Ⅱ 朝陽 ― 違
数日間の療養の後、僕は帰還した。
隣に未来の王太子妃を伴って。
皆喜んで、喝采した。
僕に彼女に、祝辞を述べた。
父上も母上も、騎士も僧侶も。
賢者も愚者も、貴族も平民も。
国の全てが祝福した。
だからきっと、この心の微かな違和感も気のせいなのだ。
――ああ、空はこんなにも蒼かっただろうか。
...The another tale of
the Little Mermaid
Ⅱ 朝陽 ― 違
浜で僕を助けたあの女は貴族の娘で、年頃もよかった。
王族の一員として迎えられることに何の障害もなかった。
僕の帰還と婚約を祝い、宴は一昼夜催された。
肌は健康的な小麦色、唇は爽やかな杏色。
朝陽のような金の髪、王妃から贈られた翠玉の髪飾り。
そして、いつも楽しげな瞳は南国の海のように透き通る碧。
美しくて明るい太陽のような彼女に、人々は魅了された。
「王子さま、あの時王子さまがご無事で、本当によかった」
「これも全て、命の恩人である貴女のお陰――これからは僕が貴女を守ると誓いましょう」
僕はそう、彼女にも神にも誓った。
その度頭がズキリと痛んだが、気に止めなかった。
きっと、あの暗い海の中で当たった瓦礫の所為。
あの嵐の中で臣下を失い、僕自身も死と直面した恐怖の所為。
ただ、それだけ。
――それ以上の意味など、ない。
僕は煌びやかなドレスに身を包んだ彼女を抱き寄せ、ワルツを踊った。
嫁ぐ準備のためにあの女が故郷へ帰って2度目の夜――そう、上弦の月が輝く夜だった。
美しいその夜、僕はあの娘と出逢った。
彼女は海に面したポーチに一糸纏わぬ姿で座っていた。
春とは言え夜はまだ冷えるというのに、
目が合うとふわりと幸せそうに微笑んだ。
肌はやわらかな象牙色、唇は甘い桃色。
長い金の髪は月光、輝く水滴は千の星。
そして、僕をじっと見つめる瞳は天空の蒼。
その優しい微笑みに魅了された僕は、高鳴る胸を抑えた。
華奢な身体を震わす彼女をこれ以上怖がらせないように、そっと囁くように尋ねた。
「君は誰? どこから来たの?」
彼女は口を開いたがすぐに閉じ、困ったように微笑んだ。
僕はマントを外して彼女を包んだ。
「ああ、君は口がきけないんだね。かわいそうに。しばらく僕のところへおいで」
彼女は一瞬、瞳に哀しい色を宿した。
でもその色は本当に一瞬で、
すぐに優しい笑顔で頷いた。
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何故間もなく妻を娶る身でありながら、
突然現れた少女にそんなことを言ったのか――
その時の僕には分からなかった。
分かろうとしなかった。
ただ、深い蒼を見た瞬間、僕は彼女を誘わずにはいられなかったのだ。
その無意識の意味を、
あの頭痛の意味を、
分かっていれば結末は違ったのだろうか。
あの娘は今も僕の傍らで、笑顔の花を咲かせていたのだろうか。
もしも時を戻すことができるなら、
最愛の彼女に口付けを。