ、新聞部って卒業したノーベルの記事があったりするのか?」

「それよりって!・・・もう、あるわよ、30年近く前のデータまであるわよ。」

「あのさ、もし時間があったらでいいんだけど、その中で動物をコンバートする人がいないか調べてくれないか?たぶん10年以内の卒業生だとは思うんだけどさ。」

「いいけど、なんで急に?」

「ああ、ちょっとな。」

「また!・・・はあ、分かったわよ。時間があるときに調べるわ。」

「ありがとな。」

「その代わり、そのちょっとのことを近いうちに教えてよね。」

「ああ、分かった。じゃあまたな。」

南野はやりきれないという顔で手を振った。

 

 翌日は土曜日なので朝から訓練が行われた。寮を出る時に一色が心配そうにしていたが、明るく振る舞った。

 その日も昨日と同じ内容だった。基礎の段階からステップアップしたということなのだろうかと修司は思った。1日訓練をした後に倒れる修司は衝撃の言葉を聞いた。

「明日は休息日だ。よく体を休めろ。」

 思ってもいなかった。意外と全という男は計画的に訓練を行っているのかもしれないと思った。

 久しぶりの休みな気がするな。一色や迫間がゴールデンウィーク中に何して過ごしてたか聞かないとな。あと電気もコンバートできるようになっておきたい。・・・ああ俺ってこんなにやりたいことあったんだな。

 

 日曜には朝から一色と迫間と共に共同訓練場に来ていた。授業で使う闘技訓練場や第2訓練場などもあるが、そこは普段は部活で使われている。一方この共同訓練場は校舎から少し離れている代わりに使用者は少ない。広さもサッカーグラウンドが3つは入るほどなので申し分ない。修司は迫間と一色にこれまでの事を改めてできるだけ丁寧に説明した。

「・・・で、治世の訓練は毎日モグラを追いかけているのか。」

「ああ、そうなるな。」

「うーん、そうか~。」

迫間はどうも腑に落ちない様子だ。

「迫間君はその全さんって人のこと何か分かったの?」

「ああ、木崎先生とかに動物をコンバートすることについて聞いてみたんだけど、コンバートした後も運動をするものってエナの繊細なコントロールと消費の大きさからノーベルの中でもそんなにできる人はいないとは言ってた。」

「じゃあ、その全さんもすごい人ってことじゃん!」

「そうかもしれないけど、ただユニークエナみたいな特殊な場合でもそういうのが得意な人もいるし、何年も鍛練すればできる人は少なくないみたいだぜ?」

「迫間は結構否定的に見てるな。」

「いや、だってさなんか怪しくないか?急に特訓してくれるなんてさ・・・。」

「まあ・・・そうだね。」

「とりあえず、今度の金曜での結果でまた考えるから、今は様子を見ててくれ。」

一色は不安そうにうなずき、迫間も渋々納得したようだ。

「それよりも一色や迫間は何して過ごしてたんだ?特訓はどうなった?」

「僕は・・・実家で絵を描いてた・・・。」

「絵?ど、どうして?」

迫間と修司は目を丸くしている。

「あ、ただウチが変わっててね。あ、でも剣技の練習はそれなりにしてはいたよ。僕のユニークの使い方もなんだかうまくなったみたいだし。」

「お!見せてみろよ!」

うなずくと一色は空中に弧を描く、軌跡には青い線が残る。以前とは違い、太く描かれている。「おお!」と声を出す迫間。

「さらに・・・。」

一色が手の平を上に向け、揺らすように動かすと、空中の線はゆらゆらと動いている。

「まあ、ただ動くだけなんだけどね。へへ。」

「でもこれをうまく使えたら戦闘にも活きるかもな。」

修司は自分もこんなユニークならよかったなと思った。一色のユニークをうまく使えば目くらましにもなるだろうし、もっと鍛錬すれば有用な使い方が見つかるかもしれない。それに比べたら修司のユニークは何の利点もない。たまに自分のユニークのメリットを考えてみるが、未だに見つからない。

「迫間君はなにか収穫あったの?」

「ああ、俺は親戚のノーベルの人に色々教えてもらってな。やっぱり自分に合ったアームズとスタイル、あとは名前が大事だって言ってた。あとはずっと実践形式で相手してもらったけど・・・ノーベルの戦いはマラヴィラが重要だな。」

「それって電気とか熱エネルギーのコンバートとかってことだよな?」

「そうそう。俺らはまだそこまでうまくなってないけど、これが相手への直接的な攻撃にもなるし、光なんかは目くらましや揺動にも使える。一色なんかはこっちで戦った方がいいんじゃないか?」

「・・・うん、考えとく。」

一色は気乗りしないようだ。

「その人が言ってた自分に合ったアームズやスタイルってのはどういうことなんだ?」

「ああ、なんかやっぱり剣や槍、斧とかいろいろ試してみて、しっくりくるのを使った方がいいんだとさ。そのために授業とかは積極的に新しい武器を試して、そんで空いてる時間でまた違ったアームズのコンバートの練習するんだって。あとスタイルってのもアームズで近接戦闘なのか、エネルギーをコンバートして遠距離戦闘なのか、さらに言ったら攻め中心か、守って相手のエナの消耗を狙うかとかもあるらしいぞ。」

「色んな武器と戦い方か・・・。」

「俺はこの休暇中に刀も斧も槍も試したけどやっぱり双剣がいいって思ったな。あ、色んなアームズを試すからこそ真剣に名前を考えろって言ってた。」

「なんだか一気にやることが増えた気がするね。」

「そうだな。でもこれを他の奴や上級生はやってるんだもんな。」

「まあとにかく、少し手合わせをして成果を確かめますか!」

迫間は勢いよく立ち上がる。

「いいね!・・・まあ僕は全然特訓できてないんだけどね、へへ」

「俺もあんまり変わってはないと思うけどな。」

「まあまあ、ジャンケンで勝った二人が最初の対戦な!」

 3人は休憩を挟みながら2時間ほど手合わせをした。迫間は目に見えて戦い方にバリエーションが出ていた。基本は手数の多さで相手を翻弄し、フェイントでうまく隙を作るといったスタイルだろうか。一色は色のエナを浮かべ目隠しに使うようなスタイルを試したようだ。ところが修司は何も目新しいことができなかった。素早い足さばきで相手を・・・と思っていたが普通に反応されてしまっていた。

「迫間君、すごい上達したよね?」

帰り道で一色を驚きと喜びの混ざった声で聞いた。

「そうか?特訓の成果かもな!でも一色もチャレンジして後半はいい感じだったんじゃないか?」

「う~ん、今後に期待って感じかな。修司も身のこなしが軽やかになったよね?」

「え?そうか?」

修司は驚いて聞き返す。

「うん、なんとなくだけど足取りが軽い?なんて言えばいいかな。」

「なんとなくか・・・。」

「治世は足中心の特訓だし、成果は見えにくいのかもな。」

 修司は自身が成長したのかは甚だ疑問だった。自分が思っているよりも体は動かず、期待していた結果ではなかった。あれだけの訓練をして少し身軽なだけでは割に合わない。

 そして約束の金曜日が訪れた。

 授業が終わると修司はすぐに個人訓練場に向かった。穏やかな午後の森を一人で歩く。その足取りはやや急いでるようにも見える。7割の不安と3割の期待で胸がドキドキとした鼓動を感じる。まるで人生を決めるほどの大事な試験を受ける前のような、そんな感覚であった。手には言いつけの通りに柄を握っている。修司にはこの柄を握る生活を始めてから気付いたことがあった。それは物を握り続けることがいかに人間にとってストレスであるかと言うことである。全に最初に与えられた課題でも剣を握っていたが、その時は肉体のダメージを感じてはいたが毎日握っていると筋肉や精神の疲労の他に継続し続けることへの負担とでも言うのか、修司にはストレスがかかってた。しかしそれもここ数日は慣れてきて、どこか自分が剣士であることへの誇りに近いものを感じることさえある。この柄の先に剣を想像し、振ることもある。

 この充実感が3割の期待を生み出す源である。全との訓練や全自身に感じるそこはかとない不安や疑念に駆られる日々であるが、たまに感じるこの不思議な充実感が修司を支える。しかし同時にその充実の裏にモグラを追いかけただけの自分に成長を感じられないことが引っかかってしまう。

 この2週間が走馬灯のように思い出され、修司は大きく深呼吸をした。そして訓練場に着く。正面にある日の光が目に刺さる。細めた目は木に寄りかかる男の姿を捉えた。全は修司に気付くと歩きだし、20mほどの距離まで近づいてきた。

「今日の訓練は分かっているな?」

「はい」

「これから30分間、コイツらの相手をしてもらう。《獣偏・(かげ)(ろう)》。」

「えっ!」

 全の影がゆらりと影が伸び、そこから7匹の狼が這い出るように現れる。狼はあるものはその場に伏し、あるものを全の足元にすり寄っていた。修司はこの狼と対峙したことがあることに気付く。剣を握る課題の最後に修司を襲った狼だ。

コイツらやっぱり全さんがコンバートしてたのか。あのときは5匹だった気がするけど今日は7匹、しかも30分も・・・。万全だからって俺はいけるのか?

「[ブラックジャック]。」

 柄はリリースし、剣をコンバートした。30秒ほどかけて[ブラックジャック]がコンバートされていく中で修司は落ち着いて構える。

「始め。」

全は平たんなトーンで開始を知らせた。


ルーザーストラテジー用語

《》=マラヴィラの名前にはこの括弧が付く

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