2010/06/24 2:15
◆2010/06/24 2:15
しゅうの口から血が滴り落ちる。咳き込むと同時に辛そうにえづく。もはや光だけではなく血としての赤色がしゅうを満たしてゆく。
それでも怯むことなくしゅうの手を伝わり、胸に刺さった牙を伝い、紅の光が【堕魂】を包み込む。そして金色の体毛が燃やし始めた。鞭のような尾、堅牢な角も爛れる。その身を守る鱗さえも塵の如く燃え散る。まさに地獄絵図だった。もはや悲鳴も聞こえない。悲鳴すら焼きつくしている。
しかし、燃えゆく麒麟から、か細い声が聞こえた。悲鳴ではない、祈るような声。
【……鈴。どこだい、鈴……顔を、見せておくれ】
老人の声。優しく、心地よい。しゅうはつい、胸の痛みを忘れて聞き入ってしまった。
【……無理だ。アンタは、死んでるんだ。もう、あいつには、アンタの声は、届かない】
【おお、鈴。ここにいたか。よしよし、遊ぼう、鈴】
一層燃える体。ぼろぼろと壊れ、崩れ、灰になる。それでも、苦しそうな声ではない。何かを守るように、愛するように、声が空しく響く。【堕魂】の顔は、異形のものではない。麒麟島凛の、麒麟島鈴の祖父の顔だった。
鈴は消えゆく祖父の姿を見ても、目をそらさない。じっとしゅうを見ている。だが、目には大粒の水滴が、頬には美しい川が。それでもしゅうを捉えて離さない。
【泣かないでおくれ、鈴。笑いなさい、鈴】
鈴には聞こえていない。【境界者】でなければ伝わらない。もちろん【堕魂】にも鈴はもう、見えていない。だが二人は心で通じ合っているかのように、【魂】で繋がっているかのように、笑った。鈴は涙を流しながら、満面の笑みを、麒麟島凛に見せた。
【……ごめん、麒麟のじいさん】
【鈴の笑顔は世界一だよ。じいちゃんがずっと笑わせてあげるからね】
もはや【魂】が歪みすぎて、声も届かない。それでもしゅうは声をかけ続ける。そし遺す言葉を聞き続ける。もう体の半分は灰になり、しだいに消えてゆく。残された時間はもう残りわずかだった。
【鈴、長生きするんだぞ。たくさん運動して、たくさん学んで、たくさん世界を見るんだぞ】
言葉が重い。想いを届けるために、少しでも消えてしまわないように。
もう、顔だけしか残っていない。異常なはずなのに、この風景が永遠であればいいのに。そう願うしかない、鈴。叶うはずのない願い、全てが消える。
【さよなら、じいさん】
【なぁ、鈴よ……】
しゅうの言葉と同時に、もう、そこには何もなかった。最後の言葉が、しゅうに届いたか届いていなかったかは、分からない。
鈴には、最後まで祖父が何を言っていたか分からなかった。でも、充分だった。最後の、祖父の笑顔、そして彼の姿。ずっと、忘れない。しゅうの涙が、全てを教えてくれたから。




