2010/06/23 18:07
◆2010/06/23 18:07
「寝た、か。さすがの麒麟島の血も体力的には限界だったな」
「寝顔はかわいいじゃねーか」
「ほら、服を着せるからあっち向いていろ。興味ないくせに女の子の体を見て欲情、もといムラムラした愚弟」
「女が欲情とかムラムラとか言うなっ!そして言いかえる必要なかったよな!?」
「欲情もしくはムラムラした愚弟」
「そこ言い換えちゃった!? しかもどっちでも一緒だよな!?」
「どちらにしても否定しないんだなぁ、しゅう?」
違うっつーの、とひとりごとを言いながら、たかこと鈴から目をそらした。そして言うまでもなく、しゅうは耳まで真っ赤であった。
「で、どうする気だ、しゅう?」
「なにが?」
しゅうの背後でガサゴソと音が聞こえ始めた。それと同時に少々張り詰めたたかこの声が聞こえた。
「鈴の事だよ。【魂】にスイッチいれやがって」
「仕方ないだろ。今の俺の【幻想操作】程度じゃ完全治癒は無理だったよ。麒麟島の、鈴自身の【力】を借りるしかなかった」
「鈴を【境界者】にする気か?」
「それはあいつが決めるさ。このまま普通の【異能者】でいるも、【深淵】に辿り着いた【異能者】となるも、あいつが決めればいい」
普通の人間からみたらこの会話はクエスチョンマークだらけのものだろう。しかしたかことしゅうの表情はいたって真面目である。むしろ会社の重鎮だらけの会議のように、重苦しい雰囲気が漂っている。
「お前はどっち派だ?」
「さあな。ただ、賢い奴は前者を選ぶに決まってるだろ」
「そうか、ホックを付けたまま脱がせたいタイプか」
しゅうはうん? と首をかしげた。つい数秒前まで真剣に話していたはずが、いつの間にか女性下着の脱がし方の話題になっており、たかこもいつもの調子になっていた。
「うん、外さないで、っていうのはそそられるよな。て、おいいいいいっ! 早く服を着せろよ!! なんで脱がすんだよ!? 真逆だろ!?」
「ああ、うっかり!!」
「うっかりってレベルじゃないよな!?」
「お前の好みは後者の、靴下から履かせる、だったな」
「そこかよっ! しかも前者と後者、お題が違うだろ! 統一感出せよ!」
「いやぁ、ワリィワリィ。んじゃ統一感出すために全部脱がしとくわ」
「そういう事じゃねえよ!むしろ俺らと統一させたいから服を着せろよ!」
「え? 私、裸なんだが」
「超展開!? なんで脱いでんだよ!! そうしたら俺も脱がなきゃいけないじゃん!」
「うん、まぁ、脱ぎてぇなら止めないけどさ。露出狂は人間としてどうかと思うぜぇ」
「引きやがった!? しかもドン引きじゃねぇかよ!!」
くひゃひゃひゃと笑いだすたかこ。
たかこは真面目な話が出来ない性分なのだろう、しゅうは慣れているらしくたかこに調子を合わせた。
「おら、御所望の通り服を着せてやったぜ、マニアック・ザ・愚弟」
「服を着せるのは普通のことだ。んじゃ後は頼んだぜ」
しゅうはそう言い、六月には不似合いな黒色のコートを羽織り始めた。黒のロングコートはすっぽりとしゅうを包み込む。その姿はまるで死神のような姿であった。
「行くか?」
「ああ。鈴が麒麟島のお屋敷に居ないんだから、今頃何所かを彷徨っているだろ。今日中には決着をつける」
「鈴の依頼内容を聞いてないのに?」
「人命には変えられないだろ?依頼はそれからだ。つーかバカと社会不適合者はいつ帰ってくるんだよ。戦闘要員はあいつらだろ」
「知らねぇなぁ。私は何も聞いてねぇぞ?」
「俺は非戦闘要員なのに何でこんなことを」
全く、としゅうはぼやきながらコートのフードをかぶった。そしてブーツに履きかえ、トントンと軽く跳ねた。まさに臨戦状態というにふさわしい。
「ま、死なない程度に頑張ってくるわ」
「死んだら骨も拾ってやらん」
「冷たいじゃないか」
「愚弟が。死んだら殺してやるからな」
「怖い姉だな。さっさと帰ってくるから、そいつと待っててくれ」
そう言うとしゅうは重い扉を開け、外へと向かっていった。カツーン、カツーンと階段に響く足音。たかこはその音を聞きながら呟いた。
「待っててくれ、か。言うようになったじゃねぇか愚弟が」
もう日は沈み始めている。町は行きかう人々でにぎわっている。それでも、影が、闇が世界を覆い始めた。