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三千世界の鷲となって  作者:
第1章
4/16

2010/06/23 15:06

◆2010/06/23 15:06



「ひゃから、おみゃえのきじゅをにゃおすからにゅげ、ちゅってんだりょ」

「何言っているか分からないが、今のはお前が悪い」

「不埒者」


 しゅうの顔は見るも無残なものになっている。しゅうの頬には真っ赤に腫れあがった手形があった。なんとも可愛らしく、小さな手形だろう。誰が付けたかは簡単に想像できる。

 やはり花も恥じらう少女に脱げなど、言葉を選ばなかったしゅうの自業自得である。その証拠に、鈴の包帯で包まれている部分以外の肌が桜色に染まっている。


「おー、痛い。最後まで話を聞けよな」

「そうならそうと、早く言いなさいよ」


 鈴は少し罪悪感があるのか、バツの悪そうな顔でそっぽを向いている。


「悪かったから、機嫌直せよな。さて話を戻すぞ。お前の傷、相当痛いだろ? さらに言わせてもらうが、致命傷だ。早く治さないと、下手したら、」


 鈴は相変わらずそっぽを向いている。それでも震えている鈴の体、そして部屋に響くリズムの早い呼吸音から、どのような顔をしているか、しゅうには想像がついた。

 それでもしゅうは告げる。冷静に、感情、主観を入れず。ただ、告げる。


「死ぬぞ」


 沈黙。今はお昼時。『棘ノ家』があるビルも人通りが多い場所にある為、この時間帯はにぎわっているはず。それなのに、喧騒、足音、物音が聞こえない。

 聞こえているのは鈴の荒い呼吸。そして冷酷に告げられた『死』の残響。 


「ま、そうさせない為に私たちがいるのだがね。しゅう、これを着けろ」


 たかこは張り詰めた雰囲気を破り、立ち上がった。それと同時にしゅうに眼隠しとなるような布を投げた。しゅうはそれをささっと顔に覆い、準備万端とたかこに告げる。


「これでいいだろ? 着ている制服、包帯を取ってくれ。ああ、下着はどちらでもいいぞ。全て見せてくれるなら喜んで見るぜぇ?」

「……へんたい」

「ひゃひゃひゃ。変態とは失礼だな」


 たかこのふざけた態度は、きっと鈴を安心させるものであろう。その証拠に、鈴の体の震えは止まっており、呼吸も正常のリズムを刻んでいた。

 意を決したのか鈴は服に手をかけた。スルスルと聞こえる布擦れの音。パサ、という音は服を床に置いた時に聞こえる独特のもの。しゅうは鈴に、お前に興味はないと言ったものの、悲しいかな、反応してしまうのは男の性である。


「はあはあ……音だけでも俺はいけるぜ!」

「おい、勝手に人の声真似すんな。しかも似てるから腹たつな」

「セリフは否定しないんだな」

「……さいてー」

「ち、違うわっ! だいたい、俺はお前みたいなガキみたいな体に興味は……」

「……やっぱりそういう目で見てたのね」

「あ、いや、違うんです、はい、なんていうか、その、ね、あれだ……」

「言い訳は後で聞くぜ、愚弟。原稿200枚以上で考えておけよ?」

「以上かよっ!?」

「まあ読むのは最初の1行だけだがな」

「題名オンリー!? 内容ガン無視ですか!?」

「正直1行すら読むのが億劫だ」

「やり直せ! 小学生からやり直せ!」

「あのさ、私はいつまでこの格好でいれば?」


 おっと、と言いながらたかこは鈴を改めて見た。次の瞬間、たかこは思わず声をあげてしまう。


「こいつは、驚いたな。【閲覧者】で感じたのとはまるで別物だ」


 漆黒という2文字が相応しい。漆黒は螺旋を描くように、鈴の体を這っている。少女の美しい白い肢体と黒のコントラスト。

 おぞましく、生々しい傷。黒い痣が少女の体を支配している。刺青の様にも見ることができるが、別次元である。元から体に着いていたかのような一体感。これが自然であるような錯覚。しゅうの致命傷だ、という言葉にも納得できる。

 だがたかこが驚いたことは、これだけではなかった。それは鈴の左肩にあったもの。


「そうか、どうりでこの傷か。鈴、お前……」


 鹿、龍、牛。凛々しいたてがみに、五色の背毛、一本角。これらの特徴を持った、幻獣、麒麟の刺青が鈴の左肩にあった。これが意味するもの、それは。


「四大名家が一つ、麒麟島きりんじま家の娘か」

「……うん、私の名前は、麒麟島、鈴」


 しゅうは目隠ししているため、鈴がどの様な表情をしているか分からない。しかし、たかこからはよく見えた。鈴の遠くを見るような、少女には出来ない大人の表情を。


「麒麟島家、当主、『りん』の名を継ぐ者」


 たかこもしゅうも、驚きを隠しきれない。この少女が四大名家の娘だったとは。

 四大名家は遥か昔から存在し、富、名声、権力全てにおいてこの国の頂点に君臨している伝統ある名族だ。この名を知らぬ者はこの国に存在しないと言われている。その内の1つである麒麟島の娘であれば、大財閥の令嬢なのだ。


「ビックリした?」

「まぁな。でも納得だよ」


 しゅうはため息交じりに言った。確かに最初からどことなく、怪しかった。

 普通名前よりまず苗字を名乗るが、鈴は逆だった。それにこの大きな傷。そして致命傷にもかかわらず、傷に対する鈴の反応の薄さ、つまり痛みを訴える素振りのなさ。鈴が麒麟島の娘であるなら、全て解決する。


「【(たましい)】に対する【抵抗力】、【影響力】は麒麟島の血だな。さらに正当なる後継者にしか与えられない『りん』の名を持っているときたか」

「【魂】が見える、呪われた家系よ。もちろん、私も例外じゃなく、【異能者(いのうしゃ)】」


 【魂】、【異能者】。聞きなれない単語が部屋を飛び交う。しかし鈴の表情は先ほどから崩れない。壊れそうな、切ない顔で、目隠しをしているしゅうに話しかけている。


「笑っちゃうわよね、【魂】、つまり幽霊なんて非科学的なものが見えるなんてさ。気持ち悪い。貴方も……そう、思わない?」


 卑屈的な、自傷的な笑い。見ていられないくらい痛々しい笑み。

 何が彼女をこんなに悲しい表情をさせているのだろうか。


「いや。俺は、そう思わない」

「また気休め!? 同情!? ……黙れ、黙れ!黙れっ!! 黙りなさいっ!!! そんな言葉いらないのよっ!!!! 私に、私に近づかないでっ!!!!」


 叫ぶ。訴える。ぶつける。彼女の悲鳴。心の、悲鳴。

 棘をぶつけられながらも、しゅうはすっと立ち上がり、鈴へと歩む。目隠ししているのにもかかわらず、一歩、一歩、ゆっくりと歩む。その様子を、たかこは黙って見ている。

 そして、しゅうは鈴の目の前にたどりついた。何にも当たらずに、まっすぐに。そしてこう言った。

 

「勘違いするなよ。俺はお前を慰めるつもりなんて、これっぽっちもない。」

「じゃあどういうつもりで言ったのよ!?言ってみなさいよ!!!」

「俺も、【異能者】だから」


 しゅうがそうはっきりと答えた瞬間、光が鈴を包み込む。橙色をした光、まるで太陽の様な眩しい光が部屋中に満ちてゆく。しだいに繭のような形になり、鈴を覆った。


「……これ、何、なの?」

「汝、思い描け、根源たる姿を」

「貴方、何を言って」

「俺の言う通りやれ。想像しろ、自分の……こうありたいっていう姿をさ」

「?」

「大丈夫だって、心配すんな」


 鈴は釈然としないまま、想像し始める。だが上手くはいかない。ノイズがかかったテレビのように何も映りはしない。雑念、疑念が頭を支配する。やっぱりこいつらも、と思った時。


「集中しろ、このバカたれ」


 ぺちん、としゅうが鈴の頭を叩く。

 なんだ、この男は。今までお客を叩く社員がいただろうか。


「何すんのよ!」

「後で暴言なら聞いてやる。だから今は、俺を信じろ」

「……信じていいのね?」

「いいからやれっつーの」


 ここまで言われると清々しい。何故だろう、未だ見た事のない破天荒な社員を、信じてみたくなった。

 鈴は大きく深呼吸する。自分の全ての空気を入れ替え、目を閉じた。段々と浮かび上がってくる。鮮明な色、音、そして風。

 広い荒野。いくら見渡しても、近代的な建物は見えない。限りなく続く広い大地。そこを駆け回る、二匹の麒麟。一匹は優雅に、気高く舞っている。もう一匹はまだ体躯が大きくない。しかし負けじと駆ける。飛ぶ、跳ねる。風のように、雷のように、速く、鋭く走る。


「いいぜ。ここからは復唱だけでいい」

「……うん」

「汝、潜れ、【深淵】へ。至れ、【真実】へ。解き放て、汝が【魂】を」

「汝、潜れ、【深淵】へ」


 【深淵】。この世界の、秘密へ。


「至れ、【真実】へ」


 【真実】。この世界の、謎へ。


「解き放て、汝が【魂】を」


 【魂】。この世界の鍵を、今、解き放つ。


「【幻想操作(げんそうそうさ)()】」


 しゅうが呟くと同時に光がさらに強く輝きだした。そして繭状に鈴を包んでいた光が、鈴の体に溶けてゆく。

 鈴はどこか懐かしさを感じていた。自分の中に入ってゆく、強く、眩しく、暖かい光。

母に抱かれるような、父に頭を撫でられているような温もり。

 そして鈴はそっと、涙を、流した。何故。その理由は鈴にも分からなかった。ただ、ただ美しい雫が頬をつたっていた。温かい、優しい涙が溢れていた。

 部屋にある大きな古時計は時を刻み続けていた。時刻は十八時を過ぎている。

 気がつけば光は全て鈴に溶けきっており、先ほどの『棘ノ家』と変わらない風景になっていた。


「お疲れだな。よくやった、しゅう」

「ふぃー、疲れたぁ。久しぶりの大仕事だったぜ」


 しゅうは、んーっと大きな背伸びと欠伸をしながら、目隠しを外した。何のための目隠しかすら忘れて。


「あっ!こら、待て!愚弟!」

「ん?なんだよ、たか姉」


 たかこがしゅうを止めようとした時にはもう遅かった。

 しゅうの目の前には未だ涙が止まらず、儚げに泣いている少女がいた。その少女の姿は、傷などもう跡すらあらず、見蕩れてしまうような美しさだった。

 しゅうは鈴のことを素直に、綺麗だ、と思えた。下着しか着けていない鈴を見て。


「あ、あ、いや、ワザとじゃ、あ、いや、お、お前、に興味なんて」

「……なの?」

「ないって、え?」


 しゅうが予想していたビンタはとんでこなかった。とんできたのは鈴の聞き取りにくい声だった。鈴の様子は負っていた傷がなくなり安堵したのか、立っているのもおぼつかない。


「貴方達、何者なの?」


 そう言い終わると同時に、鈴の視界は暗転する。深い眠りへと誘う、睡魔が鈴に訪れる。しかし鈴は、失う意識の中で、しゅうの声をはっきりと聞いた。


「【深淵】に辿り着いた、【異能者】さ」


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