表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

Ⅱ 朝陽 ― 違

 数日間の療養の後、(王子)は帰還した。

 隣に未来の王太子妃を伴って。


 皆喜んで、喝采した。

 僕に彼女に、祝辞を述べた。


 父上も母上も、騎士も僧侶も。

 賢者も愚者も、貴族も平民も。

 国の全てが祝福した。


 だからきっと、この心の微かな違和感も気のせいなのだ。


 ――ああ、空はこんなにも蒼かっただろうか。





  ...The another tale of

      the Little Mermaid

Ⅱ 朝陽 ― 違





 浜で僕を助けたあの(ひと)は貴族の娘で、年頃もよかった。

 王族の一員として迎えられることに何の障害もなかった。

 僕の帰還と婚約を祝い、宴は一昼夜催された。


 肌は健康的な小麦色、唇は爽やかな杏色。

 朝陽のような金の髪、王妃(ははうえ)から贈られた翠玉(エメラルド)の髪飾り。

 そして、いつも楽しげな瞳は南国の海のように透き通る碧。


 美しくて明るい太陽のような彼女に、人々は魅了された。


「王子さま、あの時王子さまがご無事で、本当によかった」

「これも全て、命の恩人である貴女のお陰――これからは僕が貴女を守ると誓いましょう」


 僕はそう、彼女にも神にも誓った。

 その度頭がズキリと痛んだが、気に止めなかった。


 きっと、あの暗い海の中で当たった瓦礫の所為。

 あの嵐の中で臣下を失い、僕自身も死と直面した恐怖の所為。

 ただ、それだけ。

 ――それ以上の意味など、ない。


 僕は煌びやかなドレスに身を包んだ彼女を抱き寄せ、ワルツを踊った。



 嫁ぐ準備のためにあの(ひと)が故郷へ帰って2度目の夜――そう、上弦の月が輝く夜だった。

 美しいその夜、僕はあの()と出逢った。


 彼女は海に面したポーチに一糸纏わぬ姿で座っていた。

 春とは言え夜はまだ冷えるというのに、

 目が合うとふわりと幸せそうに微笑んだ。


 肌はやわらかな象牙色、唇は甘い桃色。

 長い金の髪は月光、輝く水滴は千の星。

 そして、僕をじっと見つめる瞳は天空の蒼。


 その優しい微笑みに魅了された僕は、高鳴る胸を抑えた。

 華奢な身体を震わす彼女をこれ以上怖がらせないように、そっと囁くように尋ねた。


「君は誰? どこから来たの?」


 彼女は口を開いたがすぐに閉じ、困ったように微笑んだ。

 僕はマントを外して彼女を包んだ。


「ああ、君は口がきけないんだね。かわいそうに。しばらく僕のところへおいで」


 彼女は一瞬、瞳に哀しい色を宿した。

 でもその色は本当に一瞬で、

 すぐに優しい笑顔で頷いた。


 ・

 ・

 ・


 何故間もなく妻を娶る身でありながら、

 突然現れた少女にそんなことを言ったのか――

 その時の僕には分からなかった。

 分かろうとしなかった。


 ただ、深い蒼を見た瞬間、僕は彼女を(いざな)わずにはいられなかったのだ。


 その無意識の意味を、

 あの頭痛の意味を、

 分かっていれば結末は違ったのだろうか。

 あの()は今も僕の傍らで、笑顔の花を咲かせていたのだろうか。


 もしも時を戻すことができるなら、

 最愛の彼女に口付けを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ