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三千世界の鷲となって  作者:
第1章
13/16

2010/06/24 2:15

◆2010/06/24 2:15


 

 しゅうの口から血が滴り落ちる。咳き込むと同時に辛そうにえづく。もはや光だけではなく血としての赤色がしゅうを満たしてゆく。

 それでも怯むことなくしゅうの手を伝わり、胸に刺さった牙を伝い、紅の光が【堕魂】を包み込む。そして金色の体毛が燃やし始めた。鞭のような尾、堅牢な角も爛れる。その身を守る鱗さえも塵の如く燃え散る。まさに地獄絵図だった。もはや悲鳴も聞こえない。悲鳴すら焼きつくしている。

 しかし、燃えゆく麒麟から、か細い声が聞こえた。悲鳴ではない、祈るような声。

 

【……鈴。どこだい、鈴……顔を、見せておくれ】


 老人の声。優しく、心地よい。しゅうはつい、胸の痛みを忘れて聞き入ってしまった。


【……無理だ。アンタは、死んでるんだ。もう、あいつには、アンタの声は、届かない】

【おお、鈴。ここにいたか。よしよし、遊ぼう、鈴】


 一層燃える体。ぼろぼろと壊れ、崩れ、灰になる。それでも、苦しそうな声ではない。何かを守るように、愛するように、声が空しく響く。【堕魂】の顔は、異形のものではない。麒麟島凛の、麒麟島鈴の祖父の顔だった。

 鈴は消えゆく祖父の姿を見ても、目をそらさない。じっとしゅうを見ている。だが、目には大粒の水滴が、頬には美しい川が。それでもしゅうを捉えて離さない。


【泣かないでおくれ、鈴。笑いなさい、鈴】


 鈴には聞こえていない。【境界者】でなければ伝わらない。もちろん【堕魂】にも鈴はもう、見えていない。だが二人は心で通じ合っているかのように、【魂】で繋がっているかのように、笑った。鈴は涙を流しながら、満面の笑みを、麒麟島凛に見せた。


【……ごめん、麒麟のじいさん】

【鈴の笑顔は世界一だよ。じいちゃんがずっと笑わせてあげるからね】


 もはや【魂】が歪みすぎて、声も届かない。それでもしゅうは声をかけ続ける。そし遺す言葉を聞き続ける。もう体の半分は灰になり、しだいに消えてゆく。残された時間はもう残りわずかだった。


【鈴、長生きするんだぞ。たくさん運動して、たくさん学んで、たくさん世界を見るんだぞ】


 言葉が重い。想いを届けるために、少しでも消えてしまわないように。

 もう、顔だけしか残っていない。異常なはずなのに、この風景が永遠であればいいのに。そう願うしかない、鈴。叶うはずのない願い、全てが消える。


【さよなら、じいさん】

【なぁ、鈴よ……】


 しゅうの言葉と同時に、もう、そこには何もなかった。最後の言葉が、しゅうに届いたか届いていなかったかは、分からない。

 鈴には、最後まで祖父が何を言っていたか分からなかった。でも、充分だった。最後の、祖父の笑顔、そして彼の姿。ずっと、忘れない。しゅうの涙が、全てを教えてくれたから。


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