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三千世界の鷲となって  作者:
第2章
16/16

2010/06/30 10:26

◆2010/06/30 10:26



『こちらベル。目標捕捉しました。お二人から距離およそ50m』

『こちらエターナル。了解した。応答せよ、S』

『……りょーかい』


 水無月ももうすぐ終わる。梅雨も明け、雲も少ない。雑草が生い茂り、公園や河川敷は夏の匂いがする。草に横になり、空を見上げれば心地よさを十二分に味わえよう。しかし仕事をする人間には休日のうららかな昼下がりなど関係ない。


『何が悲しゅうてこんな事しなきゃいけないんだ』

『こら! しゅうちゃ……じゃなかったS! 仕事中にそんな事言っちゃダメでしょ!?』

『仕事に文句を言っているんじゃない』

『あれですよ、永智さ……間違った、エターナル。コードネームが不満なんじゃないですか?』

『なるほど! 鈴ちゃ……ベルは頭がいいっすね!』

『お前らノリノリなくせに設定忘れるの止めろ』


 この街には河川敷がいくつかあるが、しゅうと永智、鈴の声がするのは勿論1か所しかない。その河川敷はとても広く、野球グランドやテニスコート、遊具のある公園まである。近年では珍しい言わば遊び場である。

 この遊び場としての意味合いが強い河川敷でしゅう達3人が何をしているかと言えば仕事である。しかし傍から見たら到底そうは思えない。しゅうは公園の草木に身を隠し、鈴はベンチの陰に身を屈めて潜んでいる。永智は特に仕事をしているようには見えない。何故ならジャングルジムの天辺で腕組みをし、仁王立ちしているからだ。

 3人はインカムを着けている。このインカムを使い仕事をしているらしい。しかし会話内容はあまりに幼稚で仕事の会話ではなさそうである。鈴は公園の茂みをじっと真剣な眼差しで見つめている。永智は鈴の言葉を受け、何か、つまり目標を高いところから捕捉している。

 それに対してしゅうはため息交じりでインカムを通して会話をしている。


『Sというコードネームの何が不満なんすか!?』

『何故この茶番が不満だということに気が付かない?』

『緊張感を持たせるためにやっているのになんすか、その態度は!?』

『何がスパイごっこだ馬鹿たれ。いい作戦があると言ったお前を信じるべきじゃなかった……』

『すみません。やはりオペレーター役が良かったですか?』

『そこじゃない』

『我儘言うなよ! 僕だってオペレーターやりたいんだから!』

『もう好きにやれよ!!』

『そんなに怒らなくても……オペレーター役くらい譲りますから、ね?』

『俺が悪いみたいな空気を醸し出すなぁぁぁ!』


 しゅうがやってられないと溜まった鬱憤を晴らすかの如く大声を出した。その声はインカムを通さずとも二人に聞こえ、さらには河川敷中に轟いた。

 そのせいか、鈴の視線の先にある茂みが大きく揺れ、黒い何かが猛スピードで飛びだした。その黒い何かが仕事の内容、3人の目標であろう。


『あ!逃げました!』

『しゅうちゃんが叫ぶから!』

『悪かったよ……永智、やるぞ』

『了解っす!』


 しゅうは草木か飛びだし、永智はジャングルジムから飛び降りる。そして2人は瞳を新緑色に染め上げる。


【幻想操作・承!】

【涅槃寂静!】


 しゅうの両足が青い光に包まれると同時に急加速する。公園を飛びだし、河川敷を縦横無尽に駆け回る黒い何か。走る速度は人間が追いつけないわけではないが、軌道が読みにくく、捕まえるのは困難であろう。しかし、しゅうはその動きにも見事対応し、並走するまでに至っている。

 そして刹那、しゅうが追いかけている目標が何か見えないものにぶつかり、よろめいた。並走していたしゅうは何にもぶつかることなく、そのまま目標を捕獲した。ゆっくりそっと抱き寄せるように。それはしゅうが【堕魂】と闘っている時の行動とは正反対である。


「捕獲完了、任務終了ってな」

「僕が本気出せばこんなモンっす!」


 その目標はしゅうの腕の中で鳴いている。にゃー、にゃーと。それは黒猫であった。【堕魂】でも【魂】でもなく、目標とは猫であった。しゅうはよしよしと猫をなで、見えない壁にぶつかった時の傷がないのを確認してほっとしている。


「しゅうさん、永智さん、お疲れ様でした」

「どうだった、鈴ちゃん? 僕イケてたっしょ?」

「はい、イケイケでしたよ?」

「やっべ! しゅうちゃん聞いた!? 鈴ちゃん、僕に惚れちゃってるかもよ?」

「良かったな、逝け逝けだってさ」

「死ねって事すか!?」


 はいはい、と言いながらしゅうは捕獲した猫を永智に渡した。永智は何かブツブツ言いながらも頬を緩ませ、猫を抱きしめている。

 鈴が二人のやりとりを見て微笑んでいる。その様子をみて、しゅうは鈴に労いの声をかけた。


「とりあえず無事に鈴の初仕事終了だな。お疲れさん、鈴」


 初任務。あの日、棘ノ家にバイトとして勤務を始めてからようやくの初任務のだ。しかし鈴の表情は、頬笑みに影を落としていた。


「まぁそういう顔するなよ」

「そうっすよ? 表向きは何でも屋なんだから。猫探し犬探しなんて日常茶飯事すよ」

「ちなみに今月、正式な【魂】に関する仕事はお前の件含め、5件だ」


 本来、しゅう達は【魂】に関する事件を解決するのが本来の仕事である。しかし、仕事の少なさはしゅうが鈴に向かって広げた右手の指の本数と同じである。しかしそれはよくよく考えれば、街が平和であることを物語っている。


「俺らに来る【魂】に関する依頼は、少なければ少ないほどいいに決まってる」

「なんせ、少なからず、死が付き纏ってるわけなんすから」


 その言葉がずしりと鈴に響く。鈴には明るい昼下がりなのに、死、とい言葉が出た瞬間に街が少し暗くなったかのように見えた。

 【魂】と死。鈴はその密接さを肌で実感している。その為、自分が先程考えた事を恥じ、しゅうと永智に頭を下げた。


「すみませんでした」

「いやいや、気持ちは分かるっすよ。特に鈴ちゃんは新入りだから」

「早く一人前の【境界者】になりたいという気持ちは大事にしとけ。だが、そう焦るな」


 鈴は目的があって棘ノ家で働いている。その一つとして、一人前の【境界者】になるという目的がある。だからこそ少し力んでいたのだろう。少なからずどこかに、こんな任務、と思っていたかもしれない。

 しかししゅうと永智は、自分にもそんな経験があったかのように温かく鈴を励ます。しゅうは鈴の頭をくしゃりと撫でる。鈴はそんなしゅうの行動に慌てふためきながらも、はにかんだ。


「はい、ありがとうございます!」

「鈴ちゃんは可愛いなぁ。後輩が出来るってこんな感じなんすね!」

「お前の後輩はもう一人いるだろ」

「飛鳥の事? あんな可愛くない、小憎たらしい奴なんて後輩じゃないっすよ」

「言ってやろ」

「飛鳥は可愛いなぁ!」

「この後の日程を確認するぞ、そこの馬鹿も聞けよ」


 苦笑いと冷や汗を顔に出す永智。それのせいなのか、時間のせいなのか、せっかく捕まえた猫が永智の腕の中で暴れ始めた。永智の顔を引っ掻かん、腕にかみつかんとする勢いである。

 しゅうは猫に逃げられ、またスパイごっこはごめんだと思い、話しを進める。


「鈴は報告書を書いて、たか姉に提出。その後、俺と一緒に【魂】についてのお勉強だ」

「はーい!」

「んで永智は猫を依頼主に届けて……その後、巫映(みえ)と連絡を取り、アポを取る。頼むぞ」

「……了解っす」


 永智はしゅうの言葉を聞くなり、いつもとは違う真剣な顔つきになり猫を連れて走っていった。

 鈴はその光景を見て、初めて会った時以来の表情だと感じた。それは【堕魂】との戦闘時のことであった。つまり事はそれくらい重要なことなのだと分かった。

 そして鈴は頭の中に何か引っかかりを感じていた。出てきそうで出てこない。そのような感覚に陥っていた。『巫映』という名前に。

 勘のいいしゅうはにやりと片方の頬を上げ、鈴に話しかけた。


「亀ヶ(かめがいん)。彼女の本名は亀ヶ院巫映。そう言えば分かるだろ? 麒麟島鈴」


 亀ヶ院。麒麟島。聞きなれない苗字がしゅうの口から零れた。鈴はその苗字を聞いてはっとした。それは鈴にとってあまりにも身近で、気が付かなかったのだろう。

 全てを悟った鈴はゆっくりと呟く。


「四大名家」


 風が強く吹いた。鈴の長く綺麗な黒髪が風で揺れる。名家という名を出した瞬間に風が吹いたため、まるでその名が強い力を持っているかのように感じられた。


「そう。四大名家の一角、亀ヶ院の次期当主さ。勿論、彼女も【境界者】だ」

「どうしてその子と連絡を?」

「それはな、彼女がお前の記憶を取り戻す力を持っているからだ」


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