衛王
芙蓉園は皇后や妃嬪たちの憩いの場であり、思案の場でもあった。皇后は亭で丸椅子に腰掛けて、芙蓉園の花々を見つめた。そこに宮女が茶菓子を持って現れた。聞くと宜妃からのものだという。皇后は宜妃のならばと、林惠に受け取らせた。
「皇后さまは宜妃さまを好いておられるので?」
「そうね。宜妃は裏表がなくて付き合いやすいわ…それに控えめで落ち着くの」
「さようでございましたか」
林惠は受け取った茶菓子を卓上に広げた。花を象った焼き菓子で甘い香りがあたりに漂う。
「四人の妃がいるけれど、気を使ってくれるのは宜妃だけね…私の好物を持ってくるなんて」
「芳妃さまや愨妃さま、それに麗妃さまは皇子を皇太子にすることばかり考えておりますから」
「それに陛下は女官に熱を上げている…」
話していると甘い香りに誘われたのか、皇妹の成華長公主と宜妃の息子、衛王が亭にやってきた。恥ずかしがり屋の衛王は長公主の手を握ったまま、もじもじしている。
「お義姉さま、ご機嫌よう。お菓子の匂いに誘われて来ちゃったわ」
そう言いながら長公主は皇后の隣に座った。衛王はそれにならうかのように皇后の対向かいに腰を下ろした。
「長公主の鼻はお菓子には敏感ね。宜妃からのお菓子よ。衛王殿下、お一つどうぞ」
「母后が口を付けていないので食べられません」
衛王の言葉に皇后と長公主は顔を見合わせた。とっさに林惠が言う。
「衛王殿下は母に礼を尽くしたのです。目下のものが、先に口をつけたら無礼だと」
林惠の解説に二人は納得して、皇后はお菓子を一口かじった。すると衛王は嬉しそうにお菓子を頬張った。無邪気で愛くるしい衛王の表情に皇后は自身の子を身ごもりたいという気持ちにかられた。
「衛王殿下、口の周りにお菓子がついていますよ」
皇后は手を伸ばして衛王の口の周りについた菓子をとった。衛王はこの優しく皇后に懐いていた。逆に自身を目の敵にしている妃たちには近寄らなかった。それは子どもの本能的なものであった。