マラヴィラ
「また明日も、同じ時間にだ。その柄が消えたら同じものを創れ。」
倒れこむ修司に全は指示を与えて去ろうとする。
「はぁはぁ・・・待って・・・くれ。」
修司は息を切らしながら全を止める。声を出すのも辛い。
「・・・なんだ?」
「・・・剣術は・・・はぁ、いつ教えてくれるん・・・ですか。」
「不満か?」
「・・・不安なんです・・・はあはぁ、教えてもらえるのかが・・・。」
「・・・。」
修司は自分の不安を口にした。しかしこれだけでも聞いておかねば訓練を続けられないと思ったのだ。何度も折れそうになる心を支えるには大事なことだった。
「・・・立てなければ歩けない。歩けなければ走れない。」
全は言う。修司は意味を考える。
「基本のできていない奴は基本からだ。」
「でも、でもじゃあ、いつになったら剣術を教えてくれるんですか!」
修司は思わず強く言ってしまった言葉に自分でも驚いた。
「・・・来週の金曜に成果を試す。そこでお前も分かるはずだ。」
それだけ言って全は消えて行った。モグラは修司を心配そうに見つめている。
俺も分かるって何がなんだよ・・・。俺が基本もできてないことがってことか?・・・でももし、そこで俺の実力が証明できれば俺はついに・・・。
修司は静かに闘志を燃やしていた。
翌日も同様の訓練が行われ、訓練の時間以外も修司は言いつけの通りに柄を握り続けていた。なぜか全は「明日の練習は午後4時からだ。」と言った。疲労で頭の回らない修司は生返事をして帰った。へとへとになって寮に戻ると玄関で後ろから名前を呼ばれた。
「修司君!」
振り返ると一色がいた。
そういえば明日からは学校が始まる。すっかり忘れてた。
「どうしたの修司君、ボロボロじゃないか!」
「ああ、これか・・・まあ特訓してたって感じかな。」
「特訓!どんなことをやってるの?」
「うーん、今は基礎しかやってないけどさ・・・。」
修司は反復横跳びとモグラを追いかけてるだけでこんなにクタクタだと思われることが恥ずかしい気がしてなんとなく誤魔化した。
「そっか・・・それの成果は出てる?」
「どうなんだろな・・・はは。」
「まあ疲れてるだろうから、また明日ゆっくり話してね!」
「ああ、また明日な。」
一色は階段を上がり自分の部屋のフロアに行った。
全さんのことってみんなに言っていいのか?でもどういえばいいんだ。強い人がいて・・・でも俺あの人の強さなんて全然知らなくないか?
修司はそんなことを考えながら眠りについた。三日月が空に浮かぶ。
翌日、登校する途中にそこら中で再会を喜ぶ声が聞こえる。特に女はどうして数日会わないだけでこんなにも大騒ぎするのかが修司には分からなかった。下駄箱では迫間と一色がいた。
「おう!治世久しぶり~!」
迫間が元気にあいさつしてくる。
「おう、おはよう。」
「あれ治世、右手に何持ってるの?」
「ああ、これはちょっと。」
「あ!それが一色の言ってた特訓か!」
「え!そうなの?」
迫間と一色は興味深く見てきた。
「まあ、そうなんだけどさ・・・。」
「これってどういう?握力強化的な?」
「う~ん、どうなんだろな?」
「隠さないで教えてくれてもいいじゃんか~。」
洗いざらい話さなければならないと修司は思った。
「・・・実は今、全さんって人に訓練してもらってるんだけど。」
「おおー!トレーナー付きか。」
「何年生?」
「その人強い?」
「どこで知り合ったんだ?」
一斉に質問が飛ぶ。しかし。
「いや、実はあんまりその人のこと知らなくて、前にみんな探検して見つけた誰かの訓練場で会ったんだけどさ。」
「知らない人か・・。」
「うん、それであんまり特訓ってほどの内容はやってなくて・・・だからまだ信頼していいのかも迷ってる。」
「・・・そうか。」
「で、でももしその人がヤバい人だったらさ・・・。」
なんとなく気まずい空気が流れる。
「その人って、大学生か?」
迫間が何かを考えながら聞く。
「いや、それも分かんないな。見た目は20代前半って感じだけど。」
「と、なると大学生か、もしくは申請して卒業後もここに住んでるってことだよな?」
「そうなる・・・な。うん。」
「もしかしたら先生とかに聞けばどんな人か分かるかもしれないから、少し調べてみるわ!」
「ありがと、迫間。」
「迫間君は頼りになるな~。」
「っへへ、よせやい。・・・うわっ!」
照れる迫間が後ろから押し飛ばされる。
「邪魔なんだけど。」
柊楓が押したようだ。取り巻きもいる。
「押すことはねーだろ!」
「うっるさいわね、ホモ!」
「なっ!誰が!」
「朝からむさくるしいのよ、男同士で!」
そう吐き捨てて柊は教室に向かう。後ろをキャハキャはと取り巻きがついていく。
「なんだあの女!」
「柊さん・・・やっぱキツイな~・・・。」
教室に入ると滝田と根津が3人に気付いて元気にあいさつしてくる。
「おまえら久しぶりー」
「いや~、1週間でも長く感じたわ~。」
「おはよう。」
「久しぶり!2人とも部活の合宿どうだったの?」
「おう!俺はなんやかんや全日本の人と練習ができてスゲー充実してたぞ!」
「俺はまあ、今度の【闘技】の授業で見ててくれって感じやな。」
「3人はどうだった?一色と迫間は帰省してたんだろ?」
「ああ、うん。俺はのんびりしてたぞ。」
「僕はまあ、いつも通りに家で過ごしてた・・・かな。」
「なんやねん、ぼんやりしてるな~。ははは。治世君はどうやったん?一人で残って寂しかった?」
「まあ、ゆっくりしてたよ。」
根津が茶化しながら聞くがそれに修司は正直には答えなかった。
「あれ?治世?何手に持ってるんだ?」
「あ。これは・・・まあ、握力の強化で。」
「なんや、自分も特訓してるやん。もうみんな秘密主義やな~。」
明るく言う根津に修司は気まずいものを感じていた。そのうちに根津にも正直に話さないといけないと思った。迫間も一色も同じような気まずさを感じているように思えた。
午後の授業は【精製】だった。木崎は1週間ぶりの再会の挨拶と、自身は家族と沖縄に行ってきたという話をして授業は始まった。
「今日はね、いよいよ電気や水などの固形物ではないもののコンバートをやってみようと思います。みなさんは【エナ理論】の授業でその特徴は習っているわよね?だれかそれを答えられる?」
学級委員の篠河が手を挙げる。
「はい、じゃあ篠河さん。」
「はい、固形物ではないもののコンバートはものにより消費されるエナの多少が異なり、火や光などはコンバートしたそばから分散してしまうために常に精製し続けなければならず、水や風に比べるとコンバートが難しいとされています。」
「そうね!他には?」
「すべてのノーベルは努力次第で非固体のコンバートをすることができますが、個人によってコンバートできる量や持続時間などの差が大きいのも特徴です。そしてそのような固形物ではないものをコンバートして行う攻撃を【マラヴィラ】と言います」
「はい、ありがとう!さすが篠河さんね。」
篠河は凛とした表情のまま眼鏡をクイッと上げた。
「今篠河さんが言ってくれたように、火、光、電気、水、風といろいろなマラヴィラがあるけど、人によって得意不得意があるから、自分の得意なものをまずはコンバートしてみましょう。それで・・・よいしょ、これを見ながらイメージを膨らませてやってみましょうね。」
木崎は大きなカバンの中からろうそく、電池と電球、液体の入ったペットボトル、手持ち扇風機をいくつも出した。それを4人1組の班を作らせ配る。
「この火や電気のマラヴィラはそれなりに威力のあるものだから闘技でも相手にダメージを与えやすいわね。剣技が苦手な人はこっちを頑張れるって手もあるわよ。」
コンバートした火や電気は実際の火や電気よりも危険が少ないが、エナでできたものであるために、アームズで切られたときと同じような痺れを相手に引き起こすことができる。そのため闘技においてはこの火や電気を用いた攻撃は有効な手段となる。
「はいじゃあ、ろうそくだけは間違えても倒したりしないように気をつけてね。はい、始め。」
滝田と一色はろうそくの火を見ながら熱心にコンバートを試みている。滝田の方は何の反応もないが、エナ操作が得意な一色は開始数分で豆粒ほどだが火を灯せている。安堂はペットボトルを色んな角度から見て目を閉じるとすぐに手から水が滴り始めた。
俺はとりあえず、空いてる手持ちの扇風機で・・・。
修司はよく分からないが風を顔に当てながら、右手で風を出してみようとした。(授業中は柄をリリースしている。)しかし、どうも分からない。実体のない風のコンバート。何を創ればいいのかが全くイメージできない。ものの数分で諦め、電池と電球を手に取った。電球を光らせて、それをイメージする。明るい、この電球を創るイメージ。すると修司の手には真っ黒な電球の模型がコンバートされたが、全く光っていない。試しに光らせようとあれこれやってみたが、どうにもうまくいかない。電気も同様にコンバートされている感覚はない。もうピンポン玉ほどの火を出せている一色と進歩ない滝田の隣でろうそくを見つめる。
火のイメージ・・・。燃える、熱い、赤くて・・・。
一向火は出てこない。温まっている様子すらない。突然滝田が大きくのけ反る。
「あーっ!ダメだ~。なあ、一色コツってなんかないのか?」
「コ、コツか・・・。」
滝田は一色の掌に揺らめく火の玉をうらやましげに見つめる。
「参考になるか分からないけど・・・滝田君はどんなイメージでやってる?」
「う~ん、なんだろな、とりあえず火、そのものって感じか?」
「あくまで僕のやり方なんだけど、自分のエナが燃料みたいになって燃えるイメージでやってるんだけどどうかな?」
「燃料か・・。」
「うん、燃えている火を創るんじゃなくて、エナを燃やして火を創るみたいな・・・。」
「おお!なんかできそうな気がしてきたぞ!サンキュなっ!」
エナを燃やすイメージか・・・。ちょっと俺も一色先生のやり方を参考にしてみるか・・・。俺のエナが燃えて・・・火が付く!
その瞬間に、ボッと小さく短い音を立てて修司の手の平に爆発のような火の玉がでた、うずらの卵ほどの大きさで黒い炎だった。
「修司やったじゃん!」
「火も黒いんだな。」
「おお、おう!」
修司は火が出たことにも驚いたが、喜びからか一色が自分の名前を呼び捨てにしていることにも気づきなんだか照れくさい気分がした。
「おお!俺も今火が出たぞ!」
直後に滝田も手の平に豆粒ほどの火種を創ることができた。修司もその後10分ほどの練習をして2秒ほどは火を灯し続けられるようになった。
「はい、みなさん一回注目してね。現時点で3つ以上の種類のものをコンバートできる人は何人いますか?」
一色と柊、篠河、それに根津を含めた6人程が手を挙げた。
「じゃあ、そうね・・・渡さんは宮本君と席を替わって、それぞれの班で、今手を挙げてくれた人はいろいろコツやイメージのし方なんかを教えてあげてね。」
渡と宮本が席を替わる。
「あとね、この中で風のコンバートが1番エナの消費が少ないわよ、だって風のコンバートは実は純粋なエネルギーそのものを精製しているようなものだから、変換効率がいいのよ。だから火や光の維持が難しい人は風で練習してみるといいかもね。」
そうか。風はエネルギーの発散し続ける火や光なんかとは違うから、効率はいいのか・・・。それに純粋な力・・・だいぶイメージが湧いて来たぞ。
席替えの指示があった時点で一色は火、水、風をコンバートでき、光に挑戦していたため、とりあえず安堂、滝田、修司に風のコンバートのコツを教え、次に安堂が滝田と修司に水のコンバートを教え、逆に滝田と修司が火のコンバートのコツを教えた。最後は光のコンバートを全員で練習した。
結局授業が終わるまでに一色は今日の課題のすべてのものをコンバートできるようになっていたが、滝田は火と風、安堂と修司は水と火と風だけは少しだけコンバートできるレベルにはなった。修司は火も水も黒かったがそよ吹く程度に出せた風は色がなかったように見えた。しかしどれもまだ実戦で使えるレベルではない。
「一色すげーな~、やっぱ操作は敵わねーわ。」
授業後に滝田が一色を褒める。
「いやいや、でも根津君の火の方がずっとすごかったじゃん、ね?」
褒められるのに弱いのか、根津に振る。しかし、確かに根津の火は規模も持続時間も群を抜いていた。バスケットボール大を2つも出して、3分はそのままだった。
「いやいや、こんなん部活でやってただけやから、そんなに褒めんといて!」
根津はわざとらしく照れた演技をしておどけてみせた。
「【錬磨】じゃこんな訓練してるのか?」
「ああうん、見た目重視の技も多いから、必然的に派手な火や電気使えるように先輩にみっちり教えてもらえるんや。」。
「そういうのっていいよな~。」
迫間は悔しそうに言う。
「迫間君やって風のコンバートいい感じやったやん。」
「風って、あれは一番攻撃力ないようなもんじゃねーか・・・。闘技じゃ使えねーよ~。」
うなだれる迫間。
なんやかんやみんなうまくいってるようで良かったな。俺も頑張らないと!
放課後は一色と迫間にこれから訓練があることを伝えて別れた
ルーザーストラテジー用語
マラヴィラ=電気や火などをコンバートして攻撃すること