表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
1/50

入学式

 人類には眠っていた力があった。新人類の誕生後、その力が目覚めるまでおよそ20万年。人類の中でこの力に目覚めた者は人口の0.000023%ほどになる。

 その力は、まさに魔法。何もないところから武器を創りだし、火や水を生み出す。肉体は常人のそれよりはるかに強靭で、人類の新たな進化の形とも言われるようになった。

 研究者はこの未知なる力の源になるエネルギーを「エナ」と呼び、日本政府はエナの精製、操作に目覚めた子女を集め、制御する術を修める学園を創設した。

 

 それが今から半世紀前のことである。現在日本には毎年60人前後のエナの発現子女、通称「ノーベル」の存在が確認されている。そのほとんどは14,5歳に能力に目覚め、16歳になるとエナの制御を学ぶために東京の「国立仙進学園」に通うことを義務付けられている。この学園では学生全てが親元を離れ寮で暮らし、日々エナの鍛練と勉学に勤しんでいる。


「ここが高等部校舎か。」

 昨晩、寮に着いた時には分からなかったが、この学園はかなり広い。学園の敷地内にある寮から高等部校舎まで園内バスで10分もかかるし、そもそも敷地内に道路を作ってバスを走らせていること自体がもう…常軌を逸している。

 昇降口には新入生のクラス分けが張り出されていた。他の新入生も張り出された名簿から自分の名前を確認し、下駄箱に靴を入れると、次々と階段を上っていく。

 えーっと、治世、治世、治世…2組か。

 白い壁とスタンドグラスが印象的な階段を上り、親切にも新入生用の案内板がある。「1年教室こちら」の表示に従い、無事1年2組の教室へと着いた。中にはもう生徒がほとんど集まっているようで、みな集合時間ギリギリの俺を一瞬見ると、また友達と話したり、携帯をいじったりした。黒板の掲示を頼りに窓側から2列2番目の席に座った。荷物を下ろした瞬間に担任教師らしき眼鏡で短髪の若い男が教室に入って来て言った

「おはようございまーす。」

「オハヨーございマース。」

「えー、みなさんはこれから大講義堂に移動して、入学式になるのですが、その前に出席確認をするので席に着いてください。」

 教師の指示でみなササっと席に着き、静かに次の言葉を待った。

「はい、ありがとうございます。じゃあ呼ばれたら返事してください。安堂海輝。」

「はい。」

「一色学。」

「はい。」

 ・・・クラスの人数はざっと20人。これが3クラス分だとすると学年で60人くらいか。日本全国から集めてもこんなもんなんだな。って言うか…以外とみんな普通の高校生って感じだな。てっきりもっと…。

「…治世。治世(ちぜ)修司(しゅうじ)。」

「あ、はい。」

 教師は反応の遅れた俺の顔をちらっと見て、また点呼を取り出した。修司は少し顔が赤くなるのを感じた。

「…よし、これで全員だな・・・。ではみなさん、出席番号順に廊下に並んでください。なお携帯は電源を切って教室に置いておくように。」

 教師が廊下に出ると全員が続いて廊下に出て並んだ。

 

 大講義堂に着くと高等部の上級生らしき生徒が座って入場する新入生を見ている。大講義室は空調のせいか4月のまだ肌寒いせいか、少しひんやりとしていた。着席の合図で座ると、意外に良い椅子のようで若干沈む感覚が心地良かった。

 入学式の開式宣言の後、学園長の挨拶。恰幅が良く初老の男が壇上に上がり、一礼をして渋くしかし優しい声で話し始めた。

「みなさんこんにちは。私はこの国立仙進学園の学園長の飛騨善次郎です。みなさんもご存じの通り、この学園は日本で唯一のノーベルのための教育機関の側面を持ち、今年も59名のノーベルが入学しました。ノーベルのみなさんはここでエナの制御、操作、普通教育を受け、自らを高め、社会に貢献できる人格へと成長してもらいたい。また同時に一般生徒の新入生も165名入学し、この学園を選んで来たということがみなさんにとって有意義なものになるであることを願うとともに、夢や目標に向けて日々の勉強に力を入れてもらいたい。・・・・・・・・・・。」

 校長の話の通り、ノーベルでもない生徒もいるようで、見た目は同じ人間なので違いはないが、確か制服の襟の校章が緑なのがノーベルクラスで、黄色が一般クラスの生徒だ。学級も1組から3組がノーベルクラス、4組から8組までが一般、だったかな。

「・・・と、長くなってしまいましたが、最後に1つだけ話をします。みなさんは才能や能力はどのように決まると思いますでしょうか。ノーベルには他の人とは違った才能があります。それは人より優れていることですね。・・・ではエナの操作のできない一般の人はどうでしょう。ノーベルより劣っているのでしょうか?」

「みなさんに知ってほしいのは世の中には優れた人物が大勢いるが、劣っているなどと言われる人間は一人としていないのです。人間の価値は単に何かが得意か不得意か、できるかできないかなどでは決められないのです。・・・人にとって能力より大切なのは努力することです。自分と真摯に向き合い、自己研鑽、つまり自らを磨こうとすることが大切なのです。」

「みなさんが努力のできる人間であることを心から願っています。改めて本日は入学おめでとうございます。これから豊かな学園生活をともに過ごしましょう。」

 そう言うとニッコリと微笑み、一礼をした。

 

 教室に戻ると教師がクラスをぐるりと見渡し、話を始めた。

「入学式お疲れさまです。先ほども教員紹介で名前は聞いたと思いますが、改めて自己紹介をします。私は桐山正影と言います。この1年2組の担任と社会系科目、エナ史と基本概念の授業を行います。出身は栃木県、好きなものはスキーです。私もこの学園を7年前に卒業しましたので、みなさんの先輩ということになります。では1年間よろしくお願いします。」

 数秒遅れで拍手が起こる。桐山先生は少し笑顔になった。

「と、このような感じでみなさんも自己紹介をしましょう。では安堂くんから、どうぞ。」

「え!あー、安堂海輝です。出身は長野で、好きなものはマンガとサッカーです。勉強はあんまり得意じゃないので是非助けてください!」

 拍手と笑いで少し和やかな空気になった。実際、地方出身の人が多いだろうし、周りがみんなノーベルという環境で不安と緊張から固い空気だったのだと思う。

一色学(いっしきまなぶ)です。出身は東京の立川で、絵を描くのが好きです。・・・。」

「枝祐樹です。出身は鹿児島県です。・・・。」

「川元清です。・・・」

自己紹介が進むにつれてツッコミが飛んだり、ふざける奴がいたりとかなりいい空気になった。何人か無愛想な奴もいるが全体的には良さそうな人が多いクラスだ。

「・・・。よろしくお願いしまーす!」

 次が俺か。

「治世修司です。出身は埼玉で、好きなものはナタデココと映画鑑賞です。よろしくお願いします。」

 拍手が起きる。無難に終わせることができてよかった。

 その後、1年2組全20名の自己紹介は和やかな空気で終わり、明日からの授業予定や学園生活の諸注意があった。午前はそれで終わり、昼食の時間になった。窓際は暖かな日差しが入って心地よかった。みな自分の席で静かに食べている。不意に隣の席の男が振り返り話しかけてきた。

「あの、治世君だったよね?僕、一色学。埼玉のどこが出身か聞いていい?」

「ああ、うん。浦和だよ。」

「そうなんだ~。僕のおばあちゃんも埼玉で、熊谷なんだけどさ。それで聞いてみて・・・。あ、午後って何時から始まるっけ?」

「確か1時からじゃないかな。そんで学園内の案内があるとか・・・。」

「学園案内ってことは高等部校舎だけじゃなくて学園全部を見るのかな?」

「ああ、そうじゃないか?予定だと2時間以上案内事時間あるし。」

「だよね。でもここって相当広いよね~。僕来るときにバスのこと知らなくて、歩いて来たから30分もかかっちゃってさ・・・。あ、寮は何号館なの?」

「第3だよ。本屋のそばの。」

「え!第3!僕もそこなんだ、215号室だよ!」

「そうなのか。俺は426号室。」

「426ね。覚えておくよ!」

 一色は柔らかい雰囲気の男で、身長は171センチの俺より少し小さいくらいか。少しうねった髪が幼さを感じさせる顔立ちを際立たせてる。どことなく上品で控えめな物言いに好感のもてる人間だ。その後も一色は学園生活初日で話すことのできたクラスメイトの俺を質問攻めにした。

 

 午後はまず簡単に高等部校舎を回った後に隣の大学部校舎、図書館、食堂、第1グラウンド、体育館と歩いて行ける範囲を回った。この学園は高等部の他に大学部があり、教育、医療、理学、経済など専門的な分野に進むこともできるそうだ。ノーベルは高校だけが義務としてこの学園にいなければならないが、大学からは自由に進学先を選べる。またノーベルは30歳まで進学のために寮に住み、学園内で生活することも許されるそうだ。ここの寮の家賃は破格なのでそんな人もたまにいるらしい。授業に使う施設は比較的校舎の近くにあるので、移動の負担は少ない。体育館の次は隣のフェンスで囲まれたグラウンドのような場所に着いた。芝生のように草の生えたエリアと土のエリアが半分ずつあり、手前に小さな小屋がある。端には何かの的やコンクリートの柱のようなものが立っていた。ここもまたえらく広い。遠くに見える森林エリアの木が日光を跳ね返している。少し中に入ったところで桐山先生が説明を始めた。

「ここは闘技訓練場です。皆さんも知っているかと思いますがノーベルは護身とエナ操作の修練のために闘技、格闘の訓練もします。一年生の授業としては【闘技】、【精製】で使うことになります。高等部校舎からは5分くらいは移動でかかるので、しっかり時間を考えながら移動してくださいね。」

 ノーベルは日本において毎年60人ほどしか生まれない貴重な存在である。それ故危険な思想をもつ者に襲われる危険がある。ノーベルが出現し始めた当初はその存在を忌み嫌い殺害しようとする輩がいたらしい。が、しかし現在は法の整備も進み、ノーベルも社会では安全に暮らせている。社会的にノーベルの迫害思想なんてほとんどない。それにノーベルは無意識に体内に濃度の高いエナを張り巡らせているので、普通のナイフで刺されてもまずケガをしないほど丈夫にできている。聞いた話ではいわゆるピストルで撃たれても軽いやけどと内出血で済むそうだ。そんなノーベルを襲って危険な目に合わせる人間がいるとしたら・・・。それは同じノーベルだけだろう。きっとそういうノーベルによるノーベル襲撃事件でもあってこんな授業があるのだと思っている。隣の一色は熱心に先生の話を聞いている。


「ではこれからはバスに乗って園内の様子を見ていきます。自由席ですが奥から詰めて乗ってくださーい。」

 闘技訓練場の脇に停まっていたバスはこのためか。ちょうど足が疲れてきたからうれしい気遣いだ。俺の隣には当然のように一色が座った。よく見ると他の何人かも固まって座っていて、早くも友達グループができているようだった。バスが走り出す。


 そこからはバスに乗りながらぐるりと学園内を回った。桐山先生はさながらバスガイドのように見える施設を説明した。学園の敷地内には先ほどの教育施設の他に、衣料店が数点、本屋に電気屋、カラオケ店やボーリング場、飲食店にスーパーもある。淡々と生活をするだけなら十分にこの学園内だけでこと足りる。むやみにノーベルの学生が学園外に出ることを回避するためだろう。そう思うと少し息苦しかった。

 窓を興味深く見つめていた一色がこちらを振り返る。

「ここってさ、結構自然が多いよね。」

「ああ、そうかもね。」

「これだけ敷地にしては無駄に森林のエリアが広くてさ、もっと外部施設を入れれば面白いのに、温泉とかさ~。」

「いや、でも普通の学校からしたらだいぶすごいけどな。」

「そうだけどさぁ・・・。あ!あれって!」

 興奮する一色が見つめる大きな石造りの建造物を桐山バスガイドが説明する。

「右手に見えるのは闘技場です。毎年秋にここでは闘技大会が開かれます。それ以外は部活で使ったりもしてます。授業では使わないので中を見たい人は後で個人的に見に行ってみてください。」

「闘技大会・・・。」

 一色は目を輝かせながら窓に張り付いている。闘技場は次第に小さくなるが、木々の中、頭一つ抜けて茶色がいつまでも見えていた。

 

 その日の帰りは一色と寮まで帰った。夕暮れの道を歩いてみることにした。何かあって歩かなきゃいけないこともあるだろうし、道を覚えて損はない。夕暮れの中同じように歩いて帰る生徒の横を自転車に乗っていく上級生の影が追い抜いて行く。少し冷たい風が吹いている。

「治世君はさ、親元離れるのって寂しくない?」

「うーん、まあ寂しくないとは言わないけど、まだ離れて一日目だし、緊張とかでそこまで寂しく感じてはないのかもな。」

「そっか・・・。なんか治世君って大人だよね。」

「大人なのかな?多分少し冷めてる性格だからだよ。」

「確かに治世君は大人しいけど、でも冷静に自分の事を分析してるし・・・。」

「いや、家族に言われてただけなんだ、修司は冷めてるってね。」

 そういって修司は笑ってみせた。

「あ!治世君笑った!」

「いや、俺だって笑うぞ。」

「てっきり笑わない人なのかと思ったよ。」

「おいおい・・・、明日からはもっと笑うようにするか。」

「うん、その方がいいよ!」

 一色はうれしそうだった。夕日で照らされて無邪気な笑顔が輝いている。

 

「じゃあまた明日!」

 寮の食堂で夕飯を食べた後に一色と別れて部屋に戻った。寮は全部屋個室で6畳、ユニットバス。ミニ冷蔵庫、エアコン、ベッド、机が備え付き。部屋に入るとすぐにベッドの横になる。修司はカーテンを閉め忘れていたことにも気付いたが今は少し休みたかった。

 意外と疲れは溜まっているもんだ。緊張と、あと歩き疲れ、そんで気疲れ。一色はイイ奴だが、やはり初対面だし気は遣う。早くシャワーを浴びて寝よう。

 シャワーを浴びて翌日の日程と準備を確認しベットに潜り込む。肌寒さを感じた部屋だったがベッドの中は徐々に温まっていく。ぼやける意識の中で改めて思う。

 一色はイイ奴だ・・・。

ルーザーストラテジー用語

エナ=原子とエネルギーの間の存在。

ノーベル=体内に高濃度のエナを持つ人間。

治世修司=仙進学園1年2組。この物語の主人公。

一色学ぶ=仙進学園1年2組。くせっ毛のイイ奴。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ